felice〜彼氏なしアラサーですがバーテンダーと同居してます〜

hina

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第五夜 二人の過去

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「可愛い!茜さんそっくりですねー!」
「でしょう。チビあかって呼んでるの。」

午前11時、産婦人科病棟にて。
産休中の茜が一ヶ月検診を受けた後、病棟に来訪し赤ちゃんを皆に紹介していた。

昨日のことがあってかどこか落ち着かなかった陽菜も、元気そうな茜の姿をみてとても嬉しくなった。
しかし茜は後輩たちに囲まれており、だいぶ人が少なくなってから陽菜も茜の下に向かった。

「一ヶ月おめでとう、椿くん。」
「はるなおばちゃんですよー。」
「えーまだお姉さんにして。」

茜と匠の子供は、椿と名付けられていた。
陽菜は忙しくてなかなか会いに行けず、退院してから初めて椿に会った。
頬もふっくらして、産まれた時よりもうだいぶ大きくなっていた。

「匠くんとは上手くやってる?」
「なんとか。今日も一緒に来てくれて、下で待ってるの。でもさ、本当に育児って辛い。皆んなに申し訳ないけど、仕事より辛い。」

陽菜は茜の弱音にとても驚いた。
確かに育児が大変なことはよく患者の経産婦から聞いていたが、あの体力おばけの茜が言うのだから相当なものだと感じた。

「だんだん楽になるといいね。椿くん、ママを困らせちゃダメよ。」
「とにかく今日やっと出禁から解放よ?外最高!陽菜もし暇な時あったら、話し相手に来て。なんかあったんでしょ?」
「え?」

陽菜はハッとして、茜の目を見た。
茜にはお見通しのようだった。
そしてハイテンションながらもきっと言葉以上に、茜も疲弊していることを感じた。

「匠くんの迷惑にならない?」
「あいつなら大丈夫。」
「今度、大切な話聞いてくれない?」

陽菜はそう言いながら、目が潤んでいた。
茜なら受け止めてくれるかもしれないと思ったのであった。

「あたぼうよ。いつでもおいで。できれば早めに。限界そうな顔してるよ?」
「それはこっちのセリフ。茜も無理しないで。匠くんのこと頼るのよ。」

陽菜がそう言うと、茜も目に涙を浮かべていた。
茜は咳き込んでそれを誤魔化し、抱いていた椿の顔を覗き込んだ。

「可愛いけど大変なのよね。私や匠には親がいない。覚悟はしてたけど、夜一人になると不安になっちゃって。」
「匠くん、夜いないんだもんね。ねぇ、もし私が妹だったらどう思う?」

陽菜は突拍子もないことを言ったこと自分に驚いた。
しかし茜は平然とし、静かに眠る椿の顔を撫でて言った。

「それは助かる。私妹欲しかったの。気付いた時は親もいなかったけどね。」
「ありがとう。」

陽菜は目から一筋の涙が流れていた。
そんな陽菜に茜は肩を叩いた。

「早めに家に来てね。情緒不安定同士だから。」
「うん。」

仕事中泣いたのなんて初めてだった。
陽菜は茜の優しさを胸に抱きながら、涙を拭い仕事へと戻って行った。
必ず数日後二人で会おうと約束をして。


そして無事に日勤勤務が終わり、陽菜は家に帰宅した。
家に帰ると、和食の出汁の匂いが漂っていた。

「おかえり、はるちゃん。」

圭は黒のエプロンを羽織りながらお玉を持って、陽菜を出迎えた。
普通逆なんだろうなぁと、陽菜は思ったが待っていてくれる人の存在は心を温めた。

圭が作ってくれた夕飯は和食で、肉じゃがやきんぴらごぼう、焼き魚などの家庭料理だった。
珍しい食卓に驚きながらも、どこか懐かしい料理に陽菜は感無量だった。

「美味しい。」

昔、小さな頃に母が作ってくれた食事のようだった。
陽菜は一つ一つ噛み締めながら、幸福だった子供時代を思い出した。

ー私は偽りだったとしてもあの頃の幸せを取り戻したかった。

「はるちゃん、大丈夫?」
「ごめん。昔のこと思い出しちゃって。」

陽菜は無意識のうちに目から涙を流していた。
そして涙は止まらなかった。
そんな陽菜の下に圭が来て深く抱きしめた。

「圭。ごめんね。」
「大丈夫だよ。俺がいるから。」

陽菜は圭の胸の中で声を出して泣いた。
その涙はこんな自分には泣く資格はないと思って、ずっと堪えていたものだった。
しかし自分の苦しみは心から消えることなく、ずっと消化されずに溜まっていたのだ。

「私、幸せを取り戻したい。お姉ちゃんにまた会いたい。たった一人のお姉ちゃんなの。自慢のお姉ちゃん。」
「うん。大丈夫。今の仕事を頑張ってるはるちゃんなら。お姉さんも受け入れてくれる時が来ると思うよ。」

陽菜の問題は難しかったが、圭はそれだけは確信を持って言うことができた。 

陽菜はずっと姉に断罪の思いを持って生きてきた心優しい人間だ。
自分の体も心も削ってまで得られた仕事を妹が懸命にしている姿に、きっと陽菜の姉なら受け入れてくれるだろうと思ったのである。

「ありがとう。いつか、笑顔で会える日が来るといいなぁ。」

陽菜はそう言って涙を拭うと、圭の作った懐かしい味のする料理を最後まで堪能した。
そしてこれから自分がすべき一歩を確信したのであった。



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