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第4部

第七章 魔窟館攻防戦③

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「……シングンセヨ! キョウダイタチヨ!」


 三十三号の声が裏庭に轟く!
 その指揮にゴーレム達が一斉に《死面卿》へと向かった。


「「「……ウオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」


 鋼の軍団が上げる雄々しい叫び。
 三十三号自身も先陣を切って工具を振るう!


「――チイィ」


 対する《死面卿》は舌打ちして後方に跳んで大きく退避する。
 ゴーレム隊の工具が宙を切るが、彼らは諦めない。
 地面を強く蹴って二機のゴーレムが追撃する。そしてそれぞれが手に持つスパナとハンマーで《死面卿》の身体を殴打した!


「――グッ」 


 右肩と左腕を強打され、《死面卿》は呻き声を上げる。
 しかし、本来ならば骨折してもおかしくない殴打にも《死面卿》は大したダメージを受けなかったようだ。
 すぐさま身を翻し、間合いを取って体勢を整え直そうとする――が、


「……ニガスナ! カコッテボコレ!」


 かなりおっかない指示を出す三十三号。周囲のゴーレム達も「……ボコル!」「……ロリコン、ボコル!」と声を上げて《死面卿》を追った。
 全力で走るゴーレム達の足は速い。《死面卿》も充分人間離れした速さではあったが、それでも瞬く間に背後にまで迫った。


「――厄介な!」


 忌々しげに舌打ちする《死面卿》。
 このままでは後方から攻撃される。《死面卿》はその場で反転し、身を深く屈めると地面を蹴った。信じ難い脚力で数セージルを飛翔し、鋼の人形の群れを飛び越える算段だ。
 しかし――。


「な、なに!」


 宙空で《死面卿》は息を呑んだ。
 人形の内の二体が、前方の機体を踏み台にして飛翔してきたのだ。


「……ロリコンメ!」「……ノガサヌ、デ、ゴザル!」


 そんな台詞を吐きながら二機はスパナを振り上げた。


「――人形風情が!」


 流石に驚愕は隠せなかったが、《死面卿》は即座に立ち直り、杖を鋭く振るった。カンッ、カンッと軽快な音が鳴る。杖でゴーレム達の装甲を打ったのだ。
 途端、二機のゴーレム達は宙空でバランスを崩し、地面に墜落した。


「……ウグッ」「……ムウ!」


 ズズンッと地面にめり込むゴーレム達。


「……ウ、ウゴケナイ」「……ム、ムネン」


 二機の脱落の隙に《死面卿》は地面に降り立った。
 その様子にゴーレム達が一瞬たじろぐが、三十三号が檄を飛ばす。


「……カコメ! サンキ、イジョウナラ、ヤラレナイ!」

「「「……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」


 再び雄叫びを上げるゴーレム達。
 《死面卿》は「ふん」と鼻を鳴らして振り返った。


「煩わしい人形どもめ。調子に乗るでない」


 そう告げてまさに怒れる獅子のごとく歯をギシリと鳴らした。
 そして杖をすっと薙ぎ、迎撃の姿勢で構える。
 対し、ゴーレム隊は一切の恐れを見せず、突撃をした――が、


「……ぬ?」


 《死面卿》は眉根を寄せた。
 突然機械人形どもが、大海を分けるように左右に分裂したのだ。
 ポツンと一人残され、《死面卿》は困惑する。と、


「……ツブセ! レッツ、アクティブ!」


 そう叫んだのは一階警護隊の指揮官である二十八号だった。
 天に工具を掲げる機体に《死面卿》は怪訝な表情を見せるがすぐにハッとする。
 自分を中心に影が大きく広がり始めたからだ。
 表情を険しくして上空を見上げると、そこには十数機の機械人形の群れがいた。
 周囲の機体とは少し違う、丸みを帯びた重装甲の機体の軍団だ。
 そして黒い砲弾にしか見えないゴーレム達は次々と《死面卿》に襲い掛かる!
 骨が折れる音と地面が砕ける轟音が響き、盛大な土煙が上がった。


