悪竜の騎士とゴーレム姫【第12部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
92 / 399
第4部

第一章 少女達の日々①

しおりを挟む
「……うんしょ」


 ベッドシーツの山を抱え、その少女は小さく呟いた。
 年齢は八歳ほど。腰まで伸ばした長い髪は薄い緑色で、瞳も同じ色だ。銀色の小さな王冠付きカチューシャを付けたメイド服の少女だ。
 幼いながらも美しい顔立ちをしたその少女――アイリ=ラストンは、彼女の住み込みでの勤め先である館の裏庭で洗濯物を干していた。普段はただ雑草が生えているだけの裏庭には、今回のために数十の物干し台が設置されている。


「……流石に量が多い」


 台替わりの木箱に乗って一枚のベッドシーツを干し終えたアイリは一息ついた。
 今日は天気が良い。『十の月』でありながら夏を思わせる陽気さだ。アイリはこの機会に普段は使用しない部屋のベッドシーツを一斉に洗濯することにしたのだ。
 しかし、彼女の勤め先である館――アシュレイ公爵家の別館・通称『魔窟館』は無駄に広い。その部屋数も多く、一斉にともなると流石に重労働だった。
 アイリは一度大きく伸びをすると、


「……けど、もうじき終わり」


 木箱から降りてそう呟く。
 続けて、少女は長い髪を揺らして裏庭を見渡した。
 庭師がいないため、雑草が目立つ裏庭。さほど珍しくもない景観だが、今だけはある意味とても奇妙な光景に変わっていた。


「……コッチ、オワッタ」「……ウム。コチラモオワリ」「……ニンムカンリョウ」


 と、そんな会話が聞こえてくる。
 アイリの視界には今、五十体ほどの小さな鎧騎士達の姿が映っていた。
 身長は幼児並み。丸みを帯びた紫色の鎧で全身を固めた、まるで玩具のような愛らしさを持つ騎士達。背中から伸ばした短い尾をぷらぷらと揺らして忙しく動いている。

 ベッドシーツを干すために、裏庭に集結した彼らは人間ではない。
 この館の主人である少女が造り上げた自律型鎧機兵――『ゴーレム』だ。

 機械である証拠に、アイリよりも身長が低い彼らの何機かは、ワイヤーで繋がった両腕を伸ばして器用にシーツを干していた。アイリにとっては実に頼りになる『同僚』達なのだが、シュールな光景すぎて思わず笑みを零してしまう。

 するとその時、


「……フクチョウ。オワッタカ?」


 いつの間にか傍にいた、ゴーレムの一機が声を掛けてきた。
 機体番号は二十八号。アイリの護衛役も兼ねる機体だ。


「……うん。終わったよ」


 アイリがそう答えると、二十八号はこくんと頷き、


「……キュウケイスル。アニジャガヨンデイル」


 と言って、裏庭の一角を指差した。
 アイリが目をやると、そこには丸テーブルが用意されており、頭部に小さな王冠を付けたゴーレムが紅茶を準備していた。ゴーレム隊――自称『メルティアン魔窟騎士団』の団長である最古のゴーレム、零号だ。他にも数機のゴーレム達が、椅子のセッティングをサポートしていた。


「……ハタラキスギ。ダメ、ゼッタイ」


 と、二十八号が忠告してくる。アイリは少しだけ苦笑を浮かべてから「……うん。そうだね」と答えて、二十八号と共に零号の元へと向かった。
 そして二十八号、零号も含めた数機のゴーレム達に歓迎された状況でアイリは丸テーブルの席に着く。零号はアイリの向かい側の椅子によじ登って座り、他のゴーレム達はその場にドスンと腰を降ろした。
 零号が淹れてくれた紅茶の香りが鼻腔をくすぐり、アイリは零号達に「……ありがとう」と礼を言った後、紅茶に口を付けた。アイリは瞳を細くする。良質の紅茶だ。彼女の主人である少女はエリーズ国の公爵家の人間。この紅茶も有名な銘柄の品だった。
 故郷では味わう機会もなかった紅茶をアイリは堪能した。


「……粗茶デアリマスガ」


 と、零号が言う。アイリはくすりと笑った。
 一体彼らは、どこでそんな言葉を覚えてくるのか不思議だった。


「……そんなことはないよ」


 ともあれ、そう返してから彼女は蒼い空を見上げた。
 今日は本当によい天気だ。
 森の王国の空を白い鳥が群れをなして飛んでいた。
 そんな平穏の中、アイリはふと思う。
 この日常をくれた彼女のご主人さまは今頃、何をしているのだろうか?

