クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
320 / 499
第10部(外伝)

第八章 ただ、君のために④

しおりを挟む
 緊張した空気の中、動き出したのはセレンの方だった。
 六本脚で大地を穿ち、轟音と共に《朱天》に迫る!
 一方、《朱天》は泰然と構えていた。竜尾で地面を叩き、慌てる素振りもない。
 そして二つの巨体が近接する。


「―――――――――――――――――――ッ!」


 音なき声を上げてセレンは左右の大剣をほぼ同時に繰り出した。交差するように放たれる水晶の刃が大気を切り裂く。それに対し、《朱天》は両手を使って受け止めた。左右の剣腹に五指が深々と食い込んでいく。
 ――ギシギシギシッと。
 セレンと《朱天》が膠着した状態で力比べをする。
 が、その時、いきなり《朱天》がバカンッとアギトを開いた。
 そして口腔から放たれるのは恒力の塊だった。
 ――ズドンッ!
 至近距離からの砲撃にセレンは吹き飛ばされた。大きくバウンドし十数セージルも離れたところでようやく立ち上がる。

 ――《黄道法》の放出系闘技・《咆哮殺》。
 膠着状態における《朱天》の隠し技の一つだった。


「…………………」


 セレンは無表情のまま《朱天》を見据えていた。
 すると、


『これで終わりだ』


 アッシュが宣言する。
 そしてゆっくりと歩み出す《朱天》。その右の拳に莫大な恒力が収束される。数秒後には拳だけが紅く輝き始めた。あまりの超高温に拳の周辺の景色が歪んで見える。

 ――《黄道法》の操作系闘技・《虚空》。
 触れるものすべてを塵へと変える破壊の剛拳。

 のちに《朱天》の代名詞となる必殺の闘技だった。


「…………………」


 セレンは未だ無貌のままだった。
 しかし、流石にこの闘技だけは危険だと察したのだろう。戦術を切り替えてきた。
 おもむろに蜘蛛の腹の部位から無数の水晶の槍が生み出される。それからは上空に向けて射出。地上へと降り注いだ。接近戦を避け、遠距離戦に移ったのだ。
 水晶の雨はバルカスやライク達にも降り注いだが、それらは鎧機兵に乗ったゾットが闘技を駆使して凌いでいた。
 アッシュはそれを一瞥、問題ないと判断した後、行動に移った。
 この猛威の中、あえて防御も闘技も用いずセレンへと間合いを詰める。
 どうしようもない攻撃のみ左腕で逸らし、他は体さばきだけで凌いでいく。
 そして水晶の雨が降り注がない場所――すなわち、セレンの間合いに入った瞬間、《雷歩》を使って一気に近接する。


「――――――――――――ッ!」


 セレンが絶叫と共に、右の大剣を振り下ろすがもう遅い。
《朱天》は右の拳をギシリと固めた。
 そうして必殺の一撃を繰り出そうとした瞬間だった。


「――やめてくれ! アッシュ兄ちゃん! やめてくれええええええッ!」


 耳に届くライクの絶叫。
 その刹那、アッシュの脳裏にかつての記憶が蘇る。
 炎に包まれた故郷。闊歩する黒い鎧機兵ども。そして地面に這う自分。
 目の前には黒服の男に捕われ、涙を流す愛しい少女がいた。
 そして、



(――さようなら。大好きだったよ。あなたは、生きて幸せになってね――)



《彼女》が告げた最後の台詞。
 あの時の微笑みが、眼前の無貌の少女と重なる。


(サクヤ!)


 ――ズグンッ、と。
 かつてないほどの痛みが胸を貫いた。
 途端、集中力が霧散する。《朱天》は繰り出した拳を止めてしまった。
 それが致命的な遅れとなる。

 ――ズドンッッ!

 水晶の大剣が深々と《朱天》の左肩に喰い込んだのだ。幸いアッシュにまでは届かなかったが、水晶の刃はすぐさま《朱天》の装甲の一部を水晶化させていった。


「だ、旦那ッ!」「アッシュの兄ちゃん!」


 バルカスやライクが叫ぶがアッシュの耳には届かない。
 アッシュは右手で胸を押させ、激痛に耐えていた。
 幾度も幾度も《彼女》との思い出が蘇り、その都度、激痛が走った。
 もはや誰の声も届かない。

 ――そのはずだった。



「………アッシュ?」


 
 不意に響いたその声にアッシュは目を見開いた。


「大丈夫? どこか痛いの?」


 自分も危険なのにアッシュのことだけを心配する優しい声。
 アッシュにとってかけがえのない存在。


「………ユーリィ」


 アッシュが彼女の名を呼ぶと、ユーリィは「……ん」と呟いてぎゅうと背中にしがみついてきた。幻影ではない確かな温もりに胸の痛みが和らいできた。
 改めて思い出す。自分にはまだ守るべき者がいることを。


(なに腑抜けてんだよ俺は)


 アッシュは再びセレンを見据えた。
 痛みが完全に治まった訳ではない。だがもう構わない。
 どんな痛みであっても耐えてみせよう。
 ――それが《彼女》のために自分が選んだ道なのだから。

 グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッッ!!

