鈴落ちの洞窟

山村京二

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第7章:祖父の思い出

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鈴落ちの洞窟へ向かう間、与一はずっと黙っていた。何か意を決したように、まっすぐ前を見据えたまま、振り返りもせず、ただただ真っすぐ洞窟の入り口を目指した。母も祖母も足腰は強かったので、それほど後ろを気にすることもなく与一は歩いて行った。

洞窟へたどり着くと、例の祭壇を通り抜けて、人骨の山のところまで出た。

『それで、その衣服とやらはどんなだい?』と祖母が与一に尋ねた。与一は答えなかったが、肩を震わせていた。顔を上げた与一は、両目いっぱいに涙を溜めて、嗚咽しながら話し出した。

『千鶴子の父ちゃんを殺したのは、ばあちゃんだよな?』

あまりに唐突な孫の言葉に、祖母は動揺を隠しきれなかった。『与一、突然どうしたの!?』母は叱り付けるような口調で与一に駆け寄った。

『母さんは・・・いや、母さんだってわかっているんだろう?』与一は母の顔を睨んでそう言った。

『千鶴子の父ちゃんが殺されたって俺がみんなに伝えた時、千鶴子の母ちゃんは”うちの順番じゃない”って叫んでた。母ちゃんや、ばあちゃんたちがそれを必死に止めていた。本来家族を亡くしたはずの千鶴子の母さんに何故みんながあんな風に言ったのか。それに、なんで千鶴子の母さんは、悲しむんじゃなくて怒っているのかって事がずっと気になってたんだ。』

『それと、以前ばあちゃんがじいちゃんの思い出について教えてくれた時に、何となく変な感じがしてた。”じいちゃんの食事は一度しか食べたことがない”って。あれって・・・』

与一がそこまで言いかけると、祖母が木彫りのような乾いた手で顔を覆いながら話し始めた。

『ああ、そうだよ。おじいさんを食べたんだよ。』

想定はしていたことではあるが、与一は改めて言葉でそれを聞いた時、吐き気を催した。なんと、自分の祖母は夫である祖父を殺して食したという事をあっさりと白状したのだ。

ということは千鶴子の父親を殺した後も、その後集落で千鶴子の父を食べたことになるため、自分もそれを食べてしまったのかという不安と、人殺しをした後も平然とした顔をして普段と変わらない生活を送っていた祖母に対して嫌悪感すら覚えるほどだった。

『羅臼湖の近くは昔から貧しい地域でのぉ。作物もろくに育たない気候だから、動物も食べ物がなくてだんだんと狩りも不猟が続いていた。ワシが18の時じゃ。ワシの父親が鈴落ちの洞窟へ出かけて帰ってこなかった。母にどうしたものかと聞いたらあっさりと答えたよ。今日の夕飯が父さんだよってな。』

祖母の話は想像を絶する話だった。昔から食べるものに困っていたこの地域では、食人が慣習的に行われていたそうだ。ただし、若い人間にそのことが伝わってしまうと集落からいなくなってしまうため、年長者だけにその慣習は伝えられていた。

出産をした女性を中心にこの習慣が伝えられ、そのしきたりに背くものは、『謀反もの』として処刑された。しかし、自分たちが生き残るために、ほとんどの者はしきたりに逆らうことはなかったという。男性ばかりが犠牲になっているのは、食肉として有用な体形が多いからであり、女性は脂肪分が多く食用には適さないということと、今後の集落の人数を安定させるためには、女性が少なくなると都合が悪いからというのだ。

また、病気をしているものや痩せているものについては食べるところが少ないので、若者と同じように、犠牲にもならないが、しきたりについても教えないという決まりになっていたそうだ。

犠牲者を殺す役割は最長老が選任された。今で言えば与一の祖母である。せめてもの計らいとして、なるべく必要以上の苦痛を与えないように、力がない最長老が選ばれたというのだ。

祖母は乾いた唇でさらにこう続けた。

『18の時に自分が父親を食べたということが気持ち悪くて、しばらく何も喉を通らなかった。だけど、冬になるといざという時の食料すらないようなこの地域で、生きていくためにはどうしても食べるしかなかった。また別の人間が犠牲になった時にも、自然と食べてしまい”おいしい”とさえ感じてしまった。』

『本能的に食べることを求めることと、これまで同じ集落に生活していた住民を犠牲にすることの狭間で当然心は揺れたが、結局人間てのは最後は自分が可愛いんだなぁ。因果な生き物だと思うんじゃよ。』

時代が流れ、食人を必要としないのではという意見もあったが、一度その味を知ってしまった人間は本能的に求めてしまうようになるという。そのため、現在でもこの集落ではその悪習が残っており、その現場として使用されているのが鈴落ちの洞窟だったということだ。

犠牲者の鈴を洞窟の前に落としている理由は、誰が犠牲になったのか分かるようにして、しきたりの遂行を集落に知らしめることと、逃げられない恐怖で集落を支配するために祖母が考えたことだというのだ。

あまりにも恐ろしく、あまりにも狂気的な話に与一は気絶寸前だった。自分の家族が人殺しだったなんて・・・。自分の住む集落の人間が、自分たちのエゴのために他の住民を犠牲にするなんて信じられない思いだった。

冬の冷たい風が吹き抜け、昼間だというのに、鈴落ちの洞窟は深い闇を抱えて、与一の祖母の嗚咽が洞窟の中にこだましていた。与一は気が遠くなりそうになりながら、静かに祖母の話を聞いていた母と目が合った。長い間、山の風にさらされていた与一の体は、もう感覚がなくなっていた。

『すまないねぇ・・・本当にすまないねぇ・・・』祖母は何度も何度も繰り返しながら木彫りのような手をすり合わせて、乾いた頬に涙をにじませていた。

集落の恐怖に怯えながら、それでも父の死の真相を知らない千鶴子の待つ集落へ帰っていった。
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