 
       ◆


 雄大な森に覆われた王国・エリーズ国。
 その王都・パドロの一角にあるエリーズ国騎士学校のグラウンドは今、大きな期待感と緊張感に包まれていた。四十名ほどの生徒達がグラウンドの周辺に陣取り、固唾を呑んでグラウンドの中央にて対峙する人物達に注目しているのだ。


「いよいよか」「ああ、いよいよだな」


 抑えきれない興奮に、ざわつき始めるグラウンド。
 そんな中、


「……遂に雌雄を決する時が来たのでござるな」


 と、口火を切ったのは中央に立つ人物の一人だった。
 身に纏うのは襟まで締めるタイプの黒を基調にした制服と、腰に巻いた白い布ケープ
 クラス内ではたった二人しかいない黒髪と黒い瞳が特徴的な少年だ。
 名前はフドウ=アカツキ。
 東方の大陸アロンの血を引く騎士学校の生徒だった。


『いえ、あなたと私にそこまで因縁はないはずですが?』


 と、答えるのは彼と対峙するもう一人の人物。
 彼女も騎士学校の生徒なのだが、その装いはフドウと大きく違い、異様だった。
 全身に纏うのは紫銀色の分厚い全身鎧。丸みを帯びたシンプルな装甲であり、背中に大きなバックパックを背負っている。ヘルムにはネコ耳を彷彿させる出っ張りがあった。
 完全武装のその姿はある意味圧巻だが、それ以上に特徴的なのは彼女の身長だ。
 彼女はまだ十五の少女でありながら、二セージルにも至るほどの巨体の持ち主なのだ。

 彼女の名前は、メルティア=アシュレイ。
 四大公爵家の一つ、アシュレイ家の令嬢であり、このエリーズ国騎士学校にて『剛令嬢』または『ゴーレム姫』とも呼ばれている、アイリの主人たる少女だった。


『そもそも以前から疑問に思っていたのですが、何故「雌雄」なのでしょうか。今回のように男女が対峙すれば、最初から雌雄は特定されていると思うのですが』


 と、続けてメルティアが言う。


「いや、それを拙者に問われてもな……」


 対するフドウは、ポリポリと頬をかいていた。


「こらこら、お前達」


 すると、彼らの近くにいた人物が声を上げる。


「模擬戦前だぞ。私語は慎むように」


 そう告げた人物は、担任教師であるアイザック=ハリーだ。
 審判を務めるため、彼だけはグラウンドにいた。


「さて。それよりも」


 アイザックは表情を引き締め、大らかに宣言する。


「これより模擬戦を始める。双方、鎧機兵を召喚せよ」

「「「うおおおおおおお!」」」


 審判の開始宣言に、生徒達のテンションは上がった。
 同時に、メルティアとフドウの表情には緊張が浮かんでいた。


「フドウ! 頑張れ! かませ犬たるお前の真髄を見せてやれ!」

「いよいよ剛令嬢の鎧機兵の初お披露目か。さあ、フドウ! 五秒だ! せめて五秒は持たせるんだぞ!」

「屍は拾ってやる。安心しろ」


 と、フドウと仲の良い男子生徒達が声援(?)を贈る。
 一方、メルティアの方には、


「メルちゃん! 大丈夫! そいつ簡単に死なないから!」

「潰すつもりでやっても大丈夫だよ!」


 女子生徒からそんな物騒な声援が贈られていた。
 と、その中には、


「メルティア! 落ち着いて!」


 心配そうな声でそう叫ぶ女子生徒もいた。
 蜂蜜色の長い髪を赤いリボンで結んでいる少女。
 少しだけ険はあるが、凛々しく美しい顔立ちをしており、スレンダーなスタイルから活発そうな印象を抱かせる少女だ。

