上 下
12 / 23
ほんの小さな覚悟

それはあまりにも唐突すぎて

しおりを挟む
 ドンドン!!

 前触れなく扉を強く叩かれ、意識が急速に覚醒していく。
 だが、その音は一回限りだったようだ。きっと、別の部屋と間違えてしまったんだな。
 あまりに不可解な騒音に結論をつけると、再び睡魔に促されて······。

 ドンドンドン!! 

 早朝の静寂を容赦なく掻き乱す音。今度こそ目が覚めてしまった。

「今何時だと思ってんだよ。まじふざけんな······」

 俺に用があるのは明らか。ならば文句の一つでも言ってやろうと扉を開くが、外には誰もいなかった。

「あれ?」

 起きたばかりで寝ぼけてるのか?
 まぶたをこすってもう一度正面を見るが、やはり誰もいなかった。

「気のせいか」

「気のせいじゃないわよ!!私よわ·た·し!!もっと下を見て!」

 フレイの声だった。釣られて視線を下げると、フレイの顔が見えた。

 まだ寝起きなのか髪の毛はボサボサで、パジャマ姿である。これはこれで良いな···。

 そんなことをのんきに思いながらも、俺は扉の騒音の主がフレイであることを思い出した。

「お前な、くまさんのパジャマは卒業すべきだろ」

 あ、間違えた。フレイの姿がどうしても気になってついつい。

「そんなこと言ってる場合じゃないわよ!」

「何だよ。まだ朝だぞ。普段朝は静かにしろって、人一倍うるせーのに、フレイが騒ぐか?」

「今は非常事態よ!!」

 どうやら、何かあったらしい。男手がいるのか?だったら他の冒険者に頼めよ。

「シオンにお客様よ!早く下に行って!!」

 どうやらそうではないらしい。だが、誰だお客様って?
 俺、朝に訪ねてくるほど仲のいい知り合いなんていないんだけど。

「ギルドマスターが来たのよ!怖いから、さっさと支度して下に降りなさいよ!」

「まじで?」

「本当よ?!お願いだから急いで!」

 まじでギルドマスターかよ。ヤバイヤバイ。急がないと。




 慌てて格好を整えてから下に降りると、2つの人影があった。

 一人は艷やかな黒髪を腰元まで伸ばした長身の女性だ。
 終わりの見えない穴のような深い黒は、僅かに青を帯びていた。こういう色を烏の濡れ羽色というのだろう。端正に整った顔は、剣のように鋭い。

 そしてもう一人は、金髪碧眼のイケメンだった。

 女性の方は知っている。王都のギルドマスターだ。だが、もう一人は誰だ?見たことがない。

「あ、あにょ?ギルドマスター?本日はどういったご要件でございまして?」

「慣れない敬語は使うものじゃない。かえって聞き苦しいぞ、貧相だ」

「は、はひぃ!!」

 その一言で腰が抜けそうになる。威圧感が半端じゃない。泣きそう。

「そんなことより、今は私達の話を聞け」

 どうやら話を聞くのは強制らしい。俺はノーと言えない人種だ。背筋が凍るのを感じながら、震える首を立てに振るう。

「だが、そうだな。ここでは人の耳がありそうだ。場所を変えよう。ギルドまで行くぞ」

 もう、早朝だとか文句を言うとか、そんなことは思考の彼方に追いやられていた。てか、思考が回ってねー。

 言われるがままに宿を出て、ギルドへと向かう。
 大通りを歩くギルドマスターにたくさんの視線が集まるが、纏う空気故か誰も話しかけようとはしないようだ。

 そりゃそーだ。後ろにいる俺だって怖いもん。冷や汗がとまんないもん。
 むしろ、平然としていられる金髪碧眼イケメンが信じられない。きっと、只者ではないのだろう。

 体が縮こまる思いでギルドに到着するが、朝の五時では人っ子一人いないようだ。中にいるのは俺たち三人だけである。

「シオン、取り敢えず座れ」

 普段は立入禁止である職員室に促されて、椅子に座らされた。

「あの、俺何かしたんですか?」

 ホムンクルスのことがバレた?あいつ、ギルド絡みのやばいやつだったの?!
 この国の奴隷の扱いはぞんざいだから、取り敢えず奴隷と言っておけば身元は誤魔化せると思ったんだが、本腰を入れて調査された?分からない。

「シオン。話を始める前に、一つ確認がしたいのだが?落ち着け」

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。俺なんて息を吐くように殺される。ギルドマスターは元SSランクの冒険者だ。まじで指先で殺されるぞ!!

