水面の下で、魔法少女

冬木 誠

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第一章 少女と澱

第二話 水音のない日々

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 教室の窓際、最後列。
 水無瀬結花は、そこに座っている。

 日差しが教科書を照らしていたが、彼女は開いていなかった。
 黒板を見ているふりをして、見ていなかった。
 ノートに書き込んでいるふりをして、文字は意味を成していなかった。

 彼女はただ、「学校にいるべき存在」として、そこにいた。

 休み時間になった。

 周囲の女子たちが話す声。
 笑い声。軽い嫉妬。人間関係の駆け引き。

 すべてが、彼女にとっては“ノイズ”だった。
 うるさいとは思わない。
 ただ、関係がなかった。

 彼女の席に話しかけてくる者はいない。
 別にいじめられているわけではない。
 そもそも、「話すべき対象」として誰の認識にも引っかからないのだ。
 家にいたとしても、空っぽの部屋があるだけだった。

 昼休み、屋上。
 風が吹いて、髪が揺れる。

 ひとりでパンを食べている。味はしない。
 本当は何も食べなくてもいいんじゃないかと思ってる。

 それでも、“普通の生徒”として過ごす。
 周囲が望むように、トラブルを起こさず、授業に出席して。

 そのすべてが――演技ですらなかった。



 誰かに褒められたくて頑張った過去もあった。
 友達が欲しかった時期もあった。
 優しい人がいた。大切な人も、たった一度だけいた。

 でも、それらはすべて過去。
 そして、すべて壊れた。

 だから、水無瀬結花には、もう“期待”も“願い”もなかった。

 夕方、帰り道。

 団地の隅、古びた公園のブランコに座る。
 誰もいない。鳥の声だけが遠くで響いていた。

 そのときだった。

 遠くから――聞こえた。
 泣き声でも、怒鳴り声でもない。
 もっと、深く、鈍く、地を這うような音。

 結花は立ち上がる。
 誰もいないはずのベンチに、わずかに揺れる“黒い靄”が見えた。


 それは、誰かの“感情”だった。
 きっと、昨日か今日、この場所で否定された“何か”が残っていた。

 誰にも届かなかった言葉。
 誰にも気づかれなかった想い。

 それが、蓄積して、“澱”になろうとしていた。

「静かにして」

 結花は、小さくそう呟いた。

 声は風に紛れ、誰の耳にも届かなかった。
 そして黒い靄は、音もなく、その場から**“消えた”**。

 水無瀬結花の一日は、こうして終わっていく。

 何かを守ったわけでもない。
 誰かに感謝されるわけでもない。
 ただ、“起こる前に終わらせた”だけ。

 彼女の存在は、誰にも知られず、誰の心にも残らない。

 それでも結花は、明日も同じように、
 澱が発生する気配を追い、
 静かに、消していく。
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