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あれはうたかたの日々だったのか?
夏風と野球部を繋いでいるもの
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「あれはただの噂。真実なんてひと欠片もない、ただの噂。火のないところに煙は立たない、なんて言っても、結局は立つんだよ。火がなくたって、水の中でだって、煙は立ってしまうから。誰かの言葉さえあれば、簡単に。他人への伝達手段なんて、いっそなくなってしまえばいいのに、と思うこともある」
僕が高校二年の夏、あの女子同士のビンタを見てから、高校三年に進級して同じクラスになるまでの期間、僕と夏風の間にそこまで深い関わりはなかった。だけど国崎という共通の知り合いがいたせいか、何度か話すことはあった。
夏風の存在を知ると同時に、夏風に関する噂も耳に入ってくるようになった。その噂の中でもっとも多かったのが、野球部のキャプテンと夏風が付き合っている、という噂だった。一年生の上のキャプテンとかではなく、僕たちの学年の現キャプテンだ。その噂はあまり良い広まり方をしている感じではなかった。
「はっきり言って、迷惑してるんだ。彼はただでさえ人気者だから、ね」
あれは高校二年の秋も終わりの頃だっただろうか。冬も近付いて、風が冷たさを増していた頃だ。昼休み、夏風と国崎のふたりが体育館横で話している時、その近くを通りがかった僕が、国崎から呼び掛けられたのだ。購買から教室へ帰る途中で、僕は海老カツサンドとシュガーラスクを持っていた。我が校のラスクは大変美味しく、そして安かったのだ。渡り廊下にいた僕は、教室へと向かう道を逸れて、ふたりのいるほうへと向かった。なんで呼ぶの、と夏風が呆れたような表情を浮かべていた。
僕がふたりの間に立つ。僕も僕で、急に呼ばれて、何を話せばいいのか分からない。無視すれば良かっただろうか、と多少、後悔もしていた。
僕たちの微妙な雰囲気が分かっているはずなのに、国崎は俺たちの肩を同時に叩いて。
「よし、ここはお若いふたりに任せて。俺は教室に戻る。ふたりとも仲良くやるんだぞ。分かったな」
と言って、いなくなってしまった。
「行っちゃった……って、私が用事あったの、国崎くんのほうだったのに」
「そっか……、じゃあ僕は戻るよ」
「いや、なんかムカつくから、私の愚痴でも聞いていってよ」
「愚痴?」
「そう、愚痴。国崎くん、最近、将棋部に入ったの、知ってるでしょ。いきなり。野球部を辞めたのも驚いたけど、そっちのほうが驚いた。しかも聞いたら、将棋のルールも知らないんだって」
「らしいね。僕も、この前、本人から聞かされたよ」
「意味が分からない、と思わない? ずっとやってきた野球をこんな簡単に辞めて、で、代わりに入った場所が、ルールさえも知らない部活だ、なんて。ずっと好きで、心の底からやりたかった、っていうなら、私だって諦めるけど」
「でも、本人なりにやりたかったのかもしれないよ」
「将棋を?」
「将棋を」
「まぁ、百歩譲って、やりたかった、ってのは理解できるけど。でも、野球部を辞めてまで、ってのは理解できない。理解できない、というか、信じられないんだ。本人に聞いても、はぐらかされるだけ、だし。私、中学の時から、野球部の国崎くんを知っているから、どうしても、ね。今日こそは聞くぞ、って思ってたら、話の途中で、邪魔者が乱入してくるし」
冗談めかして、夏風が僕を軽く睨む。とても居心地が悪い。
「……っていうか、その……」睨まれたことに対しては、あまり気にしないふうを装いながら、聞く。「中学校が同じだったんだね。国崎と」
「えっ、知らなかったんだ。国崎くんから私のこと、聞いてると思ってたのに」
夏風が驚いたように言う
「なんで」
