クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第10部(外伝)

第七章 虎が吠える④

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「そんじゃあ作戦会議を始めるぞ」


 一同が集まったところでバルカスは口火を切った。
 場所は広場の中央。各団員の鎧機兵に囲まれている状況。そこには今、バルカスとジェーンを筆頭にキャシーも含めて全団員が揃っていた。彼らは真剣な表情で円陣上に座り、団長の次の言葉を待っていた。


「まず、初めに言っておくぜ」


 バルカスは言葉を続けた。


「心して聞きな。これは《猛虎団》としての最後の作戦になるからな」


 シン、とした。
 全員が団長の言葉に目を剥いていた。


「状況は最悪だ。相手は《聖骸主》。俺らは奴の標的にされちまった。どう足掻いてもいずれは捕まる。逃げきる方法なんてねえよ」


 静寂は続く。バルカスは淡々と語り続けた。


「だが一つだけ助かるかもしんねえ方法がある。化け物には化け物を、だ。恐らく今ホルド村には《黒蛇》の切り込み隊長がいるはずだ」

「っ! あんたまさか……」


 ジェーンがハッとした表情を見せた。バルカスは首肯する。


「ああ。もう形振り構ってらんねえ。恥を承知であいつに助けを求める。あいつなら《聖骸主》相手でも勝てるかも知れねえしな。だが……」


 そこで渋面を浮かべる。


「あの化け物から逃げるために俺らは結構森の奥の方にまで来ちまった。ここから街道に出るまで三十分。ホルド村に向かうと――さらに一時間はかかるはずだ」


 団員達は未だ沈黙していた。ただバルカスの言葉に耳を傾ける。


「そんな時間、あの化け物が見逃してくれるとはとても思えねえ。特に《聖骸主》は逃げ始めた標的には過敏に反応するって話だしな。俺らが生き延びるには誰かがここに留まって囮になるしかねえ。トロイとテリーの奴が受け持ってくれたみてえにな」


 昨晩失った仲間の名に団員達は歯を軋ませ、拳を強く固めた。


「だからこれで最後なんだよ。《猛虎団》はこれで終いだ。本当に楽しかったよ。お前らと出会えて俺は幸せだった」


 バルカスは両拳を地面に付き、深々と頭を下げた。


「お前らを無事逃がすことが俺の団長としての締めの大仕事って訳だ。これ以上は誰一人死なせねえ。俺がきっちり奴を食い止めてみせるぜ」


「だ、団長!?」「い、いやそれは!」「おい! バルカス!」


 次々と声を上げる団員達。中には立ち上がる者もいた。
 ただ、ジェーンだけは静かな眼差しでバルカスを見つめていた。


「これは俺にしか出来ねえことなのさ」


 バルカスは言う。


「奴と戦えるとしたら俺しかいねえ。これでも俺は二つ名持ちだからな。まあ、流石に勝ち目はねえが安心しな! 一時間半ぐれえなら何とかしてみせるぜ!」


 ドンと胸を叩き、あえて陽気に笑う団長に団員達は声もなかった。
 ――が、そんな中で一人だけ叫び声を上げた。


「ちょ、ちょっと待つッス!」


 唯一団員ではないキャシーだった。


「それっておっさんは確実に死ぬって事ッスよね!? なに考えてるんスか!」

「まあ、仕方がねえさ」


 バルガスはボリボリと頭をかいた。


「傭兵団ってのは家族みてえなもんだ。団長が親なら団員が子供ガキだ。なら親が子供ガキのために命を張んのは当然だ」

「か、家族……」


 キャシーは呆然とした顔で目を見開いた。


「ウ、ウチの夢は……」


 バルカスが「ん?」と眉をひそめる。
 それに対し、キャシーは少し俯いてポツポツと語り始めた。


「ウチの夢は……家族を見つけることッス……ウチの家族になってくれる人を見つけるためにウチは村を出たんス……」

「あン? そうなのか?」バルカスは「んん?」と首を傾げた。「要するにお前は婚活の旅に出たってことなのか?」

「み、身も蓋もない表現をするね、あんた……」


 黙って聞いていたジェーンが思わずツッコむ。
 一方、キャシーはただ嘆息していた。


「そう受け取ってもらってもいいッス。あの村にはウチみたいな乱暴者と家族になってくれるような物好きな男はいなかったッスから」

「あン? 何言ってんだ? お前?」


 バルカスは再び首を傾げた。


「そんなのいくらでもいんだろ」

「え、け、けどウチの家族になってくれる人なんて……」

「おいおい、何だそりゃあ? 昨日も言ったがお前の将来性はそこそこだぞ。乱暴者なんて些細な欠点と思えるぐらいには素養があると思うぞ」

「そ、そうッスか?」


 不意に褒められて頬と染めるキャシーに、バルカスは「おう」と頷く。


「まあ、今はどんだけ絶望的であってもな。まず美人になんのだけは確定だろ」

「ホ、ホントッスか?」

「将来的には男もできるさ。そう悲観すんなや」

「うん。少し元気でたッス……」

「おう。そっか。まあ、将来的には太ももの肉つきも良くなるかも知んねえ。これは保証が出来ねえが」


 バルカスは顎髭をさする。キャシーは少し黙り込み始めた。


「将来的には背も伸びるかもな」

「…………」

「将来的にはおっぱいも大きくなるかも知んねえぞ。将来は何でもありだ。将来的には奇跡が起こるかも知んねえしな」

「…………」


 キャシーの沈黙が続く。「おい。これって」「うわあ、団長……」と様子を見ていた他の団員達がざわざわし始める。ジェーンは額に手を当てて頭を振っていた。
 そしてバルカスは、


