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ト モ
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「ねえ、トモ……きのうの夜、へんなヒトがはいってきたの、マコトっていうの。……トモが知っているひと?」
亜沙美がたずねる。
本気すると、えどのひとは、すっかり“トモ”という呼び名に満足しているようで、
「ほ、さようか」
と、短く応じる。
「……まこと変な火をみたのかえ?」
「う……? え……? お日様?」
「おお、お姫様とな……? まさしく、アサは、おひいさまのごとくあるぞえ……」
「・・・・・・?」
話は噛み合わないことも多いけれど、亜沙美はえどのひとと居ると、とっても気持ちがやわらいでくるのだ。
「昨日、ここに、二人で座ってたよ」
「おお、アサと座って、かくれんぼしたのぅ」
「あ……昨日じゃない、今朝のこと」
亜沙美は亜沙美でどうやら時間の感覚というものが交錯していて、なんとも整理しがたくなっているようだった。それでも、喋り続けることで、言ったこと言わなかったこと、見たこと見ていないこと……が、より鮮明になってくる。
(あ……マコトも同じように喋り続けていた……)
ふと、大沢眞のなんでもないようなしぐさや表情が亜沙美の頭裡に蘇ってきた。いま、こうして喋ることで物ごとの筋道のようなものを立てる手助けになっていることに、少しずつ亜沙美は気づき始めていた。
「どうしたのじゃ? なにゆえそのように浮かぬ顔をしやる?」
「うん、そう、そうよ、押しやったかも……マコトっていう人を。もっとお話きいてあげればよかったかも」
「ほ……鴨のおやこは見たことがあるぞえ」
「あ、ね、ねえ、ね、トモは……ノリちゃんと会ったことがあるの? ノリちゃんが、昨日、言っていたのを聴いたよ。えどのひと……って、トモのことでしょ?」
「ん……の? のり?」
「うん。お菓子を作っているよ」
「ふうむ、焼き海苔は好物じゃが、高価での、なかなか、食することはできぬ。おかしいかの?」
「え? ううん、お菓子、お菓子、食べてみる? いま、マコトが買いに行ってくれてるよ」
「おお、貝がおかしいのかえ?」
「ええと、お菓子、お菓子」
「おお、おかしいか、おかしいか……それはよい、笑うことは良きことじゃぞえ、うふふ」
「うふふ」
「うふふ」
なにもそんなにおかしくもなかったけれど、つられて亜沙美はにやついている。
えどのひとが上品よく掌で口元をおさえているのを真似て、亜沙美も手をそっと唇に添えてみた。
「あ……戻ってきたかな……音がしたよ」
表口のほうから響いてきた途端、亜沙美は縁台からひょいと立ち上がりかけて、慌てて座り直し、靴を履いた。眞ではなく商店街の人なら逃げ出さないといけないからだ。
地に降り立って、躰をかがめた。
注意深く足音を聞き分けようとしていると、
「あれ、どこに行った?」
と、眞の声がした。
「あ、ここ、ここ」
「なぁんだ……庭に降りていたのか」
「買ってきてくれた?」
「いや……それどころじゃないんだ!」
「どうしたの? あ、トモが……」と、亜沙美が今のいままでえどのひとが居た場所を指差すと、誰もいなかった。
「どうした?」
眞が言う。
「……今のいままで話し声が聴こえていたけど、誰と話していたんだい?」
「うーん、恥ずかしいのかなあ、もういなくなっちゃった」
「え……? 誰が来ていたんだ? ま、まさか、警察?」
「ううん、トモが遊びに来てくれていたんだけど……」
「とも……? 前にも言ってたよね……あ、そこの和菓子屋さん、開いてなかったから、駅のほうまで歩いていって、そこで買ってきたけど……」
急に眞は言葉を濁した。首をかしげながら、
「和菓子屋さん……忌中の貼り紙があったよ」
と、続けた。
亜沙美にはその意味がまったくわからなきい。
「……開いてる店も少なかったなあ……なにかあったのかな? パトカーが停まっているのは、どうやら、ぼくを捕まえるためではないようだった」
「・・・・・・・?」