話題に出すほど、僕たちは仲良くもないじゃないか、と思う気持ちもあったが、口に出せば感じも悪いし、夏風に怒られそうな気もしたので、さすがに言わずに心の中にとどめておいた。
「いや、だって」とすこしだけ顔を赤くする彼女を見て、僕は察してしまった。僕に言っていたような冷やかしを、彼女に対してもしていたのだろう。「なんでもない。……話を戻すけど、やっぱり私は、彼は野球部に戻るべきだと思う」
「怪我は仕方ないんじゃ」
「治る怪我だから。安達くんがそう言ってた。安達くんも中学の時から一緒で、ふたりはいつも親友みたいだった。最近はあんまり話しているところも見なくなったし、喧嘩でもしたのかな、って思ったこともあるけど、やっぱり安達くんも納得してない感じで。それもちらっと聞いただけだし、私のほうも、あんまりゆっくり安達くんと話せる状況じゃないし、なんかずっともやもやしてる」
その安達こそが、夏風と付き合っている、という噂のある野球部の現キャプテンで、僕は一度も話したことはないが、顔は知っている。彫りの深い顔をした暑苦しいタイプの男前で、いつも話題の中心にいる奴、というイメージだ。そして女子にモテる。水面下でファンクラブができていて、抜け駆け禁止協定が作られている、なんて噂も聞いたことがある。悪い評判は聞かないし、きっと良い奴なんだとは思うが、僕は近寄らないようにしている。太陽が眩しすぎる日に、家の外に出たくないのと同じ感覚だ。
夏風は僕に似ていて、眩しいものを避けそうな印象が、すでにこの時点であったので、噂を聞いた時は意外に思った。でも似ていないからこそ、うまくいく関係だってあるはずだ。
「状況?」
「知ってるでしょ。大丈夫、知らない振りしなくても、結構広まってるのは分かってるから」
「まぁ、実は」
「私と安達くん、国崎くんは、中学校の頃から一緒にいることが多くて。たぶん、安達くんは気を遣ってくれたんだと思う」
その意味が分からず、「気を遣って?」と僕が首を傾げると、
「私、学校に行けてない時期があって、戻ってきた時、周りから浮いちゃってたから」
ほほ笑むその表情には、翳りがあった。いじめ、とか、不登校、とか、そういった言葉が頭に浮かぶ。僕の考えていることが分かったのか、「あはは」と口に出して笑って、手のひらを僕に向けるように振った。「違うよ、違う。たぶん日比野くんの考えているようなことじゃないよ。本当に病気だったんだ。もう治ったから、心配しなくてもいいよ」
「何の病気?」
「えっ、うーん。肺で睡蓮が生長しちゃう病気かな」
何を言っているのかその時は、分からなかったのだが、わざわざ病名を言いたくない、という強い意志を感じた。だから僕もそれ以上は聞かない。だけどもしかして彼女はまだ、と暗い想像が頭に浮かんだのは事実だ。
「それで学校に戻ってきたら?」
と話を戻すように、僕は聞く。
「それまであんまり話したこともなかった安達くんと国崎くんが、話しかけてくれるようになったんだ。もちろん他のみんなからも嫌なことをされたとか、そんなのはないんだけど、ね。クラスの中で過ごしやすい雰囲気を作ってくれた、って感じかな。それがきっかけ。中学二年の時だったかな」
「そうなんだ……」
安達に関してはほとんど知らないのでなんとも言えないが、国崎については、あいつらしいな、と思ってしまう。飄々として、実は情に厚い性格だ。そして意外とお節介焼きでもある。
「中学の時は、こう色々話しても、周りがどうこうなんてなかったんだけど、ね。野球も、どちらかと言えば、国崎くんのほうが騒がれている印象があったし。やっぱり中学と高校で、周囲もがらっと変わっちゃうから。いきなり安達くんがきゃーきゃー言われ出して、私はみんなの愛しのアイドルを奪おうとする悪女Aになってしまう。まったく本当に困っちゃうね」
とたいして気にもしてないように、夏風が笑う。それがあのビンタに繋がるのか。いまはこうやって軽口にして笑っているが、それも苦悩や葛藤の日々を経てのことだろう。
