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第3部
第四章 いよいよ始まる『初デート』①
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「うああああァ……」
その日、メルティアは朝から戦々恐々としていた。
そこは魔窟館の四階。メルティアの寝室。
天蓋付きの大きな丸いベッドの上で、メルティアはじたばたと転がっていた。
(来た。いよいよ今日という日が来てしまいました……)
胸中に抱くのは後悔と不安。
そしてそれに匹敵するほどの期待と喜びだ。
(あうう……)
メルティアは近くに落ちていた大きな枕で頭を隠した。
今日、彼女は生まれて初めて『デート』をする。相手は当然のごとくコウタ。しかも『デート』の最後には『キス』までする約束だ。
ここ数日間、メルティアはロクに寝ていないほど緊張していた。
半ば売り言葉に買い言葉だったが、まさかこんな事態になるとは想定外だ。
「べ、別にコウタとキスするのが嫌ではありませんが……」
コウタは事実上のメルティアの婚約者だ。
すでに外堀はすべて埋め終え、後の問題はコウタとメルティアの年齢と気持ちだけ。もうそういった段階に入っているのだ。
何より、メルティアはコウタのことが大好きだった。彼に求められれば拒絶することなど何もない。それは勿論『キス』も含めてだ。
しかし、微妙な年頃だけあって、やはり恥ずかしいのである。
コウタと唇を重ねるシーンを思い浮かべるだけで、うなじ辺りが火照ってくる。
「~~~~ッッ!」
バタバタと足を動かすメルティア。
彼女はこんな風にずっと悶々としていた。
すると、その時だった。
「……そんなに恥ずかしがることはないと思うよ」
不意に、幼い少女の声が寝室に響いた。
メルティアが枕ごと頭を上げると、ベッドの端の方に彼女のメイドであるアイリの姿があった。その傍らには、彼女の専属サポーターである二機のゴーレムの姿もある。
「……コウタはモテるけど、基本的にヘタレだから」
と、アイリはいきなり辛辣な言葉を発した。
ゴーレム達も「……ソウダ、ソウダ」と相槌を打っている。
「……きっとコウタはキスをしない。しても頬とか額とかで誤魔化してくるよ」
「そ、それは……」
アイリの正確な指摘に、メルティアは言葉を詰まらせた。
それはメルティアも容易に想像できる。
きっとコウタのことだ。親愛の証とか言って誤魔化してくるに違いない。
「し、しかし、それはそれで緊張するモノです」
と、メルティアが本音をこぼすと、アイリは深々と溜息をついた。サポーターのゴーレム達も「……ヤレヤレ、ダゼ」「……リアジュウガ」と肩をすくめていた。
が、すぐにアイリは面持ちを改めてメルティアを見据えた。
「……そんなことでどうするの?」
いつにない妹分の強い台詞に、メルティアは「う」と呻いた。
アイリの顔は真剣であるが、同時に呆れ果てるようなモノでもあった。
「……私の村では十代で結婚はそんなに珍しくもなかった」
と、八歳の少女は前置きし、
「……メルティアはいずれコウタと結婚する予定なんでしょう? なのにそれぐらいで動揺してはダメだよ」
「そ、そうは言っても……」
確かに結婚は想定している。しかし、実際のところ恥ずかしいモノは、やはり恥ずかしいのだ。メルティアはそう言い訳しようとする――が、
「……むしろこれは攻勢に出るチャンスだよ」
アイリは腰に両手を当てると堂々とした態度で、メルティアに助言する。
何故か、ゴーレム達もアイリと同じポーズを取っていた。一方、メルティアはベッドの上にて正座し直し、全身を強張らせた。
「……どうもジェイクはリーゼの味方っぽいから、私はメルティアの味方をするよ。チャンスはコウタがキスをする瞬間。出来るだけ額は避けて頬に誘導するの」
「ゆ、誘導ですか?」
