クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
259 / 499
第9部

第一章 ロマン・チェイサー③

しおりを挟む
 アティス王国。市街区の南端にある――クライン工房。
 主に鎧機兵のメンテナンスを行うこの工房は、外壁近くの街外れにあるのにも関わらずそこそこの繁盛っぷりだった。
 だがしかし、どんな商売でも盛況には波があり、今日は極めて暇だった。


「……ふわあぁ」


 あまりの暇さに店主である青年が欠伸をした。
 年の頃は二十二、三歳ほどか。
 鍛え上げた身体とそこそこ整った顔立ち。漆黒の双眸と毛先だけがわずかに黒く染まった白い髪が特徴的な、つなぎ姿の青年だ。
 アッシュ=クライン。
 このアティス王国にて『流れ星師匠』の名で知られる人物だ。最近は多少自業自得かもしれないが『仮面さん』とも呼ばれている。
 アッシュは工房の作業場に置いてあるパイプ椅子に座って外を眺めていたが、まるで来客の気配がない。時刻もそろそろ三時過ぎ。今日はもしかすると、このまま一人も客は来ないかもしれなかった。


「まあ、こんな日もあるか」


 アッシュはそう呟くと視線を工房内に移した。
 視界の先にはアッシュと同じくパイプ椅子に座り、黙々と本を読む少女の姿があった。
 彼女はアッシュの養女であり、歳は今年で十五歳。同世代よりも少し背が低いことも相まって見た目的には二、三歳ほど幼く見える少女だ。
 ただ、その容姿はまさに群を抜いている。
 透き通るような白い肌と、まるで人形のように整った綺麗な鼻梁。瞳は宝石を彷彿させるような翡翠色だ。空色の髪は肩にかからない程度まで伸ばしており、毛先の部位のみ緩やかなウェーブがかかっている。アッシュとお揃いの白いつなぎを着ているのだが、そんな庶民的な装いを吹き飛ばすほど神秘的な容姿の少女だった。
 これでもう少し愛想があれば完璧だというのに、彼女の顔は不機嫌そうだった。


「お~い、ユーリィ」

「…………」


 アッシュが少女の名を呼ぶが、彼女――ユーリィ=エマリアは無言だった。
 読書に集中していると言うより、不機嫌が極まって無視しているのだ。


(やれやれだな)


 アッシュはパイプ椅子から立ち上がり嘆息した。
 彼女の不機嫌な理由は分かっている。つい最近知り合った少女が原因だ。
 ユーリィと同い年の彼女のことがユーリィは気に入らないのである。


「あのな、ユーリィ」


 アッシュはユーリィに近付いて話しかける。


「ルカ嬢ちゃんのことは仕方がなかったんだって。あんな子が危ない目に遭うかもしんねえのを見過ごす訳にもいかねえだろ?」


 と、アッシュが自分の言い分を語るが、ユーリィはやはり何も答えない。
 完全に無視する気なのだろう。
 アッシュはやむを得ず彼女の本をひょいっと取り上げた。
 するとユーリィはますます仏頂面をしてアッシュを睨み付けた。


「返して」


 鈴が鳴るような声でそう告げてくる。
 ともあれ、ようやく反応してくれたのでアッシュは言葉を続けた。


「ダメだ。俺の話を聞け。そもそも最近のお前、少し不機嫌すぎるぞ」

「……………」


 ユーリはぶすっとするだけで返事をしない。


「もう少し仲良くしろよ。あの子は友達になろうって言ってくれてんだぜ」


 そう告げたアッシュだが、ユーリィは不意にパイプ椅子から立ち上がると部屋の奥――二階へと向かった。「おい、ユーリィ!」とアッシュはさらに声をかける。しかしユーリィは振り向かない。ただ、とても小さな声で「アッシュの馬鹿」と呟いていたが、その声がアッシュにまでは届くことはなかった。


