【完結】泣き虫王子とカエル公女〜王子様はカエルになった公女が可愛くて仕方がないらしい〜

真辺わ人

文字の大きさ
10 / 36

(10)なりゆきとかそういうの

しおりを挟む
「ああ、やっぱり留守にするんじゃなかった。ごめんね、アンリ……」

 あ、泣く。
 その瞬間、イアンのラベンダーアメジストの瞳が揺らいで、大量の涙が溢れだした。


──────────


「僕の好きな小説は?」

『ひっかけ問題よくないよ。小説はあんまり読まないでしょう? 最近読んでる本は、テレンス・ハーバの『虚構の正義』だったかな?』

「じゃあ……」

『好きな食べ物はハムサンドとクコルのシチュー』

「えっと……」

『嫌いな食べ物は、苦野菜のサラダと魚料理……よね?』

「うぅ……」

 半信半疑のイアンにいくつか質問をしてもらった。小さい頃の話から最近の話まで。それでも私はアンリエール本人だから簡単な質問だった。

「小さな頃一緒に登った木は?」
『赤の庭の桜の木』

 この王宮には四つの庭園がある。それぞれの庭ごとに赤、青、黄、白で色分けされていて、赤の庭には、赤い花や赤い葉、赤い実をつける樹木などが植えられている。
 あれは七歳くらいだっただろうか。赤の庭で遊んでいる時に、彼が木に登りたいと言うので、一緒に登ったのだ。
 木の上から見る赤一色の景色はなかなか壮観だった。でも、いざ降りる段になったら、イアンだけ降りられなくなって大泣きしたんだっけ。

「うっ……それはそうだけど……次っ! 僕が授業をサボる時に隠れた場所は?」
『図書室の奥にある空の棚』

 イアンはよく授業をサボっていた。時間になってもイアンが現れなくて、困った教師が私のところにやってくるまでがセットだった。
 彼の隠れ場所は王宮に何ヶ所かあって、その中でも図書室の奥の棚はお気に入りだった。私が見つけた時には、お気に入りの毛布を持ちこんで昼寝してることが多かった。あの毛布、最近見てないけどどうしたのかな?

「……もう毛布を持ち歩くような年齢じゃないだけなのっ。じゃあ、お気に入りだったおもちゃの名前は?」
『ダーマン・シュトラウス二世』

 いかにもな名前がついてはいるが、これは実は……。

「わかった、わかったから、その恥ずかしい回想をやめてよ! 認めるからっ! 君は間違いなくアンリだ!」

 よし、勝った! いや、別に勝ってない。勝負じゃないんだから。

「それで? アンリは体調を崩して公爵邸で療養中のはずなんだ。その君が、なんだっておもちゃのカエルなんかになってるの?
 それに……おもちゃになるにしても、もっと他になかったの? チャーリーは人形とかも持ってるはずなんだけど……?」

 そうよね。私もそう思ったよ。
 でも、私に選択肢はなかったんだよ、イアン。そこだけはわかって!
 私だって好き好んでカエルになったわけじゃないんだから!
 偶然! 偶然なの!
 なりゆきだから! そこに私の意志はないの!

「わか、わかったわかった。わかったから! ちょっと落ちついて!」

 私がキレ気味に(心の中で)叫ぶと、黒い紙が一面まばゆい金色の文字で埋めつくされた。

『おぉぉ……すごい』

「強い感情で思考が暴走するとこうなるんだ」

 なるほど。

「それで、なぜ君がこんな姿になっているかの説明は聞いてもいい?」

 そうだった。
 それこそ、私が最もイアンに伝えたかったことだ。

 私は、イアンの留守中に王妃のお茶会に呼ばれたこと、そしてそこで入れ替わるために何らかの薬を飲まされたことを話した。

『それで、行き場をなくした私の魂が、偶然チャーリーが置き忘れていたこのおもちゃのカエルに入ってしまったみたいなの』

 多分、そういうことだ。
 突然色々なことが起こりすぎて、冷静に分析をする暇もなかったが、イアンに話しながら頭を整理することができた。
 あの時、薬を飲まされた私の魂は、肉体から離れた。肉体から切り離されて行き場をなくした魂は、このおもちゃのカエルを新しい肉体うつわと勘違いして宿ってしまったというわけなのだろう。
 もしそうでなければそのまま消滅していたっぽいから、そこは「よくやった、私の魂!」とでも言うべきなのだろうか?

 話を聞きながら、イアンが段々とうなだれていく。

「ああ、やっぱり留守にするんじゃなかった! ごめんね、アンリ……こんなことになったのは僕のせいだ」

 それから、自嘲気味なイアンの声が、震えて。

『あ、泣く……』

 そう思った瞬間に彼の目から大粒の涙が流れ落ちた。

「本当にごめん──!」

 私がこうなってしまった原因は王妃だ。イアンが悪いわけじゃないのに、なんで謝るんだろう。

「ここ最近、母上の様子がおかしいことは知っていた。アンリに何かするつもりかもしれないと思ってはいたんだ……それなのに僕は何もできなかった! ごめん、ごめんね、アンリ。痛かったよね、苦しかったよね、心細かったよね……!」

『……イアン』
「アンリ──ッ!」
『え、ちょっとイアン?!』

 イアンは私を机から持ち上げると、そのまま顔を近づけた。

 ──え、ちょっと、顔が近い!? ご尊顔が近すぎて直視不能ですよ?!

 と思ったら、ぎゅうぎゅうと握りこまれた。そしてカエルの背中にグリグリと彼の額が押しつけられる──本物のカエルならつぶれてるだろう力で。

『……あ』

 今、背中を濡らしているのは、彼の涙だ。泣かせているのは──……私か。
 私は前足で、握りこんでいるイアンの指をポンポンと叩いた。

「あ、アンリ……?」

 気づいたイアンが顔を上げる。

 あー、もう。涙でぐちゃぐちゃになってもかわいいんだから!

 握りこむ力が緩んだ隙に脱出する。とん、と机の上に降り立った私は、翻訳紙の上に立っ……いや、座った。何だか涙の染み込んだ背中がいやに重い気がするけど、今はそんなことどうでもいい。

『イアンのせいじゃない』

「でも……!」

『イアンが悪いんじゃない。お願いだからそんなに自分を責めないで』

 呪薬を飲まされて、胸が灼けるように熱くて、内蔵を全部串刺しにされたかと思うくらい痛かった。こんなに痛くて苦しい思いをしながら死ぬのかと思ったら、絶望しかなかった。
 意識を取り戻してからも、身体が動かなくて不安だったし、心細かった。おもちゃのカエルになったとわかって、途方に暮れた。
 誰かが同じように薬を飲まされたのを知って、私たちのいのちを弄ぶような王妃に腹も立ったし──今も腹は立っている。座る気配なしだ!
 それに、イアンをこんなにも悲しませるなんて許せない!!
 あいつだけは一発殴らないとどうにも気が済まないんだけど!? ──おっと。いかんいかん。自制心、自制心。

 また、金色の光で翻訳紙が埋めつくされそうになって、我に返る。
 私は前足で翻訳紙をたしたしと叩いてみせた。

『イアンがいてくれたから』

 イアンがこのカエルをアンリだと認めてくれたから。信じてくれたから。
 私はここにいる。
 そうでなければ、今頃チャーリーのおもちゃ箱へ出戻りして悲嘆に暮れているに違いない。

『信じてくれてありがとう、イアン』

「アンリ……!」



 慰めようとしたら、もっと泣かれたんだけど……なぜだ?





しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

悪役令嬢と氷の騎士兄弟

飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。 彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。 クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。 悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...