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第9部
第一章 ロマン・チェイサー③
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アティス王国。市街区の南端にある――クライン工房。
主に鎧機兵のメンテナンスを行うこの工房は、外壁近くの街外れにあるのにも関わらずそこそこの繁盛っぷりだった。
だがしかし、どんな商売でも盛況には波があり、今日は極めて暇だった。
「……ふわあぁ」
あまりの暇さに店主である青年が欠伸をした。
年の頃は二十二、三歳ほどか。
鍛え上げた身体とそこそこ整った顔立ち。漆黒の双眸と毛先だけがわずかに黒く染まった白い髪が特徴的な、つなぎ姿の青年だ。
アッシュ=クライン。
このアティス王国にて『流れ星師匠』の名で知られる人物だ。最近は多少自業自得かもしれないが『仮面さん』とも呼ばれている。
アッシュは工房の作業場に置いてあるパイプ椅子に座って外を眺めていたが、まるで来客の気配がない。時刻もそろそろ三時過ぎ。今日はもしかすると、このまま一人も客は来ないかもしれなかった。
「まあ、こんな日もあるか」
アッシュはそう呟くと視線を工房内に移した。
視界の先にはアッシュと同じくパイプ椅子に座り、黙々と本を読む少女の姿があった。
彼女はアッシュの養女であり、歳は今年で十五歳。同世代よりも少し背が低いことも相まって見た目的には二、三歳ほど幼く見える少女だ。
ただ、その容姿はまさに群を抜いている。
透き通るような白い肌と、まるで人形のように整った綺麗な鼻梁。瞳は宝石を彷彿させるような翡翠色だ。空色の髪は肩にかからない程度まで伸ばしており、毛先の部位のみ緩やかなウェーブがかかっている。アッシュとお揃いの白いつなぎを着ているのだが、そんな庶民的な装いを吹き飛ばすほど神秘的な容姿の少女だった。
これでもう少し愛想があれば完璧だというのに、彼女の顔は不機嫌そうだった。
「お~い、ユーリィ」
「…………」
アッシュが少女の名を呼ぶが、彼女――ユーリィ=エマリアは無言だった。
読書に集中していると言うより、不機嫌が極まって無視しているのだ。
(やれやれだな)
アッシュはパイプ椅子から立ち上がり嘆息した。
彼女の不機嫌な理由は分かっている。つい最近知り合った少女が原因だ。
ユーリィと同い年の彼女のことがユーリィは気に入らないのである。
「あのな、ユーリィ」
アッシュはユーリィに近付いて話しかける。
「ルカ嬢ちゃんのことは仕方がなかったんだって。あんな子が危ない目に遭うかもしんねえのを見過ごす訳にもいかねえだろ?」
と、アッシュが自分の言い分を語るが、ユーリィはやはり何も答えない。
完全に無視する気なのだろう。
アッシュはやむを得ず彼女の本をひょいっと取り上げた。
するとユーリィはますます仏頂面をしてアッシュを睨み付けた。
「返して」
鈴が鳴るような声でそう告げてくる。
ともあれ、ようやく反応してくれたのでアッシュは言葉を続けた。
「ダメだ。俺の話を聞け。そもそも最近のお前、少し不機嫌すぎるぞ」
「……………」
ユーリはぶすっとするだけで返事をしない。
「もう少し仲良くしろよ。あの子は友達になろうって言ってくれてんだぜ」
そう告げたアッシュだが、ユーリィは不意にパイプ椅子から立ち上がると部屋の奥――二階へと向かった。「おい、ユーリィ!」とアッシュはさらに声をかける。しかしユーリィは振り向かない。ただ、とても小さな声で「アッシュの馬鹿」と呟いていたが、その声がアッシュにまでは届くことはなかった。
「ったく。あの子は……」
ユーリィが二階に消え、アッシュが手に持った本でコンコンと肩を叩いていると、
「ん? どうかしたのか? クライン?」
不意に後ろから声をかけられた。
振り向くとそこには片手に買い物用バックを持った一人の女性がいた。
実年齢はアッシュよりも一つ下。しかし、十代後半でも通じそうな女性だ。
紫紺色の短い髪と同色の瞳を持ち、綺麗な顔の右側には白いスカーフ状の眼帯を付けている。身体には黒い皮服を纏っており、同性でさえ目を惹く見事なプロポーションが浮き出ていた。腰には鎧機兵の召喚器である小太刀を差している。
彼女の名はオトハ=タチバナ。
