青草BL物語

いっぺい

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第一部

第4話 町田家の日常 4


 その日の学習時間終了を告げるチャイムが、校舎内に鳴り渡る。授業中の静寂が嘘のように騒がしくなった教室で、帰り支度を終えた丞が龍利の机に歩み寄った。

「龍、今日は部活なんだろ?」

「ああ、ミーティングだけだからすぐ終わるけどな。一時間は掛からないと思うけど……待ってるか?」

「そうだな。どうせ帰っても暇だし。植込みで昼寝でもしてるよ」



 龍利は弓道部の主将だ。自宅が合気道道場なのに、何故弓道部なのか。

 一つには合気道部が無いということもある。それならば合気の源流である柔道部に入ればいいような気もするのだが、それでも敢えて弓道を選んだのは、彼自身弓道に興味があった為と、せめて学校の部活動くらいは家業から離れたいという願望があったからに他ならない。
 物心付く前から父親に鍛えられた龍利の合気道の実力は相当なもので、現在既に師範代を務めている。ゆくゆくは、師範として道場を継ぐことになるのは誰の目にも明らかだった。

 しかし、彼の武芸センスは合気道だけに留まること無く、弓を取らせても周囲で右に出る者はいなかったのだ。地区大会で一位になるのは当たり前。全国レベルでも常に五指には入る龍利が、一年生の後期で早々と主将に選ばれたのは至極当然のことだった。



 一方、龍利と対照的に武術系運動神経ゼロなのが丞。身が軽く俊足な為、徒走競技はそこそここなすのだが、筋力や技術を必要とするスポーツはからきし駄目ときている。

 幼い頃、四人揃って龍利と一緒に合気道の稽古を受けさせられた(親に無理矢理)のだが、丞と元々運動が不得手な恵の二人は三ヶ月でギブアップしてしまった。覓はなかなか体質に合っていたようで、中学まではきちんと道場に通っていたのだが、高校進学と同時に忙しさにかまけて行かなくなった。何故忙しくなったのかは、ここに記すまでも無いと思うが――。
 その為、今も変わらず稽古に行っているのは永だけだ。全てにおいてふざけているように見える永に毎回腹を立てる丞であるが、もう十年も通い続けるその根性は大したものだと素直に認めていた。



 帰宅部の丞は、龍利が部活の無い日は一緒に帰っている。ミーティングが終るまで待つと言う親友に、それなら連れ立って下まで降りようと、龍利が椅子から立ち上がった時だった。


「…あの、桜庭先輩いらっしゃいますか…?」


 教室前側の出入口から小さな声が聞こえてきた。

「龍利ー! 一年のかわい子ちゃんがお呼びだぞー」

 次いで聞こえたのは、クラスメート坂田さかたの野太い声。

 やれやれと溜息をつきながら、龍利はそちらへ向かう。途中、「そんなデカイ声出さなくても聞こえるって」と坂田の頭を小突いて、自分を訪ねてきた人の前に立った。
 丞が窓際にある龍利の席から見ると、それは小柄な女の子だった。首に一年生用の緑のリボンタイを結んだその女生徒は、遠目にも分かるほど愛らしい面立ちをしている。栗色のロングヘアーに縁取られた顔は、仄かに赤く染まっていた。

「俺に何か用?」

 片肘をついて戸枠に寄り掛かる龍利は、それだけで様になる。女の子は俯いてドギマギしながら呟くように言った。

「私…一年のやなぎといいます。突然すみません。…お話ししたいことがあるんですけど…」

「何?」

「…ここでは、ちょっと……」

 聞き取れるかどうかという程のか細い声に、龍利は軽く嘆息して頭を掻く。所在無く足元に視線を落としている女の子の旋毛を見下ろして、口を開いた。

「あのさ、ひょっとして俺と付き合いたいとかいう話かな?」

 瞬間、遥か上方の龍利の顔を見上げた彼女の頬が紅潮する。『やっぱりな』というのは、龍利も含めその場にいた全員の胸中だった。
 だいぶ減ったとはいえ、教室内にはまだ十人ほどの生徒が残っている。その前でこうもあからさまに図星を指された女の子は、恥ずかしさのあまり小さな身体を更に小さくして立ち竦んでいた。

「悪いけど……俺、まだ彼女作るつもりないんだ。折角来てくれたのに、ごめんね」

 降ってくる声にピクリと肩を震わせたが、気丈にもすぐに顔を上げて返事を返す。そのおもてに浮かぶのは、明らかな落胆の色。

「いえ、あの…私がいけないんです。急に押し掛けてしまって……本当にすみませんでした」

 それだけ言うと、ペコリとお辞儀をして階段の方へ駆け去っていった。

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