華の世 ～蓮の国物語～

第二部 夢源華守姫のノエシス

　それから幾年の月日が流れ、蓮華という女性が伝説へと変わった頃。

　
　蓮華様の伝説を後継する童が誕生します。
　
　
　家族や町民の愛情を受け快活に育ったその子こそ【現人神の末裔】であり、【予言の子】蓮華様の力を無辺に承継する者でした。
　
　
　その子は自身の宿命が明らかになると『自分が華の世を、いや華の世に生きる大切な人達を救えるならば』と、その一心で蓮華様の意思を継ぐ事を決意したのです。
　
　
　予言の子は旅に出ます。
霊山でアヤカシと出会い、海原を渡り、根の国では死者と巡り合いました。そのような不思議な邂逅と別れを繰り返し、そして──その末に、

「龍神様、約束の通り【如意宝珠】を授かりに参りました」
　
　龍神様のそのお姿を拝する事になったのでした。


『あの時の人の子の族か。良いだろう。汝に如意宝珠を与えよう。しかし、それに当たって一つ予言がある。汝の願いは人の身にはいささか過ぎたものである。願いを叶える対価として汝の身は魂を失い、その魂は【華守姫】へと昇華され神の国の門を跨ぐ。華の世に帰還するすることは永久とこしえに不可能である。隣人が恋しくなることもあろう。目下ならば思いとどまる事も可能ではあるが？』
　
　との龍神様の警告にも、
　
「龍神様、お言葉ですが、私は全て覚悟の上でこの場に立っているのでございます。たとえ、この身を失おうと、それで華の世を救えるならば、それは本望。これは、生まれでた時から負った天命とは何の縁の無いただの私の我が儘。今さらこの願いを取り止めるなど、私の本懐に反するものです」
　
　そう彼女の心は揺るぎません。
　
『フッ、華の世全てを巻き込んだ我が儘、か。どうやら、汝は余程の太平楽と見える』

「ふふ、相違ありません」
　
　龍神様が笑い、彼女もそれに同調しました。
　
『……良い覚悟だ。さぁ、手を差し出せ。宝珠は汝の如何なる願いをも叶えるであろう』
　
　【予言の子】は龍神様から如意宝珠を受け取り、己のたった一つの願いを珠に込めます。
　
　永遠の世、自身の理想郷、守りたい人々。それらが入り交じった、たった一つの大切な願いを。
　
　
　願いを込め終え、少女はその場に崩れ落ちました。珠の働きにより、心と体を切り離され【予言の子】は深い眠りについたのです。
　
　
『彼女の夢路に幸多からんことを』
　
　龍神様の呟きを聞く者はもう、そこには居ませんでした。
　
　
　こうして、【予言の子】は夢源華守姫となり、彼女の統治する、夢源華の世が誕生したのです。夢源華の世は夢源華守姫の明晰夢であり、華守様は、その意思作用ノエシスをもって、永久とわに華の世を守護していてくださる、ということです。
　
　そう、【予言の子】は華の世を終わりから、解き放つことが出来たのでした。

──鳴呼。夢源の華のなんと美しき事か。