【完結】泣き虫王子とカエル公女〜王子様はカエルになった公女が可愛くて仕方がないらしい〜

真辺わ人

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(12)カエル公女と歌歌う王子

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「カエルしゃん♪ カエルしゃん♪ おいけにザボンとはいりなしゃいな♪ いいえ~おみじゅはつめたいからいーやーよっ♪ きゃははっ!」

 チャーリーに捕まってギュッとされながらブンブンされている現状。自分でも何言ってるのかわからないけど、事実を述べただけだ。

 ちなみにチャーリーが歌っているのは『カエルさんがザボン』という短い童謡だ。一番は池に入るのを強要される歌詞、二番は蓮の上で鳴くのを強要される歌詞になっている。確か五番くらいまであったけど、もう忘れた。毎回断ってるのに色々と強要されるカエル。最後には最初から全部無理やりさせられるという、悲惨な終わり方になっていた気がする。子ども向けの童謡って割と残酷だなぁ。

 さて、ずっと逃避してるわけにはいかない。何とかしてチャーリーの手から抜け出さなくては……。

「チャーリー殿下、王妃様がお呼びですよ」

 私を振り回しながら廊下を闊歩するチャーリーに、若い侍女が声をかけた。

「はぁいっ♪ かあしゃまにもカエルしゃんみせてあげよぅっ!」

『ひっ!』

 王妃と聞くだけで身が震え上がる。脳裏によみがえるあの恐怖と痛み。トラウマになりかけているらしい。

「行かれる前に御髪おぐしやお衣装を整えましょうね」
「はぁい」

 おおっ! これはもしかしなくてもチャンスなのでは?
 ピンチこそチャンスだというではないか! ……ちょっと意味が違う気がしないでもないが。しかし、チャンスには違いない。
 着替えのどさくさに紛れて抜け出してしまおう。きっとイアンも心配してるだろうし。早く戻らないと……。

 ところが、私の考えは甘かったらしい。チャーリーは片時も私を離さなかった。脳内でちっちゃなシンが『甘い! 甘いですよ、フェルズ嬢!』と怖いドヤ顔で叫んでる。お前、どっからきたんだ……?!

「カエルしゃん、カエルしゃーん♪」

 ご機嫌である。

「またおいかけっこしようね!」

 着替えの間、目の前に置いて、つぶらな瞳でじーっと見つめられていては逃げ出すこともできないのである。

 ああ、詰んだ。このまま王妃まで直行か……。
 正装したチャーリーはそれはそれはかわいらしかったけれど、今はそれを愛でる精神的余裕すらなかった。
 いや、こんなことでどうするのだ。
 いつか一発殴ると決めたんだから、顔を見るだけで動悸がするとか逃げ腰なことを言ってる場合じゃない。
 でも、倒れる私の視界に入った王妃の美しい微笑みが、あの日から頭を離れないのだ。

『はっ……はっ……』

 あの微笑みとともによみがえる胸の苦しみ、全身の痛み。思い出すと喉がつまってうまく呼吸ができなくなる──おもちゃが呼吸するか否かの議論はさておき。
 あの人にとって美しくもない私の命なんかどうでもいいのだろう。それは間違いがない。下手をすればそこらの虫よりも軽い命なのかもしれない。
 だから人の死を間近で見てもああやって綺麗に笑っていられるのだろう。

 ──くそう。悔しい。

 虫だって、カエルだって同じ命なのに。
 絶対にぎゃふんと言わせてみせてやる。

『でもやっぱり殴ったらまずいかなぁ』

 あんなんとはいえ一国の王妃だ。殴ったら私も無事ではすまなそうだ。
 じゃあとびきりの嫌がらせの方向で考えてみよう。
 王妃は汚いものが苦手だから、お茶会の時に使うテーブルクロスをこっそり汚しておく? ──いや、それでは準備をした侍女さんたちの首が飛びそうだし……人様に迷惑をかける方向のはナシで。

『そうだ!』

 カエルの姿で飛びついてやるとかはどうだろうか?
 びっくりしてひっくり返ってしまうかもしれないな。

 そうやって、あれこれと嫌がらせすることを考えていたら、少しずつ王妃への恐怖も薄れていったような気がした。






「あっ! にいしゃま!」

 謁見の間へ向かう途中、チャーリーはイアンを見つけると駆け寄った。どうやらイアンも王妃に呼ばれたらしく、服を着替えている。
 よく見たらチャーリーとお揃いの紺の服だ。さすが私の兄弟天使!
 そしてチャーリーは、何だかちょっと疲れ顔のイアンに向かって、私をずいっと突きだした。

「にいしゃま、みてみてぇ! カエルしゃんつかまえたのっ!」
「……っ!!!」

 その瞬間、イアンの目が驚きに見開かれた。
 すごい、すごい表情になってます、王子様!
 ええ、わかります!
 その目は『僕はこんなに心配したのに?! 何で君は楽しそうにチャーリーと遊んでいるの?!』ですよねっ?!
 これは不可抗力、不可抗力なんだから!
 大体、チャーリーと追いかけっこするという筋書きを考えたのはイアンなのだ。彼にもちょっとは責任があると思ってもいいよね?