「将来的には……」「将来的にだったら……」「将来的になら……」


 と、延々と語り続けて、


「――うっさいわッ!」


 遂にキャシーがキレた。
 勢いよく立ち上がると、ズンズンとバルカスの所に近付いていく。


「それって今は全然ダメって意味じゃないッスか!」

「ぬおっ!?」


 キャシーはその小さな手でバルカスの頭をガシッと挟んで掴んだ。
 キャシーの額に青筋が浮かぶ。


「ああ、ムカついたッス! 決めた! いま決めたッス! おいおっさん!」

「お、おう!」


 キャシーは顔を近付けて宣言する。


「将来なんて何の当てもないッス! だからおっさんが今のウチをもらえッ! 今すぐウチの家族になれッ!」

「はあ? 何言ってんだお前――」

「うっさい! 黙れ!」


 言って、キャシーはズキューンとバルカスの唇を奪った。
 奪うことはあっても奪われたことはない。
 バルカス齢三十五にして初めての経験だった。
 団員達はただただ唖然とし、ジェーンはポカンと口を開けていた。
 ぷはあっと息継ぎをし、キャシーはさらに吠える。


「だからおっさんは死なせねえッス! ウチの家族にするから!」

「お、お前、さっきから何を言って――」


 完全に困惑した表情を見せるバルカスに、キャシーはゴツンと頭をぶつけてきた。


「そのすっげえ強い隊長さんにお願いすればいいんスよね! だったらウチが頼んできてやるッス! おっさんはそれまで生き延びるッス!」

「いや、はあ?」


 バルカスは呆然とした表情を見せた。


「ウチらが逃げる時間じゃなくて応援を呼びに行くまでの時間を稼げって言ってるんスよ! 嫁に稼ぎっぷりを見せてみろや!」

「よ、嫁ってお前まだガキ――」

「三日後には十六になるッス! もう結婚は出来る歳ッス! ううん、結婚はとりあえずいい……いいかおっさん!」


 そこで再びキャシーは渾身の頭突きを喰らわせた。


「約束しろ! ウチがその隊長さんを呼んできてやる! その代わりにそれまで絶対に生き延びろ! そんで全部片づいたらウチを抱け! 出来るだけ優しくな! ウチをおっさんの女にして家族にしろッ! いいな! 絶対だぞ!」


 まさに裂帛の気合いだった。
 幾度もの死線を越えてきた傭兵達さえ黙らせる迫力である。
 しばし沈黙が訪れる。はあ、はあとキャシーの荒い息だけが響く。
 そして、


「……はは、はははっははっははは! やられちまったなバルカス」


 不意にゾットが笑い出した。


「なんて勇ましい求愛だ。くくくっ、普段は全くモテないお前に奇跡的なモテ期が到来したじゃないか。いいじゃないか。約束してやれよ」

「お、おいゾット!」


 と、驚いた声を上げるバルカスだったが、


「いいじゃないっすか団長」「死ぬよりも生きてこそですよ」「ただ逃げるよりもそっちの方が俺らも俄然やる気が出ますよ」


 と、団員達も乗り気になる。バルカスは珍しく青ざめた。


「な、なあジェーン」


 首を横に向けて情けない声で自分の女に救いを求めるが、ジェーンは嘆息するだけで何も言わない。ただ、ダメだとも言わなかった。
 バルカスは正面を見た。そこには涙目になって睨み付けるキャシーの顔があった。
 完全に追い詰められ、遂にバルカスは白旗を揚げた。


「分かった分かった。約束してやらぁ……」

「ホ、ホントッスか!」


 喜びで瞳を輝かせるキャシー。
 周囲からは「「おお~」」と感嘆の声が上がった。


「とりあえず足掻いてみるさ。つうかお前らもう行けよ。マジで時間がねえんだぞ」

「ホントッスからね! 絶対生き延びるッスよ!」


 言ってキャシーはバルカスから離れた。
 他の団員達も「そんじゃあ団長」「必ず応援は呼びます。生き延びてください」と次々とバルカスに声をかけて各愛機に乗り込んだ。ちなみに、キャシーは一番歳の近いルクスに同乗する。そして各機は一斉に出立し始めた。最後まで『約束ッスからね!』というキャシーの声を聞こえていた。


