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5.求婚(1)
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外へ出ると、ひんやりとした空気が肌を刺した。屋根のある小屋の方へリオンとともに歩いていくと、先日植えたモルイの苗が並んでいるのが見える。
何も知らず、平和に過ごしていたあの時に戻りたいと思ったけれど、現実逃避をしている暇はない。ミーアが隣に立つリオンの方を見上げると、彼は困ったように眉を下げた。
「すまないね。突然のことで、きみも驚いただろう」
「は……はい。正直なところ、まだ信じられません」
「はは、そうか。だが、そろそろ信じてもらわなくてはな。私は本気で、きみを妻にしたいと思っている」
黄金に輝くリオンの瞳が、ミーアを捉えている。こんな美しい容姿の男に――いや、この国の王子に最下層の民であるミーアが求婚されるだなんて、誰が想像できただろう。どこか非現実的なこの状況に、ミーアは小さく嘆息した。
「気がかりなのは、お父上のことかな」
「え……」
「自分で言うのも何だが、きみが私との婚姻を渋る理由が今ひとつ理解できなくてね。ここに来た時点で、すぐに良い返事をもらえると思っていたんだが……それなのにきみは、私の求婚を断ろうとしている」
「も、申し訳ありません……! 不敬なことだとは、百も承知ですが」
「ああ、責めているわけではないよ。ただ、本当の理由を聞かせてくれないか。お父上の前では話せないこともあるだろう」
リオンが「二人きりで話したい」と言い出した訳を知り、ミーアは小さく息を詰める。しかし、このまま黙っていてもリオンは引き下がらないだろうと判断して、ゆっくりと口を開いた。
「……先ほどお話ししたことも、本当です。私は、父とこの場所で今のままの暮らしがしたい。ただ、他の理由を挙げるとすれば……父が、心配なんです」
「ほう。それはなぜ?」
「父は長年の苦労がたたって、数年前に病を患いました。その病のせいで、毎日薬を飲まなければいけないほどなのです。それに最近では、肩や腰が痛いと言ったり、視力が落ちてきたり……これから先、どんどん年老いていく父を置いて結婚するだなんて、私にはできません。まして、遠く離れた王都へ行くなんて……」
俯きながらも、ミーアは素直な胸の内をリオンに話した。
あまりにも急すぎるこの話を、ミーアはまだ自分のこととして受け入れられていなかった。結婚について漠然としか考えたことがなかったのに、いきなり「妻となってほしい」と言われてもピンとこないのが本音だ。その相手がこの国の王子であるというのも、なおさら受け入れ難い。
ただ、「城に来てほしい」という一点だけに集中して考えたら、ミーアにとって気がかりなのはやはり父のことだ。はっきり言って、突然目の前に現れた王子よりも、苦労を重ねながらずっと二人で生きてきた父を選ぶのは当然だろう。
リオンは考え込むミーアをじっと見つめ、ぼそりと呟くように言った。
「……きみは、親孝行な娘だ。では、これではどうかな? お父上も一緒に、城で暮らしてもらうとしたら」
「えっ……」
「さすがに同じ部屋で、ずっと寝食を共にするというわけにはいかないが。お父上にも城内で暮らしてもらい、きみが会いたい時にいつでも会えるよう手配しよう。王都であればきっとここより腕のいい医者がいるから、お父上のご病気も改善するかもしれない」
その提案に、ミーアの心は揺れた。彼女の決意が揺らいだその一瞬の隙を突くように、リオンはさらに言葉を続ける。
「王太子妃のお父上ともなれば、もちろん手厚く迎え入れよう。体に負担のかかる仕事をせずとも、今より楽な暮らしができる。王族と同じように、身の回りの世話は下働きの者に任せればよいのだからな。お父上にとっても、悪い話ではないと思うが」
ミーアの表情が分かりやすく変わるのを見て、リオンはにっこりと笑顔を見せた。
「きみは、私が想像していたよりもずっと聡明な女性だ。私としても、妻にするのならきみのようなひとがいい。愛のない婚約だと思うかもしれないが、お父上のためと思えば耐えられるのではないだろうか」
「それ、は……」
「なにも、私のことを今すぐ愛せなどとは言わない。私たちは星のお導きのもと、たった今知り合ったばかりなのだ。ゆっくり、お互いを知っていけばいい」
言いながら、リオンがそっとミーアの小さな手をとる。緊張からかミーアの手は氷のように冷たかったが、リオンは顔色ひとつ変えずにその手をぎゅっと握りしめ、戸惑いに揺れる彼女の瞳を覗き込んだ。
