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序章

プロローグ

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 魔法――。

 この世界の人間は、魔法という力を使うことができる。

 魔法の力は、影響が大きいもの、小さいもの、多種多様だ。火を起こしたり、水を発生させたり、雷を起こしたり、物を浮かしたり……。伝説では、半径3kmのクレーターを作った魔法を詠唱した者もいたとか。

 そんな魔法を使用する際に用いられるエネルギーのようなものがある。それが魔力だ。
 魔力は、一般的に人が生まれるときに持っているものである。しかし、例外もある。生まれ持って、魔力を持っていない人も極稀に存在するのだ。

 この物語の主人公、ガレアもその一人。

 彼は、魔力を持っていないのに加えて髪の色も珍しかった。

 黒髪――。

 彼の持つ綺麗な黒髪は、この世界では非常に珍しく、美しいものとされている。
 ある王様は、貧乏な黒髪の少女に一目惚れした。その少女は、王様のお嫁さんになって幸せに暮らした。そんな話があるぐらいだ。

 だが、ガレアは逆だった。
 ガレアは、黒髪のせいで不幸になったのだ。

 ガレアの幼ないころ――
 彼の綺麗な黒い髪を目当てに盗賊がガレアの家を襲った。
 両親は、ガレアを守ろうと、襲い掛かる盗賊に成すすべもなく殺された。幼いガレアは、その光景を目のあたりにし自分の黒い髪を呪った。自分の黒い髪を目当てに盗賊が襲ってきたのだから。自分さえ産まれてこなければ両親は死なずに済んだのに。ガレアは、理不尽なこの世界を恨んだ。

 そんなときだ、彼の目の前で薄ら笑いをしている盗賊が背中から血しぶきをあげて倒れたのだ。
 ガレアは、何事かと思った。だが、両親を失ったこの世界を生きたいとは思えなく、どうでもよかった。助かることすら望んでいなかったのだ。全てがめんどくさかった。

「うわ、ひどい有様だな。間に合わなかったか……ん、子供?、それに黒い髪……。なるほどなぁ」

 盗賊が倒れたところに、赤い髪をした綺麗な女の人が現れた。
 ガレアは、ふと現実に帰り、目の前の光景、自分についた返り血を認識すると強烈な吐き気を催した。
 胃の中の物が自分の喉を逆流するのにたまらず、吐き出した。

「オ゛エ゛ェェェェェェ」

 ガレアが吐き終わると、女の人は、ガレアに近づきガレアを優しく抱きかかえた。

「君とは話がしたい。場所を変えよう 【テレポート】」

 女の人がそう言うと、周囲の景色が一気に変わり、人の死んだ臭い、血の臭いが薄れた。自分に纏わりつくものだけとなった。
 周りには、机や椅子、本棚に暖炉と生活感のある部屋だった。

「ここは、私の部屋だ。まずは、シャワーでも浴びて体を綺麗にするといい。案内するよ」

 ガレアは、女の人の言われるままに動いた。
 風呂場に案内されると、服を脱ぎ、シャワーを浴びた。
 温かいシャワーのお湯を浴びると、ホッと落ち着いたのかガレアの目から涙が溢れた。
 ガレアは全てを失ったのだから。

 シャワー浴び、風呂場を出ると、自分が着ていた服が綺麗になって置かれていた。
 それを着て、案内された道を戻った。
 もといた部屋に入ると、女の人が台所に立っていた。鍋を煮込んでいて、スープを作っているようだった。
 女の人がガレアの存在に気づくと、鍋の火を消してガレアのもとにやってきた。

「お、サッパリしたか?服は、私が綺麗に洗って乾かしておいたぞ」

 と、笑顔でガレアに話しかける。

「……ありがとうございます」

 ガレアは小さな声で感謝の言葉を告げた。

「そうだ、自己紹介がまだだったな。私は、アルディア。魔法使いだ」

「……ガレアです」

 ガレアが名前を告げると、アルディアは満面の笑みでウンウンと頷いた。

「ガレア、これから私と一緒に暮らさないか?」

 ガレアは、アルディアの申し出にびっくりした。だが、この申し出を嬉しくは思ったが、受けようとは思えなかった。ガレアは、この世界にうんざりしたのだ。全てを失ったガレアに未練もない。
 ガレアは、両親のもとに行きたかった。両親と一緒に暮らしたかった。両親と楽しく笑いたかった。お父さんともっと遊びたかったし、お母さんにいっぱい甘えたかった。

「……嫌です。僕は両親のところに逝きたいです」

 アルディアの顔からは、笑顔が消え、悲しみの色を眉の間に漲らした。

「そうか。だけど君は生きなければいけないよ」

アルディアは、静かに告げた。

「どうして?」

「君の両親は、君を守るために死んでいったんだ。自分の命より君の命が大事だったんだよ。だから、君は両親の気持ちに応えきゃいけない。どんなに辛くても、亡くなった両親の分も精一杯生きなければいけない」

 ガレアは、アルディアの言葉が胸に染み渡った。自然と涙がこぼれた。こんなに悲しくて嬉しい気持ちになったのは生まれて初めてだった。ガレアの足は崩れ、その場で倒れこみ、泣きじゃくった。
 アルディアは、そんなガレアを見つめてた。

 しばらくすると、ガレアの涙は枯れ、泣き止んだ。
 アルディアは、ガレアに近づき、同じ目の位置に届くまでしゃがんだ。

「ガレア、一緒に暮らそう。君は一人じゃない。私がママ代わりになってあげよう」

「よろしくお願いします。でも、ママ代わりにはならくてもいいです」

 ガレアは、クスッと笑ってそう言った。アルディアも一緒に笑った。

「さぁ、温かいスープがあるからそれを飲もう」

「分かりました」

 ガレアとアルディアは、温かいスープを一緒に飲んで眠った。

 ガレアの目に映る絶望の色は薄れ、希望の色が少しだけ見えた。ガレアは不安と悲しみと少しの希望を胸に明日を生きようと思った。


 
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