チーター (cheater)

ヨル

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第16話 起死回生

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神殿サイド…

「ただいま戻ったのじゃ!って…あれ?わらわの新しいご主人様は何処に行ったんじゃ??」

ニアが、下着を替えて神殿の地下にある部屋へと戻って来た。

「彼なら、いまさっき王女の元へ飛んで行ったわ。しばらくしたら、またここに戻ってくるはずよ。」

アーシャがこちらから背を向けて地面に座り込むリゼットの頭を優しく撫でながらニアへ返事をした。

「そうか…では、ここで待っておくとするかのぅ。ところで、リゼットはさっきから何故こちらに背を向けて座り込んでおるのじゃ?」

「あー…まぁ、あなたが居ない間にいろいろあったのよ、いろいろ。」

アーシャが、濁すように言った。

「ま、まさか……泣いておるのか?あの猛獣のように荒々しき男勝りのリゼットが!?」

驚いたようにニアが言った。

(わらわが着替えに行って居なくなった後じゃから、おそらくご主人様の仕業か…あの猛獣をも泣かせるとは……あの男、恐ろしいやつじゃな。)

ニアの言葉を聞いたリゼットは、無言でニアを睨みつけ殺気を送りつける。

ピリピリとした張り詰めた空気に気がついたアーシャが慌てて仲裁に入る。

「ニア…リゼットもあなたと同じ女の子なのよ?少しは気を使いなさい。リゼットもそんなことする元気があるなら、さっさと立ちなさいよ。」

「フンッ!か弱く繊細なわらわと、ただ強いだけのリゼットじゃ、まったくレベルが違うわい。」

ニアは腕を組みながら顔をプイッと横に背けた。

リゼットは、無言で立ち上がりニアの方へと振り返った。
そして、腕を組みながらひとこと、ニアに面と向かって言った。

「…この世界は弱肉強食。力こそが全てであり、強い方が正義。そうでしょ?」

「はぁ…お主は何もわかっておらんな。300年生きた者とたった20年そこそこ生きた者、この経験の差は大きいぞ?」

ニアは、やれやれと言った様子で言った。

「どういう意味だ?」

「お主は、確かに強い。おそらくスキルの汎用性や戦闘力の高さではトップレベルじゃろうな。
じゃがな…物事は、力が全てではない。何でもかんでも、力で解決して来たお主にはわからんじゃろうな。」

「な…」

リゼットはその言葉に絶句する。
なぜなら、いままで信じていたものを真っ向から全て否定されたからだ。

「あまり自分の力に酔いしれるなよ?リゼット。世の中には、力だけでは解決できないこともあるからのぅ。」

ニアは、片目を閉じてリゼットの目を見る。

「お、お前は何を知っていると言うんだ?」

リゼットは、既に動揺している。

「そうじゃな…一番大事なことは、いい塩梅を知るということぐらいじゃな。」

「いい塩梅…だと?」

「あぁ、そうじゃ。お主の場合、後先のことなど考えもせず、ただ力任せに敵陣を破壊し、殺し尽くすだけで加減というものを知らないであろう?」

「そ、それは…」

リゼットは、俯きながら目を逸らす。

「まったく図星のようじゃな…だから、わらわとお主じゃ違うと言ったんじゃ。お主に強大な力はあるが、その分、慎重さと繊細さが足りぬ。なぜ、敵を倒すだけで、活かすという選択を考えない?
わらわは確かに弱い…でもだからこそ、生き延びるためにその選択をしている。」

「・・・・・。」

リゼットは、自分の欠点を指摘され顔を背けたまま、黙り込んでしまった。

「……その点、あの男はその両方を兼ね備えているようじゃな。下手な人間の下に付くより、よっぽどいいわい。じゃが、あやつはまだ若い。若いが故に少し恐ろしい…」

これにはアーシャが返事をした。

「それについては、私も同感だわ。あの子はまだ成人前の少年だもの。自我の形成がまだ不十分な時期で、心が乱れて荒れやすい時期だわ……今後、力の使い方を間違わなければいいのだけどね。」



