美食家、異世界に死す!【“最後のヴァンさん”シリーズ読切短篇】

海善紙葉

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困惑

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 食べ飽きた……といえば、大げさになるが、いまのフレディはまさにそんな心持ちでいた。セネパジャ大陸を代表する高名な料理評論家であり、国際美食家倶楽部の代表世話人の一人であり、また、政府の食文化向上委員会の最高顧問であるかれは、最近になって、
(なんだかね……あんまし、おいしいとは……)
……感じなくなってしまったのだった。
 なにがきっかけだったのか、それはフレディにもわからない。
 食べるもの、口にするものすべてが、なんとも、なってしまい、ただもぐもぐと歯と顎を動かしているだけの繰り返しの毎日に、唖然《あぜん》としてしまっていたのだった。
 けれど、他人ひとには気づかれては、美食家、料理評論家の沽券こけんにかかわる。だから、フレディは、まったく味のしないものを食べても、
「ひゃあ、こ、これは……!」
と、ことさらおおげさに驚いてみせたり、
「このおいしさは、言葉には表現できない……」
などと、ごまかしてきたのだ。
 その合間を見つけては、味覚障害や他の疾病が原因かとも疑い、診察も受けた。カウンセリングにも通った。
 けれど、なんの異常もみられなかった。

 
  ……この道一筋で二十余年、そんなフレディにしてみれば、初めて体験するこの魔のときというものは、いままで歩んできた自分の半生をかえりみることへつながっていった。

(いっぱしの評論家をきどってきたものの、ひょっとして、まだ、自分にはなにか足りないところがあるのでは……?)

 と、これまで、オレオレを前に出してきたフレディには珍しく謙虚になって考えてみたりもした。

(とはいえ……世界中の料理という料理は食べてきたからなあ。ま、オレほど、研鑚けんさんを重ねてきた料理評論家はいないだろうけどさ)

 と、たちまち自画自賛モードになったりしつつも、フレディはフレディなりに、前向きに考えることにした。
 つまり、たどりついたのは、
〈刺激〉
を自分に与える……という策戦だった。
 今までにない刺激を感じることができさえすれば、あるいは味覚も元に戻ることもあるのではないだろうか……と、かれなりにショック療法的な道筋を探ろうとしてきたまさにその時期に、たまたま裏通りで官警に連行される若者二人を見かけたのだった。
(な、なんと……無銭飲食……!?)
 浮浪者ではなかった。
 遊び半分で、あるいは悪戯いたずら心の延長で、犯罪だという認識もなくやってしまったのだろうとフレディは通り過ぎようとした。
(ひゃ、は、犯罪!?) 
 フレディにとって、それは文字どおり未知の領域であった。
(まてよ……犯罪……牢獄……!?)
 通りの真ん中で立ちふさがるようにフレディはからだを震わせていた。
(そ、そうか……オレとしたことが、まだ、一度も食べていないものがあった……)
 そのことに気づいたとき、フレディは、全身を雷光が貫いたかのような衝撃を受けた。
 そうなのだ、あたりまえのことながら、かれは、一度も、臭いめしを食べたことはない。
 臭い飯を口にするには、犯罪者になって、牢獄に入れられるしかない。そこまで考えると、フレディは、
(犯人になりたぁい)
と、おもった。
 犯人になる、犯罪者になるという刺激的な体験こそ、一度も食べたことのないものを食べる機会を与えてくれるのだ。そうフレディは思った。
 いわば一石二鳥。
 しかも、あわよくば、
(臭い飯読本……)
みたいなものを出せるかもしれない、書けるかもしれない。そんな欲が忽然といてきたのだ……。
    
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