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スパダリ?すぎて婚約破棄されました

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学園の卒業式が終わり、式のあとは卒業生と関係者のみのプロムナードが行われる。
各々がお洒落をし、きゃあきゃあと楽しそうにはしゃいでいる中、ヘイゼル・アンブルは溜息をつく。

ヘイゼルの憂いを帯びた溜息に、周りにいた女性達が頬を赤らめて見蕩れているなんて知る由もなく、一人思い悩んでいた。

最近婚約者の様子がおかしい。
同い年の婚約者に、出会った当初からあまり好かれていなかったのは自分でもわかっている。
それでも良好な関係を築こうと頑張ってきた。
しかし、今年に入ってからは一層避けられている気がする。
いや、気がするでは無い。避けられている。

婚約は家同士の契約だし、あちらから持ちかけてきた婚約話だ。
家格の低いアンブル家からは断りにくかった。
両親は悔しそうにしていたし、兄や姉は呪い殺そうと日々励んでいた。
さすがにそれは辞めてくれと止めたが、自分自身も婚約者のことはそんなに好きでもなかった。

そうは言っても卒業後には結婚しなければならない。

だからこそ歩み寄って婚約者のことを知ろうと、仲を深めようと頑張ったのだが…。

会場に人が集まり始め、ヘイゼルも思考を切りかえて婚約者を探すことにした。
避けられているから中々捕まらなかったのだが、さすがに会場には居るだろうと思って待っていたのだ。

人波の中、ヘイゼルが歩を進める度に周りからは感嘆の溜め息が漏れる。
女性からは熱い視線、男性からは嫉妬混じりの視線だが。

そう、ヘイゼル・アンブルは周囲から全てにおいて完璧な人物であると評価されるほどの人間であった。

高めの身長に艶のある黒髪、けぶるようなまつ毛からのぞく瞳は澄んだ翠眼。対峙した相手は、その瞳の美しさに全てを見透かしているような錯覚に陥るほど。
女性達はその瞳に見つめられたくて、競うように話しかけていたが、実際に見つめられると恥ずかしくなってよく目を逸らしていた。
高くもなく低くもない柔らかな話し声は耳心地が良く、ヘイゼルが発言する度に蕩ける女性も多発した。
普通ならば極上の容姿に比例して性格も悪くなりそうなものだが、ヘイゼルはかなりの人格者であった。
困っている人を見つければすぐに手を差し伸べ、努力も厭わず、自身にできることを精一杯成そうとする姿勢には老若男女問わずに高く評価されている。正に文武両道を地で行っているのだ。

だが、それこそが婚約者に嫌われる要素になっているなんて本人すら思っていなかった。

ヘイゼルはようやく探していた人物を見つけ、足を速めた。

「ようやく見つけた。先程から探していたんだ…ん?」

婚約者に声をかけると、眉をしかめて嫌そうにこちらを振り返ったが、その横にはヘイゼルには見たことの無い人物が寄り添っていた。

「え……と…どちら様かな?」
「ヘイゼル。今日は君に伝えたい事がある」

首を傾げていたヘイゼルに、婚約者が隣の人物を引き寄せながら突然宣言をした。

「今日をもってヘイゼル・アンブルとの婚約を破棄する!!」
「は?」

ザワついていた周囲も、その宣言に凍りついた。

「もううんざりなんだよ!大体なんで俺がお前なんかと結婚しなくちゃいけないんだよ!」
「クリス?いきなりどうしたんだ?」
「はっきり言うが、お前みたいな男女と結婚するとか頭がおかしくなる!俺は可憐で華奢で可愛い女の子が好きなんだ!!」
「はあ…」
「それに比べてお前ときたら、何故俺より身長が高い!話し方も男みたいだし俺より成績がいいのも気に食わない!」
「身長は家族全員高いので…むしろ私は低い方なのだが」
「ぐぬっ……俺が低いって言いたいのか…っ」
「いえ、男性の成長期は22歳頃まであると聞く。これからじゃないか?」
「うるさい!そういうフォローは要らないんだよ!!」

ぐぬぬぬっと唸るクリスの隣で、小さめの女の子がヘイゼルを睨みつけていた。

「ヘイゼルさんって酷いのね。こんなにクリス様が苦しんでいるのに追い討ちをかけるなんて」
「ええ…?……ところで君は?卒業生では無いよね?誰の関係者かな?」

ヘイゼルの聡明な頭脳は、学園の生徒全員を記憶するには飽き足らず、生徒の関係者や家族構成、親戚関係等全て頭に入っている。
そんなヘイゼルでも知らない人物。
はっきり言って不審者。関係の無い人物が学園に入り込んでいるのだ。

