きみこえ

帝亜有花

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ほろ苦なご褒美 前編 X光年のヒカリ

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    席に着いた後、教室に副担任が入ってきて担任に耳打ちをし、何かを手渡していった。

「一部の生徒にのみ、テストに配点ミスがあった。悪いが今のは破棄して、もう一度順番に名前を呼ぶから取りに来るように」

    ほのかは何があったのだろうかと思いつつも、順番を待った。
    再度成績表を受け取ると、確かに英語の点数だけ七十八点から八十二点に変わっていた。
    そして、一番最後に書かれた学年順位を見ると、ほのかは目を見張った。
    そこには念願だった学年順位二十番の文字があった。



「そう、二十番以内になれたんだ。おめでとう」

    ほのかは放課後、真っ先にこの事を冬真に伝えた。

「月島さん、俺との約束覚えてる? ご褒美、何がいい?」

    ほのかは目標が達成出来た事に浮かれていて、ご褒美の事は今まで忘れていた。
    急に言われても何が良いかすぐに思いつく事が出来ず、ほのかは腕組みをして頭を右へ左へと傾かせた。

「まだ考えてなかったみたいだな。じゃあ何がいいか考えておいて。よっぽど無理な事じゃなければ叶えるつもりだから」

    そう言われてほのかはコクリと頷いた。



    家に帰り、ほのかはご褒美は何がいいかを悩みに悩んだ。
    気が付くと、夕方から考えていた筈なのに、夜の八時になっていた。
    このままだと何も決まりそうにないとほのかは焦った。
    そして、段々と冬真に何かしてもらうよりも、逆に勉強を教えてもらったお礼がしたいと考えるようになった。
    だが、ほのかは冬真の好みなどが全く分からず、更に頭を悩ませた。
    そこでふと、冬真と付き合いの長い陽太に助けを乞う事を思いついた。
    ほのかはスマホを取り出すと陽太にメッセージを書いた。

【こんばんは、氷室君の好き】

    な物を教えてと続けるつもりが、スマホに慣れていないほのかは途中で送信してしまい慌てた。
    もう一度書いて送り直そうと思い、まごまごと文字を打っているとメッセージに既読が付き、陽太から返事が来た。

【こんばんは】

【お、月島さんから初メッセだ!】

【冬真が好きって何? 月島さんって冬真が好きなの?】

【あ、もしかして送る相手間違えたとか?】

    ほのかは誤解を解こうとメッセージを書くも、陽太のメッセージがかなり早く、ほのかは無駄に文を書いたり消したりを繰り返していた。

【途中で送っちゃってごめんなさい。氷室君に勉強を教えてもらったお礼がしたいので、氷室君の好きな物を教えて下さい】

    今度はゆっくりと落ち着いてやっと書けたメッセージを陽太に送ると、また返事はすぐに返ってきた。

【あー、なるほどね】

【びっくりしたよ】

【冬真の好きな物かー、勉強好きだし超難関大学の参考書でもあげとけば?】

    それは本当に喜んでもらえるのか疑問に思ったほのかは冬真が参考書を貰った所を想像した。

『何? 参考書・・・・・・? ふん、こんなの一日で資源ゴミだな』

    そんな台詞を冬真なら言いそうで、ほのかは青ざめた。

【それはちょっと・・・・・・。お菓子とかは食べるかな?】

    お菓子なら手に入りやすいし、いいかもしれないと考えた。

【あー、ダメダメ】

【あいつ甘いの嫌いだから。ソーダ味のアイスくらいしか食べないよ】

    冬真は甘い物が嫌い、それは良い事を聞いたなとほのかは思った。
    危うく嫌いな物を贈ってしまうところだった。
    やはり陽太に聞いて良かったなとほのかは思った。
    こんなやり取りをしているのも友達っぽくて、なんだか嬉しくなった。

【そう言えば、あいつ星とか好きだった気がする】

【家に望遠鏡とかあったし】

    星、冬真にそんな趣味があったとは意外だとほのかは思った。

【ありがとう。なんとか考えてみる】

    そのヒントをもとに、ほのかは今度は冬真にメッセージを書いた。

【こんばんは、ご褒美の件だけど星は】

    そこまで書いてほのかは手を止めた。
    そもそも、ご褒美を貰う予定がいつの間にかお礼をしたいという風になり、ご褒美の事は全く考えていなかった。
    星も何をあげれば良いのか分からなくなり、ほのかはメッセージを書き直そうと思い画面のボタンを押した。
    だが、それは消去ボタンではなく送信ボタンだった。
    またも失敗したと後悔しているとすぐに既読のマークが付き、取り消すにも取り消せなくなってしまった。
    間違えたと書いて送ろうとした時、冬真から返事が来た。

【星? 空の?】

    冬真らしい短い文が送られ、ほのかは少し躊躇ったが取り敢えず【うん】と送り返した。
    その後、返事が来なくなり、何かまずい事を言ってしまっただろうかと心配していると、一時間後に返事が返ってきた。

