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第一章
19.神に祈る
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「彼らは君の親衛隊か何か?」
呆れ顔で、彼は言い争いをしている皆をちらりと見やる。
「? 違いますわ」
「君、アドレー王太子の婚約者だね」
「え、ええ」
「俺はルーカス・ブラントだ」
「クリスティン・ファネルです」
軽く挨拶を交わす。
ここに長居は無用である。
クリスティンは騒いでいる皆を横目に、メルの傍に寄り、耳打ちした。
「メル、寮に戻りましょう」
クリスティンとメルはそそくさと生徒会室をあとにした。
寮へと続く道を歩きながら、メルは嘆息する。
「否応なく生徒会入りさせられましたね」
クリスティンは忸怩たる思いだ。
「極力顔を出さないようにするわ」
「厄介な集まりのようでしたからね……」
最近彼は少しずつ思ったことを素直に口にするようになった。人間味が出てきて、良い傾向だ。昔は感情を全て押し殺し、出さないようにしていたから。
「花冠の聖女も、途中でアドレー様から勧誘され、生徒会入りするわ」
「それが事実なら、とんだ女たらしですね、アドレー様は」
クリスティンは隣を歩くメルをまじまじと見る。
人間味が出すぎるのも、問題だ。
不敬罪に問われてしまいそうだ。
「メル、言動には気を付けてね? どこで誰に聞かれているか、わからないのだから」
「はい」
寮は敷地の北に位置している。
女子寮と男子寮に別れ、建物はどちらも瀟洒な白い建物だ。
クリスティンは一年生だが、最上階の大きな部屋だった。
他の生徒の部屋はこの最上階には一室もない。
ファネル公爵家の令嬢で、王太子の婚約者でもあるため、便宜が図られたようである。
メルは同室で、互いの部屋は扉で仕切られており、お風呂も備え付けられていた。
クリスティンは、いよいよゲーム開始となり、きゅっと唇を噛みしめる。
生徒会入りし、誤算が生じたが仕方ない。
剣の稽古を受けたいし、悪い立場にリーをおくのも忍びない。
どうか無事過ごせますようにと、クリスティンは神に祈った。
◇◇◇◇◇
祈りが通じたのか、日々は平和に過ぎていった。
クリスティンが断罪されるのは、王太子主催の夜会。
ゲームでも夜会までは危機に陥ることもなく、悪役令嬢は傍若無人に振る舞っていた。
(今何もないからといって、安心していては駄目……)
今日は生徒会の集まりがある。
クリスティンは一切出席したくなかった。
「わたくし、欠席するわ。体調が悪いということにしておいてくれないかしら」
クリスティンがメルに頼みこむと、彼はすぐさま頷いた。
「クリスティン様は熱があると説明しておきます」
「ありがとう」
どれだけあの集まりに出たくないか、メルはわかってくれている。
授業終了後、東館に連絡に行ってくれるメルと別れ、クリスティンは一人で寮へと戻った。
ゲームでは取り巻きの女子を何人も従えていたが、今は違う。
王太子の婚約者であるクリスティンに、取り入ろうとする者は多いものの、そういった人間は皆、一年後に掌返しをする。
それがわかっているから、挨拶や日常会話を交わすくらいで、必要以上にクラスメートと付き合わないようにしている。
基本的にメルと一緒か、一人で行動していた。
寮への道を歩いていたクリスティンだが、ひとつの事を思い、途中で引き返した。
図書館に寄り、魔術の勉強をしよう。
ラムゼイに教わって魔力の弊害については詳しくなったものの、発作をなくす根本的な方法はまだ見つかっていない。
(本を探してみましょう)
木々の生い茂った小道を歩いていれば、数人の声が建物の裏手のほうから聞こえてきた。
「生意気なんだよ!」
「年下のくせにさ!」
「新入生代表になったからって、いい気になるな!」
(何……?)
