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第5部
第五章 乙女の園④
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一方、その頃。
『乙女の園』に参加できない野郎どもといえば――。
「……はあ」
魔窟館におけるコウタの部屋にてジェイクが溜息をついた。
次いでコウタの部屋にある椅子に座って天井を仰ぎ、
「今頃メル嬢達は風呂か。ああ、シャルロットさんの裸、覗きてえな……」
と、そんな呟きを零す。
「いや、あのさジェイク」
床に胡座をかいて、とある作業を黙々と続けていたコウタは、一旦手を止めて呆れるような眼差しを親友に向けた。
「身も蓋もない台詞を呟くのはやめなよ。まさか覗きに行かないよね?」
と、不信感丸出しの表情を見せるコウタにジェイクは苦笑した。
「行きたくねえって言やあ嘘になっちまうが、流石にこれじゃあ無理だろ。チビどもの警備がキツすぎる」
そう言って、室内にて腰を下ろす三機のゴーレムを一瞥する。それからドアの方にも目をやった。廊下にも今、ゴーレムが二機待機しているらしい。コウタとジェイクは完全に監視され、軟禁状態だった。
「やれやれ。どんだけ信用されてねえんだよ」
ジェイクは大仰に肩を竦める。
「まあ、それに、仮に覗きが成功したとしても、もしお嬢の裸でも見てみろ。その場でシャルロットさんに成敗されちまう」
「はは、そうだね。けどさジェイク」
「ん? なんだ?」
不思議そうに尋ねるジェイクに、コウタはにこやかな顔で言う。
「もしもその時、メルの裸でも見ようものなら、いくらジェイクであっても真っ二つにするからね」
「お、おう……」
頬を引きつらせて頷くジェイク。
目が全く笑っていない親友に、ジェイクは本気でビビった。
「と、ところでよ」
この話題は危険すぎる。ジェイクは話を変えることにした。
「さっきから何を造ってんだ?」
コウタの手元を見て尋ねる。
「ああ、これね」
コウタはそれを両手で持って少し掲げた。
「それって兜飾りか?」
ジェイクが続けて尋ねる。するとコウタは「うん。そうだよ」と答えた。
コウタが手に持つそれは多関節の短い二本の角と、デフォルメ化された竜のお面を輪っかで繋ぎ合わせたような兜飾りだった。
「こないだの《死面卿》の事件の後、三十三号に頼まれたんだ」そう言って部屋に待機している一機に目をやる。「事件解決の殊勲賞ってやつだよ」
「へえ~。そんなあんのか」
ジェイクがまじまじと紫色の兜飾りを凝視した。
「まあ、前回は魔窟館にまで踏み込まれるかなり危険な戦いだったしね。頑張ったご褒美ぐらいあった方がいいかなって思って。これぐらいならボクにも造れるし」
と、コウタが言う。それから三十三号に「それじゃあ一応完成したし、早速着けてみようか」と声をかけた。三十三号は「……ウム」と応えて立ち上がる。
「……イイナァ、三十三ゴウ、イイナァ」「……ツギコソハ、オレガ!」
と、他の二機が羨望の声を上げた。
「ははっ、頑張れよチビども」とジェイクが微笑ましく笑う。
その間にも三十三号はコウタの元へと近付く。
そしてコウタは「よく頑張りました」と労いの言葉を贈るのと共に、三十三号のヘルムに兜飾りを装着させた。
すると、微かな駆動音と共にガチャンと竜のお面が下りる。
途端、三十三号の円らな瞳がビカッと光った。
「……ウオオォ……」
しばしの沈黙の後、三十三号は歓喜の声を零した。
「……オレハ、ゴーレムヲヤメルゾ! コオォォタアアア――ッ!!」
「いや何そのハイテンション? ゴーレムはやめれないからね?」
と、コウタが呆れた様子でツッコむ。
ともあれ、僚機の受賞に他のゴーレム達は拍手を贈った。リンク中なのか廊下の方からもガシャンガシャンと金属製の拍手の音が聞こえてくる。
「……スゴイゾ! 三十三ゴウ!」「……《ディノス》ミタイダ!」
