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第一部
第10話 風呂場の出来事 5
――どれくらい眠っていたのか。
頭は覚めたが、まだ瞼が重い。閉じたまま顔を動かすと、頬に柔らかい毛の感触が伝わった。
(……なんだ。ミルキーもずっとここで寝てたのか……)
薄く目を開ける。愛猫がいる筈の肩口に視線を遣って、ぎょっとした。そこにあったのはミルキーの白い毛――では無く、黒々とした綺麗な緑髪。
「…た…つ?」
その声に、ピクリと揺れた頭がゆっくりと持ち上がる。
「…ん。あれ…? 俺、寝てた?」
寝惚け眼を慌てて擦っているのは、案の定、制服姿の龍利だった。
「なんでお前がここにいるんだよ…? ていうか、今何時だ?」
「もう夕方だよ。5時過ぎ。今日は部活ないから、学校終わって真っ直ぐこっちに来たんだ。朝から見舞う暇なかったからさ」
午後5時過ぎ。ということは、あれから七時間近くも爆睡していたことになる。そんなに長時間では、ミルキーがいなくなるのも当然だ。丞は小さく苦笑した。
「そうだったのか。一瞬、ミルキーが黒くなったのかと思っちまった」
「なんだ。あのチビ助もここで寝てたのか? 贅沢なヤツだな。俺が来た時には、もういなかったけど」
「贅沢って……お前はどうなんだよ、お前は。病人の肩を枕にして勝手に寝やがって」
見舞いに来たものの、ぐっすりと眠り込んでいる丞を起こすに起こせず、龍利はベッドに寄り掛かって丞の寝顔を見ていたらしい。その内に睡魔が感染ったのか知らず識らず眠ってしまっていたのだと、彼は頭を掻きながら説明して「ごめん」と謝った。
「それより、昨夜風呂で溺れたんだってな。頭打って目回したって聞いたけど、まだ痛むか?」
微笑を零しながら、それでも少し心配そうに龍利が訊く。丞はコクリと頷くと、わざとらしく顔を顰めて見せた。
「あいつらの所為なんだ。お蔭で熱まで出るし……もう、散々だぜ」
「でも、顔色は結構いいみたいだぞ? 熱、下がったんじゃ――」
スッと伸ばされた龍利の手が丞の額に触れる。それが温かく感じるのは、やはり平熱に戻ったからなのだろう。
「――うん、ほとんど下がってる」
軽く安堵の息をつく龍利。額に当てた手で、瞳と同じ鳶色の前髪を掻き上げてやる。解熱剤を飲んであれだけ寝たのだから下がって当たり前だなと考えて、丞はふと覓のことを思い出した。
「そう言えば…覓は?」
「ああ、夕飯の買い物に行ってくるから留守を頼むって、ついさっき出掛けてったよ。――そうだ。なんかお前に、『今朝はごめん』って言っといてくれって…。喧嘩でもしたのか?」
覓からの伝言に、瞬間目を瞬かせる。脳裏に弟の反省半分悔しさ半分の顔が浮かび、龍利の問い掛けにも曖昧な返事を返した。
「え? あ、うん。まぁ、そんなもんだけど……」
伝えたかったことはなんとか覓に伝わったようだ。丞は宙に視線を置き、微かに笑む。
「どうした? 急に笑ったりして。……可愛いな、丞」
「別に…何でもねぇよ。つーか、可愛いって――」
ムスッとして龍利を睨もうとした丞の目に、彼の黒い瞳が映る。それが湛える色に見覚えがあるような気がして首を捻った。
「……龍?」
髪に触れたままだった大きな手が、ゆっくりとそれを梳く。長い指にしなやかな茶髪を絡ませながら見詰めてくるその眼差しは優しく、だが少なからぬ熱を孕んでいた。
「……な、なぁ、龍。どうし……」
問おうとした声が途中で止まる。斜め上にあった相手の顔が、僅かずつこちらへ近付いてきているような気がしたからだ。
この状況は、まるで、朝方と、同じ――。
(は…? え?)
全く事態が把握出来ず、混乱する丞。呆け掛けた頭を無理矢理現実に引き戻して気付けば、眼前に驚くほど整った顔があった。ひと言も発さず、ただ食い入るように向けられる視線を受け止めて、見返す。何故か、目を逸らせなかった。
静かに下りてくる龍利の面。互いの呼気に次いで、まさに唇が触れ合――
ガチャッ
「ただいまーっ」
――う直前に階下から聞こえてきたのは、帰宅した永の声。それを耳にして、ハッと弾かれたように龍利が身を起こす。
「…えーと…あ、俺、もう帰るな。そろそろ夕飯だし。…熱、下がったからって無理するなよ。じゃぁな」
明らかに慌てふためいて床に放っておいた鞄を掴むと、龍利は小走りに部屋から出て行った。階段を駆け下りる足音を聞きながら、丞はポカンとドアを見詰める。
「何なんだよ、一体……」
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