【日曜日、午前10時、幸東台駅前集合】

    まるで業務連絡のようなメッセージにほのかはくすりと笑うと【了解!】と返した。
    日曜日までまだ時間はある。
    それまでに、お礼について何がいいかゆっくり考えておこうとほのかは思った。



    日曜日、ほのかは指定の駅へと走っていた。
    家でお気に入りの薄ピンクのワンピースと白いレースのカーディガンをすんなりと選んだまでは良かったが、冬真へのお礼を準備していたら待ち合わせの時間にギリギリになってしまったのだった。
    お礼をする日なのに遅れる訳には行かない。
    ほのかは陽太にも引けを取らない足をアクセル全開にし、走って、走って、走りまくった。
    そして、なんとか十時になったかと思う頃、息を切らしながら待ち合わせ場所に辿り着いた。
    目の前には既に冬真が到着していて、暇を持て余していたのか片手に文庫本を持ち読書をしていた。
    その冬真は、白のシャツに黒のジーンズと黒のジャケットを着ていて、いつもの見慣れた制服ではない為とても新鮮に感じた。

「一分四十三秒遅刻」

    冷たい表情でそう言われてほのかはショックを受けた。
    しかも、秒単位で計っていたとは流石は細かい、そう思いながらほのかはスケッチブックに【お待たせしてごめんなさい】と書いて見せた。
    そんな本気で謝る様子のほのかを見て冬真は小さく吹き出した。

「ふっ、冗談。そんなに待ってない」

    そう言って悪戯っぽく笑う冬真にほのかは妙に安心して笑った。

「っ! ・・・・・・ほら、遅れるから、もう行こう」

    一瞬面食らったような顔をした冬真はそう言ったあと、すぐに顔を背け正面を向き足早に歩いていった。
    一体どこに行くのだろうと気になったほのかは、冬真の袖を掴んだが、それに驚いた冬真はその手を振り払った。

「あ・・・・・・、ごめん。歩くの早かった?」

    ほのかは横に頭を振ると、冬真はすぐにそっぽを向いてまた歩き出した。
    ほのかはいつもと少し様子の違う冬真に不安と違和感を覚えながらも、その歩幅に遅れまいと後ろをついて歩いた。



    冬真の後ろを歩きながら辿り着いたのは、銀色の大きな地球儀を半分にして切った様な形をした建物だった。
    建物の中に入ると、入口のポスターからここで何が催されているのかがすぐに分かった。

【プラネタリウム?】

「そう、本物じゃなくて悪いけど、これがご褒美でも大丈夫だった?」

    ほのかは頭を振ると【うれしい!】と書いた。
    星ならプラネタリウムという発想が出てこなかった数日前の悩みに悩んだ自分を恨めしくも思った。
    プラネタリウムを見るのは数年振りだった為、ほのかはさっきまでの不安な気持ちも忘れキョロキョロと辺りを見回していた。
    その間、冬真はテキパキと入場券を買ったり、パンフレットを貰ったりしていた。
    冬真は券売所から戻って来ると、はしゃいでいる様子のほのかの肩を叩いた。

「月島さん、チケット買えたからこっち」

    館内に入ると、ほのかと冬真はチケットに書かれた指定の番号の席を探した。
    薄暗い中、何とかその席を見つけると二人は硬直した。
    その席は、仕切り等が無く、円形のソファの様な形をしていて、寝っ転がってもプラネタリウムを見る事が出来る・・・・・・所謂カップルシートだった。
    周りを見れば上映前に早くもイチャつくカップルだらけだった。

「・・・・・・ごめん、月島さん、二席並びで空いてるのここしか無かったんだけど、違う席買ってくる」

    そう言って行こうとする冬真をほのかは服の裾を引っ張って引き止めた。
    折角買ったのにわざわざ買い直すのは勿体ないとほのかは思った。
    それに、もうすぐ上映時間になってしまう。

【ここで大丈夫! ソファ気持ち良さそう!】

「・・・・・・そう、ならいいけど」

    ほのかはソファに座ると予想以上に柔らかい感触で、雲にでも包まれた心地だった。
    冬真が隣に座るとソファは更に沈み込み、緊張で体が強ばった。
    二人がソファに寝っ転がった体勢になると、館内はすぐに暗くなり、暫くするとドーム状のスクリーンに、ゆっくり、一つ一つ星が浮かび上がった。
    ほのかは隣に居る冬真を横目で見ると、真剣にプラネタリウムを見ている様子だった。
    少し身動きをするとほのかの手は冬真の手に触れた。
    冬真の手はピクリと反応すると、すぐにほのかの手から離れた。
    ほのかは自分でああ言っておきながら、今までにないこの距離感に今更恥ずかしくなり、心臓の鼓動も次第に早くなっていった。
    この胸の早鐘と緊張を紛らわる為に、冬真を見習って星々に集中しようとほのかは思った。
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