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第11部

第七章 開拓の巨人④

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 ……ズズウゥン、ズズウゥン。
 地響きが続く。
《フォレス》が進撃する音だ。

 森は、薙ぎ払われるように開拓されていった。
 後で教師陣が泣き出しそうな光景である。
 ともあれ、そんな《フォレス》の後を《グランジャ》は付いていっていた。

(相変わらず鎧機兵に見えねえな……)

 時折、両腕でも木々を左右に切り分ける《フォレス》は、鎧機兵の最大の特徴である竜尾を持たない機体だ。
 全身の装甲を超重量・超硬度のダイグラシム鋼で固めている。
 そのため、非常に自重が重く、重心が安定しているので、わざわざ竜尾バランサーを付ける必要がなかったのだ。

(あれって、どうやったら勝てんだ?)

 ジェイクは、苦笑混じりに眉をひそめた。
 至近距離の砲撃でも耐えそうだ。
 あの装甲を突破できるのは、実質的にコウタの《ディノス》だけだった。
 コウタが持つ《断罪刀》という闘技のみが、その装甲を斬り裂けるのである。
 ただ、コウタが、メルティアに刃を向けることなど絶対にないのだが。
 そのため、鎧機兵戦では、メルティアは校内で無敵だった。

(まあ、このまま何事もなければいいんだが)

 ジェイクは操縦棍を握りしめて、双眸を細める。
 いかに無敵でも、戦場ではないがあるのか分からない。
 それに、こうして開拓しながら進撃すれば、鎧機兵で動けるスペースも確保されているということだ。今は相手側も混乱していても、いずれ鎧機兵で迎撃してくるはず。

(油断はできねえな)

 表情を引き締め直す。
 コウタから預かった大切なお姫さまだ。
 断じて、怪我などをさせる訳にはいかない。
 そうなった時のコウタは本当に怖いから。

 しかし、腑にも落ちない。
 どうして、コウタは単独行動を望んだのか。普段のコウタなら、周囲の意見を押し切ってでも、自分がメルティアの護衛に買って出るはずなのに。

(なんかあったのか?)

 そう思うが、コウタが話さないということは、きっと理由があるのだろう。

(まあ、問題がありゃあ言ってくるか。それより……)

 ジェイクは《万天図》を一瞥して、双眸を細めた。

『メル嬢』

 メルティアに呼びかける。と、

『はい。分かっています』

 そう声を返してきた。

『やはり来ましたね』

『おう。気をつけてくれ。チビどもな』

『……ウム』『……リョウカイ』『……トウホウニ、ゲイゲキノヨウイアリ!』

 と、《フォレス》に、搭乗するゴーレムたちも答えてくる。
 その直後だった。

 ――ゴウッ!
 見えない何かが風を切った。

(いきなりか!)

 ジェイクは目を細めて、愛機を動かした。
《フォレス》の前に立ち、手斧を薙ぐ《グランジャ》。
 すると、強い衝撃が奔り、何かが打ち砕かれる感触がした。
 見えない恒力の刃――《飛刃》を迎撃したのだ。
 それは、後方から撃ち出されたモノだった。

『敵、ですね』

 ゆっくりと。
《フォレス》が振り返った。
 そこに居たのは、二機の鎧機兵だった。
 一機は黒の下地に、炎の紋を持つ鎧機兵だった。
 全高は五・三セージルほど。手には真紅の大剣。
 盾は持っていない軽装型の機体だった。ヘルムには赤い髪飾りが揺れている。
 そして、もう一機には見覚えがあった。
 ジェイクが、昨日戦ったばかりの機体だ。

(……げ)