オーク軍基地サイド…

誠は、頭の中に響く見知らぬ女性の声に導かれ、神殿から飛んでリーナの元へと来ていた。しかし、そこは戦闘の真っ只中で、リーナがオークの棍棒による一撃殺されそうになったところを自身の左腕を犠牲にして助けることができた。
しかし、その攻撃で左肩から先を失い、出血が止まらず、失血により意識さえ保てなくなってしまった。
頭がボーッとし、立っているのがやっとの中、再び見知らぬ女性の声が頭に響く。

(『姫を守ってくれてありがとう。私が手を貸すわ…』)

キングオークは、急に現れた誠の存在を敵(人間)だと認識し、再び棍棒を構え始める。

「何者かは知らんが、貴様も人間のようだな?ならば、貴様もここで死ね!!」

そして、キングオークの渾身の力が込められた、2mを超える大きな棍棒が誠を目掛けて容赦なく振り下ろされる。

「誠、後ろ!避けて!!」

リーナが勢いよく叫んだ。

誠を目掛けて振り下ろされる死の塊…しかし、それが誠の体へと届くことはなかった。
直後、ガキンッという何かをぶつけたような音がした。

「なに!???」

キングオークが驚きの声を上げる。

そこには、こちらに背を向けたまま右手に持つ刀で棍棒を受け止める誠がいた。しかし、いままでとは様子が違う。刀が、誠の体がメラメラと紅いオーラを身に纏っていた。

誠は、刀で受け止めた棍棒をキングオークの方へ振り向きざまに薙ぎ払う。それは、ただ軽く薙ぎ払った動作だけだった。
しかし、棍棒は真っ二つに斬れ、キングオークは刀から生み出された紅いオーラの波動に吹き飛ばされ、5m後方の地面へと倒れ込む。

『姫には指一本触れさせない!次こそは私が守る!!』

それは、もはや誠の声ではなく見知らぬ女性の声そのものだった。しかし、リーナだけはその刀の形と声の持ち主に見覚えがあった。

「えっ……そんな、まさか…」

誠は、再び右腕のみで刀を構える。
その刀はフランベルジュという炎のような波打つ刃を持つ剣を片刃に変更し、70㎝ほどの刀身に反りを持たせた造りだった。それは、日本刀の湾れ刃のたればという刃文をそのまま刃先に変えたものだった。

リーナは、この武器の持ち主を1人だけ知っている。
なぜなら彼女のためにリーナが鍛冶屋へ作刀を依頼して贈った物だからだ。

彼女は元々、他の騎士と同じように両手剣や片手剣などを使っていたが、どの武器も彼女とは相性が悪く、手に馴染むようなしっくりとくるものがなかった。
しかし、剣技の才能はあり、身のこなしや技の上達は早かった。

そこで国の兵士に武術を指導する師範は、倉庫に眠っていた先代が使っていたものを模した訓練用の木でできた物を握らせてみたところ、まるで自分の体の一部であるかのように使いこなし、その武器とは非常に相性が良かった。

その武器の本物は先代の死後、神器の武器となっており、国の宝物庫に丁重に保管されていた。神器の適合者かを見極めるために、一度だけ触れることは許されたが、本物は訓練用とは違い、刀身が重く彼女の手では上手く振うことが出来なかった。また、使用時の状況からしても彼女は不適合者であった。

彼女を姉のように慕っていたリーナは、その光景をすぐ側で見ていた。そして、彼女には特別に国から支給される量産型の武器ではなく、その神器の形状に似せ、かつ軽量化した物をその先代の作刀を担当したという、200年以上続く鍛冶屋へ大枚をはたいて依頼した。そうして生まれたのが、あの刀…
作刀方法は、先代の刀と同じ玉鋼を折り返し鍛錬し、皮鉄で芯鉄を包み打ち伸ばして焼き入れを行う。
その形状は特異的なものの、実は日本刀と同じ製法で作られていた。

彼女は、この刀をこう呼んでいた。

『「プルガトリウム」』

リーナが呟いたと同時に、誠の身に宿る彼女も全く同じ言葉を言い放った。
その直後、誠が持つ紅いオーラを出していた刀が急激に炎を纏い燃え上がる。
それは、まるで地獄の業火のように…ドス黒く真っ赤な溶岩の如く。

