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第1部
第四章 夏期研修②
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メルティアが復学して二週間が経った。
その期間、彼女は驚くほどクラスに馴染んでいた。
外見こそ厳ついが、どこか猫科の小動物を思わせる仕種に、中身は普通の少女なのだと受け入れられたからだ。
いかにノリがいいクラスメート達でも、普通なら馴染むのにはもう少し苦労があったかもしれないが、男子側にはコウタ、女子側は幸いにも知り合いだったリーゼがいたため、受け入れられるまでさほど時間がかからなかったのだ。
まあ、復学初日は、特注の巨大な机に腕を置き、鋼鉄製のこれまたデカイ椅子に座って授業を受ける甲冑騎士の姿に、全員ビビっていたのも事実だが。
ともあれ、多少ぎこちなさはあったが、メルティアは無事復学できたのである。
しかし、運悪く復学した時期は『七の月』の上旬。
より親睦を深める前に、本格的な夏の季節を迎えてしまった。
すなわち、エリーズ国騎士学校はおよそ一ヶ月半に渡る夏期休暇に入ったのだ。
「しっかし遅っせえよな、コウタとメル嬢は」
エリーズ国・王都パドロ。
その中央付近にある噴水広場にてジェイクはそう独白した。
この広場には緑も多く、街と一体化した柵のない公園を思わせる場所だ。
あちらこちらには石畳を歩く白い鳩の姿があり、デートスポットや待ち合わせ場所としてもよく利用される憩いの場である。
周囲には多数の長椅子も設置されており、ジェイク達の他にも人がいた。
彼らも誰かと待ち合わせしているのだろうか。
「まったく。ルーズですわね」
と、呟くのは隣に立って待つリーゼだ。
彼らは夏期休暇にも拘わらず制服姿だった。それに加え、その場には二頭の馬が引く幌つきの馬車が停車していた。豪華な仕様ではないが、頑強そうな馬車だ。
「……何かあったのかしら?」
リーゼが手を頬に当てて、首を傾げる。
今日は九時にこの噴水広場の前に集合のはずだった。
リーゼは二十分前。ジェイクはかなりギリギリだったが、時間内に来た。
しかし、残り二人――コウタとメルティアは十分過ぎてもまだ来る気配がない。
「単純に寝坊したんじゃねえか? コウタもメル嬢も朝は弱いって話だしな」
と、噴水を見上げながらジェイクが言う。
今日、彼ら四人は馬車で二日ほどかかる隣町サザンに出向く予定だった。
夏期休暇を利用した旅行……などではなく、これは学校からの特別課題だった。
本来、エリーズ国騎士学校の夏期休暇中に課題はない。
しかし、彼らの担任であるアイザックは休暇前に提案したのだ。
メルティアは長期間休学していたため、単位が厳しい。
このままでは留年もあり得る。そこでアイザックは夏期休暇中に課題をこなすことで特別に単位を与えると言ってくれたのだ。
実はこういった前例は、今までもあったらしい。
今年の新入生にはいなかったが、試験免除で入学した爵位持ち貴族の子弟の中には成績が芳しくない生徒が必ずいるものだ。
そういった者は成績優秀な生徒と組ませて長期休暇中に課題をこなし、単位を補足させる。そうして卒業にこじつけるそうだ。
『まあ、学校の用意した救済案だな』
と、アイザックは言う。
そして担任教師が提示した課題は、隣町サザンの屯所にて一日研修を行い、レポートを書いて提出するものだった。
それに対し、未だ引きこもり体質であるメルティアは『と、隣町ですか? そんな遠くまで……』と、不安そうに呟き、かなりおよび腰になっていた。
だが、コウタの必死の説得もあり、結局この研修を受ける決断をし、その話を聞いた面倒見のいいジェイクとリーゼも一緒に付き合おうという流れになったのだ。
そして、その研修のための出立の日が、今日なのである。
「けど、まさか、お嬢まで付き合うことになるとはな。つうか、そもそもよく親父さんが許可したな」
暇つぶしに馬の鼻を撫でながら、ジェイクが問う。
リーゼは公爵令嬢。課題を受ける義務があるのならいざ知らず、よく街の外に出るような泊まりがけの研修への参加などを許しくれたものだ。
すると、その問いにリーゼは苦笑を浮かべて、
