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それぞれの選択

寄せられる視線の変化

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「おおい、待ってよ、待って! 今日も一緒に帰ってあげるよ」

 声がかかったとき、大野ツバサは、
(な、なんだぁ……?)
と、あきれ返った。
 毎日毎日、放課後に声をかけてくるのは、つい最近まで友だちでもなんでもなかった片岡イサムだ。同学年だが、クラスは異なる。順風高校入学以来、話したことは一度だってなかった。
 それに、相手もチョンマゲは、翼の存在さえ知らなったはずなのに、なにかと構ってくるようになったことを、翼は翼で不思議な心持ちでいた。しかも、ビジネスマンの父と非常勤教員の母を持つごく一般的な家庭で育った翼とは違い、片岡勲の家は大金持ちなのだ。
 片岡グループ、通称K財閥の御曹司でもある。
 そんな金持ちのボンボンに声をかけられた当初は、戸惑いながらも翼は決して嫌ではなかった。けれど、用もないのにあれこれとこちらの機嫌を取ろうとするイサムの真意がわからず、いまでは、むしろ気味悪い気持ちのほうが強くなっているツバサだった。
 そして、この日、いきなり勲は、翼の秘密に言及してきたのだ。

「そう嫌がるなよ、はキミがカリスマ・チョンクリと会っていることを知ってるんだから」
「え……?」
「とぼけたってダメだよ。のグループに、チョンクリ派遣会社があるんだ。そこに登録しているセンセが、キミのお父さんが勤めている会社の顧問チョンクリなんだよ、知らなかった?」
「あ……!」
「安心してよ、秘密は守ってあげるから」
「守る…って言われてもなあ……」
「だって、出るつもりなんでしょ? 甲子園!」
「ん……!」
「第一回目のチョンマゲ甲子園だけに、全国から注目されてるみたいだし」
「それがおまえに関係あるのか?」

 素っ気なさを装いつつ聞き返したツバサは、いつものとおり言葉遣いはすこぶるぞんざいだ。
 対して片岡|イサムの物言いは、“ぼく”、“だって”、“キミ”、“でしょ?”など、活字にすればどちらかといえば女性的にも聞こえるが、語気はむしろいたって上から目線的ともいえるあつがある。聞きようによっては、ひとを小馬鹿にしているようにも、“住んでる世界が違うから”と一方的に宣言しているようにも映る。
 だから、勲にはおそらく心から信頼できるような友だちはいないのだ。
 いやむしろ、友だちがいない……という点では、翼も同じだ。
 スポーツはダメ、勉強もあまりできない、どちらかといえば翼は天然系で、何一つ最後までやり通せないし、これまで女子からコクられたことは一度もなく、ふうさいのあがらない、ブ男の代表格なのだ。
 その腹いせなのか、コンプレックスの裏返しなのか、翼の言葉遣いは、ややもすれば不良まがいの高飛車系なのだった。だから、よけいに異性は近づかないし、同性からも関わり合いを拒絶されている、いわば、落ちこぼれ男路線一本でやってきた、やってこざるを得なかった。
 にもかかわらず、スポーツ万能、勉強もそこそこできるイサムから一方的になつかれているのが、どうしてもツバサには、理解できないのだ。

「おまえ、おれのことを馬鹿にしてんのか?」

 翼が言った。やはり、このさい二人の立ち位置というものを、はっきりさせておかなければ、気持ちが悪い。

「だ、か、ら、それ、この前も言ったでしょ? ほかのやつらは馬鹿にしてるけど、キミだけは、そういうわけにもいかないんだ」
「それ、どういう意味なんだ?」
「意味もなにもないよ、ほら、こうして、キミと二人で歩いているだけで、女子がぼくらのあとをつけてくるんだ」
「は……?」
「気づいてないとは言わせないよ。キミ、いまじゃ、モテモテだぞ? そのおこぼれにあずかりたいんだ、ただそれだけ」
「はぁ……? おまえ、金持ちなんだろ? おれにかまわずとも、女なんて、ついてくるだろ?」
「金目当ての女なんか……ぼくには不要さ」
「そこがわからない」

 翼はさらに言う。確かに、最近、自分に寄せられる周囲の視線、とくにいままでまったく相手にされなかった女子から、熱いまざなしを送られることはしばしばで、その変化にもまだ慣れていないのが、いまのいつわざる翼の現状というものだった。

「ははぁん」
 
 勲が意味ありげに微笑んだ。ややふくらみのある頬に笑窪ができると、勲の表情には愛嬌たっぷりの、茶目っ気が漂う。

「キミ、自分が急にモテ男になったから、まだ、その環境変化についていけないんだね」
「はぁ……? モテ男って、おれ、自慢じゃないけど、コクられたことはないぞ」
「ふふ、みんな、告白するチャンスをうかがっているのさ、たぶん、おそらく、パファープス!」
「パファー?」
「一度、ぼくの家に遊びに来てくれないかなあ? 妹がね、キミの隠れファンなんだ」

 そう言ってじっと翼の反応をうかがう勲の真意が、翼にはまだ読みきれてはいなかった……。


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