リーナは、ハッとし頬を濡らす。

「やっぱり…あなただったんだね。レイラ…」

『姫…強くなられましたね。真に勝手ながら…死んでもなおあなたのことが忘れられず、心配でずっとお側で見て居たんですよ。』

そう言って、誠の姿で彼女は微笑んだ。

リーナはふと頭上の髪飾りの方へ目を向ける。それは、彼女の言葉に呼応するかのようにキラキラと光っていた。

「何を黙って見ている、お前達!さっさとそいつらを叩き潰せ!刺し殺せ!!」

オークキングが、配下のオーク達を一喝する。
しかし、周囲を取り囲むオーク達は紅蓮の炎に腰を抜かし、逃げ腰になっていた。

誠はさらに追い討ちをかけるように、プルガトリウムを頭上で軽く円を描くように振り回した。
ただそれだけの動作だった。しかし、その剣筋からは紅い波動を生み出され、周囲を囲む1t近く重量のあるオーク達を一瞬で後方へと吹き飛ばす。
石槍や棍棒などオーク達が持っていた武器は、ベースが木製のため容易く引火して燃え始め、灰へと姿を変える。
それに加えて、あの円を描く動作により、誠の頭上にも竜巻のような熱風を発生させ、大きなテントもろとも空の彼方へと吹き飛ばした。

『姫へ武器を向けて、タダで済むと思うなよ?』

誠に宿るレイラは、プルガトリウムの切先を頭上の空へ向ける。
すると、その刀はマグマのようなドス黒い紅色へと変わり、たちまち刀身の周囲の風景が歪み始める…

するとその直後、誠の背後から異様な者が姿を現した。
2本の角を頭に生やし、口にも上下から2本ずつ牙を生やした巨大な鎧武者が誠の頭上に出現した。それは、上半身のみだったがとても大きい。ゆうに15m~20m近くある。

その姿は、まるで地獄にいる鬼のようだった。巨大なそれは大きな甲冑を見に纏い、6本ある腕の先には全て誠が握る刀と同じものが握られていた。しかし、その刀のサイズが異常で、どれも山1つを容易に斬り倒せるほど大きい。

その鬼の顔は、まるで般若のお面のような険しい表情で周囲の者達へ睨みを効かせる。
そして、その巨大な鬼武者の背後からは、メラメラと炎が燃え上がり威光のような神々しさを放つ。

この武器が持つ、神器スキル『戦神』
これは、その中の1つ。
彼女の【怒り】を具現化した戦神…

オークキング「な、なんじゃこりゃ…」

オークA「ひぃ…撤退だ。急いで撤退しろ。」

オークB「こりゃあ…デ、デカイな…」

オークC「殺られる!殺られるー!!」

オークキング含め、オークの軍勢はあまりの力量の違いに、戦意を失っていった。

『よく聞け、オークども!我が姫へ武器を向けるなど、万死に値する。骨も残さず貴様ら全てを焼き尽くしてくれる。ここで、灰になるがいい!』

誠に宿るレイラは、天へ向けていたプルガトリウムを地へ振り下ろそうとする。その動きに同調して、巨大な鬼武者も1本の刀を振り下ろす。

オーク諸共、マグマのような鈍い輝きを放つプルガトリウムで地を2つに割ろうとしたその時…

「もうやめて!!」

座り込んでいたリーナが、そのまま勢いよく叫んだ。
誠の動きがピタリと止まる。

『なぜ止めるのです…姫?』

誠に宿るレイラが尋ねた。

「私は……オーク達の死なんて望んでいない。ここへ潜入してわかった。彼らも姿は違えど人間と同じ……家族が居て、仲間が居て協力し合って生きている。確かに私の国を攻めてきたのは許せないけど…でも絶対悪ではない!だから、滅ぼしたいとは思わない!!」

