デビルプリンセスは死なない。

みずほたる

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赤き瞳と漆黒のデビュー。

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「では魔王がどの世界の、どの時代にいるのか調べます。くれぐれも、何も注文しないでくださいね」

カウンターの端、クロエがタブレットを操作しながら真剣な顔で告げる。

「……え、注文しちゃダメなのね」

私は小さくうなずき、鏡を覗き込む。

肩まで伸びた赤髪、真っ赤な瞳、背中には小さな黒い羽。完全に悪魔姫仕様だ。胸の張りも以前よりしっかりしている。

「うわぁ……若返ってる! 高校卒業した頃くらい?」

思わずガッツポーズ。体が軽く弾み、全身に喜びが走る。

「赤い目と羽……教室に入ったら注目されすぎるよ!」

突っ込みながらも、力の自覚はゼロ。羽を広げても飛べないし、瞳に魔力を込めても何も起きない。

「まだ力は眠ったままか……使えない飾りだな」
小さく肩を落とすが、若返った喜びには勝てない。

クロエが画面を指で突く。

「魔王は1999年の日本、札幌にいるようです」

「……Wikipedia?」

眉をひそめる私。でも心は少し躍った。

「大丈夫です! 信頼のネットソースですから!」

クロエは胸を張る。その必死さが、少し滑稽で笑えてしまう。

「転生するには……代金、一兆円です」

店員がにこやかに告げる。

「は!? 一兆円!? ふざけないでよ!」

声を荒げる私。人生のすべてを合わせても、とても払える額じゃない。

クロエが慌ててフォローする。

「落ち着いてください! でも大丈夫。魔王討伐で一兆円。四天王全員討伐でさらに一兆円。私たちへの今回の請求は全額チャラになります!」

「は……? 四天王まで倒すって、どんだけスパルタなのよ!」

頭の奥で小さな火花が散る。

(でも……魔王や四天王を討伐すれば、人生やり直せる……)

「……わかった、やるわ。やってやる!」

勢いで口にした言葉に、自分でも驚いた。

クロエは満面の笑みでぴょんと跳ねる。

「よーし! 1999年の札幌、大学入学式前に転生決定です!」

「ちょ、待って。手続きとか説明まだでしょ!」
慌てる私。しかしタブレットを操作するクロエの手は止まらない。

「翼は意思で不可視になれますが、髪や目の色は直せません」

「……うん、仕方ないか」

悪目立ち覚悟の大学生活、ため息をひとつ。



気づくと、若かりし頃のワンルームマンションに立っていた。

窓の外には懐かしい街並み。机の上には使い古した教科書やノート。時計は1999年4月5日、午前7時を示していた。

「……本当に戻ったんだ」

胸がドキドキと高鳴る。だが視線を下に落とすと、赤い髪、真っ赤な瞳、小さな黒い羽――完全に悪魔姫仕様。

「うわぁ……この姿で外に出たら通報されそう……」

鏡を見つめ、ため息。

服を選び、淡いベージュのジャケットとスカートに着替える。髪型を整え、鏡に映る自分を確認。

「ウエスト、細かったんだなぁ……」

小さく感動。

深呼吸して翼を不可視にすると、クロエがタブレットを取り出して告げる。

「魔王の居場所を調べます。まずは大学デビューしてきてください」



地下鉄駅に向かう途中、通り過ぎる人々が二度見する。目立つ……やっぱり目立つ。

駅に着くと、悲鳴が響き、人々が雪崩のように逃げ惑っている。

視線の先には、狂気の男が包丁を振りかざしていた。

「やめなさいよ! 危ないでしょ!」

思わず声を張る。

グルル……低く唸る男。こいつヤバすぎでしょ!

振りかざされた包丁が胸に突き刺さった。

「いった……え?」

痛みは注射針程度。胸元まで刺さっているのに体は冷静だ。

(なんだこれ……普通なら死ぬはず……)

体の奥から何かが芽吹く感覚。赤い瞳が金色に変化し、内なる力が覚醒する。

羽が背中で広がり、全身に熱い魔力が走る。野次馬の視線が一斉に私に注がれる。

「……これが、悪魔姫、いや、デビルプリンセスの力……!」

低く、力強く呟き、男の腕を掴む。掌から黒い炎を放つと、闇の炎が男を包み込み、叫び声とともに消えた。

駅構内に静寂が訪れ、周囲は息を呑む。

(……これなら、魔王や四天王も倒せるかも……!)