「公爵家同士は意外と交友が深いのですわ。特に今の当主達は全員が同世代。同じ時期に学校生活を過ごした友人同士ですの」
そこで一拍置いて、
「友人の娘の手助けをしたい。そう願う娘に反対するほど、わたくしのお父さまの度量は浅くありませんわ」
「ははっ、さいですか」
ジェイクは苦笑を浮かべる。
しかし、すぐさまあごに手をやると、
「けどよ、本音しちゃあ、万が一にもメル嬢とコウタの二人旅になんのが心配だったんだろ? 分っかりやすいよな、お嬢って」
明らかに、からかい目的の台詞を告げる。
が、普段なら赤くなるはずのリーゼは意外にも平然としていた。
そして、やれやれと小さく嘆息してから、蜂蜜色の髪の少女は口を開いた。
「この際ですから、はっきりと申し上げますわ。確かにわたくしは彼に好意を抱いています。正直、もっと仲良くなりたいとも願っています。だからこそ、彼の女性の好みなどもそれなりに研究しているのですわ」
と、そこでリーゼは腰に手を当て、前屈みになって睨みつけた。
「彼がメルティアに極めて甘いのは見ていて分かります。幼馴染というだけのことはありますわね。メルティアが彼に好意を寄せているのも一目瞭然です。ですがオルバン。あなたは彼女が本気で恋敵になると思っていますの?」
「う……そ、それは……」
その指摘に、ジェイクは頬を引きつらせた。
リーゼは姿勢を戻し、ふうっと小さく息をついた。
「メルティアはとても良い子ですわ。彼女のような大柄な女性を愛する殿方もいらっしゃるでしょう。ですが、彼の好みの容姿かというとあまりにかけ離れすぎています。それはあなたの方がよく御存じなのでは?」
「む、むう……」
ジェイクは一歩後ずさり呻いた。
確かに男同士。女の子の好みについては結構本音でトークしている。
話によると、コウタは背が低くて華奢な女の子が好みらしく、さらに言えば、胸が大きいのにも惹かれるだそうだ。
何でもコウタの憧れていた女性が、そんな感じの人だったとか。
メルティアとリーゼ。
片や、重装甲の全身鎧を着こなす大柄すぎる少女。
恐らくその胸は『胸板』と表現できるようなものだろう。
片や、比較的に背が低くスレンダーな少女。
その胸は豊かとは言い難いが、『洗濯板』と呼ばれるほど残念でもない。
どちらが好みに近いと言えば、比較するまでもなかった。
「わたくしがこの三泊四日の研修に付き合うのは、彼と親密になりたいという思いもありますが、それ以上にメルティアともっと親しい友人になりたいと思ったからですわ。あまり邪推しないで下さいまし」
そう言って、かなり冷たい眼差しを向けるリーゼに、
「お、おう。すまなかったな、お嬢」
思わず謝罪するジェイクだった。
すると、リーゼはかぶりを振って嘆息する。
「……何故わたくしはこんな所で本音を話しているのかしら」
「ま、まあ、オレっちが悪かったよ。流石にメル嬢はねえわ。コウタの奴もきっと妹みてえに思ってんだろうな」
と、ジェイクも本音をこぼした時だった。
バサバサバサッ――と一斉に鳩が飛び立った。
さらには馬車の馬達も怯えるような嘶きを上げた。
リーゼとジェイクは何事かとギョッとするが、すぐに納得する。
「……ようやく来たみてえだな」
「ええ。まったく困った人達ですわ」
二人の視線の先。
そこには紫銀色の甲冑騎士と、黒髪の少年の姿があった。
メルティアとコウタである。
遠目で見る限り、やけにふらついた様子のメルティアの手を、コウタが必死に両手で引いてどうにか歩かせているようだ。
石畳を打つ彼女の足音が、ここまで聞こえてくる。
動物達が驚いたのはこの音だ。思わずジェイクは眉をしかめる。
「……うわあ、仮にも男女が手を繋いでんのに、全く恥じらいも色気もねえな」
「でしょう。彼女を恋敵と見るには無理がありすぎますわ」
リーゼは余裕の笑みを見せてそう告げた。
ジェイクは肩をすくめて苦笑する。
この光景を見ては、これ以上このネタでからかっても意味がなさそうだ。
「ごもっともで」
そう返した後、ジェイクはボリボリと頭をかいた。
それから、徐々に近付いてくるコウタ達の方へと目をやり、
「まあ、何にせよこれで全員揃ったんだ」
「ええ。そうですわね」
と、リーゼも肘に手を当てて頷く。
対し、ジェイクも頷き返すと、