「恐ろしく人気があるからなぁ、安達」
安達と関わりがない僕でさえ知っているくらいに。
「うん。恐ろしいくらい。ほら、顔も格好いいからね。一度、安達くんから野球部のマネージャーにならないか、って言われたことがあるんだけど、丁重に、即座に断ったよ。だって、そんなの、考えただけでも、鳥肌が。大体、付き合ってもないのに」
「えっ、付き合ってないの」
僕の心底びっくりしたような声に、夏風が心底呆れたような顔をする。
「あれはただの噂。真実なんてひと欠片もない、ただの噂。火のないところに煙は立たない、なんて言っても、結局は立つんだよ。火がなくたって、水の中でだって、煙は立ってしまうから。誰かの言葉さえあれば、簡単に。他人への伝達手段なんて、いっそなくなってしまえばいいのに、と思うこともある」
その言葉に、僕は何故だか安心してしまった。別に夏風が誰と付き合おうと、どうでもいいはずなのに。
「それは困ったね」
「なんで、そんな他人事なの」
「あぁ、いや。まぁ他人事だし」
「まぁ、それはそうか。なので、私たちはただの噂だけの存在で、そこにそれ以上もそれ以下もない。分かった? はい、愚痴、終わり。もし良かったら、日比野くんからも国崎くんを説得しておいてね」
そして秋が終わり、冬を経て、三年生になった僕たちは同じクラスになった。
その間に、国崎は何度か夏風に野球部に戻る説得をされていたみたいだが、国崎が首を縦に振ることはなかったみたいだし、夏風も途中で諦めたのか、将棋部としての国崎を受け入れはじめたみたいだ。
僕が国崎を説得することはなかった。そもそもどの部活にも属してすらいない奴の言葉に重みなんてないだろうし、何よりも僕は、将棋部になってからの国崎のほうが、晴れ晴れとした表情を浮かべているように見えて、好きだったからだ。
時折、国崎から将棋のルールを教えてもらうようになった。自分もたいして将棋について知らないくせに、妙に上級者ぶる国崎を見るのも楽しかった。
高校三年になり、あと一年もない間に卒業していく自分を思うと、仮に挫折することになってしまったとしても、何か打ち込めるものがあったら良かったな、とたまに後悔してしまう時がある。
僕が高校二年の夏、あの女子同士のビンタを見てから、高校三年に進級して同じクラスになるまでの期間、僕と夏風の間にそこまで深い関わりはなかった。だけど国崎という共通の知り合いがいたせいか、何度か話すことはあった。
夏風の存在を知ると同時に、夏風に関する噂も耳に入ってくるようになった。その噂の中でもっとも多かったのが、野球部のキャプテンと夏風が付き合っている、という噂だった。一年生の上のキャプテンとかではなく、僕たちの学年の現キャプテンだ。その噂はあまり良い広まり方をしている感じではなかった。
「はっきり言って、迷惑してるんだ。彼はただでさえ人気者だから、ね」
あれは高校二年の秋も終わりの頃だっただろうか。冬も近付いて、風が冷たさを増していた頃だ。昼休み、夏風と国崎のふたりが体育館横で話している時、その近くを通りがかった僕が、国崎から呼び掛けられたのだ。購買から教室へ帰る途中で、僕は海老カツサンドとシュガーラスクを持っていた。我が校のラスクは大変美味しく、そして安かったのだ。渡り廊下にいた僕は、教室へと向かう道を逸れて、ふたりのいるほうへと向かった。なんで呼ぶの、と夏風が呆れたような表情を浮かべていた。
僕がふたりの間に立つ。僕も僕で、急に呼ばれて、何を話せばいいのか分からない。無視すれば良かっただろうか、と多少、後悔もしていた。
僕たちの微妙な雰囲気が分かっているはずなのに、国崎は俺たちの肩を同時に叩いて。
「よし、ここはお若いふたりに任せて。俺は教室に戻る。ふたりとも仲良くやるんだぞ。分かったな」
と言って、いなくなってしまった。
「行っちゃった……って、私が用事あったの、国崎くんのほうだったのに」