「……ヤッタカ」


 三十三号がそう呟き、二十八号が「……ソレハ、イッタラ、ダメナセリフダ」とツッコミを入れる。が、そんな冗談じみたやり取りの中でも、二機と他のゴーレム達は真剣な様子で土煙を見据えていた。
 すると――。


「……やってくれるわ」


 ようやく晴れた土煙。そこには服さえ破れていない《死面卿》の姿があった。
 完全に無傷の状態だ。しかし、土煙で汚れることは防げなかったらしく、片手で服についた土埃をはたいていた。
 そしてある程度、身体から埃を落とした後、


「正直、侮っていたな。まさかここまで出来るとはな」


 少しだけ感嘆を宿した声で呟く。
 《死面卿》は改めて立ち塞がる機械人形達を凝視した。


(これは思いのほか厄介な連中だ)


 不快そうに眉間にしわを刻む。一機、二機ならば大した障害でもないが、群体と成るとここまで手強くなるとは思いもよらなかった。
 これは流石に見通しが甘かったと言わざるを得ない。


「しかし、この程度の障害で諦める気などないぞ」


 と、《死面卿》は宣言する。
 障害は百も承知だ。その上で襲撃しているのである。
 身構えるゴーレム達を睨み据え、《死面卿》は杖を頭上に掲げた。
 ゴーレム達が上空に目をやった。
 するとそこには旋回する銀色の鳥の群れがあった。


「本来はあの少年用だったが……まあよい。早々に決着をつけさせてもらうぞ」


 手強いのならば、こちらもを増やすだけだ。
 《死面卿》は不気味な笑みを顔に刻んだ。
 ――直後、銀色の鳥達が《死面卿》の元へと落下してくる。
 次いで、銀色の鳥達は《死面卿》の身体に触れると、服に溶け込むようにどんどん取り込まれていった。鳥達が消える度に《死面卿》の四肢が膨れ上がっていく。
 そうして十数秒後、


『……ぬふふ』


 笑い方こそ変わらないが、聞く者に不快感を抱かせる濁声。
 かつて《死面卿》と呼ばれた男の姿はどこにもなく、そこには四セージルはある巨大な獅子の威容があった。
 しかも、ただの獅子でない。
 全身は光沢を放つ銀色。先端に棘を生やした尾に揺らし、ひしゃげた二本の脚で立っている。丸太のように太い両腕には手甲を彷彿させる甲殻を纏う獅子だ。
 まさに、怪物そのものの魔人がそこにいた。


「……ロリコンガ!」「……ヘンシン、シタ!」


 この事態にゴーレム達も驚愕の声を上げる。
 後退する機体こそ一機もいないが明らかに動揺している。と、

 ――ズズンッ!

 獅子の怪物――獅子鎧人が一歩を踏み出した。


『もはやお主らと遊んでいる暇はない』


 怪物が宣言する。そして立ち塞がるゴーレム達を薙ぎ払うべく、右腕の爪を大きく振りかぶった――その時だった。


『――ぐうッ!?』


 銀色の怪物が呻く。
 さらには大きく仰け反り、縦に回転しながら後方に吹き飛んだ。
 突如、不可視の衝撃にはね飛ばされたのだ。
 地面に一度は倒れ伏す獅子鎧人だったが、すぐに立ち上がった。
 それから忌々しげな様子で裏庭の一角を睨み据えた。
 ――そこには、掌底を突き出した構えをする一機の鎧機兵がいた。
 全身を赤と黒でコーティングした竜を象る……見るからに異形の機体だ。
 とても正規の騎士が乗るような機体には思えない。
 だが、この場に現れたと言うことは――。


『その鎧機兵……察するに、お主は黒髪の少年か……』


 銀色の獅子鎧人が険しい声で呟く。


『よくわかったね、その通りだよ』


 魔窟館の最強の守護者。
 漆黒の鎧を纏う、悪竜の騎士が答える。


『さて。おじさん』


 そして悪竜の騎士は処刑刀を勢いよく薙いで告げた。


『ここからはボクが相手だ。ただ、招いてもいないのに人の家に土足でやって来るような人には、かなり厳しくお相手させてもらうから覚悟はしてくれ』
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