【完結】泣き虫王子とカエル公女〜王子様はカエルになった公女が可愛くて仕方がないらしい〜

真辺わ人

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(16)ヒロインとハムサンド

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 ラーラ・リスト。
 実は、彼女について特筆すべきことはあまりない。
 リスト男爵の一人娘であり、金髪碧眼の美しい容姿を持つ少女であることしか一般的には知られていない。
 なぜかというと、彼女は今まで社交界にも姿を現さず、つい最近学園に転入してきたからだ。

 私が人間アンリエールであった時も言葉を交わしたことはないので、彼女の人となりはよく知らない。私が彼女について知っているのは、シンの呼び名が不思議女子から不審女子にランクアップしていたことだけ。

 彼女は王妃の遠縁らしい。王妃に呼び出されたイアンは、彼女の面倒を見るように言い含められていた。
 王妃は彼女の美しい容姿がことのほかお気に入りらしく、その後も彼女を引きつれて王宮内を闊歩する姿をしばしば見かけることになる。その時の王妃は気持ち悪いくらいに機嫌が良かった。まぁ、目障りな私がイアンの側にいなくなったせいもあるかもしれないが。
 機嫌のいい彼女を見ながら、笑うとイアンにちょっと似てるんだな、とか思った。

 王妃の肝いりで転校してきたラーラは、その美しさも相まってすぐ全生徒の知る有名人になった。
 そしてまたたく間に数名の取り巻きができ、つねに彼らと行動をともにしていた。

 トマス・ペンタクロス、ペンタクロス子爵家の次男。
 ジュリオ・シーグルズ、シーグルズ伯爵家の三男。

 特に彼らと一緒にいることが多いようだ。 
 時々イアンがラーラの様子をうかがうと、彼らは少し不機嫌になる。どうやら彼女の関心を独りじめ(二人じめ?)できないのが面白くないらしい。



「イアン、中庭でお昼を食べましょっ。私、日頃のお礼にサンドイッチを作ってきたんですぅ。ハムサンドもありますよぉ! 一緒に食べましょうねっ!」

 そんな言葉とともに現れ、明るい陽光の中でニコニコ笑う彼女は、まるで神話に出てくる妖精のようだった。
 イアンとラーラ。
 二人が並ぶここだけ、明らかに空気が違う。
 銀髪と金髪、紫眼と碧眼、対照的な髪色、近似色の瞳──二人が並ぶさまは、まるで一枚の絵画のようだと思う。
 イアンは穏やかな笑みを浮かべていたが、内心はちょっと面倒くさいって思ってるようだ。他の人には聴こえないくらい小さな舌打ちをしてる。

 あら? 何か物足りないと思ったら、今日は取り巻きが一人足りないみたい。脳筋トマスだけだ。黒髪眼鏡のジュリオはお休み?

「いや僕は食堂で……」
「今日のランチは魚のフライみたいですよぉ? イアンは魚が苦手なんですよねぇ?」
「う……」

 見えないとは思うけど、私はポケットの中からイアンをジト目で見上げた。
 だから、魚も食べられるようになりなさいと言ったのに。母の言うことを聞かないから……あ、母じゃないわ私。母じゃないけど、王宮の料理長が「殿下が魚を召し上がらないから、ディナーのバリエーションに限界がぁっ!」って嘆いていた。
 イアンはもともと小さな頃から魚料理が得意ではないんだけど、この前魚の骨が喉にささって更にトラウマになってるんだよね。私は料理長じゃないけど、それくらいは知ってる。だてに十年以上一緒にいるわけではない。

 ただ、なぜ会って間もないラーラが、イアンの好き嫌いを熟知してるのだろうか。

 ──ああそうか、王妃に聞いたのか。

 王妃も一応母親だ。自分の子どもの好き嫌いくらいは知っていたのだろう。イアンの素っ気ない様子から、母親との関係は良好でないのだと勝手に思っていたが。彼女も意外と母親業していたというわけか。

 私が十年かけて覚えたイアンの好き嫌い。

『ハムサンドが好き。魚は嫌い』

 情報にすればたった一言ですむ。

 ラーラは私が十年かけて辿った道のりを軽々と飛びこえてくるのか。

 何だか胸のあたりがモヤモヤする──朝ごはんのパンケーキを食べすぎたのかもしれない。

 現在、おもちゃのカエルになっている私。食べなくてもお腹が空いたりすることはない。しかし、どういう仕組みか食べることもできるらしい。口に放り込んだ端から食べ物が消えていくので、イアンが面白がって口に入れるのをやめなかったのだ。

「イアン、こっちに来てくださいっ。あたし、すごくいい場所知ってるんですよぉ~」

 イアンを呼び捨てにするのもどうかと思うが、王妃の遠縁ということはイアンとも親戚になるのかもしれない。親戚同士ならば、相手が王子とはいえ呼び捨てにしても……いいのかもしれない。

