夢の終わり

梅木流

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夢の終わり

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 帰宅ラッシュの終わった電車に乗って、なんとなく車窓から外を眺めた。
 真っ暗だ。疲れ切った私の顔がはっきりと認識できてしまうほどに、景色にも私にも光がなかった。
 スマホを取り出すとメッセージアプリを開き「電車乗れた。22時半には着く」と簡素な文章を送信する。アプリを閉じる隙すら与えない速さで「了解! 迎えに行く」という返事に自然と口角が上がった。
 久々に2連休がとれたので遠方で暮らす友人に会いに行くのだ。そのために、私は定時になると脇目も振らずに駅まで走った。ガタンゴトンと電車が揺れる中、私は目を閉じで若き日の記憶に想いを馳せていた。

 傍から見たら仲の悪そうな2人なのに、何故一緒にいたのか……

 ――高校入学式の日に。彼女に声をかけたのがきっかけでもう10年の付き合いになる。
 当時は田舎の学校だったこともあり、ほとんどが中学の顔ぶれのまま高校進学した中で私は少し浮いていた。引っ越してきたのは中学3年生の頃だったため、ずっと顔馴染だった人々の群れに急に放り込まれた、謂わば異邦人というやつかもしれない。
 それに加えて、キツイ関西弁と冷たく生真面目で融通の効かない人間だったため一部の変わり者を除いては自ら近寄ってくることはなくてかなり溝を感じていた。ほんの少し寂しいような気はしていたが、卒業式では涙どころか思い出すら米粒程度も思い浮かばなかった。
 そのため、高校入学と同時に友人を作ろうと決意し、春休みには必死に芸能人のことや流行について情報収集して、いざ入学した暁にはいろんな人にたくさん声をかけまくろうと思っっていた。
 結局、たった1回だけオリエンテーションで女生徒とに声をかけたきりでそれ以上の行動を私は諦めた。
 会話内容も大したことはなく「よかったらこのゲーム、私とペアにならない?」とか「音楽とか何が好きなの?」とかそんな当たり障りのないもので、彼女も淡々と答えるだけだったので自分の社交性と雑談力の乏しさに心のなかで悪態をついたほどだった。
 しかしながら、意外にもその女生徒は時たま私に声をかけてくるようになったのだ。彼女もまた引っ込み思案だったが、歌やダンス、演技など幅広い自己表現ができる表現者であったのだ。
 私達はたちまち行動をともにするようになった。偶然にも選択科目や趣味なども一緒で気がついたら席までずっと隣同士だった。だがしかし、クラスメイトから見た私達は少し不可思議な関係だったかもしれない。
 お弁当を食べるときはそれぞれの席で、隣同士なのに机を引っ付けることなく前を向いて黙々と食べる。たまに彼女のお弁当にトマトが入っているときは私のお弁当箱にそっと入れてきたので無言で口に運んだ。体育の選択授業では彼女はバレー、私はバスケを選択したためクラスメイトの女子たちに「一緒じゃなくていいの?」と怪訝そうに尋ねられた。何故そんなことを聞くのか、当時の私には全く理解できなかった。私はバスケが好きだったし、彼女はバレー経験者でバスケよりもバレーが好きだったからだ。
 文化祭は別々に周ったし、体育祭は別々の競技で参加した。だから卒業アルバムではほとんど2人が同じ写真に写っていることはなかった。
 ニコイチという関係が当たり前のような環境だったが私達は常に近くにいるけれどお互いのペースで生活しており、ただ身近にお互いの存在を感じるだけで幸せだと思えたのだ。
 ある日、道徳的取り組みとして全校生徒でLGBTに関する講義を受けた。
 話を聞いているうちに、私の心はどんどん沈んでいった。
 そうして気がついてしまった。
 
 ――なんでもない日常で、隣りにいるだけで幸せ。

 ――彼女の一挙手一投足が私の感情を揺さぶる。

 ――人見知りの彼女が私以外の人間との交流を深めようとする姿を応援しつつ、私のそばから離れないでほしいと願う。

 ――手が触れたり、目が合うとなぜか動悸がして、耳に熱がたまる。

 もう、自分の感情を見て見ぬふりできないほどに彼女を好きになっていたのだ。
 そして、高校卒業後はお互いの道を歩んだが、なんだかんだと今日まで付き合いは続いていたのだった。

 そこまで思い出を浮かべたとき、月の光をキラキラと反射する水面が車窓の外にひろがっていた。
 この橋を越えたら彼女の暮らす町だ。
 曲がった橋から見える対岸には海につながるように桜が並んでいる。彼女が言うには川に沿って植えられているらしく、ちょうどこの季節が見頃とのことだった。スマホでその景色を撮影すると、彼女に「もうすぐ着くよ」とメッセージを添えて送信した。
 そして、目を閉じると苦い記憶まで浮かんできた。

