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第8部
第七章 追憶の彼方より……。①
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「か、仮面さん!」
閉じられた偽りの世界の中で――。
ようやく青年の存在を受け入れたルカが、驚きと共に歓喜の声を上げた。
続けてオルタナも勢いよく羽ばたき、「……ウム! ヘンジンダッタ、ノカ!」と、少女の頭上で旋回しながら叫んだ。
が、ルカはオルタナの声に反応する余裕もなく、アッシュの――《朱天》の元に駆け寄った。続けて救いを求めるように手を伸ばす。
アッシュはすっと目を細めて――。
「おいで、お嬢ちゃん」
少女の手を取り、《朱天》の中に引き上げる。
力強い腕に導かれるように彼女は《朱天》の操縦席に乗り込んだ。
そして、ルカは間近で青年の顔を食い入るように見つめて。
「ひ、ひっく。か、仮面さん」
整った顔をくしゃくしゃと崩した。
「す、すごく、こ、怖かった、の」
続けて水色の瞳からポロポロと涙をあふれさせて肩を震わせる。
その姿は、まるで怯える小動物のようだった。
「だ、誰もいなくて、ぜ、全然、家も変わらなくて、そ、そしたら、いきなり、ごごごごごって……」
と支離滅裂な説明をしながら、ルカはアッシュの首に手を伸ばしてくる。
しかし、そこからどうすればいいのか分からなかったのだろう。彼女の両手は定まらず宙を彷徨っていた。
アッシュはふっと苦笑を浮かべる。
「……ん。もう大丈夫だ」
そして怯える少女の背中に、そっと手を回して強く抱きしめた。
一瞬ルカの手が止まり、鼓動が跳ね上がる。
「……あ、う……」
零れ落ちる小さな呟きと、頬を伝う涙の筋。
アッシュはルカを抱きしめながら、ポンポンと彼女の頭を叩いた。
「もう心配はいらねえ。俺が傍にいる」
その力強い言葉に、ルカはとてもホッとした。
先程までの不安や恐怖が消し飛び、深い安堵が胸中に訪れる。
(……仮面さん)
そしてルカは、ギュッとアッシュに抱きついた。
ああ、この温もりをずっと切望していたのだと、少女ははっきりと感じ取った。
ずっとずっと、こうして抱きしめて欲しかった。
この異様な迷宮で、それだけを求めて走っていたのだと今更ながら自覚する。
だからこそ、ルカは素直に願った。
真直ぐ自分の想いを語った。
「お、お願い。もう、私を離さないで……」
青年のつなぎを掴む手が、強くなる。
まさしく、それは彼女にとって心からの願望だった。
言葉にしたことで、ルカの心はきゅうと鳴った。
すると、アッシュは――。
「ああ。傍にいるから大丈夫だ」
と、何の迷いもなく、はっきりと応える。
ルカは大きく瞳を見開き、少しだけ青年から離れて「ホ、ホント?」と呟いた。
心臓が、トクントクンと激しく高鳴る。
今の今まで自覚もしていなかった想いが、強く――とても強く輝き始める。
そして消え入りそうな声で「か、仮面さん。ずっと、私の傍にいて、くれるの?」と呟くが、あまりにも小さな声であったため、その呟きは誰にも届かなかった。
アッシュは優しく口元を崩し、ルカの頭をひと撫でした。
「……ぁ、……」
微かな声を零し、ルカは瞳を隠して俯く。彼女の首筋は耳まで真っ赤だった。
ユーリィ達が見れば深々と嘆息しそうな――まさにいつものことである。
とは言え、このいつもの光景。
実は、今回に限ってだけは、アッシュの『鈍感』もあまり関係していなかった。
この時、アッシュの意識の大半は、すでに別の方向へと移っていたからだ。
なにせここは敵の相界陣の中。言わば巨大な魔獣の腹の中だ。
ルカを落ち着かせることは重要だが、それだけに注視している訳にもいかない。