と、コメントが入る。
確かに兜飾りを装着した三十三号は色違いの《ディノス》のようだった。ただし、かなり愛らしくデフォルメ化されているが。
「……ウム! マンゾクデアル!」
ウイィィン、ガチャ、と自動的にお面が上がり、三十三号はご満悦な感想を告げた。その様子にコウタは目尻を下げる。
「ははっ、気に入って貰って嬉しいよ」
「……ウム! カンシャスル! コウタ!」
そう言って、三十三号はコウタを見据えた。
「……オレイニ、ドンナネガイデモ、カナエテヤロウ!」
「いやいや、お礼なんていらないよ。そもそも殊勲賞だよ?」
「……ネガイハ、ナンダ? メルサマノ、ヘソダシシャシンカ? リーゼノモノデモ、フクチョウノモノデモ、トッテキテミセルゾ!」
「うん。ちょっと待って。少し話し合おうか。三十三号」
盛大に顔を強張らせて告げるコウタ。
ちなみに、ジェイクの方はブフウと吹き出していた。
「……ナンダ?」三十三号は小首を傾げる。「……ネガイハ、ナイノカ?」
「いや、願いって――」
そう言いかけたところで、コウタは少し表情を改めた。
ふと思う。自分の願いとは……。
「……そうだね。なら一つだけお願いしようかな」
そうして数秒後、コウタは話を切り出した。
どこか真剣な少年の様子に、三十三号と二機のゴーレム達。ジェイクもまた沈黙してコウタに注目する。
「多分、ボクはとても強欲なんだと思う」
コウタは少しだけ自虐の想いを込めて告げる。
「無茶かも知れないけど、大切な人は二度と失いたくないんだ。誰一人さえも。『あの日』以降、ずっとそう考えて生きてきた。だからこそボクは――」
そこでスウッと息を継ぎ、
「ボクはメルを守るよ。本当に大切だから。リーゼとアイリもだ。大切な人はみんな守り通してみせる。誰にも傷つけさせない。奪わせたりはしない」
自身でも傲慢だと思うが、それでも飾りのない心の底からの決意を語りつつ、コウタは小さく嘆息した。次いで「……でも」と続ける。
「彼女だけは遠くにいるから守れないかも知れないんだ」
「……カノジョ?」
三十三号が小首を傾げる。が、すぐに、
「……ヨウセイノ、ヒメカ?」
「……うん。そうだよ」
コウタは頷く。
「どんな形になるかは分からないけど、ボクは彼女を迎えに行くつもりだ。だけどそれはいつになるか分からないし、チャンスがあるのかさえも分からない。だから、もしボクが彼女の傍にいない時は君が代わりに守ってあげて欲しいんだ」
と、そこまで告げてから、コウタは一呼吸入れる。
「……こんな感じでいいかな?」
次いで三十三号にそう尋ねると、
「……ウム。リョウカイシタ。ヨウセイノヒメヲ、マモル」
三十三号はお面を下ろし、力強く承諾した。
それから、
「……ヨウセイノヒメノ、ヘソダシシャシンモ、ニュウシュスル。キタイシロ」
「うん。少し待った。やっぱりそこから一度話し合おうか」
再び顔を強張らせてコウタ。
「ははっ、いいじゃねえか。それも頼んどけよ。コウタ」
「えっ、ジェ、ジェイク!?」
コウタは驚愕の表情で親友を見やる。
ともあれ、ここに一機のゴーレムと一人の少年の間に約束が交わされた。
ただ、この約束が果たされるかどうかは、神のみぞ知るところである。
「……サテ、コウタ」
三十三号は尋ねる。
「……ドンナ、シチュエーションガノゾミダ? ネテイルトキカ?」
「いや、それって犯罪だからやめてよ!?」
ちなみに将来、少年がその逸品を入手できるのかも神だけが知るところだった。
「……サァ、イエ。ゴウヨクナコウタ。ノゾムノハ、ヘソダシフクジュウポーズカ? オマエノ、シンオウニアル、ガンボウヲ、ツゲヨ!」
「いや!? 服従って何さ!?」
「……ワラワノ、スベテヲウバイツクシ、ジブンノモノニ――」
「なんで彼女の台詞を復唱するの!? だからやめ、やめろおおおォ!?」
室内に轟くコウタの絶叫。
ジェイクは腹を抱えて笑っていた。
魔窟館に陽気な笑い声が響く。