『な…』

誠に宿るレイラは、リーナ姫の意外な返答に戸惑いをみせた。

「危ないところを助太刀してもらって助かったよ、レイラ。だが、俺もリーナの意見に同感なんだ。」

誠は元の声に戻り、レイラへ語りかける。
それと同時に、マグマのような鈍い輝きを放ちながら、燃え続けるプルガトリウムの神器スキルを解除する。すると巨大な鬼武者もユラユラと消失した。普通の刀の状態に戻ったのを確認し、誠はそのまま収納スキルで亜空間へと直す。

すると、誠の頭の中でレイラが返答する。

(『お前まで……しかし、姫がそう望むのなら仕方がない、私は姫に従う。』)

(「無理言って悪いな、レイラ。」)

誠が、頭の中でレイラと対話する。

(『後は任せて良さそうだな、私は少し疲れた。しばし眠る。姫を連れてさっさとその場を離脱しろ。』)

(「あぁ、わかってる。俺ももうあまり長くは持たないから…」)

「…さて、一旦退くぞリーナ。」

「あ、誠?元の誠に戻ったんだね。」

「あぁ、まぁな。戻った途端に、激しい痛みが相変わらず襲ってくるがね…」

誠の左肩は、抉れて断面が見えているものの、出血はもう止まっていた。

(あれ?出血が止まってる…神器でオーラを纏ったおかげか?それとも、俺のスキルのせいか…?まぁいい、さっさと撤退だ。)

そして、去る前に誠はオーク達全員へ聞こえるよう、大声で叫ぶ。

「オーク達よ!3日後の夕方、俺は改めてここへ来る。それまでに、全ての兵士をこの基地へ集めておけ。今後どうするかは全てお前らに任せる。よく話し合ってくれ。」

その言葉に、オーク達はざわざわとざわつき始める。
誠はひと呼吸おいて、再び強い口調で言った。

「ただし!!……戦を放棄して逃げることは許さない。まだ白黒ついていないからな。それに、俺から逃げられるとは思うなよ?どこへ逃げようとも、俺はどこへでも追いかけて来る。こんなふうにな。」

誠は腰を抜かして地面に倒れているオーク達に背を向け、座り込んでいるリーナの元へ行く。
その隙だらけの背中を攻撃しようという者は居ない。
キングオークでさえ、事の成り行きを、無言でただただ静観している。

「誠…」

リーナは誠の左肩を心配そうに見つめる。
誠はそんな悲しい眼差しのリーナを右腕で抱き込み、耳元で小さく言った。

「俺は大丈夫だ…それより、いまから空間を飛ぶ。目を閉じてて、リーナ。」

「え?あ、うん…」

リーナが目を閉じたのを確認し、誠は最後にオーク達に向けて叫ぶ。

「じゃあな、オーク達。また会おう。」

そして、心の中で強く念じる。

(【俺は、いまアーシャの元へいる。】)

次の瞬間、オーク達の前から誠とリーナの姿が一瞬で消失した。

敵がその場から跡形も無く姿を消したのを見て、オーク達のざわつきはピークを迎える。
ある者は「急いで戦いの準備を!」と、またある者は「これでは勝てる訳がない!早々に降伏すべきだ、無残に殺されるよりはマシだ。」と、賛否両論わかれる。

そんな中、キングオークは考えていた。

(なぜだ?なぜ奴等は我らにトドメを刺さなかった?あのまま刀を振り下ろせば、何事もなく奴等の勝利で人間とオークの闘いに片がついた。それなのに、あの小娘は自分は殺されかけたのにも関わらず、「我々を滅ぼしたくない」と言い、我々はその言葉で生かされた……戦場で敵を殺すのは世の常。敵を自由の身のまま生かすなど邪道が過ぎる。そうするメリットなどないに等しい…いったいどういうつもりなんだ??)

