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光道真術学院【マラナカン】編
二十三
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それはほんの少し前の出来事――
タナシー・サラーヴァントは、一人誰もいない教室に佇んでいた。
目前には小さな小瓶が光る。その小瓶を見つめる瞳は懐疑的。
「はぁ……何を考えているのかしら、私は」
こぼれ出た言葉には、自身に対する嫌悪が含まれる。
貴族である彼女の生活は、優雅ではあるが窮屈でもある。
一挙手一投足に至るまで叩き込まれる所作。そして、管理される時間。
彼女は、それを当たり前のこととして受け入れてきた、貴族としての義務。
端から見れば、傲慢にすら見える彼女の態度や言動は、彼女がやってきたという自負の下で行われた対価であると考えていた。
自由のない生活を続ける対価としての傲慢。
彼女が放つ言葉は黒も白にかわり、欲しい物は何でも手に入れられた――例え手に入れられたとしても使う時間などはないのだが……。
当たり前のように光道真術学院【マラナカン】から届いた推薦状に、一喜一憂することなく、当たり前のように入学。そして、始まるはずであった当たり前の優雅な日々。
しかし、一人の男により全てが狂う。
自身が築いてきた完璧な城は、砂上の楼閣であると気づかされる。
突如、自身の前に現れた罪人(とされる人物)が、自身の誇り、いや驕りを叩き壊した。
それまで通じた言葉は、彼には届かず、彼女の味方になってくれると踏んだ彼女には、これまで信じてきたものが否定され、好ましいとは思ってはいなかった同じ出自の彼の助力を得ても、それにはなんの意味を持たなかった。
自らの言葉が通じない人々がいる、そう感じてしまったとき彼女は折れた。
籠の中の鳥が見た空は、あまりにも壮大すぎた。
だが彼女は見た目ほど弱くはなかったようだ……。
気怠い体に鞭を打ち、彼女は朝の支度をすませる。
執事が手綱を握る馬車にのりこみ、マラナカンへ向かう。
昨日の事は昨日の事と、胸を張り教室へ向かったのだ。
人生の価値観を覆された少女にとって、それは簡単なことではなかっただろう、だが彼女は立ち上がった、新たなる自分を得るために……そう、貴族としての誇りを胸に掲げ。
しかし、人生は甘い誘惑だらけ。
生まれたばかりの雛にとって、耐え難い興味の源泉はいつでも隣から湧き出す。
教室につき適当な場所を選び着席し鞄を置く。
そこで彼女は違和感に気づく、鞄前面の小物入れに自身では入れた覚えがない封筒が。
不審に思いながらも封筒を開け、中には一通の手紙に一文だけ書かれる。
彼女は負けた、己の欲望に、新しい未知に……そして、そっと封筒を鞄に戻したのであった。
午前中の授業が終わり、貴族にはあるまじき格好で机に体を預け、だらしのない表情を浮べていた。
彼女にとって、本日の授業は至福の時間であった。
何故なら、彼女の憧れの対象であった【一桁騎士団・ナンバーズ】壱番隊副隊長アンドレア・ポルトグレイロが急遽本日の講師として教壇に立ったのだ。
どんな出自の、どんな家柄だとしても、今日そこに居たのは年相応の少女であった。
信じられない現実に、今でも幻だったのではないかと頬をつねって確かめてしまう。
午後の講師も彼が務めるらしい、嬉しすぎて叫びだしたくなるのを必死に堪えた。
最後に残る貴族の矜持か、このままではみっともないと体を起こし姿勢を正す、ふと彼女の視線の先には自身の鞄が、そして彼女の足が動き出した。
文言に記載された、指定の教室には誰もいない。
悪戯の類に引っかかてってしまった、恥ずかしさと情けなさに苛まれる。
教室に戻ろうと振り返った瞬間、背後で【コトッ】という音が聞こえ、彼女は振り返る。
振り向いた先には、やはり誰もいない……しかし、先ほどまで何もなかったはずの机の上に、小さな小瓶らしきものと一通の手紙。
恐る恐る近づくタナシー、そして手紙を手に取る。
【彼に一矢報いたければ小瓶を手に】
彼と書かれている相手は思い出すまでもないが、このシチュエーションは流石に怪しすぎる。
彼女は、少しだけ手に取ろうかと悩んだ自身の心に嫌悪感を抱く。なぜなら、彼は周りで噂されるほど悪い人物には思えなかった。
確かに傲岸不遜というか、無教養というか、不躾なところはあるかもしれないが、だが根本に悪を持つとは、到底考えられないように見えたのだ。
そんな思いを持ちつつ踵を返す、そのとき彼女は確かに【何か】に押された。
机にぶつかり小瓶が倒れる、転がり続けた小瓶が机上から落ちかけた時、彼女はとっさに小瓶を受け止めてしまう。