《白風》を見て、ジェイクが頬を強張らせる。
 接近禁止令の対象である少女だ。

『き、昨日はどうも』

 と、フランが言ってくる。
 ジェイクは『お、おう』と答えた。

『体はもう大丈夫なのか?』

『は、はい』

《白風》がコクコクと頷いた。

『オルバン君が、優しく気遣ってくれたから』

『……そっか』

『あ、あまり痛くもなかったです』

『そりゃあ、良かった』

『……………』

『……………』

 二人はそのまま沈黙する。と、

『……ちょっとフラン』

 真紅の大剣を携えた鎧機兵が言う。

『お見合いしないでよ。これから戦うんだから』

『う、うん。分かっているよ』

 フランが答えた。
 真紅の大剣の鎧機兵の声に、ジェイクはさらに顔を強張らせた。

『その声。コースウッドさんか』

『ええ。そうよ』

 真紅の大剣の鎧機兵。機体名・《烈火帝》が答える。
 ジェイクは、小さく呻いた。
 彼女もまた接触禁止令の対象だ。それも、ぶっちぎりの第一位である。

(よりにもよってこの二人か)

 実力面でも、個人的な事情においても、一番遭いたくない相手だった。
 しかし、これは不可抗力だ。
 情状酌量も、少しは期待できるかもしれない。

(うん。直接触れなきゃいいんだしな)

 ジェイクは、自分をそう納得させた。
 ――と、

『アノースログ学園の生徒会長と、副会長ですか』

 おもむろに、メルティアが呟く。

『いずれ敵とは遭遇すると思ってましたが、好都合です』

《フォルス》の両眼が光った。

『フラッグのみならず、ここで主力であるあなた方も倒せば、きっとコウタは、無茶苦茶褒めてくれるはずです』

《フォレス》の中。さらにその奥に鎮座する着装型鎧機兵の中で、ピコピコとネコミミを揺らすメルティア。
 今日は、実にアグレッシブなメルティアだった。
 元々がグータラなせいで、こういったイベントでコウタに褒められるのは、かなりレアな経験なのだ。ずっとワクワクしているのである。
 一方、アンジェリカとフランは「「え?」」と目を剥いた。

『えっと、あなた……』

 アンジェリカが声を掛けようとするが、言葉を詰まらせる。
 よくよく振り返ると、この鉄骨製の主席の子の名前を知らないのだ。
 それを察したのか、メルティアが、

『私の名前ですか? メルティアです。メルティア=アシュレイです』

『アシュレイ? 四代公爵家のアシュレイ家と同じ家名ね』

『同じ家名も何も、私はその家の娘です』

 一拍の間。

『『――ええッ!?』』

 アンジェリカと、フランは同時に声を上げた。

『あ、あなた、公爵令嬢なの!?』

『ええ。そうですが、何か?』

 そう返してくるメルティアに、アンジェリカたちは言葉もない。
 これには驚いた。まさか、あの体格で公爵令嬢の肩書を持っていようとは……。
 しかし、それ以上に気になることも言っていた。

『えっと、あなたって、ヒラサカ君と知り合いなの?』

 ――そう。それが気になった。
 アヤメが想い(?)を寄せる少年の名を、彼女は親し気に呼んでいたのだ。

『コウタですか? コウタは私の家の使用人で、私の幼馴染ですよ』

 と、メルティアは、何を今さらといった口調で答えた。

『お、幼馴染?』

 アンジェリカは、自分にとっては呪いのようなその単語ワードを反芻した。

『え? その、アシュレイさんは、ヒラサカ君とは仲がいいの?』

『それは当然です』

 メルティアは着装型鎧機兵の中で胸を張り、双丘をたゆんっと揺らした。

『ラブラブですよ』

『『ラブブラとな!?』』

 アンジェリカとフランは同時に叫んだ。
 一方、ジェイクは「戦場で、何でこんな会話してんだ?」と思ったが、口を挟める雰囲気ではないので自粛していた。
《白風》と《烈火帝》は、互いの顔を見合わせていた。

『え? ヒラサカ君って彼女持ちなの? しかもアヤメと真逆の子?』

『そ、それも気になるけど、私としては……』

 アンジェリカは、ゴクンと喉を動かした。
 ――幼馴染なのに。
 幼馴染なのに、ラブラブとは!