『あっ、ここは…………』

 ああ、ラーラが連れてきたここは、私がいつもぼっちご飯を食べていたベンチだ。
 いつかの日、イアンとも一緒に食べたことがある。

「イアンは、あんまり目立つの好きじゃないですよねぇ? ここならあんまり人が通らなくてのんびりできますよぉっ」

 にこにこしながら、そのベンチを指さすラーラ。
 転校してきたばかりなのに、いやに学園事情に詳しくて不思議な感じである。
 ぼっちライフを満喫しまくってた私でさえ、二、三ヶ月はこのベンチの存在に気づかなかったのに。

「本当だ。静かでいい場所だな。さすがラーラだ」

 トマスがすかさず彼女を褒める。

 ああ、お願いだからやめて。

『私の場所なのに……』

 そこは私の──いや、もう私のベンチでもなんでもないけど。
 おもちゃにお似合いなのはおもちゃ箱だ。おもちゃにすらなりきれない私は、本当の意味でこの世界のはみ出しものなのかもしれない。
 私が震えていると、イアンがポケットをトントンとたたいてくれた。それで少し落ちつく。

「ほらっ、イアン! 座りましょっ!」

 ラーラはとても無邪気にイアンの手をとり、ベンチへ誘う。
 トマスはといえば、すでにベンチに腰かけていた。そうだね、君は空気を読むのが苦手そうだものね。さすが代々騎士を輩出する脳筋一族の末裔。
 ラーラはそれを見てぷくっと頬をふくらませるが、イアンを反対の端に座らせて、自分は二人の真ん中に座った。
 彼女が腰をおろしたその瞬間、ふわっと花のような香りがした。
 それはとてもいい香りだったけど、自分の居場所が完全になくなってしまったようで、少しだけ寂しさを覚える。

 ──仕方がない、ここはあきらめよう。

 生きているカエルならばまだ、ベンチの占有権を主張してもいいかもしれないが、今の私は生き物ですらない。
 おもちゃに、ベンチを独占する権利なんて、与えられるわけがないんだから。

 そうして私は、どんどん悲しくなる自分に気づかないフリをして、気持ちを切り替えることにした。

 現在の位置関係は、ラーラを中心として右手にイアン、左手にトマスだ。両手に花状態。
 ──ん? 花? まぁ、イアンは綺麗だし花でもいいけど、トマスと花は結びつかないかな。いや、赤毛だから頭だけなら花っぽく見えなくもないかもしれないな。なんて、ちょっぴり失礼なことを考えていると、トマスが言った。

「ラーラ、俺も何かくれ。腹が減った」

 ……やはりトマスは花ではなかったようだ。

 ラーラもまた、そんなトマスを呆れたように見やったが、すぐに膝の上にランチボックスを広げ始めた。

「もう。トマスは仕方がないなぁ~。はい、どうぞ。イアンはハムサンドが好きですよねっ?  はい、どうぞ」

 目の前に差し出されたハムサンドは、すごくおいしそうだった。ハムが綺麗なピンク色で、一緒にはさんである野菜はカラフルで目にも鮮やかなサンドイッチ。

「ごめんね、リスト嬢。やっぱり僕は食堂でお昼を食べてくるよ」
「えぇぇぇ~なんでですかぁ? イアンはお魚嫌いでしょ~?」
「う、それは……とにかくっ! せっかく作ってきてもらったけど、食べられない。ごめんね」

 差し出されたハムサンドをためらいなく押し返すと、イアンはすくっと立ち上がった。
 ラーラは信じられないものでも見るように、目を見開いている。

 あのハムサンドおいしそうだったのに、ちょっともったいないなぁ。

 イアンはくるりと踵を返してベンチから遠ざかった。



「んぐんぐ……うまいな! ラーラ、そのハムサンド食べないならもらってもいいか?」
「はい、バスケットごとどうぞ。もう必要ないので、好きなだけ食べてくれていいですよ」
「すまないな」
「どうぞどうぞ!──こんなはずじゃなかったんだけど……なんで上手くいかないのぉ?
 イアンは魚料理が苦手なはずだから、食堂が魚メニューの時はハムサンドを作って持っていけば中庭でヒロインあたしと一緒に食べるイベントが発生するはずなのにぃ……。
 こんなんじゃ悪役令嬢の断罪イベントまでに、イアンの好感度があげられないじゃない。
 もしかしてバグなのかな……?
 ううん。そもそもの好感度がまだ、ハムサンイベの発生条件まで上がってないのかも~。出会ってから一ヶ月以上も経つのになぁ……ゲームと違って、好感度が見えないのは痛いよね。ああぁ~好感度アップアイテムのラブポプリを持っていてもダメなんて、他にどうしたらいいのかなぁ……」

 そして、ラーラにおかわりを要求するトマスの声も、眉を寄せてうつむいた彼女の言葉も、私たちの耳には届かなかった。

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