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第12部

第二章 帰還➂

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 バルカスと約束して別れた後。
 コウタたちは、再び団長室へと向かった。
 団長室に到着して、ミランシャがノック。「どうぞ」という懐かし声が迎えてくれる。

 ミランシャは、ドアを開けて室内に入った。
 コウタたちもその後に続いた。

「まあ! 帰ってこられたのですね。ミランシャちゃんたち!」

 と、執務席から立ち上がって迎えてくれたのは、美貌の騎士団長。
 ソフィア=アレールだった。

「ええ。さっき戻ったばかりよ。団長」

 ミランシャが微笑んで告げる。

「そうですか。皆さん、元気そうで何より……あら?」

 ソフィアが眉根を寄せる。
 ミランシャを筆頭に、室内に入って来たメンバーに疑問を抱いたのだ。

「スコラさんの姿がありませんね」

「……まあね」

 ミランシャは苦笑を浮かべた。

「シャルロットはアティス王国に残ったの」

「まあ! そうなのですか!」

 ソフィアは、両手をポンと叩いた。

「では、彼女はアッシュ君の傍にいることを選んだのですね!」

「ええ」

 それに対して頷いたのは、リーゼだった。

「シャルロットは自分の人生を選びましたわ」

「そうですか……」

 ソフィアは微笑む。

「リーゼさまにとってはお寂しいことでしょうが、それであなた方の絆が途切れることはございません。次に再会する時に共に笑い合えると信じています」

「ありがとうございます。アレールさま」

 リーゼは優雅に頭を垂れた。
 ソフィアは柔らかに双眸を細める。

「さて」

 が、すぐに少しだけ面持ちを鋭く変えた。

「気になる点は他にもあります。ミランシャちゃんには、後で詳細を報告していただきますが、まず気になるのがもう一人。初めてお会いする方がいますね」

 そう言って、ソフィアが初めて見る人物――リノに目をやった。
《七星》の長の眼差しに、コウタは少し緊張するが、

「ふむ。そうじゃな」

 対するリノは変わらず泰然としていた。
 腰に手を。豊かな胸をたゆんっと張って名乗りを上げる。

「お初にお目にかかる。わらわの名は、リノ=エヴァンシード」

 一拍おいて、

「コウタの正妻となる者じゃ。以後よろしく頼むぞ」

 堂々と、そう宣言する。
 ソフィアが「まあ」と目を丸くした。
 リーゼ、アイリが表情を変えずに額に青筋を立てる。
 もちろん、装着型鎧機兵の中では、メルティアも青筋を浮かべていた。
 一方、コウタは、ダラダラと汗をかいていた。

 宣言も重いが、いま元 《九妖星》であるリノは、《七星》の長と対面しているのだ。
 正直、全然気が抜けなかった。

「コウタ君は、お兄さま同様にモテモテのようですね」

 と、温和な騎士団長はそう告げる。
 しかし、一流以上の実力を持つコウタには一目瞭然だ。
 美貌の騎士団長はまるで油断していない。
 リノの実力を見抜き、さらには異質な気配にも気付いているのだろう。
 恐らく、リノが裏の人間であることも見抜かれている。
 コウタは一度息を吐いた。

 そして、

「彼女が、その、ボクの正妻とか、奥さんとかは置いとくとして」

 一歩前に進み出る。
「いや。置いとくでない。重要なことじゃぞ」と、リノが不満の声を上げるが、それも一旦横に置いた。

「彼女に関してはボクが一切の責任を負います。兄さんともそう約束しました」

 と、自分の覚悟を告げる。
 ソフィアは数瞬ほど沈黙していたが、

「……そうですか」

 不意に、ふっと笑った。

「コウタ君も色々と覚悟しているようですね。ならば良いでしょう」

 そこでミランシャを見やる。

「その子に関しては、コウタ君を信じて任せることにします」

「ありがとうございます。アレール団長」

 コウタは深々と頭を下げた。
 コウタの後ろで、ジェイクも少しホッとした表情を見せていた。
 アイリや、リーゼ、メルティアは複雑な表情を見せていたが、彼女たちはコウタの一件以外ではそこまでリノを嫌っていないので内心では安堵していた。