そして、ただ一言だけ呟いた。

「人間…か……不思議な種族だ。」と。



神殿サイド…

アーシャとリゼット、ニアの3人はそのまま地下の部屋で誠の帰還を待っていた。
リゼットとニアは無言のまま、相変わらずそっぽを向き合っている。

アーシャは、過去に別々の時期に2人を引き取った身であるため、2人へ対して情があるのだが、リゼットとニアはお互いに仕事や外出ですれ違うことが多く、たまに顔を合わせる程度だったのだ。また性格の違いから、元々仲が良い関係ではなかった。

「2人ともいつまで喧嘩してるの?まったく…」

アーシャが呆れたように言った。

「別に…」

リゼットが腕を組み壁にもたれ掛かったまま返事をする。

「わらわは喧嘩しとらんわい。」

ニアもその場に立ったまま、アーシャの言葉を否定する。

それを聞いたアーシャは、やれやれと横に首を振った。ちょうどその時、アーシャの目の前の空間が歪み、抱き合った状態でボロボロの誠とリーナが出現する。

「はぁはぁ…やっと安全なところに戻って…これた…」

「あら、おかえり。帰って来たようね、誠。それに初めまして、リーナ王女。」

アーシャが帰還した、誠とリーナへ挨拶をする。

「おかえり、誠…」

リゼットは何故か顔を赤らめ、誠から目を逸らしながら挨拶する。

「おかえりなのじゃ!ご主人様。」

ニアは、待ちわびたと言わんばかりに、嬉しそうに挨拶した。

「あぁ、ただいま…。リーナ…もう目を開けて…いいぞ…」

誠がリーナへ声をかけ、リーナも目を開ける。

「あれ?って、ここはどこ!?」

リーナが驚きの声を上げる。

「安心して、ここはリゼッタの町にある神殿の地下室よ。」

アーシャが状況を説明する。

「そっか…なら安全ね。あ、それよりも早く!誠の左肩の治療を!!」

リーナが誠を床に寝かせ、慌てた様子で言う。

「え?って…その左肩どうしたの!?」

その声に反応して、ニアとリゼットも誠の左肩に視線を向ける。そこには、あったはずの左肩から先が無くなっていた。
すると、リゼットがすごい勢いで駆け寄る。

「誠、しっかりしろ!大丈夫か?」

「・・・。」

リゼットが誠へ強く呼びかける。
しかし、誠からの返事はない。

「これ!返事をしろ!起きるのじゃ!!」

ニアも駆け寄り、右肩を叩くが誠の意識は戻らない。

「誠!目を覚まして!死なないで!!」

リーナが叫ぶ。しかし、誠の反応はない。
アーシャは、冷静に首から脈を取り確かめる。
だが、脈の触れは無くなっていた。
誠の口付近へ、アーシャは顔を近づけ胸部と腹部の動きを見る…そして、瞼を開き光を照らして瞳孔の動きを確認した。

全ての確認を終えたアーシャは…無言で首を横に降った。それを見たリーナは号泣する。

「私のせいだ……私を庇ったばっかりに、誠は…」

リーナは、自責の念に駆られていた。

「クッ…そんな!」

「我が主人が…」

リゼットもニアもその場に固まってしまう。

「おそらく…失血死ね。出血が止まっているのは、傷口が塞がったからではなく、きっと外に出せるものが無くなったからだわ。人間は、全血液の30%以上を失うと生命の維持が困難になる。さらに50%も失えば…心臓が止まる。状態から見るに、左の腋窩動脈が切れているわ…早目に紐や布できつく縛るなりして、止血を行わなければならなかった。」

アーシャは状況を説明する。
しかし内心、不思議に思っていた。

(おかしい…彼は既に人間を辞めているはず…)

