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第9部

第八章 黄金の魔王④

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 二機は正面からぶつかり合った。
 刃同士ではない。
 かつて対峙した時のように、互いの額をぶつけ合う構えだ。
 衝撃で大地が震えた。

 だが、二機が吹き飛ぶ様子はない。
 突進力が完全に拮抗していたからだ。

 互いの角を突き合うように、対峙する二機。
 そして二機が拮抗を崩したのは、同時だった。
 互いに後方に跳躍。大きく間合いを取ると、全く同じタイミングで、処刑刀と断頭台を繰り出した。

 交差する刃。今度は拮抗しない。弾かれたのは処刑刀の方だった。
 膂力では《金妖星》の方に分があるようだ。


『――ぬうんッ!』


 態勢を崩した《ディノ=バロウス》に、《金妖星》は断頭台の刃を振り下ろした。
 右肩を狙った一撃。タイミング的に避けようがない。
 ――が、


『ッ! なにッ!』


 ラゴウは目を瞠った。
 何故なら、繰り出した断頭台の一撃が敵機の装甲に届く前に、身に纏う『海』で抑え込まれたからだ。


『リノの「海」は果てしなく大きくて深い』


 悪竜の騎士が語る。
 その左手の拳を強く固めて。


『今の《ディノ=バロウス》は大海を纏っているんだ。その防御力は桁違いだ。たとえ《金妖星》の膂力であっても、ただの攻撃が通じるなんて思わないことだ』


 言って、拳を繰り出した。


『――クッ!』


《金妖星》は咄嗟に左手で受け止めて、拳の勢いを利用して間合いを取った。
 次いで、海を纏う魔竜を睨み据える。


『……ふん』


 断頭台を構えつつ、ラゴウは鼻を鳴らした。


『なるほどな。まさしく《水妖星》の力だな』


 そこで目を細める。


『……本当にヌシは姫を手中に収めたということか』

『そういうことじゃ』


 と、ラゴウの声に答えたのはリノだった。


『わらわはすでにコウタの女。コウタの前に立ち塞がるというのならば、たとえお主であっても容赦はせんぞ』


 そう告げた直後だった。《ディノ=バロウス》の海が変化する。右肩辺りが渦巻き、ランスのようになって撃ち出されたのだ。


『――ぬうッ!』


 咄嗟に《金妖星》は断頭台の刃を盾にした。
 水のランスの威力は重く、《金妖星》は大きく後退させられた。
 リノの特性は『防御重視型』。
 破天荒に見えても、意外と奥手なところもある彼女らしい特性である。
 しかし、その一面だけが彼女の性格ではない。
 防御から一転。怒涛の苛烈さもある。


『まだまだじゃ!』


《ディノ=バロウス》の海が大きく波打った。
 そして背に複数の渦が生まれる。それらもまた水のランスを放った。


(――チイッ!)


 ラゴウは舌打ちして、愛機を疾走させた。


『逃さぬ!』


 黄金の鎧機兵の後を追って、ランスも軌道を変えた。
 ――が、直撃までには至らない。次々と地面を打ち砕くだけだ。


『……クッ!』


 リノが無念そうに呻く。
 だが、今ここで戦っているのはリノだけではなかった。
 彼女の愛する少年も戦っているのだ。


『逃がさないよ』


 コウタはそう呟き、《ディノ=バロウス》を跳躍させた。
 一瞬で潰される間合い。放たれる横薙ぎの刃。
《金妖星》は、咄嗟に左腕を盾にして刃を防いだが、刃が手甲に食い込み、黄金の装甲の欠片が舞い散る。そこにリノのランスが《金妖星》の頭部に直撃した。
 横から襲い掛かる衝撃に《金妖星》は大きく吹き飛び、砂浜でバウンドする。


(――勝機!)


 コウタは、さらに追撃しようと身構えた――その直後のことだった。
 ――ズズゥンッ!


『――ッ!』『クゥッ』


 コウタとリノが呻く。
 突如、途轍もない重圧が《ディノ=バロウス》に襲い掛かって来たのだ。
 周囲の砂浜も円筒状に陥没している。
 防御重視型の《ディノ=バロウス》でなければ、両膝をつくところだ。


(この技は!)


 ――《黄道法》の放出系闘技・《堕天》。
 上空に膨大な恒力を集束させ、地面に向かって大瀑布のように放出する闘技。
 かつて、あの男に戦った時に喰らった因縁の闘技だ。
 だがしかし、この威力は――。
 ――ズンッ!
《ディノ=バロウス》は処刑刀を逆手に構えて杖代わりにした。
 そうでもしなければ立っていられない。


(あの時の比じゃない!)


 コウタは、内心で呻いた。
 このまま地の底にまで押し潰されてしまいそうな圧力だ。


『……やってくれる』


 その時、不意に声が響いた。
 ――ズシンッ、と。
 断頭台の石尻を地面に打ち付ける《金妖星》――ラゴウの声だ。


『よもや吾輩の《金妖星》が地を舐めさせられようとはな。姫の力を得たとしても見事なものだぞ。《悪竜顕人》よ。だがな――』


 黄金の鎧機兵の両眼が怪しく光る。
 同時に《ディノ=バロウス》を縛る重圧も、ふっと消えた。
 まるで凪のように。
 静かな静寂が夜の浜辺に訪れる。
 そして――。


『…‥いささか調子に乗りすぎだ。小僧が』


 ラゴウは、そう告げた。
 直後、
 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッッ!
 黄金の鎧機兵が、雄々しく吠えた。
 ただの覇気だけで、《堕天》にも劣らない圧を放って。
 コウタは目を瞠り、息を呑んだ。


「……コウタよ」


 その時、リノがギュッとコウタの背中を抱きしめる。
 彼女の頬には、冷たい汗が伝っていた。


「……気を引き締めよ」


 そして神妙な声で告げる。


「ラゴウが本気で来るぞ。ここからが《九妖星》の本領と知れ」

「……うん。分かっているよ」


 コウタは頷いた。
 恐らく、初めてだ。
 初めて、あの男が本気でコウタを殺し来る。
 今までの威圧とは質が違う。明確な殺意が宿っている。
 それを肌で感じ取っていた。


『我が名は《金妖星》ラゴウ=ホオヅキ』


 ラゴウは、厳かな声で名乗る。
 その声さえも、別人のように聞こえてくる。


『最も猛々しき《妖星》なり。我が猛威の前にひれ伏すがよい』


 再び咆哮を上げる《金妖星》。
 息を呑むコウタと、リノ。
 今、黄金の魔王が、二人の前に立ち塞がった。
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