41 / 77
第十三章 懊悩
第41話 中編1
しおりを挟む「…心筋が急速に衰えてきたんだね。負担の大きさに耐えられなくなってきている…。もう、あまり無茶なことは――」
「…分かってるよ、秀兄ぃ…」
荒い息をつく晶の腕に冷たい注射針が刺さる。微かに眉を寄せながら、晶は己の体内に流し込まれる透明な液体を見詰めた。
「強心薬と鎮静剤を打ったから、少し休みなさい。……最近、あまり寝てないだろう? 食も細くなってるようだし…」
消毒綿を宛がって針を抜いた秀一が言う。入院前より幾分細くなった腕の射痕に、小さな滅菌シートを貼り付けた。
「食う気がしねぇんだ……」
目を閉じて緩く首を振る晶。秀一は、憂いの影をその面に浮かべて嘆息する。
「――日中、点滴をするようにしよう。栄養を摂っておかないと、体力の消耗が激しくなるばかりだ。…君のやつれた姿を見たら、直人君だって余計に心配してしまうよ」
ナースセンターに点滴の準備を頼もうとドアへ向かい掛けた秀一の背に、低い呟きが投げられた。
「…来ねぇんだよ、あいつ…」
「え?」
振り返る秀一。
「もう…半月近くも顔見てねぇ……」
「電話はしてるんだろう?」
「ああ…。でも、『仕事が忙しくて行けない、ごめん』って、そればっかりで…」
「…それなら仕方がないじゃないか。彼にも都合があるんだよ。…寂しいのは分かるけど、我慢して今は少しでも体力を付けるんだ。次に直人君が来た時、元気な顔で迎えられるようにね」
秀一が出て行ったドアに目を遣る。そこから愛しい人の顔が覗くのを、毎日毎日待っていた。
大きな仕事に取り掛かると言った日から今日までの二ヶ月弱の間に、直人が訪れたのは五度だけ。うち三度目と五度目は肌を合わせている。身体に障るからと心配する直人を、「お前に触れる方が元気になるんだ」と半ば無理矢理押し倒すようにして抱いた。自分の下で身を震わせながら甘い吐息を零す彼の艶姿に、晶は身の内を過ぎる全ての不安から解放され、満ち足りたひと時を過ごしたのだった。
ひと月半ほど前、外されていた室内電話を秀一が取り付けてくれてからは、三日に一度は必ず連絡も入れていた。仕事中だからと気を遣って日を空けていたのだが、それでも「明日来る」という返事が返ってきたのはほんの数度。最後に来た日以降は、もうずっと望む言葉を貰っていない。「ごめんね」と繰り返される謝罪に、晶は苦笑して諾する他は無かった。
九月も中旬に差し掛かり、発作は耐え難いほどの激痛を伴うものへと変わっていた。強力な鎮痛薬を服用して、なんとか治まる状態だ。
今日はたまたま回診の最中であった為、痛みの引いた晶に秀一が鎮静剤を打ってくれた。明らかな波立ちが見て取れるようになった精神を、少しでも楽にしてやろうと考えての処置だった。
――秀一に指摘されるまでも無く、食欲が著しく落ちていることには気付いていた。もっと食べなければと思ってはみるものの、少し口にした後は食べ物が喉を通っていかないのだ。無理に飲み込むと、折角胃に納まっていたものまで吐き戻してしまう。急激に進行してきた病魔がもたらす症状の一つでもあるのだろうが、これには精神的なものが大きく影響しているようだった。
夜、なかなか寝付けないのもその為だ。暗闇の中で目を閉じると、正体の知れない何かモヤモヤしたものが胸中に広がっていく。黒っぽいそれが体内に充満し、己の心臓を鷲掴みにされるような感覚に呼吸を乱して飛び起きるのは、ひと晩に一度や二度では無かった。
それだけでは無い。その黒いもやは、浅い眠りの中何度も夢に現れた直人の姿を、毎回のように覆い尽くして消し去っていくのだ。その度、晶は痙攣するような震えに襲われ、全身汗でびっしょりになりながら目を覚ますのである。
――身体も心も、疲労と衰弱が色濃く表れ始めていた――
「…直人…。会いてぇよ…」
彼の笑顔を思い浮かべると、不安に苛まれる心が僅かに和らぐ。
晶は薬の助けを借りて、漸く深い眠りへと落ちていった――。
★★★次回予告★★★
なかなか顔を見せない直人の携帯に連絡を入れてみる晶だったが――。
不可解な直人の動きにも注目!
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる