クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第7部

第六章 密会③

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 それは、空の蒼が透き通るとても晴れた日のことだった。
 時刻は昼過ぎ。場所はアティス王国の市街区。
 連立する店舗の横を歩くミランシャは、とても上機嫌だった。


「……うふふ」


 思わず微笑みが零れ落ちる。
 彼女は今、私服姿だった。
 この国で買った厚手の白いドレス。彼女の赤毛がよく映えるチョイスの服だ。
 その上に銀糸で縁取りした白いコートを纏っている。
 しかし、ミランシャがご機嫌なのは別に新品の服でおめかししたからではない。
 主な理由は、彼女の隣に今、一人の男性がいるからだ。


「あははっ、アシュ君と二人で街を散策するなんて久しぶりだね!」

「ああ、そうだよな」


 言って、その男性――アッシュ=クラインは笑う。
 彼もまた私服だ。ただし、あまり服に拘らない彼の服は、アリシアとデートした時の紺色のコートと黒いズボンのままだった。
 街路樹が定期的に並ぶ、歩道と車道が別れた大通りを二人は並んで歩いている。
 それは、一般的にはデートとしか言えない光景だった。


「けど、どうしたの? いきなりアシュ君の方から声をかけてくれるなんて」


 今回のこのデート。実はアッシュから持ちかけたことだった。
 唐突なことにミランシャはかなり動揺したが、すぐさま快諾。
 そして互いの仕事の休みを調整して、今に至るのである。
 自営業の彼らにとって休日でも世間一般では、今日は平日になる。
 周囲の人は少しまばらだった。
 ミランシャはそんな少し寂しい大通りに目をやりながら、


「もしかしてアシュ君。そんなにアタシとデートがしたかったの?」


 と、声こそ冗談めいた趣だったが、内心ではおずおずと尋ねる。
 ちなみに今日のデートについては、ユーリィ達は誰一人知らないことだった。
 まさか、アッシュの方から動くなど想定もしていなかったからである。
 まさに秘密のデートだ。どうしても少しは期待してしまう。
 しかし、残念ながらと言うか、予想通りと言うべきか、アッシュは恥ずかしがる素振りもなく「ははっ」と苦笑を浮かべて、頬をかいた。


「いやいや違げえよ。少しお前に話があったんだ」

「……話? 何の?」


 内心のガッカリ感は隠してミランシャが問う。
 対し、アッシュは真剣な表情を浮かべた。


「ちょいとばかりユーリィ達の前では言いにくくてな。オトにも相談しようかと思ってんだが、その前に、まずはお前に話しておくことが筋だと思ってな」


 青年の口調に、ミランシャは表情を改めた。
 どうもかなり重要な用件らしい。


「どういう事なの? 話って?」

「ああ、実はな――」


 そしてアッシュはその場で足を止め、語り始める。
 ミランシャも足を止めて、青年の言葉に耳を傾けた。
 そうして五分後。
 赤毛の美女は、美麗な顔に渋面を浮かべていた。


「それ、本当なの?」


 と、訝しげに尋ねるミランシャに、


「……流石に、嘘とは思えねえよな」


 アッシュは額に手を当てて首を横に振り、そう答える。


「まあ、そういう状況にあるってことだ」

「…………」


 ミランシャは言葉もない。
 先程までの笑顔も消え、今は少し俯いて指を組んでいる。


「……なあ、ミランシャ」


 アッシュはボリボリと頭をかいた。


「気持ちは分かるが、そう落ち込むなよ。俺もいるしさ」

「……けど、アシュ君……」


 ミランシャは顔を上げた。
 その美しい顔はとても儚げで虚ろだった。
 それこそ、今にも崩れてしまいそうなほどに――。


「アタシって馬鹿みたいじゃない。いつまでもお爺さまの手の平の上で、自分で行動しているつもりでも自由なんてないんだわ」

「……いや、ミランシャ。それは」


 アッシュは気遣うように友人の名前を呼ぶが、ミランシャは泣き出しそうな表情を浮かべるだけで、華奢な両肩を震わせていた。


「結局、アタシはお爺さまの人形にすぎないんだわ」


 ポツリと呟き、唇を噛みしめるミランシャ。
 まるでこの国に来たばかりの時のように、彼女は落ち込み始めていた。
 その様子に、アッシュは内心で小さく唇をかんだ。
 これは非常にますい状況だ。彼女はかなり精神的に参っている。
 このまま放っておいては危険だ。