「はいっ、はい!俺落ち着いています!」

「シオン君が落ち着いていません。ギルドマスター、もっと優しく話をしてはどうですか?」

 ギルドマスターの隣に座った金髪のイケメンが口を挟む。

「ふん。そんなことに割く時間がないことくらい分かっているだろう」

「まぁ、そうなんですけどね」

 何?何なに?!一刻も早く俺を殺さないといけないの?!その確認をするの、それ必要なの?!

「これから話す内容は、情報規制が掛かっている。他言は無用だ。いいな?」

「コク、コクッ」

 もう嫌だ。情報規制って、あいつそんなにやばいのかよ。国絡みか?

 ま、どうでもいいか。ギルドマスターに目をつけられた時点で、助からないし。どうにでもなれ。

「そうだな。私から話すことはほとんど無いんだ。後はお前に任せていいか?」

「はい。いいですよ。これは私が話すべき内容ですから」

 俺に用があるのは、ギルドマスターではなく、金髪のイケメンのようだ。

「何ですか?俺···本当に何もしてないんですよ」

「大丈夫ですよ。シオン君をどうにかする訳ではありませんから。それより、僕の自己紹介をしましょう。一方的に名前を知っている状態では、話もし辛いですから」

 金髪のイケメンは俺を見据えると、言葉を続けた。

「僕の名前はカールマン=ユリス。この国で第一王位継承権を有する、つまりこの国の王子ですね」

「お、お王子ですか?!何でそのような人が俺に会いに来るんですか?!」

 第一王子といえば、魔術も剣術も超一流の完璧超人だと聞く。確か勇者の一人として選ばれていて、パーティー内では中心人物だったはずだ。

 そんな人がどうしてここに来るんだ?

「ああ、そんなに畏まらなくてもいいですよ?今日は王子ではなく、勇者としてここに来ていますから」

 どの道敬語使わないと駄目じゃないですか。それに勇者としてって···。ホムンクルスを匿った俺の征罰ですか?