「いずれにせよ、皆さんの元気な顔を見れてホッとしました」

 ソフィアは、にこやかに笑ってそう告げる。

「今日はゆっくりしてください。ミランシャちゃん。貴女には、少し申し訳ありませんが報告だけは先に聞かせてもらいますね」

「ええ。分かってるわ」

 ミランシャが頷く。

「アタシも、団長に言っとかないといけないこともあるしね」

 そう告げる。

「そういうことで」

 ミランシャは、コウタたちに視線を向けた。

「アタシは、ちょっと団長に報告しなきゃいけないから、皆は先に帰っていいわよ。うちの家を使っていいから。長旅で疲れてるでしょうから今日はゆっくり休んでね」

「あ、はい」コウタが頭を下げた。「そうします。ありがとう。ミラ姉さん」

「アハハ。気にしないで」

 ミランシャは、パタパタと手を振った。

「どうせ無駄に広い家だしね。ただ、あのお爺さまには気をつけてね」

「はは。気をつけます」「オレっちもだな」

 コウタと、ジェイクが苦笑を浮かべた。
 そうして、コウタたちはミランシャだけを残して団長室を後にした。
 しばらく廊下を進み、コウタは大きく息を吐きだした。

「とりあえず、何事もなくてホッとしたよ」

 と、本音を零した。
 正直、リノの同行に関しては気が気でなかったのだ。

「けど、まだ油断は出来ねえだろ」

 隣を歩くジェイクが言う。

「次はあの爺さんだ。リノ嬢ちゃんの素性を知られるとヤべえぞ」

『まあ、確かに、ハウル公爵は危険ですね』

 と、着装型鎧機兵を着込んで、ズシンズシンと歩くメルティアが呟く。
 徹頭徹尾、男尊女卑を貫く老人。
 あの老人の扱いにくさは、メルティアもよく理解していた。
 先程のような調子で挨拶すれば、事を荒立てることになりそうだった。

「ああ。そこは案ずるではない」

 その時、リノ本人が言う。

「レオスさえも警戒しておった怪老。流石にそんな老獪な怪物相手に、迂闊な真似をするつもりはない。ハウル邸では淑やかにしておこう。そうじゃな。わらわは……」

 そこで、リノは少し遅れて歩くアイリに目をやった。

「ロリ神と同じメイド服を着よう。コウタ専任のメイドを偽装しようではないか」

「いや。なんでメイドなの?」

 うわ。リノのメイド姿。ちょっと見てみたい。
 こっそりとそう思いつつも、コウタがツッコんだ時だった。

「あ! いた!」

 不意に、廊下の奥からそんな声が響いた。
 それは少年の声だった。
 コウタたちが振る向くと、そこには赤髪の少年がいた。

「あ! アルフ!」

 ミランシャの実弟。アルフレッド=ハウルである。

「良かった。うちの者に帰って来てるって報告を受けたから、探していたんだ」

 騎士服姿のアルフレッドは、サーコートをなびかせてコウタたちに近づいてくる。

「アルフ。久しぶりだね」

 コウタは破顔した。
 アルフレッドと親しいジェイクも「よう。アルフ!」と片手を上げ、リーゼも「お久しぶりです。アルフレッドさま」と、上品に挨拶した。知り合いではあるが、少し人見知りの気のあるアイリと、ガチの人見知りのメルティアは軽く頭だけ下げた。

「うん。久しぶり。コウタ。ジェイク。リーゼさま。アイリちゃんや、メルティアさまもお元気そうで」

 アルフレッドは、にこやかに笑った。
 リノに対しては初対面だったので「リーゼさまのご友人ですか?」と尋ねる。

「うむ。そのような者じゃ。わらわの名はリノ=エヴァンシード。察するに、お主がアルフレッド=ハウル殿じゃな」

 と、リノは答えた。

「ええ。そうです。私の名は、アルフレッド=ハウルと申します。初めまして。エヴァンシードさま」

 次期ハウル家の当主は礼儀正しくそう応じた。

「アルフ。丁度良かった。これからハウル邸に行くつもりだったんだ」

 コウタがそう言うと、アルフレッドは「ああ。それは良かった」と破顔した。

「それは僕にとっても有難いよ。ベストなタイミングだ。彼女たち・・・・に迎えを寄こして良かったよ。ここで会えたのも本当に良かった」

 アルフレッドは、にこやかな笑顔のまま言う。

「実は、コウタに会いたいっていうお客さまがいるんだ」
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