【淀屋橋心中】公儀御用瓦師・おとき事件帖  豪商 VS おとき VS 幕府隠密!三つ巴の闘いを制するのは誰?

海善紙葉

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24 迷える二人

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 城の北に寝屋川が流れている。ここにも橋が架かっている。
 京橋といった。
 京街道へ続く起点にあたる橋である。
 おときは、京橋のたもとで、久富大志郎を待っていた。
 逢瀬ではない。
 大志郎が謹慎長屋を抜け出したことを伝え聴いて、職人をはしらせ、ようやく大志郎からの伝言を受け取ったのである。

「師匠はどこだ?」

 開口一番、大志郎はに言った。

「あ、モン様なら御用事で……」
「モン様? おまえ、近松門左衛門を、習字の師匠だとごまかしたな!どうして、浄瑠璃作者が、首を突っ込んでくるんだ! これを元に台本でも書こうとしているんだろ?」
「・・・・・・・」
「おれが言った師匠は、近松のことではないぞ」

 まさしく大志郎が言ったのは、剣の師匠、伊左次のことである。寺島の職人と分部家の中間ちゅうげんを問い詰め、大志郎は伊左次が江戸からやってきた浪人にかたきと狙われていることを嗅ぎつけたのである……。

「イサさんがどこに居るのか、うち、ほんま、知らん。だあれも教えてくれへんねん」
「おまえ、淀辰に会いにいったそうだな」
「うん、お民ちゃんとのだけは聴いた……あさって、また、続きを教えてくれる約束やねん」
「え? また会いに行くのか!」

 大志郎は二の句が継げない。どうやら、おかみも関わっているらしいのだから、急にの身が心配になった。かれはかれで、を実の妹のようにもおもっていたのだ。

「……淀辰はん、そんなに悪いお人じゃないような気がするわ。なんかこう、もうどうでもええわ、みたいな気になってはるようやった……」
「それはどういうことだ?」
「周りのもんに、ええように使われているだけやないかなぁ、うち、そんな気がした……ようわからんけど」
「あ、の、な、ようわからん、って、どういうことだ!」

 大志郎が怒っているのは、が勝手にに会いにいったり、兄とも慕ってきた分部宗一郎から、絶縁めいたことばを吐かれたりと、このところ自分だけが蚊帳かやの外に置かれていることに苛立っていたのかもしれない。

「……を殺した奴は、必ずおれが捕まえてやる!」
「あ!大志郎はんも、相対死あいたいじにじゃないと思っていてくれてたんや」
「・・・・・・」

 ……素直に大志郎はうなづけなかった。実は、かれが疑念を抱いたのは、お民の腹に刺さっていた包丁が、どこかに消え失せたことを知ったからである。証拠物が無くなるというのは、まず、ありえないことだ。それが可能になるのは、奉行所内部に………。
 ざっと事情を説明すると、は飛び上がらんばかりに驚いた。

「や。やっぱり……包丁を隠したのは、お奉行所のお役人しか、おれへンちゅうことやない?」
「こら、おときっ、滅多なことを口に出すな!」

 大志郎は拳を握って、おときの頭を叩くふりをしながら怒鳴った。

「だって……ほんまに、おかしすぎるわ」

 たしかに誰がどう考えても不可解である。
 おときは、西海屋徳右衛門に呼びかけられたこと、真犯人を自首させると言っていたことを大志郎に告げた。

「西海屋?……」

 あるいは水面下で分部宗一郎が差配さはいする探索目附の手の者が、いまだにあれこれと探っているらしかった。

「墨屋の清兵衛? 誰だ、そいつは?」
「うちもわからん。分部様のお屋敷に人をやっても、門前払いなんや。……それに、お駒さんちゅう人も、なんぼ探しても見つからへん」
「お、お駒……とは誰だ?」

 先ほどから登場する人名に大志郎は整理がつかない。

「お駒さんは、淀辰はんのお妾はんで……が淀辰はんと出会って……」

 ……お民との間でなにかが起こったのではないかと、は言った。

「……京橋に住んでたそうやから、朝から探してたんやけんど、お駒さん、見つからへん」

 なるほどが京橋を待ち合わせ場所に指定してきた理由というものが、ようやく大志郎にもみえてきた。
 考えれば考えるほど、謎は深まるばかりであった。

「ねえ、大志郎のだんなさま……」

 ……急に媚を売るような口調になって、は、大志郎の肩をそっと撫でた。

「おい、よしてくれ。そんな見え透いた芝居は! なにが、旦那さま、だ。手のひらを返したように、甘えたような声を出しやがって……」

 大志郎は本気で怒っている。
 それは自分が置かれている立場を配慮するあまり、かつて敵前逃亡してしまいそうになっていたおのれ自身に対する怒りというものであったかもしれない。

「う、うちは、お民ちゃんがなんで殺されなければならなかったのか、真相を突き止めたいだけなんや! 大志郎はん、分部様にそのあたりの事情を聴いてみておくれやす。墨屋の清兵衛ちゅう人、お奉行所やなくて分部様のところに自首するかもしれへんから、大志郎はんも立ち合ってほしいんや……」

 おときの瞳は潤んでいた。その真摯な思いをぶつけられて、大志郎はふいに言葉に詰まった。そんなおときのさまを見たくないと思ってか、そのままぷいと顔をそむけた。
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