Heart ~比翼の鳥~

いっぺい

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第十三章 懊悩

第41話 中編1

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「…心筋が急速に衰えてきたんだね。負担の大きさに耐えられなくなってきている…。もう、あまり無茶なことは――」

「…分かってるよ、秀兄ぃ…」


 荒い息をつく晶の腕に冷たい注射針が刺さる。微かに眉を寄せながら、晶は己の体内に流し込まれる透明な液体を見詰めた。


「強心薬と鎮静剤を打ったから、少し休みなさい。……最近、あまり寝てないだろう? 食も細くなってるようだし…」

 消毒綿を宛がって針を抜いた秀一が言う。入院前より幾分細くなった腕の射痕に、小さな滅菌シートを貼り付けた。

「食う気がしねぇんだ……」

 目を閉じて緩く首を振る晶。秀一は、憂いの影をその面に浮かべて嘆息する。

「――日中、点滴をするようにしよう。栄養を摂っておかないと、体力の消耗が激しくなるばかりだ。…君のやつれた姿を見たら、直人君だって余計に心配してしまうよ」


 ナースセンターに点滴の準備を頼もうとドアへ向かい掛けた秀一の背に、低い呟きが投げられた。

「…来ねぇんだよ、あいつ…」

「え?」

 振り返る秀一。

「もう…半月近くも顔見てねぇ……」

「電話はしてるんだろう?」

「ああ…。でも、『仕事が忙しくて行けない、ごめん』って、そればっかりで…」

「…それなら仕方がないじゃないか。彼にも都合があるんだよ。…寂しいのは分かるけど、我慢して今は少しでも体力を付けるんだ。次に直人君が来た時、元気な顔で迎えられるようにね」





 秀一が出て行ったドアに目を遣る。そこから愛しい人の顔が覗くのを、毎日毎日待っていた。
 大きな仕事に取り掛かると言った日から今日までの二ヶ月弱の間に、直人が訪れたのは五度だけ。うち三度目と五度目は肌を合わせている。身体に障るからと心配する直人を、「お前に触れる方が元気になるんだ」と半ば無理矢理押し倒すようにして抱いた。自分の下で身を震わせながら甘い吐息を零す彼の艶姿に、晶は身の内をぎる全ての不安から解放され、満ち足りたひと時を過ごしたのだった。


 ひと月半ほど前、外されていた室内電話を秀一が取り付けてくれてからは、三日に一度は必ず連絡も入れていた。仕事中だからと気を遣って日を空けていたのだが、それでも「明日来る」という返事が返ってきたのはほんの数度。最後に来た日以降は、もうずっと望む言葉を貰っていない。「ごめんね」と繰り返される謝罪に、晶は苦笑して諾する他は無かった。


 九月も中旬に差し掛かり、発作は耐え難いほどの激痛を伴うものへと変わっていた。強力な鎮痛薬を服用して、なんとか治まる状態だ。
 今日はたまたま回診の最中であった為、痛みの引いた晶に秀一が鎮静剤を打ってくれた。明らかな波立ちが見て取れるようになった精神を、少しでも楽にしてやろうと考えての処置だった。

 ――秀一に指摘されるまでも無く、食欲が著しく落ちていることには気付いていた。もっと食べなければと思ってはみるものの、少し口にした後は食べ物が喉を通っていかないのだ。無理に飲み込むと、折角胃に納まっていたものまで吐き戻してしまう。急激に進行してきた病魔がもたらす症状の一つでもあるのだろうが、これには精神的なものが大きく影響しているようだった。

 夜、なかなか寝付けないのもその為だ。暗闇の中で目を閉じると、正体の知れない何かモヤモヤしたものが胸中に広がっていく。黒っぽいそれが体内に充満し、己の心臓を鷲掴みにされるような感覚に呼吸を乱して飛び起きるのは、ひと晩に一度や二度では無かった。
 それだけでは無い。その黒いもやは、浅い眠りの中何度も夢に現れた直人の姿を、毎回のように覆い尽くして消し去っていくのだ。その度、晶は痙攣するような震えに襲われ、全身汗でびっしょりになりながら目を覚ますのである。

 ――身体も心も、疲労と衰弱が色濃く表れ始めていた――



「…直人…。会いてぇよ…」

 彼の笑顔を思い浮かべると、不安に苛まれる心が僅かに和らぐ。
 晶は薬の助けを借りて、漸く深い眠りへと落ちていった――。



 ★★★次回予告★★★

なかなか顔を見せない直人の携帯に連絡を入れてみる晶だったが――。
不可解な直人の動きにも注目!
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