クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
196 / 499
第7部

第一章 不運な少女の、最初の幸運①

しおりを挟む
 季節は冬。『一の月』。
 アティス王国は、年明けから四日目の朝を迎えていた。
 寒風がまだまだ止まない時節だ。
 しかし、その少女は、すでに春が訪れたかのようにとてもご機嫌だった。
 室内でもまだ少し肌寒いというのに、スレンダーな肢体を惜しげもなく晒し、少し大人びた下着を身につけた彼女は、軽やかに鼻歌を口ずさんでいる。
 アリシア=エイシス。腰までのばした絹糸のような栗色の髪に、切れ長の蒼い瞳。アティス王国の騎士学校に通う十七歳の少女だ。
 そこは、アティス王国の王城区にあるエイシス邸三階。
 アリシアの私室だった。


「さて、と」


 彼女は美麗な顔立ちを「うふふ」と崩しながら、クローゼットの中に並べられた服からお気に入り――勝負服とも言う――の一着を取り出した。
 少し厚手の白い冬用タイトワンピースだ。


「よし。これなら」


 そう呟き、アリシアはタイトワンピースに袖を通した。
 さらにその上に、白い毛皮のコートと、もふもふの同色の帽子を被る。
 アリシアは立て鏡スタンドミラーの前で自分の姿を見つめた後、一回転。再び口元を綻ばせた。


「……うん。我ながらいい出来ね」


 アリシアは腰に手を当て満足げに頷く。
 これならば今日の重要ミッションも無事こなせるだろう。
 ――いや、それどころか、一足跳びに大人的な展開さえも……。


「……うふふ」


 彼女は両頬に手を当て、いやいやと首を振った。
 白い肌がうなじまでほんのりと赤く染まる。
 ――そう。何気に、勝負服は上着だけではないのだ。
 そんな願望と覚悟を密かに抱きつつ、アリシアはグッと拳を握りしめる。
 が、しばらくして、


(……けど、あの鈍感なアッシュさん相手だと流石にそこまでは行かないかな)


 不意に現実に立ち戻り、アリシアは少しだけ気落ちするように嘆息した。
 いずれにせよ、今日は彼女にとってビックイベントがある。
 現在、彼女の通う騎士学校は冬休みの真っ最中。アリシアはその残り少ない休暇の日に彼女の想い人と、二人っきりのデートの約束をこじつけたのだ。

 それが、まさに本日なのである。
 まあ、正確に言えば、数日前に終わった建国祭時のアリシアの惨状を心底憐れんだ恋敵達が、慈悲とばかりにお膳立てしてくれた舞台なのだが。


(それはともかく!)


 アリシアは再度、強く拳を握りしめた。


「うん! そもそもアッシュさんの方からアピールしてくる場合ならOKって、事前にサーシャ達とも約束しているし、きっとチャンスはあるわ!」


 元来、前向きの少女は、自分をそう奮い立たせた。
 と、その時。
 コンコンというノックと共に、ドアの向こうから「お嬢さま」とアリシアを呼ぶ声が聞こえて来た。エイシス家のメイドの声だ。


「なに? どうかしたの?」


 アリシアは帽子とコートを脱いでベッドの上に置きつつ、ドアに話しかける。
 すると、ドアの向こうのメイドは、


「朝食のご用意が出来ましたので、お呼びに参りました。旦那さまと奥さまはすでに食堂にてお待ちしておられます」

「あっ、ごめん。もうそんな時間だったんだ」


 アリシアは慌ててドアを開けると、メイドにそう謝罪した。
 そして一礼するメイドを背に、廊下を走り抜いて階段を下りていく。


「まっず……浮かれ過ぎていたみたいね」


 どうやら自分の自覚以上に高揚していたらしい。
 階段を駆け足で降りつつ、アリシアは苦笑を浮かべるのだった。








 一方その頃。


「……ふむ」


 一階の大食堂にて、カイゼル髭をたくわえた四十代前半の男性――エイシス家の当主であるガハルド=エイシスは、おもむろにあごに手を置き小さく呻いた。
 すでに彼の手元には朝食の準備が整っている。