近づいていくと三人の男子生徒に、壁に押し付けられているフレッド・エイリングの姿がみえた。一方的に小突かれ殴られている。
クリスティンは考えるより先に、身体が動いた。
男子生徒の後ろに回り込み、その腕を捩り上げ、投げ飛ばした。
「うわっ」
地面に転がった男子生徒と、仲間の二人が、突然現れたクリスティンを呆然と見る。
「え……」
「クリスティン様……!?」
クリスティンは眉を顰めた。
「何をしてらっしゃるの。三人がかりで、一人をよってたかって。恥ずかしくはないのかしら」
三人の男子生徒は決まりが悪そうに顔を見合わせる。
「いえ、話をしていただけなんです、クリスティン様」
「そうです、なんでもありません」
フレッドをやっかんで絡んでいたようにしかみえない。
それなりの身分をもつ貴族の子息が、情けない。
クリスティンは溜息をついて、フレッドに声をかける。
「わたくし、図書館で勉強をしようと思うのですけど。それに付き合ってくださらないかしら?」
フレッドは、眼鏡の奥の瞳を驚いたように見開いていたが、こくっと頷いた。
「は、はい……」
クリスティンは男子生徒三人を振り返った。
「今後も、またこのようなことをなさるのでしたら、わたくしにも考えがありますわ」
両腕を組み、吊り上がり気味の鋭い目で睨むと、彼らは身を竦ませた。
「今後一切やめますわね?」
彼らは首肯する。
「は、はい」
「や、やめます」
「二度としません」
「そのお言葉、どうぞお忘れになりませんように」
フレッドを連れてそこをあとにし、煉瓦造りの図書館の入口へと向かう。
フレッドは安堵の息を吐き出した。
「ありがとうございました、クリスティン様。図書館に行こうとしたら、建物の奥に連れていかれて……。助かりました」
クリスティンは隣のフレッドに視線をやった。
「絡まれるようなことは、今までも?」
彼は俯く。
「何度か……。皆さんより一つ下でこの学園に入りましたし、目障りなのだと思います」
彼はあんな目に遇いつつ、ゲームでヒロインの悩みを聞いて力になってあげていたのか……。
ゲーム内では語られていなかった裏事情を知り、クリスティンは胸を痛めた。
この世界で生活をしていると、ちょこちょこ、ゲームでは明かされていなかった新事実を知ることがある。
悪役側だったメルが、給金の多くを孤児院に寄付していることもそうだ。
呆れ顔で、彼は言い争いをしている皆をちらりと見やる。
「? 違いますわ」
「君、アドレー王太子の婚約者だね」
「え、ええ」
「俺はルーカス・ブラントだ」
「クリスティン・ファネルです」
軽く挨拶を交わす。
ここに長居は無用である。
クリスティンは騒いでいる皆を横目に、メルの傍に寄り、耳打ちした。
「メル、寮に戻りましょう」
クリスティンとメルはそそくさと生徒会室をあとにした。
寮へと続く道を歩きながら、メルは嘆息する。
「否応なく生徒会入りさせられましたね」
クリスティンは忸怩たる思いだ。
「極力顔を出さないようにするわ」
「厄介な集まりのようでしたからね……」
最近彼は少しずつ思ったことを素直に口にするようになった。人間味が出てきて、良い傾向だ。昔は感情を全て押し殺し、出さないようにしていたから。
「花冠の聖女も、途中でアドレー様から勧誘され、生徒会入りするわ」
「それが事実なら、とんだ女たらしですね、アドレー様は」
クリスティンは隣を歩くメルをまじまじと見る。
人間味が出すぎるのも、問題だ。
不敬罪に問われてしまいそうだ。
「メル、言動には気を付けてね? どこで誰に聞かれているか、わからないのだから」
「はい」
寮は敷地の北に位置している。
女子寮と男子寮に別れ、建物はどちらも瀟洒な白い建物だ。
クリスティンは一年生だが、最上階の大きな部屋だった。
他の生徒の部屋はこの最上階には一室もない。
ファネル公爵家の令嬢で、王太子の婚約者でもあるため、便宜が図られたようである。
メルは同室で、互いの部屋は扉で仕切られており、お風呂も備え付けられていた。
クリスティンは、いよいよゲーム開始となり、きゅっと唇を噛みしめる。
生徒会入りし、誤算が生じたが仕方ない。
剣の稽古を受けたいし、悪い立場にリーをおくのも忍びない。
どうか無事過ごせますようにと、クリスティンは神に祈った。
