20 / 30
第一部
第20話 ゴールデンウィーク ~手伝い~ 3
「伯母さんっ、丞っ、お菓子作ってるんだって?」
勢いよく食堂に入ってくると、永は厨房との境の窓に駆け寄った。中では、律子が両手にミトンをしてオーブンから何かを取り出している。深めのバットをケーキ型代わりに使ったそれは、きつね色に焼き上がったパウンドケーキだった。
「わぁ、美味そう!」
焼き立ての香ばしい匂いを思い切り吸い込む永の傍に、各テーブルにクロスを敷き終わった恵が寄ってくる。
「丞に教わって、伯母さんが作ったケーキだよ。美味しそうに出来てるよね。でも、完成直後に駆け付けるなんて、さすが永は甘い物に鼻が利くね」
町田家一の甘党である永は、和菓子でも洋菓子でも、とにかく菓子と名の付く物には目が無い。バレンタインのチョコレートですら、あまりに美味しそうだからと自分で買って食べてしまうほどだ。丞が作るお菓子の一番のファンも永だった。
腰に手を当て胸を張り、「えっへん」と言わんばかりの永。と、そこへ遅れて残りの二人がやってきた。龍利の後ろで疲労顔を引き摺っていた覓だったが、恵の姿を目にした途端、その顔は生気を取り戻したようにシャッキリと生き返る。
「あ、二人ともお帰り。薪割りしてたって聞いたけど、大変だったろ?」
「いや、大したことねぇよ。パパッと片付けて楽勝さ」
横でコッソリ吹き出す龍利の二の腕を肘で小突きながら、覓は恵の手を握る。
「それより、恵と離れてたことの方がしんどかった。今夜ひと晩また離れ離れかと思うと気が滅入るから、せめて一緒にいられる時間は俺の一番近くにいてよ」
そう言って恵の腰に手を廻し、ピッタリと寄り添った。困惑する恵。
「……覓、これはちょっと近過ぎるんじゃ……」
少し距離を取ろうとする長兄に構わず、その柔らかな髪に頬を擦り付ける。まるでじゃれ付く大型犬のような覓の背に、厨房内から次兄の声が飛んだ。
「もうすぐお客さん達も来んだから、んなトコで恥曝してんじゃねぇよ」
スタッフ用のエプロンと三角巾。伯母と同じ出で立ちの丞が、調理台の前で仁王立ちしていた。しかしそれを気にする様子も無い覓は、変わらず恵にベッタリとくっ付いている。こういう時、いつもなら永も悪ノリするのだが、今は目の前のパウンドケーキに夢中でそんな気配は無い。覓に呆れたものの、トラブルメーカーの一人が大人しくしてくれていることに丞は安堵した。
「ねぇ、伯母さん。そのケーキ、夕食に出すの?」
永が律子に訊く。伯母は笑って首を横に振った。
「これは練習で作った物だから、お客様には出せないわ。もっと試作を重ねて上手にならないと」
「それに、ケーキ型とか道具も最低限は用意しなくちゃな」
丞のセリフに頷く律子。永は窓から身を乗り出す。
「じゃぁ、それ俺達が食ってもいいってこと?」
彼にとって一番重要な質問だ。「ええ、いいわよ」と答えた律子にガッツポーズをして見せる。が、そこへ丞が口を挟んだ。
「ちょっと待って。パウンドケーキは焼き立てより少し寝かせた方が美味くなるから、食うなら明日以降がいいと思う。今食うんだったら、さっき作って冷ましておいたシフォンがあるだろ? あれを皆に試食して貰ったら?」
「そうね」と伯母は小走りに厨房の奥へ行く。戻ってきた彼女の手には、八個の小さいケーキの乗ったトレイがあった。型が無い為、耐熱性の紙カップで代用した、一人分サイズのシフォンケーキだ。
「これなら切り分ける必要もないし、今さっと味見して貰うのにちょうどいいわね」
トレイを差し出すと、真っ先に永が、それから他の三人も次々とカップを手に取る。最後に丞と律子が取った時、既に永は食べ始めていた。
「うまっ!」
大きくひと口頬張って、感嘆の声を上げる。恵も、その美味しさに思わず笑みを零した。
「ホントだ。初めて焼いたとは思えないね。しっとりふわふわで、とっても美味しい」
その言葉に、口をモゴモゴさせていた覓と龍利もうんうんと頷いて同意する。丞は律子と目を合わせハイタッチした。
「先生がいいから上手く出来たのよ。ありがとう、丞」
「伯母さん料理上手いから、スイーツ作るのもきっと大丈夫だと思ってたんだ。この分なら、安心してお客さんにも出せそうじゃん」
労働後の思わぬスイーツタイム。食堂内にワイワイと賑やかな笑い声が響く中、玄関の方からは、チェックインする客達の出入りする音が聞こえ始めた。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
【花言葉】
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!
【異世界短編】単発ネタ殴り書き随時掲載。
◻︎お付きくんは反社ボスから逃げ出したい!:お馬鹿主人公くんと傲慢ボス
田中家の男たち…
B
BL
田中家…
ごく普通のどこにでもいる5人家族…
そんな田中家の男たち…
父親-田中駿-Shunー in one's 40s businessman
長男-田中慎二-Sinjiー in one's 10s 男子高校生
次男-田中守-Mamoruー in one's 10s男子中学生
祖父-田中昂-Noboruー in one's 60s free-lance
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。