4 / 30
第一部
第4話 町田家の日常 4
その日の学習時間終了を告げるチャイムが、校舎内に鳴り渡る。授業中の静寂が嘘のように騒がしくなった教室で、帰り支度を終えた丞が龍利の机に歩み寄った。
「龍、今日は部活なんだろ?」
「ああ、ミーティングだけだからすぐ終わるけどな。一時間は掛からないと思うけど……待ってるか?」
「そうだな。どうせ帰っても暇だし。植込みで昼寝でもしてるよ」
龍利は弓道部の主将だ。自宅が合気道道場なのに、何故弓道部なのか。
一つには合気道部が無いということもある。それならば合気の源流である柔道部に入ればいいような気もするのだが、それでも敢えて弓道を選んだのは、彼自身弓道に興味があった為と、せめて学校の部活動くらいは家業から離れたいという願望があったからに他ならない。
物心付く前から父親に鍛えられた龍利の合気道の実力は相当なもので、現在既に師範代を務めている。ゆくゆくは、師範として道場を継ぐことになるのは誰の目にも明らかだった。
しかし、彼の武芸センスは合気道だけに留まること無く、弓を取らせても周囲で右に出る者はいなかったのだ。地区大会で一位になるのは当たり前。全国レベルでも常に五指には入る龍利が、一年生の後期で早々と主将に選ばれたのは至極当然のことだった。
一方、龍利と対照的に武術系運動神経ゼロなのが丞。身が軽く俊足な為、徒走競技はそこそここなすのだが、筋力や技術を必要とするスポーツはからきし駄目ときている。
幼い頃、四人揃って龍利と一緒に合気道の稽古を受けさせられた(親に無理矢理)のだが、丞と元々運動が不得手な恵の二人は三ヶ月でギブアップしてしまった。覓はなかなか体質に合っていたようで、中学まではきちんと道場に通っていたのだが、高校進学と同時に忙しさにかまけて行かなくなった。何故忙しくなったのかは、ここに記すまでも無いと思うが――。
その為、今も変わらず稽古に行っているのは永だけだ。全てにおいてふざけているように見える永に毎回腹を立てる丞であるが、もう十年も通い続けるその根性は大したものだと素直に認めていた。
帰宅部の丞は、龍利が部活の無い日は一緒に帰っている。ミーティングが終るまで待つと言う親友に、それなら連れ立って下まで降りようと、龍利が椅子から立ち上がった時だった。
「…あの、桜庭先輩いらっしゃいますか…?」
教室前側の出入口から小さな声が聞こえてきた。
「龍利ー! 一年のかわい子ちゃんがお呼びだぞー」
次いで聞こえたのは、クラスメート坂田の野太い声。
やれやれと溜息をつきながら、龍利はそちらへ向かう。途中、「そんなデカイ声出さなくても聞こえるって」と坂田の頭を小突いて、自分を訪ねてきた人の前に立った。
丞が窓際にある龍利の席から見ると、それは小柄な女の子だった。首に一年生用の緑のリボンタイを結んだその女生徒は、遠目にも分かるほど愛らしい面立ちをしている。栗色のロングヘアーに縁取られた顔は、仄かに赤く染まっていた。
「俺に何か用?」
片肘をついて戸枠に寄り掛かる龍利は、それだけで様になる。女の子は俯いてドギマギしながら呟くように言った。
「私…一年の柳といいます。突然すみません。…お話ししたいことがあるんですけど…」
「何?」
「…ここでは、ちょっと……」
聞き取れるかどうかという程のか細い声に、龍利は軽く嘆息して頭を掻く。所在無く足元に視線を落としている女の子の旋毛を見下ろして、口を開いた。
「あのさ、ひょっとして俺と付き合いたいとかいう話かな?」
瞬間、遥か上方の龍利の顔を見上げた彼女の頬が紅潮する。『やっぱりな』というのは、龍利も含めその場にいた全員の胸中だった。
だいぶ減ったとはいえ、教室内にはまだ十人ほどの生徒が残っている。その前でこうもあからさまに図星を指された女の子は、恥ずかしさのあまり小さな身体を更に小さくして立ち竦んでいた。
「悪いけど……俺、まだ彼女作るつもりないんだ。折角来てくれたのに、ごめんね」
降ってくる声にピクリと肩を震わせたが、気丈にもすぐに顔を上げて返事を返す。その面に浮かぶのは、明らかな落胆の色。
「いえ、あの…私がいけないんです。急に押し掛けてしまって……本当にすみませんでした」
それだけ言うと、ペコリとお辞儀をして階段の方へ駆け去っていった。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
【花言葉】
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!
【異世界短編】単発ネタ殴り書き随時掲載。
◻︎お付きくんは反社ボスから逃げ出したい!:お馬鹿主人公くんと傲慢ボス
田中家の男たち…
B
BL
田中家…
ごく普通のどこにでもいる5人家族…
そんな田中家の男たち…
父親-田中駿-Shunー in one's 40s businessman
長男-田中慎二-Sinjiー in one's 10s 男子高校生
次男-田中守-Mamoruー in one's 10s男子中学生
祖父-田中昂-Noboruー in one's 60s free-lance
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。