「おい、しっかりしろよ。ミランシャ」


 そう告げて、アッシュは手に力を込め、彼女の両肩をグッと掴んだ。
 ミランシャはぱちくりと目を瞬かせた。


「お前ってさ。今回初めてあの爺さんに反抗したんだろ? ならこれからじゃねえか。もっと腹割ってあの爺さんと話し合えよ。アルフも交えてさ」

「お、お爺さまと……話す?」


 アッシュの顔を見上げてそう反芻するミランシャに、白い髪の青年は「ああ、そうさ」と言って力強く頷く。


「そのために今、俺ん家にいるんじゃねえか。しっかりしろよ」


 そう言ってから、アッシュはニカッと笑った。


「まあ、心配すんなって。確かにあの爺さんは厄介だが、少なくともアルフはお前の味方なんだぞ。勿論俺もな。あと、そうだな」


 そこで一拍置いて、


「その話し合いで爺さんとまた喧嘩したんなら何度でも俺ん家に転がりこめばいいさ。なんならアルフが一緒でも構わねえぞ。俺はいつだって歓迎だ」

「………アシュ君」


 アッシュの言葉に、ミランシャは呆然とした。
 素直に言えば嬉しい。心の底から歓喜が湧きあがる……が、


「ご、ごめんなさい」


 ミランシャは視線を伏せて謝罪する。
 彼女の声は震えていた。


「ア、アタシ、アシュ君に迷惑ばかりかけて……」


 そして、ポロポロと涙を零し始める。
 周囲の人々は何事かと足を止め始めていた。
 しかし、アッシュは周囲の様子になど気にもかけない。
 今はミランシャを励ます方が重要だった。


「ああ、だから泣くなって」


 言って、アッシュはハンカチを取り出してミランシャの目元を拭った。
 その仕草は、まるで子供に構う父親のようだった。


「なんか、お前って意外と泣き虫だよな」

「うぅ、ご、ごめん、アシュ君」


 そんなことを言われ、しゅんと肩を落とすミランシャ。
 彼女の目尻には、再び涙が溢れようとしていたが、


「だから、そんなちいせえこと気にすんなよ」


 アッシュはふっと笑い、ミランシャの頭にポンと手を置く。
 それからユーリィにするように、くしゃくしゃと彼女の赤い髪を撫でた。


「迷惑なんていくらでもかけていいんだよ」


 そう言って、アッシュは手にさらに力を込める。


「お前が望むのなら、俺はいつだって助けてやるよ」

「ア、アシュ君……」


 一方、ミランシャはいきなり幼子のように頭を撫でられ、頬を赤らめていた。
 普段ユーリィやサーシャにこうするアッシュの姿はよく見ていたが、まさか自分までされるとは思ってもいなかったのである。
 まさに子供に対する扱いなのだが、意外にも悪い気分ではない。
 むしろ撫でられる度に、動揺していた心が穏やかになっていくのを感じた。
 トクントクン、と静かに心の音が鳴り続ける。


(アシュ君……)


 そして、すうっと瞳を細めるミランシャ。
 正直、もう少し堪能したい気分になったが、この状況には大きな問題もあった。


「あ、あの……アシュ君」


 不意に、ミランシャは忙しく目を泳がせながら、か細い声で呟く。


「その、お、お願い。そろそろやめて。少し恥ずかしい……」


 彼女の顔は、かなり赤くなっていた。
 先程から、周囲の視線が気になって仕方がないのだ。
 平日の昼間。まばらといっても人はいる。
 アッシュは気にもかけていないようだが、大通りを歩いていたほとんどの通行人達はいつしか足を止めていた。そしてさりげなくを装っているが、ミランシャ達の様子をとても興味津々に注目していたのである。
 二人とも有名人だ。注目されない訳がない。


(いや、その、確かに夫婦とかの噂を流したのはアタシだけどさ……)


 ミランシャはギュッと指を強く組み、硬直した。
 流石に、これだけの衆目の前で子供のように涙を拭かれた上に、頭をよしよしと撫でられるのは恥ずかしすぎる。


「お、そうか。悪りい。いつもの癖でな」


 言って、ミランシャの髪から手を離すアッシュ。
 ミランシャは「あっ」と呟いた。
 確かに恥ずかしくはあるが、あっさり手を引かれるのも不本意だ。
 ミランシャは少し名残惜しそうに青年の手を見つめていた。
 すると、


「けどなミランシャ。本当に辛い時は頼ってもいいんだぞ」


 不意に真剣な声で、アッシュがそう語りかけてくる。
 彼の声は、ミランシャを気遣う想いで溢れていた。
 そんなとても優しい青年に見つめられ――。
 ボボッ、と。
 声を発することもなくミランシャは赤面する。


(う、うああ……まずっ)


 顔が発火したように怖ろしく熱い。
 彼女は、しばらく火照る顔を隠すように俯いていた。
 再び俯き始める友人に、アッシュが眉根を寄せる。


「ミランシャ? どうした? 気分が悪いのか?」


 と、心配する青年に対し、ミランシャは俯いたままふるふると首を横に振った。
 彼女の心音は激しく早鐘を打っていた。
 出来るのことなら、彼の胸に飛び込み、思いっきり甘えてみたかった。
 今のこの雰囲気ならそれも許されるような気がするが、それはそれでもうこの想いに歯止めが利かなくなるような気がしてならない。
 そうなると色々厄介だ。彼女の計画も大きく狂う。
 そもそも、事を急ぎ過ぎて失敗したら怖い。


(い、今は我慢すべきよね)


 ミランシャは大きく息を吐き出した。
 それから、どうにか逸る気持ちを強引に抑えつけて――。


「う、うん。大丈夫よ。それよりアシュ君。さっきの話だけど――」


 彼女は、優しげに目を細めた。
 そして改めて愛しい青年にお願いする。


「うん。協力お願いするね。頼りにしているわアシュ君!」
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