瞬時の行動は思考を凌駕する、「まずい」と思ったのもつかの間、発光を開始したソレに彼女の意識は寸断された。
タナシー・サラーヴァントは、一人誰もいない教室に佇んでいた。
目前には小さな小瓶が光る。その小瓶を見つめる瞳は懐疑的。
「はぁ……何を考えているのかしら、私は」
こぼれ出た言葉には、自身に対する嫌悪が含まれる。
貴族である彼女の生活は、優雅ではあるが窮屈でもある。
一挙手一投足に至るまで叩き込まれる所作。そして、管理される時間。
彼女は、それを当たり前のこととして受け入れてきた、貴族としての義務。
端から見れば、傲慢にすら見える彼女の態度や言動は、彼女がやってきたという自負の下で行われた対価であると考えていた。
自由のない生活を続ける対価としての傲慢。
彼女が放つ言葉は黒も白にかわり、欲しい物は何でも手に入れられた――例え手に入れられたとしても使う時間などはないのだが……。
当たり前のように光道真術学院【マラナカン】から届いた推薦状に、一喜一憂することなく、当たり前のように入学。そして、始まるはずであった当たり前の優雅な日々。
しかし、一人の男により全てが狂う。
自身が築いてきた完璧な城は、砂上の楼閣であると気づかされる。
突如、自身の前に現れた罪人(とされる人物)が、自身の誇り、いや驕りを叩き壊した。
それまで通じた言葉は、彼には届かず、彼女の味方になってくれると踏んだ彼女には、これまで信じてきたものが否定され、好ましいとは思ってはいなかった同じ出自の彼の助力を得ても、それにはなんの意味を持たなかった。
自らの言葉が通じない人々がいる、そう感じてしまったとき彼女は折れた。
籠の中の鳥が見た空は、あまりにも壮大すぎた。
だが彼女は見た目ほど弱くはなかったようだ……。
気怠い体に鞭を打ち、彼女は朝の支度をすませる。
執事が手綱を握る馬車にのりこみ、マラナカンへ向かう。
昨日の事は昨日の事と、胸を張り教室へ向かったのだ。
人生の価値観を覆された少女にとって、それは簡単なことではなかっただろう、だが彼女は立ち上がった、新たなる自分を得るために……そう、貴族としての誇りを胸に掲げ。
しかし、人生は甘い誘惑だらけ。
生まれたばかりの雛にとって、耐え難い興味の源泉はいつでも隣から湧き出す。
教室につき適当な場所を選び着席し鞄を置く。
そこで彼女は違和感に気づく、鞄前面の小物入れに自身では入れた覚えがない封筒が。
不審に思いながらも封筒を開け、中には一通の手紙に一文だけ書かれる。
彼女は負けた、己の欲望に、新しい未知に……そして、そっと封筒を鞄に戻したのであった。
午前中の授業が終わり、貴族にはあるまじき格好で机に体を預け、だらしのない表情を浮べていた。
彼女にとって、本日の授業は至福の時間であった。
何故なら、彼女の憧れの対象であった【一桁騎士団・ナンバーズ】壱番隊副隊長アンドレア・ポルトグレイロが急遽本日の講師として教壇に立ったのだ。
どんな出自の、どんな家柄だとしても、今日そこに居たのは年相応の少女であった。
信じられない現実に、今でも幻だったのではないかと頬をつねって確かめてしまう。
午後の講師も彼が務めるらしい、嬉しすぎて叫びだしたくなるのを必死に堪えた。
最後に残る貴族の矜持か、このままではみっともないと体を起こし姿勢を正す、ふと彼女の視線の先には自身の鞄が、そして彼女の足が動き出した。
文言に記載された、指定の教室には誰もいない。
悪戯の類に引っかかてってしまった、恥ずかしさと情けなさに苛まれる。
教室に戻ろうと振り返った瞬間、背後で【コトッ】という音が聞こえ、彼女は振り返る。
振り向いた先には、やはり誰もいない……しかし、先ほどまで何もなかったはずの机の上に、小さな小瓶らしきものと一通の手紙。
恐る恐る近づくタナシー、そして手紙を手に取る。
【彼に一矢報いたければ小瓶を手に】
彼と書かれている相手は思い出すまでもないが、このシチュエーションは流石に怪しすぎる。
彼女は、少しだけ手に取ろうかと悩んだ自身の心に嫌悪感を抱く。なぜなら、彼は周りで噂されるほど悪い人物には思えなかった。
確かに傲岸不遜というか、無教養というか、不躾なところはあるかもしれないが、だが根本に悪を持つとは、到底考えられないように見えたのだ。
そんな思いを持ちつつ踵を返す、そのとき彼女は確かに【何か】に押された。
机にぶつかり小瓶が倒れる、転がり続けた小瓶が机上から落ちかけた時、彼女はとっさに小瓶を受け止めてしまう。
瞬時の行動は思考を凌駕する、「まずい」と思ったのもつかの間、発光を開始したソレに彼女の意識は寸断された。
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