「ね、ねぇ、チャーリー?」
「んっ?」

 めちゃくちゃいい笑顔のチャーリー。
 兄に戦利品を見せて満足したらしいチャーリーは、にっこにこでイアンに答えた。

「そのカエルさん、兄様に譲ってくれないかな?」
「えー……」
「代わりに新しいおもちゃ買ってあげるよ?」
「えー……」
「ねっ? お願いだよ、チャーリー!」

 ああ、イアン。多分その交渉の仕方ではダメだ。

「やっ! ぼくのカエルしゃんなのぅっ!」

 チャーリーはぷいっと横を向くと、私を後ろ手に隠してしまった。
 チャーリーに限らず、人というものは他人が欲しがるものに新たな価値を付与しがちだ。自分では『要らない』と思っていたものでも、『くれ』と言われるとあげたくなくなる。そんな天邪鬼な感情は、チャーリーのような幼い子どもほど強いだろう。なぜならば、まだ幼く理性による感情の抑制がきかないからだ。

 イアンはチャーリーの強い拒絶に苦笑した。
 今は何を言っても無駄だと思ったのだろう。肩をすくめてそれ以上、カエルのことは口にしなかった。

 やがて私たち一行は、ある扉の前に到着した。この大きく煌びやかな装飾の扉は、謁見の間のものだ。公的に国王陛下や王妃殿下に拝謁する時に使われる部屋である。
 イアンやチャーリーは身内のはずだ。身内に会うのにわざわざ謁見の間を使用することへの疑念を拭えないが、あの王妃のことだからと無理やり納得する。
 扉の脇に立っていた護衛騎士たちはイアンたちの顔を確認すると、その煌びやかで重そうな扉を開いた。

「まぁ、よく来たわね、イアン、チャーリー」

 王妃は、その豪奢な部屋の真ん中で、一際豪奢な椅子に座って微笑んでいた。
 久しぶりに見た王妃は──床につきそうなほど長く艶やかな光を放つ金髪、深いブルーベリルのような瞳を金のまつ毛が縁どり、まさにその存在自体が一つの宝石のような面持ちだった。

『──ぐっ!』

 ダメだ。気持ち悪い……王妃の顔を見たら吐き気がこみ上げてきた。予想以上の拒否反応だ。
 おもちゃである現在、生体的な反応は全て想像上のものでしかない。だから、吐き気がしたとしても実際に吐くわけではない。あくまで精神的なイメージだ。妄想の産物だ。
 私はお腹にぐっと力をこめた(それもイメージだけど)。

 ──堪えろ、アンリエール・フェルズ!

 あのお綺麗な顔を見て吐き気がするとか、王妃が知ったら憤懣やるかたなしだろう。まぁ、それを言ったが最後、その場で私の首と胴体がお別れしてしまいそうな気もするけれど。
 そんな私をイアンが心配そうに見つめている。
 大丈夫だよと言ってあげたいところだが、依然チャーリーの右手に握られたままの私。身動きが取れないのだが、もとよりとるつもりもない。こんな場でおもちゃらしくない行動をすれば、即切り捨てられるだろう。ブルブル……。

「もっとこちらへ寄って顔を見せてちょうだい」

 王妃と彼らは実の親子のはずなのに、なぜ久しぶりに会ったみたいな感じなのか?
 それに、表面上はにこやかにしながらもイアンの表情は固い。私を殺そうとしたことを知っているからかと思ったが、それだけでもなさそうだ。
 思えば以前から、母であるはずの王妃には一線を引いたような言動が見え隠れしていた気もする。
 ちょっと意外だった。
 イアンはその美しさゆえか、割と頻繁に王妃のお茶会へ招かれていたから。
 あからさまに嫌われている私と違って、イアンは明らかに王妃に気に入られている。だから、親子仲は悪くないんだと思っていた。

「今日はあなたたちに紹介したい娘がいるのよ」

 王妃は、イアンの顔をうっとりと見つめながら上機嫌だった。

 え゛……? 実の息子を見つめるにしては熱の入り具合が、ちょっとおかしい気がするんだけど……?
 うちの母が兄のスチュアートを見つめる視線はもっとこう……愛情あふれる感じとか──まぁ、実際は厳しいことも多いんだけど。こんな違和感は覚えたことがない。

 それはまるで、愛しい恋人でも見るような──いやいやいや、何おかしなことを口走っているのだろう。

 自分で自分を笑う。
 そんなことあるわけがないではないか。
 彼らは血をわけた親子なのだから。


 まるで恋をするような王妃の視線には、気づかなかったことにした。



──────────


『カエルさんがザボン』

作詞作曲 不明 童謡

カエルさん、カエルさん、お池にザボンと入りなさいな♪
いいえ、その池の水は冷たいからいやよ♪

カエルさん、カエルさん、蓮の上でゲロリとお鳴きなさいな♪
いいえ、薮の蛇を呼んでしまうからいやよ♪

カエルさん、カエルさん、石の上にピョンと登りなさいな♪
いいえ、その石は焼けるように熱いからいやよ♪

カエルさん、カエルさん、私の手にヒラリとお乗りなさいな♪
いいえ、その剣で斬られてしまうからいやよ♪

カエルさん、カエルさん、ザボンゲロリピョンヒラリでおしまいね♪
そうね、わたしのお歌はこれで全部おしまいね♪


一説によると、このカエルというのは罪人のことで、この歌は処刑の様子を暗喩していると言われている。

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