その直後、警報のサイレンが響く。

「おい、止まれ! 警察だ!」

現実に引き戻され、私は深呼吸。力はある、でもここは1999年の札幌――無闇に暴れるわけにはいかない。

(まずは……入学式まで、目立たずに……いや、無理かも……。なんかいい誤魔化し方ないかなぁ)

と、考えていると、

『皆殺しにすれば良いではないか』

脳内に響く声。多分私にしか聞こえていない。

「あんた誰よ」

近藤明奈こんどうあきな。つまりお主であり、悪魔姫の本性じゃな』

「皆殺しなんてしたら駄目じゃん。なんか穏便に済ませる方法考えなさいよ」

『仕方がないのぅ。《漆黒の誘眠ダークウィスパー》』

私は強制的に手を上げさせられると、闇の霧が広がる。

『周囲の生きる者全てをしばらく眠らせる魔法じゃ。これで良いか? 起きたら犯人もそなたはいなかった。こういう筋書きじゃ』

「いいんじゃない? で、周囲ってどれくらい?」

『火星くらいまでじゃな』

「周囲の定義から外れすぎ! ちなみにどれくらい眠るの?」

『24時間ほどじゃな』

「眠らせすぎぃ!」

思わずツッコミを入れる私。でも、手を下ろすと闇の霧は周囲にふわりと広がっていく。野次馬も警察も、駅構内の人々も――みんな、すやすや眠ってしまった。

『ほほう、完璧じゃ』

私は肩をすくめるしかない。仕方ない、これで人に迷惑かけずに駅を通れる……かも?

駅員や通行人の寝息を聞きながら、私は小さく息をつく。

(……うん、これは誤魔化し方としては有効だ。でも、24時間後に目覚める人たちの顔を思うと……ちょっと罪悪感あるかも)

深呼吸して翼を不可視のまま背中にしまい、駅の改札を通る。足取りは自然に、でも心の中は少しワクワクしている。

(これで大学デビューも、何とかやり過ごせる……かな?って、みんな寝ちゃったから入学式中止じゃない!)

『ふふふ、これぞ悪魔姫の采配。混乱を制する者が大学生活も制す』

脳内の私が得意げに笑う。

「うるさい! 穏便に行きたいだけなんだから! これ解除できるのよね?」

『無論じゃ』

「仕方がない。何駅か歩いて解除するしかないかぁ」

『そうじゃな。歩いてこそ妾の魅力的な身体は維持されるのじゃ』

「おまえが言うな」

駅の外に出ると、寝ている人々の間を避けつつ、私は足早に歩き始める。

赤い瞳がチラリと光るたび、脳内の私がにやりと笑う。

『ほほう、こうして歩くのもまた一興。人々の迷惑を最小限に、力を見せつける――完璧じゃ』

「うるさい! 黙ってて!」

私は小声で怒鳴りながらも、長い道をひたすら歩く。

途中、寝ている野次馬や警官の間をすり抜けるたび、まるでゲームのステルスモードのようで、少しワクワクする自分がいた。

歩きながら、赤い髪を耳にかけ、スカートの裾を整える。

(……やっぱりこの姿、注目度が高すぎる。でも力があると安心感はあるなぁ)

数駅分歩いたところで、私は深呼吸し、周囲に広げた《漆黒の誘眠》を解除する。すやすや眠っていた人々が、次々に目を覚ます。驚きと混乱の表情で辺りを見回すが、私の姿はもう遠くに。

『ふふ、解除も完璧じゃな』

「……やかましい! 邪魔よ」

こうして、無事に駅を通過した私は、入学式に向かう足取りを再び軽くする。

胸の奥には小さな高揚感。これから始まる1999年の大学生活、悪魔姫としてのデビュー――少しだけ胸が弾むのだった。
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