――こうして。
歓迎会の夜は、騒がしく幕を下ろすのであった。
『乙女の園』に参加できない野郎どもといえば――。
「……はあ」
魔窟館におけるコウタの部屋にてジェイクが溜息をついた。
次いでコウタの部屋にある椅子に座って天井を仰ぎ、
「今頃メル嬢達は風呂か。ああ、シャルロットさんの裸、覗きてえな……」
と、そんな呟きを零す。
「いや、あのさジェイク」
床に胡座をかいて、とある作業を黙々と続けていたコウタは、一旦手を止めて呆れるような眼差しを親友に向けた。
「身も蓋もない台詞を呟くのはやめなよ。まさか覗きに行かないよね?」
と、不信感丸出しの表情を見せるコウタにジェイクは苦笑した。
「行きたくねえって言やあ嘘になっちまうが、流石にこれじゃあ無理だろ。チビどもの警備がキツすぎる」
そう言って、室内にて腰を下ろす三機のゴーレムを一瞥する。それからドアの方にも目をやった。廊下にも今、ゴーレムが二機待機しているらしい。コウタとジェイクは完全に監視され、軟禁状態だった。
「やれやれ。どんだけ信用されてねえんだよ」
ジェイクは大仰に肩を竦める。
「まあ、それに、仮に覗きが成功したとしても、もしお嬢の裸でも見てみろ。その場でシャルロットさんに成敗されちまう」
「はは、そうだね。けどさジェイク」
「ん? なんだ?」
不思議そうに尋ねるジェイクに、コウタはにこやかな顔で言う。
「もしもその時、メルの裸でも見ようものなら、いくらジェイクであっても真っ二つにするからね」
「お、おう……」
頬を引きつらせて頷くジェイク。
目が全く笑っていない親友に、ジェイクは本気でビビった。
「と、ところでよ」
この話題は危険すぎる。ジェイクは話を変えることにした。
「さっきから何を造ってんだ?」
コウタの手元を見て尋ねる。
「ああ、これね」
コウタはそれを両手で持って少し掲げた。
「それって兜飾りか?」
ジェイクが続けて尋ねる。するとコウタは「うん。そうだよ」と答えた。
コウタが手に持つそれは多関節の短い二本の角と、デフォルメ化された竜のお面を輪っかで繋ぎ合わせたような兜飾りだった。
「こないだの《死面卿》の事件の後、三十三号に頼まれたんだ」そう言って部屋に待機している一機に目をやる。「事件解決の殊勲賞ってやつだよ」
「へえ~。そんなあんのか」
ジェイクがまじまじと紫色の兜飾りを凝視した。
「まあ、前回は魔窟館にまで踏み込まれるかなり危険な戦いだったしね。頑張ったご褒美ぐらいあった方がいいかなって思って。これぐらいならボクにも造れるし」
と、コウタが言う。それから三十三号に「それじゃあ一応完成したし、早速着けてみようか」と声をかけた。三十三号は「……ウム」と応えて立ち上がる。
「……イイナァ、三十三ゴウ、イイナァ」「……ツギコソハ、オレガ!」
と、他の二機が羨望の声を上げた。
「ははっ、頑張れよチビども」とジェイクが微笑ましく笑う。
その間にも三十三号はコウタの元へと近付く。
そしてコウタは「よく頑張りました」と労いの言葉を贈るのと共に、三十三号のヘルムに兜飾りを装着させた。
すると、微かな駆動音と共にガチャンと竜のお面が下りる。
途端、三十三号の円らな瞳がビカッと光った。
「……ウオオォ……」
しばしの沈黙の後、三十三号は歓喜の声を零した。
「……オレハ、ゴーレムヲヤメルゾ! コオォォタアアア――ッ!!」
「いや何そのハイテンション? ゴーレムはやめれないからね?」
と、コウタが呆れた様子でツッコむ。
ともあれ、僚機の受賞に他のゴーレム達は拍手を贈った。リンク中なのか廊下の方からもガシャンガシャンと金属製の拍手の音が聞こえてくる。
「……スゴイゾ! 三十三ゴウ!」「……《ディノス》ミタイダ!」
と、コメントが入る。
確かに兜飾りを装着した三十三号は色違いの《ディノス》のようだった。ただし、かなり愛らしくデフォルメ化されているが。
「……ウム! マンゾクデアル!」
