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それぞれの選択

乱入者

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(それにしても……)
 ふたたび翼の内側には気鬱きうつ一歩手前のもやがたち始めている。午後からの授業に出る気もしなかった。一瞬、このまま早退しようかともおもったが、放課後にもう一度校長室へしなければならないことを考えるとそうもいかない。アポをすっぽかすのも一つの手なのだろうけれど、日向瑠衣に関する情報収集という点でも、出向かなければならない。そんなこんなで翼の気持ちは沈んでいく……。

「おぉい、そんな、暗い顔してたらダメだよ。せっかくのチョンマゲが泣いてるよ!」
「…………!」

 振り向けば、すぐそばに片岡勲が立っていた。
 まるで背後霊のように、ここ最近、つかず離れずの距離を保っている勲の存在は、翼にとっては鬱陶うっとうしいのには変わりはないが、このとき、ハッと気づいたことがあった。片岡勲の父親が筆頭株主のK財閥グループには、興信所や探偵事務所の部門があったはずである。

(あ……)

 暗闇に光明が射した……とはこのことだ。翼はおもった、この際、利用できるものはなんでも活用してやろう……と。

「どうしたんだい?」

 勲はさも幼馴染か長年の親友のように笑顔を絶やさない。かれの真意はともかく、向こうから近づいてくるなら、こちらもそれに乗っかかってやろうと翼は決心した。

「……朝から校長室に呼ばれてたんでしょ? もう決まりだね。全校代表として市長杯に参戦ってわけだ。こちらの打ち合わせ通りだね」
「それより、調べて欲しいことがあるんだ」
 前置き抜きで翼は切り出した。

「だから、レイも言ってたでしょ? キミの最大のライバル候補のふたりのことを調べるんでしょ?」

 相変わらず勲の口調はどこまでもオネっぽい。それが演技なのかカモフラージュなのかは翼にはいまだにわからない。
「いや、それよら、内密で……」
と、翼は“日向瑠衣”についての調査かできないかを打診した。
「日向……? あ、同級生だっけ。ええと、キミとどういう関係があるんだい?」
「それを調べて欲しいんだ」
 翼は校長室での出来事を包み隠さず話すことにした。へんに誤魔化しても後々のトラブルを招きかねない。ここはすべてを吐露して、勲の持つ力に頼るべきだと翼は判断したのだ。
「入院?」
「うん、さっき、日向の連れの女子がそんなことを言っていた……どこに入院しているのか、病名は……また、素行調査のようなものをすばやくやってもらえれば助かるんだ。頼むよ。誰に相談していいのかわからないし」
「そっかぁ……あの校長が秘密を握っているのか?」
「それがよくわからないんだ。正直、日向瑠衣とは付き合ったこともなんにもないんだ。どうして、彼女がおれをはめようとしているのか、それを知らないと、対策が……」
「わかった。なんとかしてみるよ。数日で……」
「いや、放課後までに」
「ひゃ、そ、それは……」

 さすがに勲はびっくりして何度も翼の顔をみた。そのとき、ちょうど、勲はこちらに向かってくる人影にたじろいだ。
「あれは……だぞぉ!」
「え……?」
  
 ついこの前、勲の妹のレイが言っていて塞翁高校の馬川キョウのことだろう。県のはずれに位置する塞翁郡の高校生が、なぜこの順風市の順風高校の校庭にいるのだろう。訳がわからぐ翼は同じように驚いていると、つかつかと向かってきた、惚れ惚れするようなチョンマゲ男子が、翼の目の前にいた。
「おまえが、大野翼か?」
 やや高音でハスキーボイスのキョウがいきなり翼の胸ぐらをつかむと、前後に揺さぶった。

「日向さんを捨てた男だな。ヒドいことをしやがって、断じて許さんぞぉ」

 一方的に詰め寄られた翼は、かろうじて両手で相手の腕を掴みかえした。その反動で、ふたりともゴロッと地に転がった。

「や、やめろ!」

 慌てて勲がふたりに近づいて仲裁に入った。けれどその声は翼にも矯にも届かなかったようだ。ふたりのチョンマゲが揺れに揺れて砂埃すなぼこり月代さかやきにぱらぱらと降り注いだ……。
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