【R18】定時過ぎたら下克上!〜イケメン新入社員はバリキャリ女子を溺愛したい〜

染野

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9.牛丼と会席料理③

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 慌ただしく牛丼を食べ終えた二人は、これから打ち合わせをするデザイナーのオフィスに向かっていた。
 帰宅ラッシュの波に逆らいながらオフィス街を歩いていると、目的のビルを見つけて明希は立ち止まる。

「このビルの13階ね。八千穂さんはうちのブランドの立ち上げ当時からお世話になってる方だから、くれぐれも失礼のないように」
「は、はいっ」

 八千穂やちほコウは、明希が今関わっている自社ブランド"Citrineシトリン"のロゴデザインを手がけたグラフィックデザイナーだ。最近では百貨店のイベントポスターや大手企業のCMなどにもデザインを提供している売れっ子で、今回はそんな八千穂に新商品のパッケージデザインを依頼するために約束を取り付けたのだ。
 粗相のないようにと明希が念押しすると、たちまち立岡の顔に緊張が走る。それを見た明希が慌てて「緊張しすぎないでね」と付け足したけれど、立岡は見るからに縮こまってしまった。

「ご、ごめん、ビビらせるような言い方して! 大丈夫だよ、気さくな感じの人だから。この業界では有名人なんだけど、偉ぶらないし明るいし、きっと立岡くんのことも気に入ってくれると思う」
「ほ、本当ですか……?」
「うん、大丈夫! だからほらっ、もっと自信のある顔して! にこーって!」
「わっ、な、なかひゃとへんぱいっ」

 青ざめかけていた立岡の頬をむにっと引っ張って無理やり口角を上げる。少しでも緊張を解そうと、明希は頬をつねったまま自分もにっこりと笑ってみせた。

「最初なんだし、いつもみたいに元気に挨拶すればそれでいいから。立岡くんなら大丈夫!」
「はっ……はい。ありがとう、ございます」

 立岡がやっと笑みを見せたのを確認して、明希はぱっと手を離した。白い頬につねった痕が残ってしまったが、たぶんエレベーターに乗っているうちに消えるだろう。
 そして、目当てのオフィスの前に辿り着くと、明希は立岡にちらりと目配せしてからそのドアを開けた。

「失礼します。19時に約束した中里ですが……って、あれ? 誰もいない?」

 オフィス内はがらんと静まり返っていた。確かに業務時間外ではあるが、きちんと連絡を取り合って約束を取り付けたはずである。明希は誰もいないオフィスに向かって何度か声をかけてから、首を傾げながら手帳を確認する。

「おっかしいなあ……確かに、今日のこの時間にってお願いしたんだけど」
「日程変更のメールも来てないんですよね?」
「うん。それに、誰もいないってのもおかしいよね」

 どうしたものかと立ち尽くしていると、背後でさっき明希たちが乗ってきたばかりのエレベーターのチャイムが鳴る。それに気付いた二人が揃って振り向くと、今まさに探していた八千穂本人が息を切らしながらエレベーターから降りてくるところだった。

「あーっ、ごめんごめん! 待たせちゃったかな」
「八千穂さん! よかったぁ、打ち合わせの日にち間違えたかと思っちゃいました」
「ごめんね、事務所の中真っ暗でびっくりしただろ。実は今日、ビルのメンテナンスがあるとかで、そろそろここ閉めないといけないんだ」
「えっ!? じゃあ、打ち合わせは……」
「資料は俺が持ってるし、この近くの店でもいいかな? ちょうどいい時間だし、飯でも食べながら話そうよ」

 そう言って八千穂は、くるりと身を翻して再びエレベーターに乗った。明希と立岡もそれに続いて慌てて乗り込んで、エレベーターはまた一階へと降りていく。

「俺の馴染みの料理屋なんだけど、個室があるからそこを予約してあるんだ。小さい店だけど、なかなか美味しいんだよ」
「えっ……あ、そうなんですねっ」
「そっちの彼が、メールで言ってたアシスタント君? 若いねえ、大学卒業したばっかりってとこかな」
「は……はい! 初めまして、立岡純と申します!」

 立岡がいつものようにはきはきと挨拶をすると、八千穂はそんな彼を眩しそうに見つめた。確か八千穂は三十代後半だと言っていたから、初々しさ満点の立岡を見て明希と同じような感想を抱いているのだろう。
 それよりも、明希は先ほど八千穂が言った「飯でも食べながら話そう」という提案に不安を覚えていた。
 話によると、これから八千穂の行きつけの店に向かうようだが、明希たちはつい先ほど夕飯を済ませてきたばかりだ。多忙な八千穂はいつも打ち合わせを短時間で終わらせるし、その後一緒に食事をする流れになったことも今まで無かったから、何のためらいもなく牛丼をかっこんできてしまった。
 しかし、わざわざ店の予約までしてくれた八千穂に「牛丼食べてきたのでご飯はちょっと……」などと言えるわけがない。そもそも今回のパッケージデザインの依頼だって、仕事が立て込んでいるからと一度は断られたところを、どうしても八千穂にお願いしたいと明希が無理を言って頼み込んだのだ。少しでも機嫌を損ねたら、依頼を受けてくれなくなる可能性だってある。

 エレベーターを降り、ビルから出て目的の店へと歩きながら、明希は少し後ろから付いてくる立岡の方をちらりと窺った。彼も何か言いたげにこちらを見ていたようで、すぐに視線がかち合う。

 すぐそばに八千穂がいる手前、今は何も言えないので明希はただ小さく頷いてみせた。さっき夕飯を済ませてきたことは口にするな、という無言のメッセージだ。
 立岡は明希の言わんとしていることをすぐに察したようで、同じように頷きを返した。
 よかった。あとは、食事制限中だとか何とかと嘘をついて、軽めのメニューを選べばいいだけだ。お腹は満腹に近いが、ほんの少しなら入るだろう。
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