アッシュの旧友であり、現在クライン工房に居候している女性だった。
本業は傭兵なのだが、オトハは現在、騎士学校の臨時教官を勤めていた。と、同時に意外に家庭的な彼女はクライン工房の『食』を握る人物でもある。
今日も彼女は学校帰りに夕食の買い出しに出かけ、今戻ってきたところだった。
ちなみに、こうやって毎日買い物に行っていると店員にアッシュの奥さん扱いされるので嬉しいというのはオトハだけの秘密だった。
まあ、それはともかく。
「いや、実はさ」
アッシュは本を作業机の上に置き、ボリボリと頭をかいた。
「相変わらずユーリィの機嫌が悪くてな。どうすりゃあ直ってくれんだ、あの子」
「なんだ。まだ不機嫌なのか」
オトハは視線を二階へと向けた。
「今回は根が深いな」
だが、気持ちは分かる。
オトハも初めてルカを紹介された時は愕然としてしまったものだ。
完全に後手に回ってしまったと後悔したぐらいである。
それはオトハだけではなく、ユーリィにサーシャ、アリシアも同様だった。
とは言え、すでに一週間以上も経った今、オトハ達はすでに気持ちを切り替えていたのだが、ユーリィだけは未だ不機嫌だった。
ただ、何となくユーリの気持ちも察すことは出来る。
最近知り合ったルカ=アティスという少女は、とても無邪気な少女だった。
純朴と言ってもいい素直な性格で、誰の目から見ても分かりやすい好意をアッシュに向けていた。まるで幼い子供が親に甘えるように、彼女はアッシュに懐いていた。
言ってしまえばそういった所が、ルカはユーリィに似ているのだ。
オトハやサーシャ、これまでアッシュに近付いてきた女性達とは違う。
恐らく初めての自分の立場に近い人間だ。そのため、嫉妬や危機感が収まらない心境になっているだろう。これはそう簡単には直らない。
(どうしたものか)
何だかんだ言って面倒見の良いオトハが内心で悩んでいると、
「はぁ、なんとか仲良くなってくれねえかなぁ」
と、アッシュが何も分かっていない台詞を零した。
「……はぁ、まったくお前は……」
オトハは深々と溜息をつく。
大きな胸を揺らして買い物用バックと肩を落とした。
まったくもってこの男は……。
本当にどうにかならないものか。心底そう思う。
クライン工房の若き主人であるアッシュ=クライン。
彼の鈍感っぷりは今日も健在だった。
主に鎧機兵のメンテナンスを行うこの工房は、外壁近くの街外れにあるのにも関わらずそこそこの繁盛っぷりだった。
だがしかし、どんな商売でも盛況には波があり、今日は極めて暇だった。
「……ふわあぁ」
あまりの暇さに店主である青年が欠伸をした。
年の頃は二十二、三歳ほどか。
鍛え上げた身体とそこそこ整った顔立ち。漆黒の双眸と毛先だけがわずかに黒く染まった白い髪が特徴的な、つなぎ姿の青年だ。
アッシュ=クライン。
このアティス王国にて『流れ星師匠』の名で知られる人物だ。最近は多少自業自得かもしれないが『仮面さん』とも呼ばれている。
アッシュは工房の作業場に置いてあるパイプ椅子に座って外を眺めていたが、まるで来客の気配がない。時刻もそろそろ三時過ぎ。今日はもしかすると、このまま一人も客は来ないかもしれなかった。
「まあ、こんな日もあるか」
アッシュはそう呟くと視線を工房内に移した。
視界の先にはアッシュと同じくパイプ椅子に座り、黙々と本を読む少女の姿があった。
彼女はアッシュの養女であり、歳は今年で十五歳。同世代よりも少し背が低いことも相まって見た目的には二、三歳ほど幼く見える少女だ。
ただ、その容姿はまさに群を抜いている。
透き通るような白い肌と、まるで人形のように整った綺麗な鼻梁。瞳は宝石を彷彿させるような翡翠色だ。空色の髪は肩にかからない程度まで伸ばしており、毛先の部位のみ緩やかなウェーブがかかっている。アッシュとお揃いの白いつなぎを着ているのだが、そんな庶民的な装いを吹き飛ばすほど神秘的な容姿の少女だった。
これでもう少し愛想があれば完璧だというのに、彼女の顔は不機嫌そうだった。
「お~い、ユーリィ」
「…………」
アッシュが少女の名を呼ぶが、彼女――ユーリィ=エマリアは無言だった。
読書に集中していると言うより、不機嫌が極まって無視しているのだ。
(やれやれだな)
アッシュはパイプ椅子から立ち上がり嘆息した。
