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第一章 少女と澱
第四話 この声が届かないとしても
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あたりが灰色に染まる。
放課後の住宅街、遊歩道脇の小さな公園。
誰もいないベンチ。壊れかけた滑り台。
その影から、黒い“塊”が生まれていた。
澱(おり)。
感情の残り滓。
否定され、放置され、押し殺された言葉の沈殿。
澪音はそれを見ていた。
気配を読んだわけでも、音を聞いたわけでもない。
ただ、“そこにある”と知っていた。
彼女は一歩、前に出る。
影が、足元から伸びる。
それは地面を這うように動き、空間ごと薄く揺らす。
能力名:気配(けはい)
遠野澪音の魔法は、“視線に映らない存在”として振る舞うこと。
彼女が動くと、敵は彼女を見失う。
彼女が意志を放てば、気配が周囲を覆い隠す。
敵の“澱”は人型ではない。
手足も、顔も、明確な輪郭もない。
けれど、それは確かにこちらを狙っている。
澪音の姿が、ふっと消えた。
空気が少しだけ沈む。
そして次の瞬間、影が“澱”の動きに食い込んだ。
刹那、動きが止まる。
“澱”は、敵意や殺意のような情報でしか反応できない。
その“情報”自体を奪われれば、ただの残響に戻る。
けれど――
「……ちょっと遅いよ」
声が飛んだ。
フェンスの上、制服姿で立つ花鷹しずく。
笑っているような顔。だが、目は冷たい。
「あんたが静かにやってるうちに、街ひとつ潰れるよ」
彼女の手には、傘の骨のような魔具。
一振りすると、空気が焼けるような音がした。
能力名:毒(どく)
しずくの魔法は、“嫌悪”という感情そのものを、対象に投げ返す。
敵の敵意を吸収し、毒として返す。
つまり、攻撃されるほど、強くなる。
彼女は笑う。
「さ、来なさいよ。こっちはイラついてんのよ」
“澱”が飛びかかる。
しずくは傘を広げるように一閃。
黒い霧のような感情が跳ね返され、空間にばちばちと音を立てて砕ける。
「もっとだ。もっとぶつけてこいよ。わたしがどれだけムカついてるか、教えてやる」
その刹那、空気が――止まった。
しずくの肩に、違和感が走る。
澪音も一歩、下がる。
“澱”の気配が、急速に“薄くなる”。
誰かが、立っていた。
ブランコの影。
風に揺れる黒髪。
何も持たず、構えもなく、ただそこに。
水無瀬結花。
彼女は“澱”に何も仕掛けていなかった。
攻撃も、抑制も、観察もしていない。
ただ――一言だけ。
「……静かにして」
次の瞬間、“澱”がいなくなっていた。
崩れたのではない。消えた。
圧縮でも蒸発でもない。“存在しなかった”かのように、ただ空気が戻っていた。
一瞬、澪音が息を止めた。
しずくがわずかに舌打ちする。
(あれ……なんだよ)
それは魔法の発動ではないように見えた。
魔力の奔流も、詠唱も、衝突もなかった。
ただ、**世界から“なかったことにされた”**という事実だけが残った。
澪音の影が、かすかに揺れていた。
しずくの毒が、戻るべき対象を失って揺らめいていた。
そして結花は、また歩き出していた。
誰にも何も言わず、何も見ようとせず、ただ――その場を去っていく。
次のページへ、空気がめくれていくように。
ただ、その場に残された少女たちの胸には、
「理解不能な力」ではなく、
「見てはいけないものを見た」ような感触だけが残っていた。
放課後の住宅街、遊歩道脇の小さな公園。
誰もいないベンチ。壊れかけた滑り台。
その影から、黒い“塊”が生まれていた。
澱(おり)。
感情の残り滓。
否定され、放置され、押し殺された言葉の沈殿。
澪音はそれを見ていた。
気配を読んだわけでも、音を聞いたわけでもない。
ただ、“そこにある”と知っていた。
彼女は一歩、前に出る。
影が、足元から伸びる。
それは地面を這うように動き、空間ごと薄く揺らす。
能力名:気配(けはい)
遠野澪音の魔法は、“視線に映らない存在”として振る舞うこと。
彼女が動くと、敵は彼女を見失う。
彼女が意志を放てば、気配が周囲を覆い隠す。
敵の“澱”は人型ではない。
手足も、顔も、明確な輪郭もない。
けれど、それは確かにこちらを狙っている。
澪音の姿が、ふっと消えた。
空気が少しだけ沈む。
そして次の瞬間、影が“澱”の動きに食い込んだ。
刹那、動きが止まる。
“澱”は、敵意や殺意のような情報でしか反応できない。
その“情報”自体を奪われれば、ただの残響に戻る。
けれど――
「……ちょっと遅いよ」
声が飛んだ。
フェンスの上、制服姿で立つ花鷹しずく。
笑っているような顔。だが、目は冷たい。
「あんたが静かにやってるうちに、街ひとつ潰れるよ」
彼女の手には、傘の骨のような魔具。
一振りすると、空気が焼けるような音がした。
能力名:毒(どく)
しずくの魔法は、“嫌悪”という感情そのものを、対象に投げ返す。
敵の敵意を吸収し、毒として返す。
つまり、攻撃されるほど、強くなる。
彼女は笑う。
「さ、来なさいよ。こっちはイラついてんのよ」
“澱”が飛びかかる。
しずくは傘を広げるように一閃。
黒い霧のような感情が跳ね返され、空間にばちばちと音を立てて砕ける。
「もっとだ。もっとぶつけてこいよ。わたしがどれだけムカついてるか、教えてやる」
その刹那、空気が――止まった。
しずくの肩に、違和感が走る。
澪音も一歩、下がる。
“澱”の気配が、急速に“薄くなる”。
誰かが、立っていた。
ブランコの影。
風に揺れる黒髪。
何も持たず、構えもなく、ただそこに。
水無瀬結花。
彼女は“澱”に何も仕掛けていなかった。
攻撃も、抑制も、観察もしていない。
ただ――一言だけ。
「……静かにして」
次の瞬間、“澱”がいなくなっていた。
崩れたのではない。消えた。
圧縮でも蒸発でもない。“存在しなかった”かのように、ただ空気が戻っていた。
一瞬、澪音が息を止めた。
しずくがわずかに舌打ちする。
(あれ……なんだよ)
それは魔法の発動ではないように見えた。
魔力の奔流も、詠唱も、衝突もなかった。
ただ、**世界から“なかったことにされた”**という事実だけが残った。
澪音の影が、かすかに揺れていた。
しずくの毒が、戻るべき対象を失って揺らめいていた。
そして結花は、また歩き出していた。
誰にも何も言わず、何も見ようとせず、ただ――その場を去っていく。
次のページへ、空気がめくれていくように。
ただ、その場に残された少女たちの胸には、
「理解不能な力」ではなく、
「見てはいけないものを見た」ような感触だけが残っていた。
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