『オ、オルバン君!』

『お、おう?』

 不意にアンジェリカに名を呼ばれて、ジェイクは驚いた。

『彼女が言っていることはホントなの? 彼女とヒラサカ君がラブラブって……』

『いや、ラブラブかどうかは、本人たちの主観だと思うんだが……』

 ジェイクは、ポリポリと頬をかいた。

『まあ、コウタの奴が、メル嬢を溺愛してんのは周知の事実だな』

『――その通りなのです!』

 メルティアが鼻息荒く宣言する。

『コウタは、溺れるぐらいに私を愛しているのです!』

『溺れるぐらいに!?』

 アンジェリカは、目を見開いた。

『なんてこと……。達人プロ、幼馴染の達人プロなのね。これは是非ともご意見を……』

『ア、 アンジュ! 落ち着いて!』

 フランが言う。

『気になるのは凄く分かるけど、アヤメの件もあるし、それよりも今は』

『う、うん。分かっているわ』

 アンジェリカがそう呟くと、《烈火帝》は大剣の切っ先を《フォレス》に向けた。

我が師マイマスター

『アンジュ!? 呼び方、呼び方!?』

 フランに指摘されて、アンジェリカはコホンと喉を鳴らした。

『とりあえず今は戦闘中よ。色々と聞きたいことはあるけど、それは全部後』

 アンジェリカは面持ちを改めた。

『行くわよ。アシュレイさん。勝利のために、ここであなたを止めさせてもらうわ』


       ◆


(……ふむ)

 森の影の中。
 ライガは、その様子を静かに窺っていた。

(これは、少々厄介だな)

 今回の催事。
 主体は対人戦になるはずだった。
 ゆえに、ライガは、アンジェリカの隙を窺っていた。
 完全に人気がない森の中で、彼女を気絶させて連れ去るつもりだった。
 フラン=ソルバが、彼女に同行することも僥倖だった。『花嫁』に選んだだけあって、二人とも相当な実力者ではあるが、それでもライガの敵ではない。
 たとえ二人同時に相手にしても遅れなどとらない。
 今の状況は、二人とも攫うことが出来る絶好の機会だった。
 むしろ、こうなってくると、アンジェリカ一人だけを攫う方が面倒だった。
 何より、真の目的である『御子さまの捜索』を、すでに果たしている。
 アヤメがどのような運命を選ぶかは、ライガにも知る術はない。

 ――運命に抗って、新たな道を歩むのか。
 ――運命を受け入れて、御子さまの寵愛を賜るのか。

 状況によっては、アヤメがそのまま里抜けする可能性はある。だが、こと戦いに関しては、御子さまが、アヤメに負けるとは思ってない。
 アヤメ程度に負けるのならば、それは御子さまとは呼べないからだ。

 ――御子さまは、すでにここに御座す。
 それが確定した今、この表向きの任務は、早々に切り上げても問題はなかった。

(……さて)

 いっそ、ここは強硬に出るか。
 そう考え始めていた矢先のことだった。
 突如、あの異様な鎧機兵が登場したのである。
 予期せぬ事態に、状況は一変、鎧機兵戦へと移ってしまった。
 対人戦ならば、負ける要素などない。
 しかし、鎧機兵戦となれば、流石に話は別だ。
 それにもう一つ、気になる情報も聞いた。

(………むう)

 ライガは、通常の二倍ほどもある巨大な鎧機兵の方に目をやった。
 どうも話によると、あの機体の操手である少女は、御子さまの幼馴染であり、すでに深い寵愛まで受けているそうだ。

(御子さまが、御自らお選びなられたお側女役ということか)

 この可能性は大いに考えられた。
 焔魔堂の祖・焔魔さまのお側女役も百五十人。
 ならば、御子さまにも、複数のお側女役がいてもおかしくない。
 強き王に側室が多いのは、世の理でもあるのだ。
 しかし、となれば、あの娘を迂闊に傷つける訳にもいかない。
 いずれ御子さまを里にお招きするためにも、すでに寵愛を受けているお側女役を傷つけるなど論外だ。御子さまにお叱りをいただくのは確実だ。

(……これは、どうすべきか)