おずおずと尋ねるメルティア。それはとても八歳児に向ける眼差しではなかったが、それはともかく、アイリの言葉は続く。
「……そしてコウタが頬にキスしようとするタイミングを読んで顔を動かすの。どうにかして唇に合わさるようにして」
一瞬、メルティアは何を指示されたのか分からなかった。
が、徐々に言葉を理解し、数秒後には顔色を赤く変化させて――。
「な、なんと言う事を!?」
愕然とした眼差しで、八歳児を見つめた。
「なんて恐ろしい事を言うんですか! アイリ!」
と、立ち上がってアイリの元へ駆け寄ろうとするが、幼い少女は「……メルティア。最後まで聞いて」と言って、右の掌を向けることでメルティアの動きを制した。ちなみに、この時もゴーレム達は同じポーズを取っている。
「……まだ話には続きがある」
そしてアイリは、驚愕するメルティアをよそに、さらに言葉を告げる。
「……よく聞いてメルティア。その時、『しまった』って感じの表情をするの。その後、出来るだけ恥ずかしがって。視線を伏せて『わ、私は……』とか呟くのもアリ。それから十数秒間かけて微妙な空気を作り上げるの」
そこで一拍置いて、アイリは作戦の肝を伝える。
「……そして感極まったって感じでコウタに抱きついて。その大きなおっぱいを最大限に活用して抱きつくの。そうすればコウタは嫌でもメルティアを女の子として意識する」
そんなことを指示する八歳の少女に、メルティアは言葉もなかった。
アイリは再び、腰に手を当てて言葉を締める。
「……名付けて『幼馴染脱却作戦』。成功すれば一気にステップアップできる」
シンと空気が寝室に流れた。
メルティアは未だ言葉もなく、ゴーレム達は「……サスガハ、フクチョウ」「……オソルベシ、グンシ」と円らな眼差しをアイリに向けて絶賛していた。
しばし部屋は微妙な雰囲気に包まれる……が、
「な、なんという策略……」
おもむろにメルティアは、ごくりと喉を鳴らした。
「確かにそれならば、コウタは私を女の子として認識するは疑いようもありません。私の目標に一気に近付きます」
メルティアはアイリに尊敬の眼差しを向けた。
「で、ですがアイリ……」
が、同時に少しだけ不安そうな表情も浮かべる。
「もし失敗した時はどうしましょうか? そんな策略をして私は、その、コウタに嫌われたりしないでしょうか?」
それが不安要素だ。策とは失敗した時のリスクが怖い。
しかし、それに対し、アイリは揺るぎない自信を以て答える。
「……問題ないよ」
ピンと親指を立てるアイリ。
「……この程度なら。と言うよりも、きっと何をしてもコウタがメルティアを嫌うことなんてないよ。結局コウタはメルティアに凄く甘いから」
と、コウタの性格を正確に見抜いた上で、アイリはメルティアに激励する。
「……失敗を恐れないで。今こそメルティアは先に進むの」
「…………」
そんな自分より遥かに幼い少女の言葉に、メルティアは何も言えなかった。ただ、憧れにも似た眼差しを、薄い緑色の髪の少女に向けていた。
「………アイリ」
そして数秒が経ち、少女の名を呟く。
その声には、真剣さとどこか重みがあった。
「分かりました。いよいよ私も……覚悟を決める日が来たのですね」
そう言って、メルティアはベッドから立ち上がった。
ゴーレム達が「……オオ、メルサマ」「……ウム。ツイニ、コノヒガ」と感嘆(?)の声を上げ、一方アイリは満足げにこくんと頷いた。
「アイリ」
と、妹分の名を呼び、メルティアも静かな面持ちで頷き返す。
ただそれだけで、お互いの気持ちは伝わった。
続けて、メルティアは小さな拳を胸の前でグッと握りしめ、
「決めました! 今日は私の決戦の日です!」
改めてそう宣戦布告する。もはやオドオドしていた少女はいない。
それは、不退転を決意した戦士の顔つきだった。
そしてメルティアはピコピコとネコ耳を動かすと、アイリを見据えて告げた。
