夢源華守姫のノエシス

巴要

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就中の義務

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☆昼休み

 教室内では、生徒達は各々自由にTCG をやったり、呼び出した【ファミリア】に食器を片付けさせたりしている。
 
 そんな喧騒の中五月は机の左右から狐松明、豆狸の注視を受け二と目交めまぜし、頷いてから、空の食器を前に目を瞑り、逆手に持ったスプーンに左手を添え、念を込める。

「曲がれ~……曲がれ~……!」

「やめろ、恥ずかしい」

 その様子を半目で見ていた醒夜が五月の頭にチョップを食らわした。
 
「イタッ、もう、醒夜くん何するの」

「人の行いを非難する前に、まず、自分の行いをかえりみろ」

「うん? あぁ、特訓メニュー第ニ三番《実践! メジャーな念動力》のこと?」

「そうだ、言っとくが、すげぇ恥ずかしいぞ、それ。というか従妹として俺が恥ずかしい。五月、そういう能力? まぁ、そういうのは【備わっているか、いないか、だ】気合いでどうこう出来るもんじゃないと思うぜ?」
 
「ふふーん、流石の醒夜くんもこっち方面の知識はまだまだみたいだね? 例えば、スターゲイト計画。冷戦時のアメリカが、スタートさせたとされるこの計画のその目的が訓練による超能力の養成だったんだって、養成された元メンバーは大使館占拠事件にて大使館内部を見事透視したって聞いたよ。それにね私の調べによると、脳には未だブラックボックスな点が多く存在していて、その中でも松果体は古より第三の眼の正体として語られているんだ。PSI 能力者の脳から検出された強い電磁波。──【霊子場】が霊子をやりとりするメカニズムの因子も松果体にあるんだって」
 
「……だいぶ知識がかたよってるな。つまり要約すると、松果体を鍛えれば超能力が身に付く可能性は誰でもある。そう言いたい訳だな。……お前の詭弁家ソフィストっぷりには、俺も舌を巻くぜ。呆れを通り越して畏敬の念すら抱きそうだ。よく物理学での三割程度の根拠しかないサイ科学の部分を長々と、しかも得意げに喋れたもんだな」

 訳知り顔の五月に呆れ顔で返す醒夜。

「き、詭弁じゃないもん! それに、こう……理屈じゃないんだよ。信じて行動する事そのものに意義があるんだよ? 願望の設定はあらゆるものの達成の出発点なの。沢山の偉人達がセレンディピティ、偶然の幸運を引き寄せる力を持っていたくらいなんだから。私、信じてるんだ。目的に向かって『前進』する想いは、きっと『希望』を引き寄せる力を持っているんだって。お母さんから教えてもらった大切な言葉……それが私の人生の指針なんだ」
 
「ガーベラの花言葉、か。はぁ……本当に変わらないな。馬鹿で猪突猛進、愚直なのも。中学に入ったらもう少し落ち着くと思ったが。……ま、仕方ないな。五月だからな」
 
 醒夜が諦めたように、苦笑しながら告げた台詞は、思いの外まろい。
 
 五月は『ぐ、愚直……今日で二回目なんだけど……』と項垂れていたが。
 
「……俺は普通でいられるなら普通でいた方がいいと思うがね。代々神通力を継承する、【現人神】の系譜である至宝の性を持つお前には言わずもがなな話だとおもうが【特別】な力や肩書きには、相応【重み】と【義務】が付きまとう。……めんどくせー話だ」
 
(特別であることの重さ、か。私は憧れの方が強いかなぁ……でも、醒夜くん自身はどうなんだろう……醒夜くんだって財閥の跡取りなんだし……私に言ってること、そっくりそのまま当てはまるんだよね)

 泰然と語る醒夜の表情から、その所懐を窺い知ることは出来ないが、彼にも【就中なかんずくの義務】による悩みの一つや二つあるのではないだろうか。表に現さないだけで。
 
「おい、五月? どうした?」
 
「……え? あ、う、うん。ごめん、ちょっと考え事しちゃってたよ」 
 
「考え事……? PSI 関連の内容か?」 
 
(叔父さんとの関係もそうだけど、醒夜くんって自分について語りたがらないからな。いっつも仄めかす程度で。……うん、この流れに乗ってさりげなく聞いてみよう)
 
「ち、違うよ。ほら、さっきの話。醒夜くん自身はどうなのかなーって。やっぱり醒夜くんもそういった立場に【重さ】を感じる事ってあるんじゃないの? 長い付き合いだけど、醒夜くん、そういった話、全然しないから」
 
 「…………」

 五月の問い掛けを受け、醒夜はしばらく緘口かんこうする。
 
 ──そして、彼はやおらに五月の額の方へと腕を伸ばすと──
 
 会心の一撃(デコピン)を見舞った。
 
「痛いっ!?」
 
「侮るんじゃねーよ。この月影、とうにその辺には折り合いがついてる。そんな事にお前のお粗末な容量の脳を可動させるくらいなら、【ストラッグル】(TCG ノエシスのバトル)で俺を倒す算段でも練ってる方が有意義ってもんだぜ?」
 
 醒夜のポンチョの内側から、マトリックスが流れ出、彼の手元に収束し、やがて一枚のカードが作り出される。そのカードをひらり、と弄びながら醒夜は豪語した。
 
(うーん、なんだか、うまくお茶を濁された気もするけど……って、ストラッグル……?)
 
「……っあ! そうだ、ストラッグル──勝負だよ! 醒夜くん!」
 
 五月はそこで朝した勝負の約束に思い当たり、猛然とふるいたった。
 
「ようやく思い出したか。で、どうする? お前のアホな行動とアホな熱弁に付き合ったせいで、だいぶ時間に余裕がなくなったわけだが」
 
 醒夜は備え付けられた時計を指し示す。
 
「う……大丈夫だよ。一戦くらいの時間はあるって。場所は、見通しのいい屋上にしよう」
 
「OK 。じゃ、善は急げだ。とっとと行くぜ」 

 醒夜は席を立つと、五月の襟首をむんずと掴まえ引きずるように屋上に足を向ける。
 
「わゎっ! 引っ張らないでよ!」 
 
 五月のたたらを踏みながらの訴えもむなしく、彼女は半ば屋上に連行される形になり──狐松明達が、あわてて机から飛び降り、その跡を追ったのだった。
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