 所詮、これは表向きの任務に過ぎない。
 このまま静観するという選択肢もあるが、やはり、アンジェリカ=コースウッドと、フラン=ソルバの才は、惜しいところでもある。
 ライガは、数瞬ほど悩んだ。
 そして、

(どうかお許しを。御子さま)

 ライガは、苦渋の決断をした。

(お側女役には極力怪我はさせませぬ。ですが、少々荒事になるのはご容赦くだされ)

 そう心の中で未来の主君に謝罪しつつ、ライガは地面に手を置いた。
 しばしの沈黙。ライガは双眸を細めた。

(これならば行けるか。よし)

 ライガは、視線を前方へと向けた。
 そこでは四機の鎧機兵が、いよいよ間合いを詰めようとしているところだった。
 褐色の鎧機兵と、フラン=ソルバの鎧機兵が手斧と、メイスをぶつけ合った。
 その横をすり抜けて、大剣を手に、アンジェリカ=コースウッドの機体が、お側女役の少女の鎧機兵と接敵しようとしていた。

(――好機!)

 ライガは、瞬時に異界の力をこの地に引き寄せた。
 アヤメとは比較にならない発動速度だ。

「《焔魔ノ法》極伝・土の章」

 そうして、ライガは指を立てて、厳かな声で告げる。

「――《大洞だいどう磊落らいらく》」

 その直後だった。
 大地が突如、揺れ始めた。
 そして、それぞれ接近していた二機同士の足元に亀裂が奔る。

『え? な、なにこれ!?』『おい! 地震か!』

『うわッ!?』『きゃあッ!?』

 対峙していた少女たちが悲鳴を上げる。
 さらに『……ムウ!』『……キンキュウ、ジタイダ! アニジャ!』と何故か巨大な鎧機兵の中から少女以外の声も聞こえてきた。

(……なに?)

 ライガは眉を寄せる。もしやあの鎧機兵は一人乗りではないのか?
 そう思っていると、

『……コレハ』

 不意にその声が聞こえた。ライガの背筋に悪寒にも似た感覚が奔る。

『……オドロイタ。コノチニ、眷族ガイルノカ』

 それは、巨大な鎧機兵の中から聞こえる声だった。
 ライガは思わず凝視する。が、それは数秒も続かなかった。
 地面に巨大な亀裂が奔り、二機がそれぞれ地面の下へと落ちていったからだ。

 これが秘術・《大洞だいどう磊落らいらく》。
 大地に、大空洞を創り出す最上位の秘伝の一つだ。

 鎧機兵相手にも通じる数少ない術だが、効果としては、少し大きめの迷宮に落とし込む程度のものだ。これだけでは決め手には欠ける術だった。
 しかし、これで分断、隔離は出来た。
 ライガは森の中から駆け出し、二つの大穴の一つの元へと近づいた。
 暗い洞孔を見据える。
 ここは、お側女役と、アンジェリカ=コースウッドが落ちた穴だ。

(先程の声は一体……)

 ライガは、微かに喉を鳴らした。
 果てしない畏怖と、どこか郷愁に似た念を感じた声。
 あれは、一体何だったのか……。
 ライガは、数瞬ほど考え込むが、すぐにかぶりを振った。
 今は任務を全うすることだけを考えなければ。
 フラン=ソルバと分断してしまったのは残念だが、本来、今日の目的は、アンジェリカ=コースウッドの方だけだ。迷う必要もない。
 ライガは、暗い洞の中へと飛び込んだ。

 ただ、ライガは知らなかった。
 それから、ほんの十数秒後。
 緊急事態を知らせる発煙弾が、遥か上空へと撃ち出されたことを。
 同時に、ライガが飛び込んだ大穴に、迷うことなく飛び込む者がいたことを。

 ――そう。
 アンジェリカの心を射抜いた矢。

 真紅に燃える炎の矢が、暗き洞へと解き放たれたのである。

(……アンジュ! 無事でいてくれ!)

 少しだけ。
 ほんの少しだけ痛む胃のことは我慢して。
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