 そして戦場に雄々しき声が轟く。
 主人の覚悟に呼応して《朱天》が吠えたのだ。


『――終わりだ。セレン』


 アッシュは再度告げる。
 痛みも。辛さも。哀しみも。絶望も。
 すべての想いを呑み干して《朱天》は真紅の拳を繰り出した。
 だが、その時、セレンは《朱天》を見ていなかった。
 彼女は死を運ぶ敵を前にして、別の方向に目をやっていた。
 視線の先にいるのは、バルカスに取り押さえられているライクだった。
 ライクは唖然としていた。
 そんな彼に対し、セレンは――。
 

 微かに笑った。


 ――キュボウッッッ!!
 初めて繰り出された《虚空》の威力は凄まじく、彼女は空間ごと抉り取られたかのように消えた。わずかに残った水晶の残骸も数秒も経つと光となって消えていった。


「あ、あああぁ……」


 ライクが絶望の声を零す。彼の拘束はすでに解かれていた。


『………ライク』


 と、アッシュが少年の名を呼ぶ。
 同時に《朱天》は振り抜いた拳をゆっくりと下ろした。


『俺を憎んでくれていい。恨んでくれても構わねえ』

「――うるさい!」


 ライクは額を両手で覆った。


「うるさい! うるさい! そんなこと言うなあッ!」


 少年の肩が震え出す。そしてぶつけようのない怒りを彼は吐き出した。
 何度も何度も拳を地面に叩きつけ、時には絶叫を上げて運命を呪う。
 ただただ、愛しい少女の名を叫び続けていた。
 アッシュもユーリィもバルカス達も何も言わなかった。
 そうして……。


「………憎める訳ないだろ」


 ようやく、ライクは振り絞るように呟いた。


「だってアッシュ兄ちゃん、あんな状況でも拳を止めてくれたじゃないか。最後までセレンを思ってくれたじゃないか……」


 ――違う。


(それは違うんだ、ライク)


 アッシュが拳を止めたのは自分の痛みからだ。
 セレンではなく、彼女を通じてもう一人の少女を見ていたからだ。
 決して彼女を思い遣ってのことではない。
 すべては身勝手な想いからだった。


(本当に最低だな、俺は……)


 アッシュは拳を強く握りしめた。


『すまねえ。ライク』


 そうしてただ謝罪する。


『憎まれてやることさえ、俺には出来ねえんだな』

「……だから、そんなことを言わないでくれよ……」


 ライクは立ち上がると、ふらふらとセレンが消えた場所に向かった。
 そこにはもう彼女の遺品すらなかった。


「………セレン」


 ライクは両膝を付いた。
 彼女はもうどこにもない。その事実が胸を切り裂く。
 そして、



『二人で幸せになりましょうね』



「~~~~~~~~ッッ」


 彼女の言葉が強く、強く胸を締め付ける。


「うぁ、うわあァあああァァ……」


 嗚咽が零れ落ちた。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァアァ―――……」


 そして少年は泣いた。
 ただ、セレンのために。
 ――声が枯れ果てるまで泣いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

異世界転移から始まるハーレム生活〜チートスキルを貰った俺は、妹と共に無双する〜

昼寝部
ファンタジー
 2XXX年、X月。  俺、水瀬アキトは戦争の絶えない地球で『戦場の悪魔』と呼ばれ、数多の戦で活躍していた。  そんな日々を過ごしていた俺は、ひょんなことから妹と一緒に異世界へ転移することになった。  その世界にはダンジョンが存在しており、ライトノベルなどで登場する世界観と類似していた。  俺たちはその世界で過ごすため女神様からチートスキルを貰い、冒険者となって異世界での生活を満喫することにした。  これは主人公の水瀬アキトと妹のカナデが異世界へ転移し、美少女たちに囲まれながら異世界で無双するお話し。

処理中です...