「んじゃあ、いよいよ出発と行こうぜ!」
そう言って、コウタ達に手を振りつつニカッと笑った。
その期間、彼女は驚くほどクラスに馴染んでいた。
外見こそ厳ついが、どこか猫科の小動物を思わせる仕種に、中身は普通の少女なのだと受け入れられたからだ。
いかにノリがいいクラスメート達でも、普通なら馴染むのにはもう少し苦労があったかもしれないが、男子側にはコウタ、女子側は幸いにも知り合いだったリーゼがいたため、受け入れられるまでさほど時間がかからなかったのだ。
まあ、復学初日は、特注の巨大な机に腕を置き、鋼鉄製のこれまたデカイ椅子に座って授業を受ける甲冑騎士の姿に、全員ビビっていたのも事実だが。
ともあれ、多少ぎこちなさはあったが、メルティアは無事復学できたのである。
しかし、運悪く復学した時期は『七の月』の上旬。
より親睦を深める前に、本格的な夏の季節を迎えてしまった。
すなわち、エリーズ国騎士学校はおよそ一ヶ月半に渡る夏期休暇に入ったのだ。
「しっかし遅っせえよな、コウタとメル嬢は」
エリーズ国・王都パドロ。
その中央付近にある噴水広場にてジェイクはそう独白した。
この広場には緑も多く、街と一体化した柵のない公園を思わせる場所だ。
あちらこちらには石畳を歩く白い鳩の姿があり、デートスポットや待ち合わせ場所としてもよく利用される憩いの場である。
周囲には多数の長椅子も設置されており、ジェイク達の他にも人がいた。
彼らも誰かと待ち合わせしているのだろうか。
「まったく。ルーズですわね」
と、呟くのは隣に立って待つリーゼだ。
彼らは夏期休暇にも拘わらず制服姿だった。それに加え、その場には二頭の馬が引く幌つきの馬車が停車していた。豪華な仕様ではないが、頑強そうな馬車だ。
「……何かあったのかしら?」
リーゼが手を頬に当てて、首を傾げる。
今日は九時にこの噴水広場の前に集合のはずだった。
リーゼは二十分前。ジェイクはかなりギリギリだったが、時間内に来た。
しかし、残り二人――コウタとメルティアは十分過ぎてもまだ来る気配がない。
「単純に寝坊したんじゃねえか? コウタもメル嬢も朝は弱いって話だしな」
と、噴水を見上げながらジェイクが言う。
今日、彼ら四人は馬車で二日ほどかかる隣町サザンに出向く予定だった。
夏期休暇を利用した旅行……などではなく、これは学校からの特別課題だった。
本来、エリーズ国騎士学校の夏期休暇中に課題はない。
しかし、彼らの担任であるアイザックは休暇前に提案したのだ。
メルティアは長期間休学していたため、単位が厳しい。
このままでは留年もあり得る。そこでアイザックは夏期休暇中に課題をこなすことで特別に単位を与えると言ってくれたのだ。
実はこういった前例は、今までもあったらしい。
今年の新入生にはいなかったが、試験免除で入学した爵位持ち貴族の子弟の中には成績が芳しくない生徒が必ずいるものだ。
そういった者は成績優秀な生徒と組ませて長期休暇中に課題をこなし、単位を補足させる。そうして卒業にこじつけるそうだ。
『まあ、学校の用意した救済案だな』
と、アイザックは言う。
そして担任教師が提示した課題は、隣町サザンの屯所にて一日研修を行い、レポートを書いて提出するものだった。
それに対し、未だ引きこもり体質であるメルティアは『と、隣町ですか? そんな遠くまで……』と、不安そうに呟き、かなりおよび腰になっていた。
だが、コウタの必死の説得もあり、結局この研修を受ける決断をし、その話を聞いた面倒見のいいジェイクとリーゼも一緒に付き合おうという流れになったのだ。
そして、その研修のための出立の日が、今日なのである。
「けど、まさか、お嬢まで付き合うことになるとはな。つうか、そもそもよく親父さんが許可したな」
暇つぶしに馬の鼻を撫でながら、ジェイクが問う。
リーゼは公爵令嬢。課題を受ける義務があるのならいざ知らず、よく街の外に出るような泊まりがけの研修への参加などを許しくれたものだ。
すると、その問いにリーゼは苦笑を浮かべて、
「公爵家同士は意外と交友が深いのですわ。特に今の当主達は全員が同世代。同じ時期に学校生活を過ごした友人同士ですの」
そこで一拍置いて、
「友人の娘の手助けをしたい。そう願う娘に反対するほど、わたくしのお父さまの度量は浅くありませんわ」