◇◇◇◇◇
祈りが通じたのか、日々は平和に過ぎていった。
クリスティンが断罪されるのは、王太子主催の夜会。
ゲームでも夜会までは危機に陥ることもなく、悪役令嬢は傍若無人に振る舞っていた。
(今何もないからといって、安心していては駄目……)
今日は生徒会の集まりがある。
クリスティンは一切出席したくなかった。
「わたくし、欠席するわ。体調が悪いということにしておいてくれないかしら」
クリスティンがメルに頼みこむと、彼はすぐさま頷いた。
「クリスティン様は熱があると説明しておきます」
「ありがとう」
どれだけあの集まりに出たくないか、メルはわかってくれている。
授業終了後、東館に連絡に行ってくれるメルと別れ、クリスティンは一人で寮へと戻った。
ゲームでは取り巻きの女子を何人も従えていたが、今は違う。
王太子の婚約者であるクリスティンに、取り入ろうとする者は多いものの、そういった人間は皆、一年後に掌返しをする。
それがわかっているから、挨拶や日常会話を交わすくらいで、必要以上にクラスメートと付き合わないようにしている。
基本的にメルと一緒か、一人で行動していた。
寮への道を歩いていたクリスティンだが、ひとつの事を思い、途中で引き返した。
図書館に寄り、魔術の勉強をしよう。
ラムゼイに教わって魔力の弊害については詳しくなったものの、発作をなくす根本的な方法はまだ見つかっていない。
(本を探してみましょう)
木々の生い茂った小道を歩いていれば、数人の声が建物の裏手のほうから聞こえてきた。
「生意気なんだよ!」
「年下のくせにさ!」
「新入生代表になったからって、いい気になるな!」
(何……?)
近づいていくと三人の男子生徒に、壁に押し付けられているフレッド・エイリングの姿がみえた。一方的に小突かれ殴られている。
クリスティンは考えるより先に、身体が動いた。
男子生徒の後ろに回り込み、その腕を捩り上げ、投げ飛ばした。
「うわっ」
地面に転がった男子生徒と、仲間の二人が、突然現れたクリスティンを呆然と見る。
「え……」
「クリスティン様……!?」
クリスティンは眉を顰めた。
「何をしてらっしゃるの。三人がかりで、一人をよってたかって。恥ずかしくはないのかしら」
三人の男子生徒は決まりが悪そうに顔を見合わせる。
「いえ、話をしていただけなんです、クリスティン様」
「そうです、なんでもありません」
フレッドをやっかんで絡んでいたようにしかみえない。
それなりの身分をもつ貴族の子息が、情けない。
クリスティンは溜息をついて、フレッドに声をかける。
「わたくし、図書館で勉強をしようと思うのですけど。それに付き合ってくださらないかしら?」
フレッドは、眼鏡の奥の瞳を驚いたように見開いていたが、こくっと頷いた。
「は、はい……」
クリスティンは男子生徒三人を振り返った。
「今後も、またこのようなことをなさるのでしたら、わたくしにも考えがありますわ」
両腕を組み、吊り上がり気味の鋭い目で睨むと、彼らは身を竦ませた。
「今後一切やめますわね?」
彼らは首肯する。
「は、はい」
「や、やめます」
「二度としません」
「そのお言葉、どうぞお忘れになりませんように」
フレッドを連れてそこをあとにし、煉瓦造りの図書館の入口へと向かう。
フレッドは安堵の息を吐き出した。
「ありがとうございました、クリスティン様。図書館に行こうとしたら、建物の奥に連れていかれて……。助かりました」
クリスティンは隣のフレッドに視線をやった。
「絡まれるようなことは、今までも?」
彼は俯く。
「何度か……。皆さんより一つ下でこの学園に入りましたし、目障りなのだと思います」
彼はあんな目に遇いつつ、ゲームでヒロインの悩みを聞いて力になってあげていたのか……。
ゲーム内では語られていなかった裏事情を知り、クリスティンは胸を痛めた。
この世界で生活をしていると、ちょこちょこ、ゲームでは明かされていなかった新事実を知ることがある。
悪役側だったメルが、給金の多くを孤児院に寄付していることもそうだ。
応援ありがとうございます!
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