意味不明なままでも亜沙美が眞の話を中断しなかったのは、思い出したくないことが閃光のように蘇りつつあって、亜沙美は無意識のうちに自分の芯奥にとじ込めていた記憶の抽斗を向こう側へ押し戻そうとしていた……。
亜沙美がたずねる。
本気すると、えどのひとは、すっかり“トモ”という呼び名に満足しているようで、
「ほ、さようか」
と、短く応じる。
「……まこと変な火をみたのかえ?」
「う……? え……? お日様?」
「おお、お姫様とな……? まさしく、アサは、おひいさまのごとくあるぞえ……」
「・・・・・・?」
話は噛み合わないことも多いけれど、亜沙美はえどのひとと居ると、とっても気持ちがやわらいでくるのだ。
「昨日、ここに、二人で座ってたよ」
「おお、アサと座って、かくれんぼしたのぅ」
「あ……昨日じゃない、今朝のこと」
亜沙美は亜沙美でどうやら時間の感覚というものが交錯していて、なんとも整理しがたくなっているようだった。それでも、喋り続けることで、言ったこと言わなかったこと、見たこと見ていないこと……が、より鮮明になってくる。
(あ……マコトも同じように喋り続けていた……)
ふと、大沢眞のなんでもないようなしぐさや表情が亜沙美の頭裡に蘇ってきた。いま、こうして喋ることで物ごとの筋道のようなものを立てる手助けになっていることに、少しずつ亜沙美は気づき始めていた。
「どうしたのじゃ? なにゆえそのように浮かぬ顔をしやる?」
「うん、そう、そうよ、押しやったかも……マコトっていう人を。もっとお話きいてあげればよかったかも」
「ほ……鴨のおやこは見たことがあるぞえ」
「あ、ね、ねえ、ね、トモは……ノリちゃんと会ったことがあるの? ノリちゃんが、昨日、言っていたのを聴いたよ。えどのひと……って、トモのことでしょ?」
「ん……の? のり?」
「うん。お菓子を作っているよ」
「ふうむ、焼き海苔は好物じゃが、高価での、なかなか、食することはできぬ。おかしいかの?」
「え? ううん、お菓子、お菓子、食べてみる? いま、マコトが買いに行ってくれてるよ」
「おお、貝がおかしいのかえ?」
「ええと、お菓子、お菓子」
「おお、おかしいか、おかしいか……それはよい、笑うことは良きことじゃぞえ、うふふ」
「うふふ」
「うふふ」
なにもそんなにおかしくもなかったけれど、つられて亜沙美はにやついている。
えどのひとが上品よく掌で口元をおさえているのを真似て、亜沙美も手をそっと唇に添えてみた。
「あ……戻ってきたかな……音がしたよ」
表口のほうから響いてきた途端、亜沙美は縁台からひょいと立ち上がりかけて、慌てて座り直し、靴を履いた。眞ではなく商店街の人なら逃げ出さないといけないからだ。
地に降り立って、躰をかがめた。
注意深く足音を聞き分けようとしていると、
「あれ、どこに行った?」
と、眞の声がした。
「あ、ここ、ここ」
「なぁんだ……庭に降りていたのか」
「買ってきてくれた?」
「いや……それどころじゃないんだ!」
「どうしたの? あ、トモが……」と、亜沙美が今のいままでえどのひとが居た場所を指差すと、誰もいなかった。
「どうした?」
眞が言う。
「……今のいままで話し声が聴こえていたけど、誰と話していたんだい?」
「うーん、恥ずかしいのかなあ、もういなくなっちゃった」
「え……? 誰が来ていたんだ? ま、まさか、警察?」
「ううん、トモが遊びに来てくれていたんだけど……」
「とも……? 前にも言ってたよね……あ、そこの和菓子屋さん、開いてなかったから、駅のほうまで歩いていって、そこで買ってきたけど……」
急に眞は言葉を濁した。首をかしげながら、
「和菓子屋さん……忌中の貼り紙があったよ」
と、続けた。
亜沙美にはその意味がまったくわからなきい。
「……開いてる店も少なかったなあ……なにかあったのかな? パトカーが停まっているのは、どうやら、ぼくを捕まえるためではないようだった」
「・・・・・・・?」
意味不明なままでも亜沙美が眞の話を中断しなかったのは、思い出したくないことが閃光のように蘇りつつあって、亜沙美は無意識のうちに自分の芯奥にとじ込めていた記憶の抽斗を向こう側へ押し戻そうとしていた……。
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