ウイィィン、ガチャ、と自動的にお面が上がり、三十三号はご満悦な感想を告げた。その様子にコウタは目尻を下げる。
「ははっ、気に入って貰って嬉しいよ」
「……ウム! カンシャスル! コウタ!」
そう言って、三十三号はコウタを見据えた。
「……オレイニ、ドンナネガイデモ、カナエテヤロウ!」
「いやいや、お礼なんていらないよ。そもそも殊勲賞だよ?」
「……ネガイハ、ナンダ? メルサマノ、ヘソダシシャシンカ? リーゼノモノデモ、フクチョウノモノデモ、トッテキテミセルゾ!」
「うん。ちょっと待って。少し話し合おうか。三十三号」
盛大に顔を強張らせて告げるコウタ。
ちなみに、ジェイクの方はブフウと吹き出していた。
「……ナンダ?」三十三号は小首を傾げる。「……ネガイハ、ナイノカ?」
「いや、願いって――」
そう言いかけたところで、コウタは少し表情を改めた。
ふと思う。自分の願いとは……。
「……そうだね。なら一つだけお願いしようかな」
そうして数秒後、コウタは話を切り出した。
どこか真剣な少年の様子に、三十三号と二機のゴーレム達。ジェイクもまた沈黙してコウタに注目する。
「多分、ボクはとても強欲なんだと思う」
コウタは少しだけ自虐の想いを込めて告げる。
「無茶かも知れないけど、大切な人は二度と失いたくないんだ。誰一人さえも。『あの日』以降、ずっとそう考えて生きてきた。だからこそボクは――」
そこでスウッと息を継ぎ、
「ボクはメルを守るよ。本当に大切だから。リーゼとアイリもだ。大切な人はみんな守り通してみせる。誰にも傷つけさせない。奪わせたりはしない」
自身でも傲慢だと思うが、それでも飾りのない心の底からの決意を語りつつ、コウタは小さく嘆息した。次いで「……でも」と続ける。
「彼女だけは遠くにいるから守れないかも知れないんだ」
「……カノジョ?」
三十三号が小首を傾げる。が、すぐに、
「……ヨウセイノ、ヒメカ?」
「……うん。そうだよ」
コウタは頷く。
「どんな形になるかは分からないけど、ボクは彼女を迎えに行くつもりだ。だけどそれはいつになるか分からないし、チャンスがあるのかさえも分からない。だから、もしボクが彼女の傍にいない時は君が代わりに守ってあげて欲しいんだ」
と、そこまで告げてから、コウタは一呼吸入れる。
「……こんな感じでいいかな?」
次いで三十三号にそう尋ねると、
「……ウム。リョウカイシタ。ヨウセイノヒメヲ、マモル」
三十三号はお面を下ろし、力強く承諾した。
それから、
「……ヨウセイノヒメノ、ヘソダシシャシンモ、ニュウシュスル。キタイシロ」
「うん。少し待った。やっぱりそこから一度話し合おうか」
再び顔を強張らせてコウタ。
「ははっ、いいじゃねえか。それも頼んどけよ。コウタ」
「えっ、ジェ、ジェイク!?」
コウタは驚愕の表情で親友を見やる。
ともあれ、ここに一機のゴーレムと一人の少年の間に約束が交わされた。
ただ、この約束が果たされるかどうかは、神のみぞ知るところである。
「……サテ、コウタ」
三十三号は尋ねる。
「……ドンナ、シチュエーションガノゾミダ? ネテイルトキカ?」
「いや、それって犯罪だからやめてよ!?」
ちなみに将来、少年がその逸品を入手できるのかも神だけが知るところだった。
「……サァ、イエ。ゴウヨクナコウタ。ノゾムノハ、ヘソダシフクジュウポーズカ? オマエノ、シンオウニアル、ガンボウヲ、ツゲヨ!」
「いや!? 服従って何さ!?」
「……ワラワノ、スベテヲウバイツクシ、ジブンノモノニ――」
「なんで彼女の台詞を復唱するの!? だからやめ、やめろおおおォ!?」
室内に轟くコウタの絶叫。
ジェイクは腹を抱えて笑っていた。
魔窟館に陽気な笑い声が響く。
――こうして。
歓迎会の夜は、騒がしく幕を下ろすのであった。
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