彼女の不機嫌な理由は分かっている。つい最近知り合った少女が原因だ。
ユーリィと同い年の彼女のことがユーリィは気に入らないのである。
「あのな、ユーリィ」
アッシュはユーリィに近付いて話しかける。
「ルカ嬢ちゃんのことは仕方がなかったんだって。あんな子が危ない目に遭うかもしんねえのを見過ごす訳にもいかねえだろ?」
と、アッシュが自分の言い分を語るが、ユーリィはやはり何も答えない。
完全に無視する気なのだろう。
アッシュはやむを得ず彼女の本をひょいっと取り上げた。
するとユーリィはますます仏頂面をしてアッシュを睨み付けた。
「返して」
鈴が鳴るような声でそう告げてくる。
ともあれ、ようやく反応してくれたのでアッシュは言葉を続けた。
「ダメだ。俺の話を聞け。そもそも最近のお前、少し不機嫌すぎるぞ」
「……………」
ユーリはぶすっとするだけで返事をしない。
「もう少し仲良くしろよ。あの子は友達になろうって言ってくれてんだぜ」
そう告げたアッシュだが、ユーリィは不意にパイプ椅子から立ち上がると部屋の奥――二階へと向かった。「おい、ユーリィ!」とアッシュはさらに声をかける。しかしユーリィは振り向かない。ただ、とても小さな声で「アッシュの馬鹿」と呟いていたが、その声がアッシュにまでは届くことはなかった。
「ったく。あの子は……」
ユーリィが二階に消え、アッシュが手に持った本でコンコンと肩を叩いていると、
「ん? どうかしたのか? クライン?」
不意に後ろから声をかけられた。
振り向くとそこには片手に買い物用バックを持った一人の女性がいた。
実年齢はアッシュよりも一つ下。しかし、十代後半でも通じそうな女性だ。
紫紺色の短い髪と同色の瞳を持ち、綺麗な顔の右側には白いスカーフ状の眼帯を付けている。身体には黒い皮服を纏っており、同性でさえ目を惹く見事なプロポーションが浮き出ていた。腰には鎧機兵の召喚器である小太刀を差している。
彼女の名はオトハ=タチバナ。
アッシュの旧友であり、現在クライン工房に居候している女性だった。
本業は傭兵なのだが、オトハは現在、騎士学校の臨時教官を勤めていた。と、同時に意外に家庭的な彼女はクライン工房の『食』を握る人物でもある。
今日も彼女は学校帰りに夕食の買い出しに出かけ、今戻ってきたところだった。
ちなみに、こうやって毎日買い物に行っていると店員にアッシュの奥さん扱いされるので嬉しいというのはオトハだけの秘密だった。
まあ、それはともかく。
「いや、実はさ」
アッシュは本を作業机の上に置き、ボリボリと頭をかいた。
「相変わらずユーリィの機嫌が悪くてな。どうすりゃあ直ってくれんだ、あの子」
「なんだ。まだ不機嫌なのか」
オトハは視線を二階へと向けた。
「今回は根が深いな」
だが、気持ちは分かる。
オトハも初めてルカを紹介された時は愕然としてしまったものだ。
完全に後手に回ってしまったと後悔したぐらいである。
それはオトハだけではなく、ユーリィにサーシャ、アリシアも同様だった。
とは言え、すでに一週間以上も経った今、オトハ達はすでに気持ちを切り替えていたのだが、ユーリィだけは未だ不機嫌だった。
ただ、何となくユーリの気持ちも察すことは出来る。
最近知り合ったルカ=アティスという少女は、とても無邪気な少女だった。
純朴と言ってもいい素直な性格で、誰の目から見ても分かりやすい好意をアッシュに向けていた。まるで幼い子供が親に甘えるように、彼女はアッシュに懐いていた。
言ってしまえばそういった所が、ルカはユーリィに似ているのだ。
オトハやサーシャ、これまでアッシュに近付いてきた女性達とは違う。
恐らく初めての自分の立場に近い人間だ。そのため、嫉妬や危機感が収まらない心境になっているだろう。これはそう簡単には直らない。
(どうしたものか)
何だかんだ言って面倒見の良いオトハが内心で悩んでいると、
「はぁ、なんとか仲良くなってくれねえかなぁ」
と、アッシュが何も分かっていない台詞を零した。
「……はぁ、まったくお前は……」
オトハは深々と溜息をつく。
大きな胸を揺らして買い物用バックと肩を落とした。
まったくもってこの男は……。
本当にどうにかならないものか。心底そう思う。
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