 華奢であり清楚。そして気品もある美少女。
 そんな風に多くの男子生徒からメルティアと正反対のイメージと好意を抱かれている彼女の名前はリーゼ=レイハート。
 メルティアと同じく四大公爵家の一つ、レイハート家の令嬢であり、メルティアにとて最も親しい友人でもあった。

 メルティアは、友人の声援にこくんと頷く。
 緊張していた心が少しだけ落ち着いてきた。
 出来ることなら『彼』の声も聞きたいのが本音ではあるが、『彼』が今いるのは男子生徒の集まっている場所。男子生徒の大きな声の中から『彼』の声だけを拾い上げるのは彼女の『鎧』の機能を使っても困難だった。


(……仕方がありませんね)


 メルティアは小さく嘆息した。まぁ、構わないか。まずはこの模擬戦に勝利し、『彼』には後で存分に誉めてもらえればいいだけのことだ。


(さて)


 そしてメルティアは今回の模擬戦の相手であるクラスメートに目をやった。彼はすでに召喚器である短刀を身構えていたが、その顔はかなり引きつっている。
 どうやら緊張しているのはお互いさまのようだ。
 しかし、フドウはすでに模擬戦は幾度も経験している。未知の対戦相手におよび腰にはなっていたが、すぐに表情を引き締め直した。


「来るでござる! 《明王》よ!」


 そう叫び、愛機を召喚した。
 そしてフドウの前で輝く転移陣から出てきたのは真紅の機体だった。
 全高は一般的な機体よりも少しだけ大きい。丸みを帯びた黒い装甲に対し、縁取り部に炎を象ったような装飾を取り着けた鎧機兵だ。武器は短めの双剣。鍔の部位と柄の端が蓮華を彷彿させる武器だ。アロンから留学生だけあって、フドウの愛機はこの国ではあまり見かけない珍しいデザインだった。
 フドウは胸部装甲が開いた愛機の操縦席に素早く乗り込んだ。そして《明王》の両眼が鋭く光り、東方の巨人は雄々しく双剣を身構えた。


『さ、さあ! いざ尋常に勝負!』


 と、拡声器を通じてフドウが勇ましく宣言する。とは言え、メルティアには対人戦で惨敗した記憶が焼き付いているため、その声はかなりブレていたが。


『ええ。そうですね。では……』


 一方、メルティアは冷静な声でそう答えると、右拳をすっと掲げた。
 まるで勝利を宣言する王者の構えだ。『鎧機兵などいらぬ。貴様など素手で充分だ』と言われたようで、フドウはギョッとする。


『ま、まさか素手でぶちのめす気でござるか!?』


 思わず訊いてしまう。なにせこの剛令嬢なら本当にあり得そうだからだ。
 しかし、メルティアはかぶりを振り、


『……いえ、流石にそれは無理です。何よりこれは鎧機兵の模擬戦でしょう』


 と、呆れた口調で返す。
 幾らなんでも、鎧機兵が相手では『この姿』であっても挑むのは無謀だ。
 当然、今回の模擬戦のためにメルティアは専用の機体を用意している。
 ただ、手を上げたのにもそれなりの理由がある。
 多くの鎧機兵乗り達は、フドウのように短刀や、もしくは短剣などの小型の武器を召喚器に選ぶものなのだが彼女が用意した召喚器はこの『鎧』自身なのである。
 まあ、別に拳を大仰に掲げなくても喚べるのだがそこはいわゆる雰囲気作りだ。
 彼女はどんなことでも、まずは形から入るタイプだった。


『では来なさい。《フォレス》』


 そうしてメルティアは厳かに『愛機』の名を告げる。
 同時に光輝く右の拳。溢れ出た光は彼女の前で疾走し、瞬く間に転移陣が描かれ、その中から徐々に鎧機兵の影が浮かび上がる。


「「「お、おおおおお……」」」


 観戦する生徒達から大きな声が湧きあがった。
 かくして、遂にメルティアの『愛機』が姿を現すのであった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。

みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。 勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。  辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。  だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

処理中です...