アッシュは面持ちを鋭くすると、ルカの肩に片手を乗せる。
そして眼下のザインを一瞥した。
「さて、と。マジで待たせちまったか?」
そう尋ねるアッシュに、ザインはふっと笑い、
「ああ、かなりヤバかったよ。師匠。どうせならもっと早く来てくれよ」
と、冗談混じりの声で答える。
対するアッシュは不機嫌そうに眉をしかめて。
「だったらもっと早く《デュランハート》を喚び出せよ。いくら職人と言っても相界陣に関して俺は門外漢なんだぞ。座標もなく割り込めねえよ」
という仮面の青年の台詞に、
「いや、それはだな……」
ザインは大破した愛機を一瞥し、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
「……まともに召喚することも出来なかったんだよ」
アッシュもまた横たわる《デュランハート》に目をやり、
「……そいつは悪りい。マジで切羽詰まった状況だったみたいだな」
そう言って、若き公爵に謝罪した。続けてシャールズ達に目をやる。ザインの弟は突然の乱入者である《朱天》とアッシュを前にして流石に唖然としていた。
しかし、灰色のスーツを着た老紳士――ウォルター=ロッセンの方はすでに精神を立て直しており、冷酷な面持ちを《朱天》を向けている。
老紳士の突き刺すような視線に対し、アッシュは眼光を鋭く細める。
――ああ、なるほど。この男が……。
「察するにあんたがロッセンってやつか」
そう呟いて皮肉気に笑う。
「なんでも、あのギル爺さんの昔の商売敵らしいな」
「……ほう」
そこで能面のようだったウォルターの表情が初めて動く。
「もしやとは思ったが、やはり貴様はボーガンの手の者か。ならば、そこにいる公爵家の当主殿もボーガンの一味という訳か」
「……いや、そう言われるとなんか悪役みてえだよな」
アッシュは苦笑を浮かべた。
ザインもまた肩をすくめて、苦笑いを浮かべている。
「まあ、確かに今回の件はあの爺さんも一枚かんでいるよ。特にあんたの来訪については色々と爺さんから聞いているしな」
そしてアッシュはあの喰えない老紳士の関与を認めた。
が、おもむろに、自分の顔を覆う仮面をコツコツと指先で叩くと、
「けどよ、今回の話を最初に持ちだしたのは、そこの筋肉紳士だぞ。だからギル爺さんの一味っていうのは少し違うかもな」
と、あの日の会話を思い出しながら補足する。
アッシュいわく筋肉紳士ことザインは「おいおい師匠。筋肉紳士はないだろ」と不満をもらしていたが不意に真剣な顔つきでアッシュの傍らにいるルカを見やり、
「けど師匠だって、その子を守ることには賛同してくれるだろ?」
「………え?」
ルカは目を丸くした。
そして「か、仮面さん?」と呟いてアッシュの顔を見上げた。
「ああ。この子を守ることに関しては異論はねえ。大いに賛同だ」
と、アッシュもまた真剣な眼差しでルカの顔を見つめた。
それから、優しい声で少女に語りかける。
「お嬢ちゃん」
「は、はい」
青年のつなぎの裾を握ったまま、ルカは返事をする。
「随分と怖い目に会わせちまって悪かったな。ホントはもっと早く来るつもりだったんだが……まあ、事情は後で話すよ。今は俺とそこの筋肉紳士を信じてくれ」
言って、アッシュはルカの頭をゆっくりと撫でた。
ルカは一瞬だけキョトンとしたが、すぐにザインの方へと目をやった。
自分の血縁者でもある大柄な貴族の青年は、今は大仰な仕種で一礼していた。
「ザ、ザインさん……」
正直事態はよく分からないが、彼らが敵ではないことだけは理解する。
少なくとも平然と親族を殺そうとしたシャールズや、嫌悪感さえ抱く不気味な灰色の老紳士よりも遥かに信頼できる。
ルカは「は、はい。分かりました」と言って、こくんと頷いた。
アッシュは満足げに首肯する。
「さて。そんじゃあ、そろそろ仕事に入るか」