「そっか……、じゃあ僕は戻るよ」
「いや、なんかムカつくから、私の愚痴でも聞いていってよ」
「愚痴?」
「そう、愚痴。国崎くん、最近、将棋部に入ったの、知ってるでしょ。いきなり。野球部を辞めたのも驚いたけど、そっちのほうが驚いた。しかも聞いたら、将棋のルールも知らないんだって」
「らしいね。僕も、この前、本人から聞かされたよ」
「意味が分からない、と思わない? ずっとやってきた野球をこんな簡単に辞めて、で、代わりに入った場所が、ルールさえも知らない部活だ、なんて。ずっと好きで、心の底からやりたかった、っていうなら、私だって諦めるけど」
「でも、本人なりにやりたかったのかもしれないよ」
「将棋を?」
「将棋を」
「まぁ、百歩譲って、やりたかった、ってのは理解できるけど。でも、野球部を辞めてまで、ってのは理解できない。理解できない、というか、信じられないんだ。本人に聞いても、はぐらかされるだけ、だし。私、中学の時から、野球部の国崎くんを知っているから、どうしても、ね。今日こそは聞くぞ、って思ってたら、話の途中で、邪魔者が乱入してくるし」
冗談めかして、夏風が僕を軽く睨む。とても居心地が悪い。
「……っていうか、その……」睨まれたことに対しては、あまり気にしないふうを装いながら、聞く。「中学校が同じだったんだね。国崎と」
「えっ、知らなかったんだ。国崎くんから私のこと、聞いてると思ってたのに」
夏風が驚いたように言う
「なんで」
話題に出すほど、僕たちは仲良くもないじゃないか、と思う気持ちもあったが、口に出せば感じも悪いし、夏風に怒られそうな気もしたので、さすがに言わずに心の中にとどめておいた。
「いや、だって」とすこしだけ顔を赤くする彼女を見て、僕は察してしまった。僕に言っていたような冷やかしを、彼女に対してもしていたのだろう。「なんでもない。……話を戻すけど、やっぱり私は、彼は野球部に戻るべきだと思う」
「怪我は仕方ないんじゃ」
「治る怪我だから。安達くんがそう言ってた。安達くんも中学の時から一緒で、ふたりはいつも親友みたいだった。最近はあんまり話しているところも見なくなったし、喧嘩でもしたのかな、って思ったこともあるけど、やっぱり安達くんも納得してない感じで。それもちらっと聞いただけだし、私のほうも、あんまりゆっくり安達くんと話せる状況じゃないし、なんかずっともやもやしてる」
その安達こそが、夏風と付き合っている、という噂のある野球部の現キャプテンで、僕は一度も話したことはないが、顔は知っている。彫りの深い顔をした暑苦しいタイプの男前で、いつも話題の中心にいる奴、というイメージだ。そして女子にモテる。水面下でファンクラブができていて、抜け駆け禁止協定が作られている、なんて噂も聞いたことがある。悪い評判は聞かないし、きっと良い奴なんだとは思うが、僕は近寄らないようにしている。太陽が眩しすぎる日に、家の外に出たくないのと同じ感覚だ。
夏風は僕に似ていて、眩しいものを避けそうな印象が、すでにこの時点であったので、噂を聞いた時は意外に思った。でも似ていないからこそ、うまくいく関係だってあるはずだ。
「状況?」
「知ってるでしょ。大丈夫、知らない振りしなくても、結構広まってるのは分かってるから」
「まぁ、実は」
「私と安達くん、国崎くんは、中学校の頃から一緒にいることが多くて。たぶん、安達くんは気を遣ってくれたんだと思う」
その意味が分からず、「気を遣って?」と僕が首を傾げると、
「私、学校に行けてない時期があって、戻ってきた時、周りから浮いちゃってたから」
ほほ笑むその表情には、翳りがあった。いじめ、とか、不登校、とか、そういった言葉が頭に浮かぶ。僕の考えていることが分かったのか、「あはは」と口に出して笑って、手のひらを僕に向けるように振った。「違うよ、違う。たぶん日比野くんの考えているようなことじゃないよ。本当に病気だったんだ。もう治ったから、心配しなくてもいいよ」