だからやんわりと問いただしたのだが、何故かその女性はヘイゼルを睨みつける。

「見て分からないの?クリス様の関係者よ!」
「いえ、そういう意味では…」
「ヘイゼル!難癖をつけるな!俺が招待しているんだから何も問題は無い!」
「……………はあ」

いや、問題だらけだろ。と静かに話を聞いていた全員が思った。
このプロムナードは卒業生とその関係者のみ。
関係者と言っても家族や親戚、婚約者が当てはまり、学園外の友人知人といった赤の他人を連れて来てはいけないのだ。
もちろんこれは学園の規則で決まっている。

「……言い方を変えよう。君はこの学園の卒業生でもなければ誰の婚約者でもない。この会場にいること自体がダメなんだよ」
「何よそれ!酷い!私がクリス様と仲がいいからって嫉妬してるの!?」
「ヘイゼル!マリンを追い出そうとしているのか!?ハッ、完璧だとか言われてるけど所詮その程度か」
「嫉妬ではなく、警備の問題だが」
「そうやって話をすりかえるな!」

………何だこれ?全く話が通じない。

さすがのヘイゼルですら、嫌気がさす。

無意味な敵意に閉口すると、我が意を得たりとばかりにクリスがニヤつく。

「どうせお前だって俺の家柄が欲しいんだろ?ハッ浅ましいやつだな」
「ええ~それって全然クリス様のこと好きじゃないって事?ひど~い」
「こいつはこれでも女だからな。こんな男女じゃあ結婚なんて出来ないのも分かってたんだろ。だから俺の家に頼み込んできたんだろ」
「いえ、それは」
「ええ~っなんでクリス様が犠牲にならなくちゃいけないの~!?クリス様!クリス様が本当に好きなのはわたしですよね!だってわたしと結婚してくれるって言ったものね!」
「もちろんマリンと結婚するに決まってる。これから両親に話すから心配ない。両親だってヘイゼルより可愛くて華奢で可憐なマリンの方が絶対に良いだろ」
「きゃあっ嬉しい!早くご両親に会いたいわ!」

ヘイゼルがクリスの言葉を否定しようにも、全く話を聞いてくれないし、話す隙もない。
一体何でそんな誤解をしているのか分からないが、クリスの中ではアンブル家の方から懇願したと思っているようだ。

あんな聡明なご両親から何でこんなのが生まれたのか…?

ヘイゼルは首を傾げた。

むしろクリスがこんなだからヘイゼルに支えてもらおうと画策したのだが。
不出来な息子だが、可愛い我が子。アンブル家は不良債権を押し付けられた被害者だった。

アンブル家が酷く憤っていたのはこれが原因である。

クリスとマリンがヘイゼルを無視してイチャついている間も、続々とプロムナード参加者が来場していた。
アンブル家の両親と心配で駆けつけた兄もその中に居り、クリスの暴言も見知らぬ不審な女の事も全て見ていた。

アンブル家にとってヘイゼルは可愛い可愛い末の娘。そのヘイゼルを泣く泣く婚約者として差し出したのにも関わらず、この仕打ち。
兄は末の妹を溺愛していた。クリスの日頃の言動も知っているから、ヘイゼルとのダンスを拒否するかもしれないと思い、駆けつけたのだ。
ついでにヘイゼルの勇姿をビデオカメラに残そうと持ち込んでいた。

そのお陰で、クリスと女の発言はばっちり撮影できた。

両親と兄は、これを持ってヘイゼルとの婚約を解消させようと思い、じっと成り行きを見守っていたのだ。

両親と兄がそろそろヘイゼルの元へと近寄ろうとした時、1人の男性がヘイゼルに声をかけた。

「ヘイゼル、これは何事だい?」
「あ、会長…」
「ふふ、もう卒業したのだから会長ではないよ。アレックスと呼んで欲しいな」
「すみません、つい癖で。でもさすがにアレックスとは呼べませんよ…」

ヘイゼルに声をかけたのは元生徒会会長を務めていたアレクサンダー・ローゼンバーグ。
元生徒会副会長のヘイゼルとは、1年間一緒に仕事をこなしてきた仲でもある。

アレクサンダー・ローゼンバーグはこの学園では最高位にあたる公爵家の次男。
そんなアレクサンダーを愛称呼びできるのは近しい身分か、婚約者くらいだろう。

そしてアレクサンダーの容姿も極上であった。
ヘイゼルは中性的な優男風だが、アレクサンダーは既に完成された厚みのある男性的な肉体と端正な顔。
ヘイゼルより頭ひとつ分は身長も高い。

そんなアレクサンダーの登場に、クリスが震え、マリンは色めき立つ。
クリスも平均より顔立ちは良いが、比べ物にならないくらいの極上がやって来たのだ。クリスなど一気に色褪せる。