「珍しいな。あの子が朝食に遅れるとは」


 そう言って、妻の方に目をやる。
 傍らに座る妻――シノーラ=エイシスはクスクスと笑う。
 栗色の長い髪と白いドレスがよく似合う淑女。アリシアの実母であり、一応ガハルドと同い年なのだが、今でも三十代前半で通りそうな美しい女性である。


「あの子ったら、何やら昨日の晩からとても興奮していたじゃない。きっと、今日は噂に聞く『彼』とデートなのでしょうね」


 そんなことを言う妻に、ガハルドは「ぬ、ぬう」と呻いた。
 それは、ガハルドも薄々察していたことだった。


「……やはりそう思うか。母親の勘か?」


 と、ガハルドが妻に問うと、シノーラは頬に手を当て「ふふっ」と笑った。


「まあ、あれだけそわそわしていたら母親じゃなくても分かるわ。けどアリシアの『彼』って外国では有名な騎士だった人なのでしょう? 今は工房の職人に転職したとか」

「いや、彼はまだアリシアと付き合っている訳ではないようだが……」


 やけに詳細に語るシノーラに面を喰らいながらも、ガハルドは答える。


「概ねその通りだな。しかし、随分と詳しいなお前」

「メイド達が噂しているのよ」


 シノーラは柔らかに微笑んだ。


「『お嬢さまは最近とてもお綺麗になられた。きっと噂の彼が……』ってね。実際、私の目から見てもアリシアは綺麗になっているわ」


 と、冷静に評価を下す妻に、


「う、む。そうか」


 ガハルドは渋面を浮かべた。
 正直なところ、ガハルドは『彼』の事を認めている。交際は勿論、最終的には『義息子』と呼ぶのもやぶさかではない。
 しかし、父親としてはやはり複雑なのだ。


「……あの子も恋を知る歳なのか」


 そう呟いて、ガハルドは朝早くから深々と溜息をついた。
 シノーラはそんな夫に呆れたような眼差しを向ける。


「何を言っているの。そんなの当然でしょう。あの子はもう十七歳なのよ。私達が付き合い始めたのもそれぐらいじゃなかったかしら」

「いや、確かにそうだが……」


 と、ガハルドがシノーラの前でしか見せない情けない顔をした時だった。


「――遅れてごめんなさい!」


 話題の当人であるアリシアが登場した。
 遅れて来た割には、随分と気合いの入った服装である。
 今日、何かあるのは一目瞭然だった。
 ガハルドは厳つい表情を浮かべ、シノーラは楽しげに目を細めた。


「……うふふっ」

「……? どうしたの? 母さん?」


 やけにニマニマと笑う母を訝しみつつも、アリシアは母の隣の席に座る。
 それから父と母を順に見やり、再度謝罪する。


「ごめんなさい。少し服を選ぶのに手間取っちゃって」

「う、む。そうか……服を選んでいたのか」


 と、ガハルドはどこか諦めたような顔を見せ、


「あらら。それじゃあ仕方がないわね」


 一方、シノーラはますます笑みを深めた。
 対照的な両親の反応に、アリシアは訝しげに眉をしかめると、


「ねえ、アリシア」


 シノーラは愛娘の耳元にポツリと囁く。


「お母さん、お願いがあるの。今日のデートの相手、今度この家に連れて来て紹介してくれない? だって、あなたの未来のお婿さんなんでしょう?」


 母の唐突すぎるそんな『お願い』に、


「……………え?」


 アリシアはキョトンと目を丸くした。
 が、ややあって愕然とした表情へと移り変わっていき――。


「えええっ!?」


 その後、真っ赤になったのは語るまでもなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

異世界転移から始まるハーレム生活〜チートスキルを貰った俺は、妹と共に無双する〜

昼寝部
ファンタジー
 2XXX年、X月。  俺、水瀬アキトは戦争の絶えない地球で『戦場の悪魔』と呼ばれ、数多の戦で活躍していた。  そんな日々を過ごしていた俺は、ひょんなことから妹と一緒に異世界へ転移することになった。  その世界にはダンジョンが存在しており、ライトノベルなどで登場する世界観と類似していた。  俺たちはその世界で過ごすため女神様からチートスキルを貰い、冒険者となって異世界での生活を満喫することにした。  これは主人公の水瀬アキトと妹のカナデが異世界へ転移し、美少女たちに囲まれながら異世界で無双するお話し。

処理中です...