「私は頑張ってみせます! この作戦、見事に成功させてみせます! どうか応援して下さいアイリ!」
その日、メルティアは朝から戦々恐々としていた。
そこは魔窟館の四階。メルティアの寝室。
天蓋付きの大きな丸いベッドの上で、メルティアはじたばたと転がっていた。
(来た。いよいよ今日という日が来てしまいました……)
胸中に抱くのは後悔と不安。
そしてそれに匹敵するほどの期待と喜びだ。
(あうう……)
メルティアは近くに落ちていた大きな枕で頭を隠した。
今日、彼女は生まれて初めて『デート』をする。相手は当然のごとくコウタ。しかも『デート』の最後には『キス』までする約束だ。
ここ数日間、メルティアはロクに寝ていないほど緊張していた。
半ば売り言葉に買い言葉だったが、まさかこんな事態になるとは想定外だ。
「べ、別にコウタとキスするのが嫌ではありませんが……」
コウタは事実上のメルティアの婚約者だ。
すでに外堀はすべて埋め終え、後の問題はコウタとメルティアの年齢と気持ちだけ。もうそういった段階に入っているのだ。
何より、メルティアはコウタのことが大好きだった。彼に求められれば拒絶することなど何もない。それは勿論『キス』も含めてだ。
しかし、微妙な年頃だけあって、やはり恥ずかしいのである。
コウタと唇を重ねるシーンを思い浮かべるだけで、うなじ辺りが火照ってくる。
「~~~~ッッ!」
バタバタと足を動かすメルティア。
彼女はこんな風にずっと悶々としていた。
すると、その時だった。
「……そんなに恥ずかしがることはないと思うよ」
不意に、幼い少女の声が寝室に響いた。
メルティアが枕ごと頭を上げると、ベッドの端の方に彼女のメイドであるアイリの姿があった。その傍らには、彼女の専属サポーターである二機のゴーレムの姿もある。
「……コウタはモテるけど、基本的にヘタレだから」
と、アイリはいきなり辛辣な言葉を発した。
ゴーレム達も「……ソウダ、ソウダ」と相槌を打っている。
「……きっとコウタはキスをしない。しても頬とか額とかで誤魔化してくるよ」
「そ、それは……」
アイリの正確な指摘に、メルティアは言葉を詰まらせた。
それはメルティアも容易に想像できる。
きっとコウタのことだ。親愛の証とか言って誤魔化してくるに違いない。
「し、しかし、それはそれで緊張するモノです」
と、メルティアが本音をこぼすと、アイリは深々と溜息をついた。サポーターのゴーレム達も「……ヤレヤレ、ダゼ」「……リアジュウガ」と肩をすくめていた。
が、すぐにアイリは面持ちを改めてメルティアを見据えた。
「……そんなことでどうするの?」
いつにない妹分の強い台詞に、メルティアは「う」と呻いた。
アイリの顔は真剣であるが、同時に呆れ果てるようなモノでもあった。
「……私の村では十代で結婚はそんなに珍しくもなかった」
と、八歳の少女は前置きし、
「……メルティアはいずれコウタと結婚する予定なんでしょう? なのにそれぐらいで動揺してはダメだよ」
「そ、そうは言っても……」
確かに結婚は想定している。しかし、実際のところ恥ずかしいモノは、やはり恥ずかしいのだ。メルティアはそう言い訳しようとする――が、
「……むしろこれは攻勢に出るチャンスだよ」
アイリは腰に両手を当てると堂々とした態度で、メルティアに助言する。
何故か、ゴーレム達もアイリと同じポーズを取っていた。一方、メルティアはベッドの上にて正座し直し、全身を強張らせた。
「……どうもジェイクはリーゼの味方っぽいから、私はメルティアの味方をするよ。チャンスはコウタがキスをする瞬間。出来るだけ額は避けて頬に誘導するの」
「ゆ、誘導ですか?」
おずおずと尋ねるメルティア。それはとても八歳児に向ける眼差しではなかったが、それはともかく、アイリの言葉は続く。
「……そしてコウタが頬にキスしようとするタイミングを読んで顔を動かすの。どうにかして唇に合わさるようにして」