「何の病気?」
「えっ、うーん。肺で睡蓮が生長しちゃう病気かな」
何を言っているのかその時は、分からなかったのだが、わざわざ病名を言いたくない、という強い意志を感じた。だから僕もそれ以上は聞かない。だけどもしかして彼女はまだ、と暗い想像が頭に浮かんだのは事実だ。
「それで学校に戻ってきたら?」
と話を戻すように、僕は聞く。
「それまであんまり話したこともなかった安達くんと国崎くんが、話しかけてくれるようになったんだ。もちろん他のみんなからも嫌なことをされたとか、そんなのはないんだけど、ね。クラスの中で過ごしやすい雰囲気を作ってくれた、って感じかな。それがきっかけ。中学二年の時だったかな」
「そうなんだ……」
安達に関してはほとんど知らないのでなんとも言えないが、国崎については、あいつらしいな、と思ってしまう。飄々として、実は情に厚い性格だ。そして意外とお節介焼きでもある。
「中学の時は、こう色々話しても、周りがどうこうなんてなかったんだけど、ね。野球も、どちらかと言えば、国崎くんのほうが騒がれている印象があったし。やっぱり中学と高校で、周囲もがらっと変わっちゃうから。いきなり安達くんがきゃーきゃー言われ出して、私はみんなの愛しのアイドルを奪おうとする悪女Aになってしまう。まったく本当に困っちゃうね」
とたいして気にもしてないように、夏風が笑う。それがあのビンタに繋がるのか。いまはこうやって軽口にして笑っているが、それも苦悩や葛藤の日々を経てのことだろう。
「恐ろしく人気があるからなぁ、安達」
安達と関わりがない僕でさえ知っているくらいに。
「うん。恐ろしいくらい。ほら、顔も格好いいからね。一度、安達くんから野球部のマネージャーにならないか、って言われたことがあるんだけど、丁重に、即座に断ったよ。だって、そんなの、考えただけでも、鳥肌が。大体、付き合ってもないのに」
「えっ、付き合ってないの」
僕の心底びっくりしたような声に、夏風が心底呆れたような顔をする。
「あれはただの噂。真実なんてひと欠片もない、ただの噂。火のないところに煙は立たない、なんて言っても、結局は立つんだよ。火がなくたって、水の中でだって、煙は立ってしまうから。誰かの言葉さえあれば、簡単に。他人への伝達手段なんて、いっそなくなってしまえばいいのに、と思うこともある」
その言葉に、僕は何故だか安心してしまった。別に夏風が誰と付き合おうと、どうでもいいはずなのに。
「それは困ったね」
「なんで、そんな他人事なの」
「あぁ、いや。まぁ他人事だし」
「まぁ、それはそうか。なので、私たちはただの噂だけの存在で、そこにそれ以上もそれ以下もない。分かった? はい、愚痴、終わり。もし良かったら、日比野くんからも国崎くんを説得しておいてね」
そして秋が終わり、冬を経て、三年生になった僕たちは同じクラスになった。
その間に、国崎は何度か夏風に野球部に戻る説得をされていたみたいだが、国崎が首を縦に振ることはなかったみたいだし、夏風も途中で諦めたのか、将棋部としての国崎を受け入れはじめたみたいだ。
僕が国崎を説得することはなかった。そもそもどの部活にも属してすらいない奴の言葉に重みなんてないだろうし、何よりも僕は、将棋部になってからの国崎のほうが、晴れ晴れとした表情を浮かべているように見えて、好きだったからだ。
時折、国崎から将棋のルールを教えてもらうようになった。自分もたいして将棋について知らないくせに、妙に上級者ぶる国崎を見るのも楽しかった。
高校三年になり、あと一年もない間に卒業していく自分を思うと、仮に挫折することになってしまったとしても、何か打ち込めるものがあったら良かったな、とたまに後悔してしまう時がある。
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