「……やれやれだな」


 その場から立ち上がりバルカスが呻く。
 そして隣に目をやった。


「なんでお前は行かねえんだ? ジェーン」

「そんなのあたしの勝手さ。あんたはもう団長じゃないしね」

「そうかよ……」


 バルカスは嘆息した。どうやら彼女は残るつもりらしい。
 数瞬の沈黙。バルカスは「あのな、ジェーン」と彼女に声をかけた。


「? なにさ」

「その、今まで色々と悪かったよ。今だから言うが、マジで一目惚れだったんだ」

「…………は?」


 ジェーンは眉根を寄せてバルカスを見た。
 バルカスは気まずそうに頬をかいた。


「五年前のあの日。お前を初めて抱いた時、本気で浮かれちまった。お前に触れるだけですっげえ興奮したんだよ。だから、その、悪りい。自分でも抑えきれなくなってよ、あの夜はあんな感じになっちまった……」

「……………」


 ジェーンは無言だ。


「今思うとマジで最低だったよな。けど、それでも俺はお前を一夜だけで手放したくなかったんだよ。お前の全部が欲しかった。そう思っちまうともう止まらなくなってな。流石に暴力的な真似だけはしなかったと思うんだが……」

「………あんたね」


 ジェーンは嘆息した。


「もういいさ。昔のことだしね。それよりもあんたは――」


 そこで一瞬だけ躊躇うが、ジェーンは五年間一度も尋ねたことのない質問をした。


「本当に、あたしのことを愛してんのかい?」

「当たり前だろ」バルカスは即答した。「俺はお前を愛しているさ」


 ジェーンは真っ直ぐバルカスを見つめた。
 そして改めて思う。自分の気持ちを偽るのも誤魔化すのもここまでだと。


(ああ、なんであたしはこんな馬鹿を好きになっちまったんだろう……)


 深々とジェーンは溜息をついた。


「信じてあげるよ。けど、あたしを愛してるんなら一つ約束しろ」

「おう。いいぜ」

「いいか。もし本当に生き延びれたら二度と娼館に行くな」

「お、おう……?」


 バルカスは目を丸くする。


「あんたの女としてはやっぱりあれはムカつくんだよ」


 言ってジェーンはそっぽを向いた。うなじがわずかに赤くなっている。
 バルカスはしばしジェーンの後ろ姿を見ていたが、不意にぐふふと笑った。

 ――やっぱ俺のジェーンは最高だ。

 どうせこれで人生の最期だ。もう一度だけでも彼女を抱きしめておきたかった。
 そう思い、ジェーンの肩に手を伸ばそうとする――が、


『おい。二人ともいちゃつくのもそれぐらいにしとけ』


 不意に声を掛けられた。
 バルカスとジェーンが驚いて振り向くと、そこには一機の鎧機兵がいた。
 灰色の鎧装。両手斧を持つ重装型の機体――ゾットの愛機・《ラング》だった。


「な、なんでお前まで残ってんだよ……」


 バルカスが呆然として尋ねると、


『お前にとってはお邪魔虫かもしれんが、たった二人で《聖骸主》を止めるのは流石に無理だろう。ここまで一緒にやって来たんだ。俺ぐらいは最期まで付き合わせろ』


 そう言って、ゾットはニヤリと笑った。
 バルカスとジェーンは互いの顔を見合わせてから、不意に破顔した。


「やれやれ。てめえも面倒見がいい野郎だな」

「こいつが苦労ばかりかけて本当に悪いわね。ゾット」


 そう返すと、二人も愛機に乗り込んだ。
 そして三機が待ち構えること三分。
 遂に――『災厄』が現れた。


『……来やがったか』


 《ティガ》が重心を沈めて身構える。《スカーレット》は剣を横に薙ぎ、《ラング》は両手斧を大きく掲げた。


『そんじゃあ行くぜ! ジェーン! ゾット!』

『ああ、了解さ』『ふん。最期ぐらい派手に行くか』


 かくして虎達は吠えるのだった。



 ――ズズゥンッ!
 その時、後方から轟音が響いた。
 キャシーはハッとして後ろを振り向く。
 しかし鎧機兵に乗っているため、後方は見れない。鎧機兵のモニターに映るのは前面のみだ。キャシーはキュッと唇を強く噛みしめる。


「ルクス君!」

「――ダメだ! キャシーちゃん!」


 キャシーが望むことを察し、ルクスが瞬時に拒否する。


「振り向くぐらいは……」

「それもダメだ! 時間をロスする!」


 ルクスは真剣な表情で操縦棍を握りしめていた。
 同行する同僚達の中にも振り向く機体はない。
 ここは団長達を信じ、自分達のやるべきことを遂行するしかなかった。
 邪魔する木々を無理やり薙ぎ払い、真っ直ぐ街道を目指す。
 木同士の間隔が狭いため、本来ならば降りた方が早いかも知れない。しかし考えたくはないが《聖骸主》に追いつかれた時、対抗する手段を失う訳にはいかなった。


(……おっさん)


 キャシーは不安そうな顔で再び後ろに振り返った。
 そこからは何も見えない。
 けれど、彼女は傲慢で陽気なあの男の顔を見たような気がした。


(ウチと約束したんだ。絶対に死ぬんじゃないッスよ)


 今はただ祈るしかなかった。
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