「ったく。あの子は……」


 ユーリィが二階に消え、アッシュが手に持った本でコンコンと肩を叩いていると、


「ん? どうかしたのか? クライン?」


 不意に後ろから声をかけられた。
 振り向くとそこには片手に買い物用バックを持った一人の女性がいた。
 実年齢はアッシュよりも一つ下。しかし、十代後半でも通じそうな女性だ。
 紫紺色の短い髪と同色の瞳を持ち、綺麗な顔の右側には白いスカーフ状の眼帯を付けている。身体には黒い皮服レザースーツを纏っており、同性でさえ目を惹く見事なプロポーションが浮き出ていた。腰には鎧機兵の召喚器である小太刀を差している。
 彼女の名はオトハ=タチバナ。
 アッシュの旧友であり、現在クライン工房に居候している女性だった。
 本業は傭兵なのだが、オトハは現在、騎士学校の臨時教官を勤めていた。と、同時に意外に家庭的な彼女はクライン工房の『食』を握る人物でもある。
 今日も彼女は学校帰りに夕食の買い出しに出かけ、今戻ってきたところだった。
 ちなみに、こうやって毎日買い物に行っていると店員にアッシュの奥さん扱いされるので嬉しいというのはオトハだけの秘密だった。
 まあ、それはともかく。


「いや、実はさ」


 アッシュは本を作業机の上に置き、ボリボリと頭をかいた。


「相変わらずユーリィの機嫌が悪くてな。どうすりゃあ直ってくれんだ、あの子」

「なんだ。まだ不機嫌なのか」


 オトハは視線を二階へと向けた。


「今回は根が深いな」


 だが、気持ちは分かる。
 オトハも初めてルカを紹介された時は愕然としてしまったものだ。
 完全に後手に回ってしまったと後悔したぐらいである。
 それはオトハだけではなく、ユーリィにサーシャ、アリシアも同様だった。
 とは言え、すでに一週間以上も経った今、オトハ達はすでに気持ちを切り替えていたのだが、ユーリィだけは未だ不機嫌だった。
 ただ、何となくユーリの気持ちも察すことは出来る。
 最近知り合ったルカ=アティスという少女は、とても無邪気な少女だった。
 純朴と言ってもいい素直な性格で、誰の目から見ても分かりやすい好意をアッシュに向けていた。まるで幼い子供が親に甘えるように、彼女はアッシュに懐いていた。
 言ってしまえばそういった所が、ルカはユーリィに似ているのだ。
 オトハやサーシャ、これまでアッシュに近付いてきた女性達とは違う。
 恐らく初めての自分の立場に近い人間だ。そのため、嫉妬や危機感が収まらない心境になっているだろう。これはそう簡単には直らない。


(どうしたものか)


 何だかんだ言って面倒見の良いオトハが内心で悩んでいると、


「はぁ、なんとか仲良くなってくれねえかなぁ」


 と、アッシュが何も分かっていない台詞を零した。


「……はぁ、まったくお前は……」


 オトハは深々と溜息をつく。
 大きな胸を揺らして買い物用バックと肩を落とした。
 まったくもってこの男は……。
 本当にどうにかならないものか。心底そう思う。
 クライン工房の若き主人であるアッシュ=クライン。
 彼の鈍感っぷりは今日も健在だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

異世界転移から始まるハーレム生活〜チートスキルを貰った俺は、妹と共に無双する〜

昼寝部
ファンタジー
 2XXX年、X月。  俺、水瀬アキトは戦争の絶えない地球で『戦場の悪魔』と呼ばれ、数多の戦で活躍していた。  そんな日々を過ごしていた俺は、ひょんなことから妹と一緒に異世界へ転移することになった。  その世界にはダンジョンが存在しており、ライトノベルなどで登場する世界観と類似していた。  俺たちはその世界で過ごすため女神様からチートスキルを貰い、冒険者となって異世界での生活を満喫することにした。  これは主人公の水瀬アキトと妹のカナデが異世界へ転移し、美少女たちに囲まれながら異世界で無双するお話し。

処理中です...