悪竜の騎士とゴーレム姫【第12部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第7部

第八章 《悪竜顕人》③

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 場所は戻り、静寂に包まれた応接室にて。


「………え?」


 一番早く声を上げたのは、意外にもシャルロットだった。
 彼女は、ただただ唖然としていた。


「きょ、兄弟? 君と、ヒラサカさまが?」


 ポツリ、と零れ落ちる独白。


「マ、マジかよ、それ……」


 ジェイクは息を呑み、アイリは言葉もなく目を丸くしてた。


「ええ。本当よ」


 どこか緊迫した空気の中、サクヤは、こくんと頷いた。


「容姿はあまり似てないけど、同じ両親を持つ実の兄弟なの」

「ちょ、ちょっと、待ちなさい! サクヤ=コノハナ!」


 と、立ち上がって叫ぶのは、ミランシャだ。


「確かに、あの二人って、内面がよく似てるなとは思ってたけど、髪の色だけは全然違うじゃない!」

「……トウヤの今の髪の色は、後天的なものなのよ」


 サクヤは、少しだけ視線を伏せて答えた。


「本来の色は黒なの。コウちゃんと同じ色よ」


 ミランシャは、何も言えなくなってその場に立ち尽くした。


「……トウヤ=ヒラサカさま」


 その時、リーゼが神妙な声で呟いた。


「それが、《七星》のお一人、さまの――コウタさまのお兄さまの本名なのですね」


 彼女の問いかけに、シャルロットとミランシャはハッとした。
 と親しいアルフレッドも同様の表情を浮かべている。


「ええ。そうよ。リーゼちゃん」


 サクヤは語る。


「私達の故郷はクライン村と言うの。彼の名はそこから取っている。『クライン村の灰アッシュクライン』。トウヤなりの戒めと墓標でもある名前よ」

「……ふん。意外と女々しい名ではないか。あの男め」


 と、ジルベールが腕を組んでそう呟く。
 すると、サクヤとミランシャ。シャルロットまで険しい顔を老人に向けた。
 並みの者なら怯むような眼差しにも、ジルベールは動じない。


「だが、朗報もあるな。よもや、ヒラサカ君があの男の実弟だったとはな」


 ジルベールは長い赤髭をさすった。


「むしろ納得がいくぞ。やはり獅子の血は受け継がれるという訳だ」


 そこで、孫娘の顔を珍しく凝視する。
 愚鈍娘は、まだ不快そうにジルベールを睨みつけていた。
 ジルベールは「……ふん」と鼻を鳴らしつつ、サクヤの方を見やり、


「さて。お前の話はもう終わりか? 《黄金死姫》よ」

「ええ。目的も伝えるべき事も言い終えました。ですが」


 サクヤは再び壁の時計に目をやった。


「あの子が決着をつけて戻ってくるまで、まだ時間はあるようですね」


 サクヤは、リーゼとアイリを見つめて微笑んだ。


「なら少しだけ。クライン村にいた頃のコウちゃんの話でもしましょうか」



       ◆



 戦闘は、終始 《ディノス》が圧されていた。
 ――ギインッ!


『――くそッ!』


 再び弾かれる処刑刀。体勢を崩したところを、突撃槍の柄で殴打される。《ディノス》は後方に吹き飛ばされてしまった。
 ズザザッと両足が地を削る。


『幾らやっても無駄だ』


 仇敵の声が響く。
 父を殺した男の声だ。血が沸騰するような感覚が全身を襲う。
 さらに幾度となく《ディノス》を突進させるが、結果はどれも同じ。
 ――殴打。薙ぎ払い。刺突。まるで本気を出していない《木妖星》の槍さばきの前に軽くあしらわれるだけだった。


「――なんで届かない!」


 コウタは歯を軋ませて、《木妖星》を睨み付けた。
 もはや、そこにいるのは、憎悪に狂った一頭の獣だった。
 優しい少年の面影は、すでにどこにもない。
 ――結局。サクヤは二つばかり読み違えていたのだ。
 一つは、義弟が抱いていた憎しみの深さ。
 クライン村を滅ぼされただけではない。
 コウタは、父親が殺される場面をその眼で見ているのだ。
 サクヤは、それを知らなかった。
 その憎悪は直情的で、何より苛烈であった。純度の違う憎悪だ。
 容易く御しれるモノではない。
 このままでは、コウタの心は憎悪に呑み込まれるだろう。
 けれど、もう一つだけ。
 サクヤは、まだ知らなかった。


「――コウタッ!」


 不意に。
 コウタの両肩は、柔らかな腕に抱きしめられた。


「……え」


 コウタの表情からわずかに険が落ちる。


「落ち着いてください。コウタ」


 たとえ、憎悪に呑まれていても。
 ただ抱きしめるだけで、彼を穏やかにさせることが出来る少女がいることを。
 彼女の存在を知っていても、コウタにとって彼女――メルティアが、どれほど大切な存在なのかまでは、サクヤは知らなかった。