そしてシャールズ達を一瞥し、アッシュはニヤリと笑って告げる。
「夜も遅い。ここは手早くぶちのめさせてもらうぜ」
閉じられた偽りの世界の中で――。
ようやく青年の存在を受け入れたルカが、驚きと共に歓喜の声を上げた。
続けてオルタナも勢いよく羽ばたき、「……ウム! ヘンジンダッタ、ノカ!」と、少女の頭上で旋回しながら叫んだ。
が、ルカはオルタナの声に反応する余裕もなく、アッシュの――《朱天》の元に駆け寄った。続けて救いを求めるように手を伸ばす。
アッシュはすっと目を細めて――。
「おいで、お嬢ちゃん」
少女の手を取り、《朱天》の中に引き上げる。
力強い腕に導かれるように彼女は《朱天》の操縦席に乗り込んだ。
そして、ルカは間近で青年の顔を食い入るように見つめて。
「ひ、ひっく。か、仮面さん」
整った顔をくしゃくしゃと崩した。
「す、すごく、こ、怖かった、の」
続けて水色の瞳からポロポロと涙をあふれさせて肩を震わせる。
その姿は、まるで怯える小動物のようだった。
「だ、誰もいなくて、ぜ、全然、家も変わらなくて、そ、そしたら、いきなり、ごごごごごって……」
と支離滅裂な説明をしながら、ルカはアッシュの首に手を伸ばしてくる。
しかし、そこからどうすればいいのか分からなかったのだろう。彼女の両手は定まらず宙を彷徨っていた。
アッシュはふっと苦笑を浮かべる。
「……ん。もう大丈夫だ」
そして怯える少女の背中に、そっと手を回して強く抱きしめた。
一瞬ルカの手が止まり、鼓動が跳ね上がる。
「……あ、う……」
零れ落ちる小さな呟きと、頬を伝う涙の筋。
アッシュはルカを抱きしめながら、ポンポンと彼女の頭を叩いた。
「もう心配はいらねえ。俺が傍にいる」
その力強い言葉に、ルカはとてもホッとした。
先程までの不安や恐怖が消し飛び、深い安堵が胸中に訪れる。
(……仮面さん)
そしてルカは、ギュッとアッシュに抱きついた。
ああ、この温もりをずっと切望していたのだと、少女ははっきりと感じ取った。
ずっとずっと、こうして抱きしめて欲しかった。
この異様な迷宮で、それだけを求めて走っていたのだと今更ながら自覚する。
だからこそ、ルカは素直に願った。
真直ぐ自分の想いを語った。
「お、お願い。もう、私を離さないで……」
青年のつなぎを掴む手が、強くなる。
まさしく、それは彼女にとって心からの願望だった。
言葉にしたことで、ルカの心はきゅうと鳴った。
すると、アッシュは――。
「ああ。傍にいるから大丈夫だ」
と、何の迷いもなく、はっきりと応える。
ルカは大きく瞳を見開き、少しだけ青年から離れて「ホ、ホント?」と呟いた。
心臓が、トクントクンと激しく高鳴る。
今の今まで自覚もしていなかった想いが、強く――とても強く輝き始める。
そして消え入りそうな声で「か、仮面さん。ずっと、私の傍にいて、くれるの?」と呟くが、あまりにも小さな声であったため、その呟きは誰にも届かなかった。
アッシュは優しく口元を崩し、ルカの頭をひと撫でした。
「……ぁ、……」
微かな声を零し、ルカは瞳を隠して俯く。彼女の首筋は耳まで真っ赤だった。
ユーリィ達が見れば深々と嘆息しそうな――まさにいつものことである。
とは言え、このいつもの光景。
実は、今回に限ってだけは、アッシュの『鈍感』もあまり関係していなかった。
この時、アッシュの意識の大半は、すでに別の方向へと移っていたからだ。
なにせここは敵の相界陣の中。言わば巨大な魔獣の腹の中だ。
ルカを落ち着かせることは重要だが、それだけに注視している訳にもいかない。
アッシュは面持ちを鋭くすると、ルカの肩に片手を乗せる。
そして眼下のザインを一瞥した。
「さて、と。マジで待たせちまったか?」
そう尋ねるアッシュに、ザインはふっと笑い、
