Heart ~比翼の鳥~

いっぺい

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番外編  清 暮 ―Holy night―

後編2

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 秀一は身を滑らせてベッドを降りる。肩に掛かっていたガウンの前を合わせ、窓外を見遣ったままの彼の背後へと静かに近付いた。
 軽く息を吐いた武井が、上を仰いで天井近くのカーテンレールを見る。

「――しかし……、そのー、なんだ。晶も、直人の誕生日にプロポーズしたらしいが……。あいつの言う通り、何となくずかしいもんだな。……こういう時に、気の利いたセリフの一つも言えりゃぁ格好が付くんだろうが――」


 レールから横の壁へと泳ぐ目線。少し照れ臭そうなその声音。
 良人の後ろ姿に感じる愛おしさに、秀一は目の前の広い背中に手を触れてそっと凭れ掛かった。

「……秀一…?」

 肩越しに振り向く武井。その背に額を着けた秀一が、囁くように細い声を漏らす。


「……私は――」



 大学の時から囚われている熱い双眸ひかり。その熱に愛され幸福を感じる自分は、きっと既に身動きも出来ぬほど彼の漆黒にからめ捕られているのだろう。
 自分の気持ちを正直に、けれど、恥ずかしさからぎこちなく口にする。


「……私だって…お前と、ずっと――。雅也になら……縛られても、いい……」

「っっ……秀一っ」


 振り返った武井は、秀一の身体を強く抱き締めた。

「――全部、俺のもんになってくれるってのか…? お互い白髪のジイさんになっても絶対に放してやらねぇけど…、それでも――」

「……それはこっちのセリフだ。私は、やっと掴んだお前の手を…もう放すつもりはないから……。でも――私に求婚するなんて、信じられない……。自分のやってること、ちゃんと分かってるか…?」

 武井の腕の中で細い肩が震えている。その面に宿るセピアが揺らめくようにじわりと滲んだかと思うと、堪え切れない涙が一筋白い頬を伝い落ちた。眩しい陽光を受けた双眸と雫の軌跡は、左手に輝く誓輪しるしと同じ黄金きんの光を湛えている。
 武井は恋人リーベの落涙に目を細くして、その柔らかな横髪に指を入れ優しく梳いた。

「――ああ。勿論、分かってるさ……」

 ガウンを纏う肩をしっかりと抱き込む。閉じられた瞼に口付けてまなじりに光る跡を唇で浚うと、小さく睫毛を揺らした秀一が漸く微かに微笑んだ。
 きつく抱いていた腕から少しばかり力を抜いて、武井も見上げてくる白面に緩く笑みを零す。

「結婚指輪としちゃぁ、ちょっと変わり種だが……。俺の…お前への想いの証だ。――受け取ってくれるか…?」

 一語一語、愛しい人の言葉の全てを逃さぬように聴き取って、秀一がはっきりと頷く。
 見入るように武井の相貌に向けていた視線が、僅かに下がって彼の胸元へと下りた。

「……雅也の気持ち、確かに受け取ったよ。本当に嬉しい…。――それにしても、指のサイズなんていつの間に……」

「お前が寝てる隙にちょこちょこっとな。糸で測って、それをそのまま店に持ってったんだ。サプライズだってのが店員にバレバレだったがな」

 幾分おどけ気味の口調にクスッと笑みを零す。その時、ふとあることに気付いた。

「そういえば――、結婚指輪なら…出し合って買わないと意味がないんじゃないのか?」

 問うてくる声に、武井は軽く空惚そらとぼけてみる。

「…そうだったか?」

「――知ってて惚けてるな? ……半分は私が出すから……。二人の為のものなんだから、構わないだろう…?」

 甘く睨んでから、折半を申し出る秀一。それでは贈り物にならないと思ってはみるものの、恋人の誠に正しく可愛い主張には敵わない。

「――分かったよ」


 降参するように低く笑う武井を見た秀一は、軽く目を伏せて僅かばかり口籠る。まだ何か気になることがあるらしい彼に、武井が訊いた。

「どうした…?」

 伏せ気味の目線はそのままに、小さな呟きが薄紅色の唇から零れ出す。


「――ご両親には…どう説明するんだ…? 一生のことだから、黙っているわけには……。うちは、母さんがああいう人だからいいけど――」


 思わず漏れる失笑。律儀な彼の言葉に、精悍な面がその相好を崩す。

「奈美さんは、とっくに俺のこと息子扱いしてくれてるもんな。器がでけぇっていうか――。…心配すんなよ。お前の応えを貰ってすぐの頃に、もう伝えてある。弟夫婦には三人も子供がいるし、俺の方の孫は諦めてくれってな」

 口元を緩めて既に報告済みであることを告げる武井を、琥珀のような煌瞳が見詰めた。

「……反対、されなかったのか…?」

「家族全員、俺の性格は熟知してるからな。言い出したら何言ったって無駄だって分かってるし。何より、うちは揃いも揃って元々そういうの気にしねぇ性質たちだから、何の問題もなしだ」


 秀一は目をしばたく。多少呆気に取られたその口唇が半開した。

「……学生の時に何度かお会いしたけど…、そんなにオープンなご家族だとは思ってなかった――」

 その表情に再び破顔する武井。

「初めて顔合わせた時から、お前のことはかなり気に入ってたみたいだぜ? 特にお袋は、相手が秀一だって言ったら妙に喜んでやがった」

 栗色の前髪をさらりと払う。その手を彼の襟足に添えるように廻した。

「――考えてみりゃぁ、家族も似た者同士か。なんか笑えるな」

 顔を寄せ、白い額に己のそれを当てる。細めた眼前の眸子もまた、薄く笑んで緩やかに弧を描いていた。

「……近いうちにご挨拶に行かないといけないな。――順番が逆になってしまったけど……」

「――そうだな」


 秀一の眉間に軽く口付ける。安心したようにその温みを受け止めた彼は、少しだけ気恥ずかしげに細めた瞳で目前めさきの光彩を捉えた。
 恋人の胸に光る麗輝。その優しい耀きに触れて、通された紐をそろりと持ち上げる。自分の首から外そうとしている気配に気付き、武井が頭を傾けて手を貸した。


「……私にも、お前の指に嵌めさせてくれ……」


 手にした紐の留め具を外し、金色こんじきのそれを抜き取る。秀一は一度大きく息を吐いて呼吸を整えると、武井の左手を取りその薬指にゆっくりと指輪を嵌めた。
 手を重ね互いのリングの温もりを感じながら、見詰め合う。


「神主も神父もねぇが――愛してるぜ、秀一…。この先ずっとな……」

「……私も、愛してる……。どんな時も、共に歩くと誓うよ。雅也……」


 閉じられる瞳、合わさる唇。
 互いに捧げるようなキスを交わして、二つの影が一つに重なる。




 静かな寝室の窓辺。そこで固く抱き合ったままの二人に寄り添いささやかな祝福を贈るかのように、窓外の白銀は優しくその清光かがやきを増していった。



fin.

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 番外編にお付き合い頂き、ありがとう御座いました!

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