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ほんの小さな覚悟

あるいはすべての始まり

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 俺には夢があった。

 今となっては藻屑と消えた、どうでもいい一時の感情だ。あるいは、セリアがいて初めて形を成すものなのかもしれない。

 冒険者となって一旗上げる。

 誰しもが願い、誰しもが諦める。それは道端の小石のようにありふれていて、なのに実現するのが不可能に近い夢だ。

 きっと、皆気づくんだろう。そのタイミングは様々だ。
 俺はスキルをもらった瞬間だった。

 だが、偶々全てがうまく運んで、天にも見放されずに時を過ごした奴らだけが、それを叶えようとする。
 そして、その中でも更に一握りの人間が、冒険者として一旗上げることに成功するのだ。

 可笑しい。
 仮に神父達が崇拝してやまない神とやらがいるとして、俺達の一生を左右するスキルは、そいつの気分で決められているのだ。

 人間は完全じゃない。

 凸凹で、

 あべこべで、

 ときには腐っていて、 

 とても汚くて、

 その汚さはさながら感染症のように伝播する。

 なら、全てが運一つで上手く行った奴らを見て、恨みを感じちゃいけないのか?

 いいだろ。

 いいなぁ。ずるいなぁ。羨ましいなぁ。

 なんで俺だけ?なんであいつだけ?

 パーツが不完全なオルゴールは、軋んだ音を立てるのだろうか?動くのだろうか?止まるのだろうか?

 人間は群れる生き物だ。一人ひとりがパーツとして、お互い手を取り合っている。
 そのパーツ全てが凸凹で、ぴったりハマる相手が見つからないのなら、いとも簡単に壊れて何がいけない?

 夢なんか、見てられないんだよ。

 上手く行った奴らを、恨まずにはいられないんだよ。

 ······俺にとってはその相手が、セリアだった。







 
 シオンはこのときまだ知らない。

 名前もない、存在すら定義されていない"一つ"の少女が、契約を終えて自身の過去を覗き見てしまったことを。

 そして、一個人として自我が確定していない"それ"は、シオンの過去に深く影響を受けてしまったことを。
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