「ははっ、さいですか」
ジェイクは苦笑を浮かべる。
しかし、すぐさまあごに手をやると、
「けどよ、本音しちゃあ、万が一にもメル嬢とコウタの二人旅になんのが心配だったんだろ? 分っかりやすいよな、お嬢って」
明らかに、からかい目的の台詞を告げる。
が、普段なら赤くなるはずのリーゼは意外にも平然としていた。
そして、やれやれと小さく嘆息してから、蜂蜜色の髪の少女は口を開いた。
「この際ですから、はっきりと申し上げますわ。確かにわたくしは彼に好意を抱いています。正直、もっと仲良くなりたいとも願っています。だからこそ、彼の女性の好みなどもそれなりに研究しているのですわ」
と、そこでリーゼは腰に手を当て、前屈みになって睨みつけた。
「彼がメルティアに極めて甘いのは見ていて分かります。幼馴染というだけのことはありますわね。メルティアが彼に好意を寄せているのも一目瞭然です。ですがオルバン。あなたは彼女が本気で恋敵になると思っていますの?」
「う……そ、それは……」
その指摘に、ジェイクは頬を引きつらせた。
リーゼは姿勢を戻し、ふうっと小さく息をついた。
「メルティアはとても良い子ですわ。彼女のような大柄な女性を愛する殿方もいらっしゃるでしょう。ですが、彼の好みの容姿かというとあまりにかけ離れすぎています。それはあなたの方がよく御存じなのでは?」
「む、むう……」
ジェイクは一歩後ずさり呻いた。
確かに男同士。女の子の好みについては結構本音でトークしている。
話によると、コウタは背が低くて華奢な女の子が好みらしく、さらに言えば、胸が大きいのにも惹かれるだそうだ。
何でもコウタの憧れていた女性が、そんな感じの人だったとか。
メルティアとリーゼ。
片や、重装甲の全身鎧を着こなす大柄すぎる少女。
恐らくその胸は『胸板』と表現できるようなものだろう。
片や、比較的に背が低くスレンダーな少女。
その胸は豊かとは言い難いが、『洗濯板』と呼ばれるほど残念でもない。
どちらが好みに近いと言えば、比較するまでもなかった。
「わたくしがこの三泊四日の研修に付き合うのは、彼と親密になりたいという思いもありますが、それ以上にメルティアともっと親しい友人になりたいと思ったからですわ。あまり邪推しないで下さいまし」
そう言って、かなり冷たい眼差しを向けるリーゼに、
「お、おう。すまなかったな、お嬢」
思わず謝罪するジェイクだった。
すると、リーゼはかぶりを振って嘆息する。
「……何故わたくしはこんな所で本音を話しているのかしら」
「ま、まあ、オレっちが悪かったよ。流石にメル嬢はねえわ。コウタの奴もきっと妹みてえに思ってんだろうな」
と、ジェイクも本音をこぼした時だった。
バサバサバサッ――と一斉に鳩が飛び立った。
さらには馬車の馬達も怯えるような嘶きを上げた。
リーゼとジェイクは何事かとギョッとするが、すぐに納得する。
「……ようやく来たみてえだな」
「ええ。まったく困った人達ですわ」
二人の視線の先。
そこには紫銀色の甲冑騎士と、黒髪の少年の姿があった。
メルティアとコウタである。
遠目で見る限り、やけにふらついた様子のメルティアの手を、コウタが必死に両手で引いてどうにか歩かせているようだ。
石畳を打つ彼女の足音が、ここまで聞こえてくる。
動物達が驚いたのはこの音だ。思わずジェイクは眉をしかめる。
「……うわあ、仮にも男女が手を繋いでんのに、全く恥じらいも色気もねえな」
「でしょう。彼女を恋敵と見るには無理がありすぎますわ」
リーゼは余裕の笑みを見せてそう告げた。
ジェイクは肩をすくめて苦笑する。
この光景を見ては、これ以上このネタでからかっても意味がなさそうだ。
「ごもっともで」
そう返した後、ジェイクはボリボリと頭をかいた。
それから、徐々に近付いてくるコウタ達の方へと目をやり、
「まあ、何にせよこれで全員揃ったんだ」
「ええ。そうですわね」
と、リーゼも肘に手を当てて頷く。
対し、ジェイクも頷き返すと、
「んじゃあ、いよいよ出発と行こうぜ!」
そう言って、コウタ達に手を振りつつニカッと笑った。
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