「ああ、かなりヤバかったよ。師匠。どうせならもっと早く来てくれよ」
と、冗談混じりの声で答える。
対するアッシュは不機嫌そうに眉をしかめて。
「だったらもっと早く《デュランハート》を喚び出せよ。いくら職人と言っても相界陣に関して俺は門外漢なんだぞ。座標もなく割り込めねえよ」
という仮面の青年の台詞に、
「いや、それはだな……」
ザインは大破した愛機を一瞥し、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
「……まともに召喚することも出来なかったんだよ」
アッシュもまた横たわる《デュランハート》に目をやり、
「……そいつは悪りい。マジで切羽詰まった状況だったみたいだな」
そう言って、若き公爵に謝罪した。続けてシャールズ達に目をやる。ザインの弟は突然の乱入者である《朱天》とアッシュを前にして流石に唖然としていた。
しかし、灰色のスーツを着た老紳士――ウォルター=ロッセンの方はすでに精神を立て直しており、冷酷な面持ちを《朱天》を向けている。
老紳士の突き刺すような視線に対し、アッシュは眼光を鋭く細める。
――ああ、なるほど。この男が……。
「察するにあんたがロッセンってやつか」
そう呟いて皮肉気に笑う。
「なんでも、あのギル爺さんの昔の商売敵らしいな」
「……ほう」
そこで能面のようだったウォルターの表情が初めて動く。
「もしやとは思ったが、やはり貴様はボーガンの手の者か。ならば、そこにいる公爵家の当主殿もボーガンの一味という訳か」
「……いや、そう言われるとなんか悪役みてえだよな」
アッシュは苦笑を浮かべた。
ザインもまた肩をすくめて、苦笑いを浮かべている。
「まあ、確かに今回の件はあの爺さんも一枚かんでいるよ。特にあんたの来訪については色々と爺さんから聞いているしな」
そしてアッシュはあの喰えない老紳士の関与を認めた。
が、おもむろに、自分の顔を覆う仮面をコツコツと指先で叩くと、
「けどよ、今回の話を最初に持ちだしたのは、そこの筋肉紳士だぞ。だからギル爺さんの一味っていうのは少し違うかもな」
と、あの日の会話を思い出しながら補足する。
アッシュいわく筋肉紳士ことザインは「おいおい師匠。筋肉紳士はないだろ」と不満をもらしていたが不意に真剣な顔つきでアッシュの傍らにいるルカを見やり、
「けど師匠だって、その子を守ることには賛同してくれるだろ?」
「………え?」
ルカは目を丸くした。
そして「か、仮面さん?」と呟いてアッシュの顔を見上げた。
「ああ。この子を守ることに関しては異論はねえ。大いに賛同だ」
と、アッシュもまた真剣な眼差しでルカの顔を見つめた。
それから、優しい声で少女に語りかける。
「お嬢ちゃん」
「は、はい」
青年のつなぎの裾を握ったまま、ルカは返事をする。
「随分と怖い目に会わせちまって悪かったな。ホントはもっと早く来るつもりだったんだが……まあ、事情は後で話すよ。今は俺とそこの筋肉紳士を信じてくれ」
言って、アッシュはルカの頭をゆっくりと撫でた。
ルカは一瞬だけキョトンとしたが、すぐにザインの方へと目をやった。
自分の血縁者でもある大柄な貴族の青年は、今は大仰な仕種で一礼していた。
「ザ、ザインさん……」
正直事態はよく分からないが、彼らが敵ではないことだけは理解する。
少なくとも平然と親族を殺そうとしたシャールズや、嫌悪感さえ抱く不気味な灰色の老紳士よりも遥かに信頼できる。
ルカは「は、はい。分かりました」と言って、こくんと頷いた。
アッシュは満足げに首肯する。
「さて。そんじゃあ、そろそろ仕事に入るか」
そしてシャールズ達を一瞥し、アッシュはニヤリと笑って告げる。
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