一瞬、メルティアは何を指示されたのか分からなかった。
が、徐々に言葉を理解し、数秒後には顔色を赤く変化させて――。
「な、なんと言う事を!?」
愕然とした眼差しで、八歳児を見つめた。
「なんて恐ろしい事を言うんですか! アイリ!」
と、立ち上がってアイリの元へ駆け寄ろうとするが、幼い少女は「……メルティア。最後まで聞いて」と言って、右の掌を向けることでメルティアの動きを制した。ちなみに、この時もゴーレム達は同じポーズを取っている。
「……まだ話には続きがある」
そしてアイリは、驚愕するメルティアをよそに、さらに言葉を告げる。
「……よく聞いてメルティア。その時、『しまった』って感じの表情をするの。その後、出来るだけ恥ずかしがって。視線を伏せて『わ、私は……』とか呟くのもアリ。それから十数秒間かけて微妙な空気を作り上げるの」
そこで一拍置いて、アイリは作戦の肝を伝える。
「……そして感極まったって感じでコウタに抱きついて。その大きなおっぱいを最大限に活用して抱きつくの。そうすればコウタは嫌でもメルティアを女の子として意識する」
そんなことを指示する八歳の少女に、メルティアは言葉もなかった。
アイリは再び、腰に手を当てて言葉を締める。
「……名付けて『幼馴染脱却作戦』。成功すれば一気にステップアップできる」
シンと空気が寝室に流れた。
メルティアは未だ言葉もなく、ゴーレム達は「……サスガハ、フクチョウ」「……オソルベシ、グンシ」と円らな眼差しをアイリに向けて絶賛していた。
しばし部屋は微妙な雰囲気に包まれる……が、
「な、なんという策略……」
おもむろにメルティアは、ごくりと喉を鳴らした。
「確かにそれならば、コウタは私を女の子として認識するは疑いようもありません。私の目標に一気に近付きます」
メルティアはアイリに尊敬の眼差しを向けた。
「で、ですがアイリ……」
が、同時に少しだけ不安そうな表情も浮かべる。
「もし失敗した時はどうしましょうか? そんな策略をして私は、その、コウタに嫌われたりしないでしょうか?」
それが不安要素だ。策とは失敗した時のリスクが怖い。
しかし、それに対し、アイリは揺るぎない自信を以て答える。
「……問題ないよ」
ピンと親指を立てるアイリ。
「……この程度なら。と言うよりも、きっと何をしてもコウタがメルティアを嫌うことなんてないよ。結局コウタはメルティアに凄く甘いから」
と、コウタの性格を正確に見抜いた上で、アイリはメルティアに激励する。
「……失敗を恐れないで。今こそメルティアは先に進むの」
「…………」
そんな自分より遥かに幼い少女の言葉に、メルティアは何も言えなかった。ただ、憧れにも似た眼差しを、薄い緑色の髪の少女に向けていた。
「………アイリ」
そして数秒が経ち、少女の名を呟く。
その声には、真剣さとどこか重みがあった。
「分かりました。いよいよ私も……覚悟を決める日が来たのですね」
そう言って、メルティアはベッドから立ち上がった。
ゴーレム達が「……オオ、メルサマ」「……ウム。ツイニ、コノヒガ」と感嘆(?)の声を上げ、一方アイリは満足げにこくんと頷いた。
「アイリ」
と、妹分の名を呼び、メルティアも静かな面持ちで頷き返す。
ただそれだけで、お互いの気持ちは伝わった。
続けて、メルティアは小さな拳を胸の前でグッと握りしめ、
「決めました! 今日は私の決戦の日です!」
改めてそう宣戦布告する。もはやオドオドしていた少女はいない。
それは、不退転を決意した戦士の顔つきだった。
そしてメルティアはピコピコとネコ耳を動かすと、アイリを見据えて告げた。
「私は頑張ってみせます! この作戦、見事に成功させてみせます! どうか応援して下さいアイリ!」
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