 ――3年前。
 言うつもりはなかったのだが、うっかり口入を滑らせて彼女に想いを伝えてしまった。
「あんたは今、心身ともに衰弱してるからそう感じてるだけだよ。」
 少し戸惑ってはいたものの、静かな水面のようにほんの少しの波も感じさせない声色で私にそう言ったのだ。
 私は酷く冷静だった。
「そうやな、そうかもしらん。」
 あれ以来この話はしていない。

 キキィと軋む音がして、無人の駅に電車が到着した。
 私は大きなリュックを背負うと足早に下車して空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 先程までのどんよりした気持ちを吹き飛ばすかのようにお気に入りのスウィングジャズを口ずさんで改札を出ると、彼女が満面の笑みで両手を振っていた。
「久々やな、元気そうで良かったわ」
「あんたもね。会えて嬉しいよ。桜が綺麗だから歩いて帰ろう」
「せやな」
 月明かりで白く浮かび上がる長い春のトンネルを彼女の隣で両手をポケットに突っ込んだまま歩いていく。会話らしい会話はほとんどなく、お互い静かで、時たま近況を報告したくらいだった。
「ねぇ、これ何桜?」
「ん? まぁ、ニュースでよく見るやつっぽいからソメイヨシノとちゃう? しらんけど」
「へー、ニュース見ないからわかんないや」
「おい、社会人やん」
「いやいや、今どきテレビ観てる人のほうが少ないって」
 私がハハッと笑って言うと彼女も同じように笑って言い返してくる。くだらない、意味のない会話だが、私には充分すぎるほどだった。
 不意にざぁっと風が強く吹いて、頭上の紫のような紺のような暗いキャンパスに白い光が舞い上がった。ザワザワと音を立てて揺れた枝からハラハラと花弁が舞い、我先にと旅立っていく。
「雅やなぁ」
「綺麗だね」
 花弁は私達の肩や頭で時折一休みしてはまた旅立っていった。しばらく無言で上を向いていると、私のすぐ足元に一輪の桜の花がポトリと落ちてきた。
 彼女は頭上の桜に夢中で気がついていなかった。
 私はそれを拾うとそっとポケットにしまって、また彼女と同様に上を向いた。
「ねぇ……」
 彼女は不意に静かにこちらを見るとフッと笑い、両手を私に向かって突き出した。
「これでも喰らえ!」
「わ! いつの間に⁉」
 彼女の手から無数の花弁が私に向かって放たれた。彼女があまりにも楽しげに笑うから、私も嬉しくなってポケットから手を出して器を作り、かき集めた
花弁を彼女に浴びせた。何度も繰り返し、ひとしきり笑った後、わたしたちはまた隣に並んで歩いた。
 彼女の家はもう目前だった。

 ――翌朝。
 まだ日も出ていない早朝に私はそっと起きた。
 なんだか、幸せな夢を見ていたような気がする。隣では彼女が寝ていた。
 十年間、まともに向き合うことがなかった私達が同じベッドで向き合っていた。
 他人に触れられるのが苦手な彼女が私の手を握って穏やかに眠っていた。
 ようやく決心がついた……。
 けれど、最後にどうしても執着だけは残してしまうのを許してほしい。私は彼女を起こさないように起きると電気もつけず、静かに身支度を整え、彼女の家のキッチンに立つ。昨晩コンビニで買った
 ウインナーと卵を焼いて食パンに乗せてラップをかけた。そして上着のポケットにしまっていた桜を添えると、静かに彼女の家を出た。もらっていた合鍵はポストの中に入れて駅へと向かう。始発まであと20分。昨日の白いトンネルは朝の白い空と同化して隠れてしまったようだ。
 私は決して振り返らなかった。
 
 ――朝起きたら、あの子がいなかった。
 なんだか美味しそうな匂いがしたのでキッチンに向かうと、いつもと同じメニューの朝食が用意されていた。
 だけどそれは一人分。そして、傍らには桜の花が1輪置いてあった。
 私の心臓がドッと跳ねる。
 昨晩、ベッドで横になりうつらうつらしていると遠のく意識の向こう側であの子の声が聞こえた。
「なぁ、どうせ知らんと思うから教えとくわ。どっかの国では桜の花言葉は”私を忘れないで”らしいで」
 そして、私は頷くこともないままに深い眠りに落ちたのだ。
 私は慌ててあの子にメッセージを送ったが返事は返って来なかった。
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