「ミーア。私と、結婚してくれないか」
真剣なその申し出に、ミーアは否定の言葉を返すことができなかった。
何も知らず、平和に過ごしていたあの時に戻りたいと思ったけれど、現実逃避をしている暇はない。ミーアが隣に立つリオンの方を見上げると、彼は困ったように眉を下げた。
「すまないね。突然のことで、きみも驚いただろう」
「は……はい。正直なところ、まだ信じられません」
「はは、そうか。だが、そろそろ信じてもらわなくてはな。私は本気で、きみを妻にしたいと思っている」
黄金に輝くリオンの瞳が、ミーアを捉えている。こんな美しい容姿の男に――いや、この国の王子に最下層の民であるミーアが求婚されるだなんて、誰が想像できただろう。どこか非現実的なこの状況に、ミーアは小さく嘆息した。
「気がかりなのは、お父上のことかな」
「え……」
「自分で言うのも何だが、きみが私との婚姻を渋る理由が今ひとつ理解できなくてね。ここに来た時点で、すぐに良い返事をもらえると思っていたんだが……それなのにきみは、私の求婚を断ろうとしている」
「も、申し訳ありません……! 不敬なことだとは、百も承知ですが」
「ああ、責めているわけではないよ。ただ、本当の理由を聞かせてくれないか。お父上の前では話せないこともあるだろう」
リオンが「二人きりで話したい」と言い出した訳を知り、ミーアは小さく息を詰める。しかし、このまま黙っていてもリオンは引き下がらないだろうと判断して、ゆっくりと口を開いた。
「……先ほどお話ししたことも、本当です。私は、父とこの場所で今のままの暮らしがしたい。ただ、他の理由を挙げるとすれば……父が、心配なんです」
「ほう。それはなぜ?」
「父は長年の苦労がたたって、数年前に病を患いました。その病のせいで、毎日薬を飲まなければいけないほどなのです。それに最近では、肩や腰が痛いと言ったり、視力が落ちてきたり……これから先、どんどん年老いていく父を置いて結婚するだなんて、私にはできません。まして、遠く離れた王都へ行くなんて……」
俯きながらも、ミーアは素直な胸の内をリオンに話した。
あまりにも急すぎるこの話を、ミーアはまだ自分のこととして受け入れられていなかった。結婚について漠然としか考えたことがなかったのに、いきなり「妻となってほしい」と言われてもピンとこないのが本音だ。その相手がこの国の王子であるというのも、なおさら受け入れ難い。
ただ、「城に来てほしい」という一点だけに集中して考えたら、ミーアにとって気がかりなのはやはり父のことだ。はっきり言って、突然目の前に現れた王子よりも、苦労を重ねながらずっと二人で生きてきた父を選ぶのは当然だろう。
リオンは考え込むミーアをじっと見つめ、ぼそりと呟くように言った。
「……きみは、親孝行な娘だ。では、これではどうかな? お父上も一緒に、城で暮らしてもらうとしたら」
「えっ……」
「さすがに同じ部屋で、ずっと寝食を共にするというわけにはいかないが。お父上にも城内で暮らしてもらい、きみが会いたい時にいつでも会えるよう手配しよう。王都であればきっとここより腕のいい医者がいるから、お父上のご病気も改善するかもしれない」
その提案に、ミーアの心は揺れた。彼女の決意が揺らいだその一瞬の隙を突くように、リオンはさらに言葉を続ける。
「王太子妃のお父上ともなれば、もちろん手厚く迎え入れよう。体に負担のかかる仕事をせずとも、今より楽な暮らしができる。王族と同じように、身の回りの世話は下働きの者に任せればよいのだからな。お父上にとっても、悪い話ではないと思うが」
ミーアの表情が分かりやすく変わるのを見て、リオンはにっこりと笑顔を見せた。
「きみは、私が想像していたよりもずっと聡明な女性だ。私としても、妻にするのならきみのようなひとがいい。愛のない婚約だと思うかもしれないが、お父上のためと思えば耐えられるのではないだろうか」
「それ、は……」
「なにも、私のことを今すぐ愛せなどとは言わない。私たちは星のお導きのもと、たった今知り合ったばかりなのだ。ゆっくり、お互いを知っていけばいい」
言いながら、リオンがそっとミーアの小さな手をとる。緊張からかミーアの手は氷のように冷たかったが、リオンは顔色ひとつ変えずにその手をぎゅっと握りしめ、戸惑いに揺れる彼女の瞳を覗き込んだ。
「ミーア。私と、結婚してくれないか」
真剣なその申し出に、ミーアは否定の言葉を返すことができなかった。
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