「は、はい。それで、俺に話とは?」

「シオン君は、セリア=ユーフォリアという名前を覚えているかい?」

「え?」

 無警戒な頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。

 その名前が唐突すぎて、何も考えずにうなずくことしか出来ない。

「良かったです。何度かセリアの口からシオン君のことを聞いてるから、間違いじゃないとは思っていました」

「それで、あいつが何なんですか?」

 正直話も聞きたくない。何を言われるか分かったもんじゃない。
 セリアの何かが情報規制されていて、どうしてそれを俺だけに教えるのか、何も知りたくない。

「あのスキルは、ここ百年を通して見ても、最強に近い。だから僕の推薦で、セリアを勇者の一人にしました。勇者が一人増えたって、最近ニュースになったでしょう?」

「······はい」

 正確には勇者候補だ。
 レベルの低さと経験のなさから勇者に取り立てるには早いとされ、そのため名前も非公開だった。

 その勇者がセリアなのか······。

「そうですか。あいつ、そんなに凄くなってたんですね?で、それが何なんですか?俺となんの関係があるんですか?!」

 理性では駄目だと分かっていても、勝手に口が動いてしまう。

「おい。お前不敬罪で殺されるぞ?口を閉じろ」

 ギルドマスターが俺を咎めるが、そんな言葉も右から左。口を止めるにはいたらない。

「スキルだけでポンポンのし上がって、きっと最高な気分なんでしょうね!!」

 握りこぶしを机に振り下ろす。だが、ユリス様がその拳を受け止めた。

「その感情は分かります。だから、今は最後まで話を聞いてください」

 レベル差によるステータスの差を考えれば、俺の拳くらい痛くもないんだろう。だけどその行動からは、ユリス様の本気が伝わってきた。

「何なんですか······本当に」

「ギルドマスターも落ち着いてください」

「ふんっ」

 納得いかないとばかりにそっぽを向くが、ギルドマスターはそれ以上ユリス様に何かを言うつもりはないようだ。

「シオン君、話を戻しましょう。セリアのことは辛いでしょうが、最後まで聞いてください」

「はい」

 渋々了承する。話を聞くだけだ、それなら我慢すればいいじゃないかと。

「良かった。とはいえ、話をすると言っても、僕からシオン君に言うべきことは一つしかないんですよ。シオン君に、謝らせてほしい」

「は?!」
 王子が平民に頭を下げるだって?

 だがギルドマスターはこの事態を想定していたようで、小声で

「今なら周りに誰もいない。見られることもないだろう」

と言っていた。

「何ですか?!ちょ、本当に意味がわかりませんよ?!やめてくださいって」

「いいえ。僕はそうしなくてはいけないくらい酷いことを、君とセリアにしてしまったんです」

 セリアに?

 急速に思考が冴えた。

「セリアを勇者にしたからには、一刻も早く戦えるようにしなくてはいけませんでした。だから僕たちは定期的にダンジョン都市のダンジョンに潜って、セリアのパワーレベリングを行っていたんです。それが途中まで上手く行っていたことで、油断していたのかも知れない。二ヶ月前ダンジョンに潜った際、セリアをイビルアイの魔眼の呪いから守ることが出来ませんでした。全ては僕の責任です。謝って許されることではありません」

 イビルアイ。これは、冒険者の間では有名な魔物だ。

 ダンジョンの深層で出現するこの魔物は、目を合わるだけで対象者を呪いにかける特殊な魔眼を持っている。そして呪いに掛かった者は、ピッタリ一年間で死に至るのだ。

 解呪方法は長年研究されているが未だ確立せず、毎年数十人の犠牲者が出ているらしい······それを、セリアが?

 情報規制は必要だろう。勇者を一人駄目にしておいて、国民からの反発がないはずなかい。それを俺だけに伝えてくれたのは、ユリス様なりの誠意か。

 頭のどっかで冷静に考えながらも、俺は困惑していた。

「何言ってるんですか?嘘ですよね、そうですよね?!」

 俺の中で、セリアは最強の体現者だ。魔物を剣の一振りで蹂躙する姿は、未だ脳裏に焼き付いて離れない。

 だから信じられなかった。
 否、信じたくなかった。

「ユリス様?嘘なんですよね?」

 自分の中の冷静な部分を掻き集めなければ、今にも叫びそうだ。

 セリアが一応は元気にしていたことは嬉しいと思った。

 セリアが勇者になっていたことには妬みを覚えた。でもどこかで、自分の事のように嬉しさも感じていた。

 諦めたはずに、もう振り切った筈なのに。

 なのに、なのに。

 気づけば俺はユリス様の胸ぐらを掴み上げそうになっていて、セリアの非常事態に取り乱す自分が、どうしようもないくらいに情けなかった。

「それ以上は看過できん。シオン、離れろ」

 ギルドマスターに頭を引っ叩かれて、ようやく落ち着いた。

ユリス様は何もせずに、只俺を見ている。

「そ······れで?治す手段はあるんですか?」

「分かりません。セリアは今、魔術や呪術に栄えるエルフの里にいます。彼らならもしくは、と願うしかない状況です」

「そんなっ」

 どうにかして助けられる方法はないのか。自分でも気付かないうちに、そればかりを考えていた。

「僕は今王宮の禁書庫を漁っています。可能性があるとすれば、禁術かダンジョンくらいですから」

 確かにダンジョンなら"どうにかなるかもしれない"。

 初層から殺人級のえげつないトラップが設置され、加えて魔物が蔓延るダンジョンだが、ダンジョンなら解呪するための何かが出てきてもおかしくない。

「こちらで何か分かれば、また伝えますから」

 それから少しして、ユリス様はギルドから出ていった。

「お前はどうするんだ?」

「俺は······」


 ギルドマスターの問に、答えをぶつけることが出来なかった。
しおりを挟む

処理中です...