それでもアレクサンダーの隣に立つヘイゼルは、全く霞まない所か2人揃うと互いを引き立てる程。
この学園の生徒達の憧れが揃ったのだ。

静かに傍観していた女性達は、我慢が出来ずにそこかしこで悲鳴があがる。
まあいつもの事なので誰も気にはしない。

「で?先程から騒がしいが、君は一体何者かな?」

アレクサンダーは不審者に声をかけた。
マリンはそんな風に思われているとは気付かず、頬を染めながら元気に答えた。

「わたし、マリンって言います!アレックスって言うんですか~?素敵なお名前ですね!」
「君に愛称呼びを許可した覚えはない。警備はどうなっている。不審者が居るぞ」

直ぐにアレクサンダーは話が通じないことを理解し、警備を呼ぶ。
直ぐに警備兵がマリンを拘束しようとしたが、それに慌てたのはクリスだった。

「ちょっと待ってください!マリンは俺が連れてきたんです!不審者では無いです!」
「そうよ!触らないで!」
「ん?おかしいな。君はヘイゼルの婚約者ではなかったかな?」
「この男女とは婚約破棄しました!マリンは俺の新たな婚約者です!」

警備兵からマリンを取り戻し、思いっきり抱きしめたせいでマリンはクリスの胸に埋もれた。
そしてクリスの発言でアレクサンダーの周囲が凍りつく。
隣にいたヘイゼルはビクッと震え、ゆっくりとアレクサンダーの方を窺うと、一見微笑んでいるように見えるが瞳の奥はブリザードが吹き荒れていた。

クリスはマリンの弁解に必死になっているからか、全く気がついていない。

ヘイゼルの方がハラハラしてしまう。

「そう、君の婚約者はそこの女になったんだね。おめでとう。とてもお似合いだよ。私からもお祝いをしようじゃないか。周りの皆も証人になってくれ」

周囲を見回したアレクサンダーは、ビデオカメラを回していたヘイゼルの兄を見つけた。
2人は目線で会話をし、ヘイゼルの兄は正しく理解した。今から発言する事を撮影しておけと。

「クリス・テイルとそこの女、マリンだったか。両名の婚約をアレクサンダー・ローゼンバーグの名において認める。彼らに幸あらんことを」
「あっありがとうございます!ローゼンバーグ様に認められたなら、両親も一層喜びます!」
「それは良かった。もちろん婚約破棄等とは言わないな?」
「もちろんです!マリンと幸せになります!」
「ちょっ、クリス様!!」

マリンはクリスよりも素敵なアレクサンダーの方に狙いを変えようとしていたのに、あれよあれよと勝手に婚約者にされた。
顔は塞がれていたが、耳は聞こえていたので何度も否定しようとしていたのだが、クリスがあまりにも締め付けるからジタバタと抵抗していたのだ。
ようやく声を出せるようになったが時すでに遅く、クリスとの婚約は決定的になってしまった。

浮かれきっているクリスはマリンのおかしな様子には終ぞ気付かず、喜び勇んでマリンを連れて両親を探しに人混みへと消えていった。
何だかマリンの叫び声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

用は済んだとばかりに、アレクサンダーはヘイゼルへと向き直る。

「さて、そろそろ時間だ。ヘイゼル、私とおいで」
「え、え?」

何か色々ハイスピードで進み、ヘイゼルは呆然としていた。
アレクサンダーは甘やかな眼差しでヘイゼルを見つめ、手を差し出す。
ヘイゼルは困惑したが、生徒会の最後の挨拶でもあるのかと、その手を取る。

すると甘やかな眼差しはとろとろに蕩け、誰が見ても愛おしい人を見つめる表情に、ヘイゼルは固まった。

「か、会長…」
「アレックスだよ」
「ぇ、あ、アレクサンダー様…」
「仕方がないな。そのうちアレックスって呼ばせるから」
「ひぇ」

握ったヘイゼルの手の甲に、アレクサンダーはキスを落とす。
思わぬハプニングで想い人がフリーになったのだ。幸運に感謝しながら、このチャンスを絶対にものにすると決意した。

ヘイゼルは自分が蛇に睨まれた蛙のような心地になったが、結果的には好きでもない相手との婚約が無くなりそうで概ね良かったな、という感想である。

多分これからが大変なんだろうけど、今はこのプロムナードを楽しみたかった。












その後、色々あったがアレクサンダー・ローゼンバーグとの婚約を果たし、スピード結婚をさせられたヘイゼルであった。

クリスとマリンは、皆様のご想像の通りの結末であるということだけは言っておこう。









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宝塚男役風のイケメン女性が婚約破棄されるお話を書いてみたかった…

全然活かしきれてない(笑)

ヘイゼル→172センチくらい

アレクサンダー→190センチくらい

クリス→168センチくらい

マリン→156センチくらい

のイメージでした。


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