「……メ、メル」


 背中から伝わるのは大切な少女の温もり。
 コウタは、徐々に表情から怒りを取り除いていった。


「……あの男がコウタにとって仇なのは、話を聞いてよく分かりました。だけど、どうか落ち着いてください」


 メルティアはギュッとコウタを強くしがみつく。


「どうしてこんな場所で遭遇したのか。運命は残酷だと思いました。私を気遣ってでしょうけど、コウタがこんなにも強い怒りを抱いていたのもショックです」

「……メル。それは……」


 コウタは片手をメルティアの腕に添えて、悲しそうに眉をひそめた。
 正直に言って、こんな姿は彼女に見せたくなかった。
 無様なのは言うまでもないが、それ以上にメルティアに怖がらせてしまう。嫌われてしまうことが嫌だった。


「……ごめんなさい。コウタ」

「メ、メル?」


 謝るべきは自分の方なのに、メルティアの方が謝ってきた。


「コウタの怒りや憎しみは、私ならもっと早く知ることが出来ました。なのに、私はそれに触れるのが怖くて。下手に触れてコウタに嫌われてしまうのが怖くて、ずっと、見て見ぬふりをしてきました」


 メルティアはキュッと唇を深く嚙んだ。


「ごめんなさい。コウタ。ずっと、ずっとこんな想いを抱え込ませてしまって」


 メルティアは涙を流していた。
 それこそが、彼女にとって最も強い衝撃だった。


「ごめんなさい。コウタ。ごめんなさい」


 そしてメルティアは、呆然とする愛しい少年に全身を預けた。


「だけどもう迷いません。私はコウタの憎しみも受け入れます。だけど――」


 彼女は、コウタの後頭部にコツンと額をぶつけた。


「やっぱり、私は穏やかで優しいコウタが一番好きなんです。大好きなんです。だから、もう怒りに捕われないで」

「………メル」


 コウタは、ポツリと彼女の名を呟いた。


(ボクは馬鹿なのか)


 そして自分の情けなさを思い知る。
 この八年で磨いてきたのは、技量だけではない。
 精神もまた、徹底的に鍛え上げていたつもりだった。
 しかし、いざ仇敵を前にしただけでこのザマだ。
 しかも一番大切な者を背中に背負った状況での愚行だった。
 流石に、情けなすぎる。


「ごめん。メル」


 コウタは、謝罪した。


「ボクが馬鹿だった。一番大切な人のことを忘れていた。父さんだって、どんな時でも一番大切な人のことだけは忘れるなって言ってたのに」


 亡き父は、いつもそう言っていた。
 行方が知れない兄も、大切な人を忘れたことなどなかった。


「ごめん。メル。だけど、もう君を不安にはさせないよ」


 コウタは《ディノス》を通じて《木妖星》を見据えた。
 余裕なのか、身構えることもなく仇敵はそこに立っていた。
 ズグン、と胸の奥が痛む。
 憎しみや怒りは消えていない。
 けれど、背中から感じる温もりがある限り、もう呑み込まれることもない。
 ――ふう。
 コウタは大きく息を吐き出した。
 そして、自分の肩を抱きしめるメルティアの腕を、ポンポンと叩いた。


「もう大丈夫だよ。メル。ここからが本番だ」

「……コウタ」

「メルは安心してボクの腰にしがみついてて」

「分かりました」


 メルティアはそう返すと、早速コウタの背中にしがみついた。
 背中から伝わる大きな双丘の感触。いつものようにドキドキするコウタだったが、今日はそれ以上にこのまま振り返って彼女を抱きしめたい気分になった。


(我慢、我慢)


 が、それはグッと堪らえる。
 その代わりに、コウタは《ディノス》に処刑刀を振らせた。
 力任せではない。実に自然な太刀筋だ。


『……ほう』


 レオスが少し目を見開いた。


『これはまた見事な太刀筋だな。正気に返ったのか? 少年』

『……まあね。我ながら無様な真似をしたよ』


 コウタは自嘲気味に笑った。
 そして――。


「メル。一緒に行こう」

「はい。コウタ」


 こくんと頷くメルティア。
 途端、《ディノス》――《ディノ=バロウス》が紅い炎に包まれた。
 久しぶりに見せる《悪竜《ディノ=バロウス》》モードだ。
 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!
 力の解放に《ディノ=バロウス》は咆哮を上げた。


『――おおッ! これは!』


 感嘆と驚きの声を上げるレオス。
 変貌した悪竜の騎士を前にして、《木妖星》は初めて身構えた。


『改めて名乗るよ。ボクの名は、コウタ=ヒラサカ』


 そこでコウタは一瞬だけ躊躇する。
 が、すぐに思い直す。確かに、この名は因縁深い男からの贈り物だ。
 だが、それでも、自分は受け取ったのだ。
 いずれ名乗る二つ名として。
 ならば、数々の強者との戦闘を経て――。
 こうして遂に仇敵と巡り会った、今こそ名乗るべきだった。


(――よし)


 そして、コウタは初めてその名を自分から名乗った。


『《悪竜顕人》コウタ=ヒラサカだ』
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