リーナは、誠の亡骸を抱きしめ泣き続ける。

「誠…ごめんなさい。私が…私が、身勝手なことしたから……私がそのまま死ぬべきだった。」

すると、リゼットがリーナをすごい力で押し退けて、誠の亡骸を奪い取り、再び床に寝かせる。

「もう、泣くくらいならそこをどけ!葬式するには、まだ早い!頼む!誠、戻って来い!!」

そう言って、リゼットは誠の失われた左肩へ手を当てる。すると、アーシャはその手に自分の手を重ねて言った。

「いまさら細胞の活性を上げて左肩から先を全て再生させたとしても、もう手遅れだわ…心臓が止まっているもの。」

「そんな…なら、心臓を動かせば…」

アーシャは、リゼットのその言葉に対して、静かに首を横に振る。

「…そもそも血液が足りない。それに、もし心臓を動かしたとしても、呼吸も止まっているから、肺で酸素のガス交換が出来ずに結局細胞が死んでしまう。」

「クソッ…もっと早ければ私の力で……」

リゼットは、俯いて誠の顔を見ながら言った。

「お前には…もっと生きててほしかった。私と共に…」

そう言ってリゼットは、誠をぎゅっと抱きしめた。
大胆な行動にリーナとニアは、唖然としている。

「「え…」」

その時、リゼットは誠から微かな鼓動を感じた。
不規則であるが、合わせた胸から伝わってくる。

「ん?これは、まさか…」

すると、彼の左肩からオーラのような物が出現し、元々はあった左腕を形作る。そして、それをなぞるように早いスピードで細胞が再生を始めた。

「ふふ、やっぱり… 彼は、無意識に使っていたスキルの影響で死ねなくなってるわね。」

アーシャは、結末を知っていたかのように言った。
左腕が全て元の形へと再生し、次第に鼓動が強くなるのをリゼットは感じた。そして、誠が息を吹き返す。

「ゲホッゲホッ…ちょっと、苦しい。体を締め付けないで…… 力が強すぎる…」

誠は三途の川の辺りまで行ったものの、再びこの世へ返り咲いた。

「誠!起きたか!!」

「誠さん!良かった…」

「ご主人様!!ようやく目覚めおったか!」

「まったく…みんなに心配かけさせて。まぁ、ひとまずは一件落着ね。」

それぞれが、喜びの声をあげる。

誠は、ようやく目を開いた。

「あぁ、おはよう。あれ?てか、この背中の肌触りは…リゼット?!俺、いつのまにリゼットに抱きついていたの!??」

リゼットはハッとした表情になり、頬を真っ赤に染めたかと思うと、さっさと何事もなかったかのように誠から離れて壁の方を向く。

それと入れ替わりで、今度はリーナが誠の胸に飛び込んだ。

「まったく!死んだかと思って心配したんですよ!!」

リーナが嬉しそうに誠へ言った。

「いや、正確にはその子、いっぺん死んでるわよ。死の三徴候、全て揃ってたから。」

アーシャが冷静にツッコむ。

「あれ?そういえば全く痛みがない。それに左腕が元に戻ってる……美女達にまで抱きつかれて…ここは天国か??」

誠は、ここがさも現実世界ではないと言いたげな目でアーシャに尋ねた。

「いいえ、あなたはまだ生きてるわ。1回死んで、それから再び蘇った。あなたのスキルのおかげね。」

アーシャは、ニコッと笑顔で返答した。

「そうか、俺はまだ生きてるんだ。だからか……だから、『まだ来るな』と言われたのか。」

「え?誰に言われたの??」

リーナが不思議そうに誠へ尋ねる。

「わからない。この神殿へ戻って来て、意識が朦朧とする中、急に意識がハッキリしたんだ。そしたら、俺は川岸に立っていた。周りは俺以外に誰もいない。そしたら、川を挟んで向こう岸の方によぼよぼに年老いた男と、亡くなった頃のままの母親の姿が並んで見えたんだ。だから、俺もそっちの川岸へ行こうと川の中へ足を入れたら、『お前はまだこっちに来るな!』とその男に怒鳴られたんだ。そしたら、急に後ろへすごい力で引っ張られて…ここで俺は目を覚ましたんだ。」

誠は、眠っていた間の出来事を思い出しながら語った。

「それはおそらく、臨死体験ってやつね…まぁ、1回死んだんだから無理もないわ。」

アーシャは、冷静に説明した。

「あの声…男の容姿はすごく年老いてたけど、たぶん俺の親父だった。あれがもし本当なら、親父は今頃亡くなってるんだろうな…」

誠が懐かしくも、哀しげな表情で遠くを見ながら言った。

「あれ?だけど変だな。親父が失踪したのは3年前…だけど、俺が見たのは、明らかに数十年は老けた親父だった。」

「3年の間に数十年も年老いてたってことですか??」

リーナが興味津々に尋ねる。

「それが現実だったかどうかは、確認のしようがないわ。無意識が作り出した幻想だったのかも知れないし…」

しかし、アーシャはそれを否定する。
それが現実であると言う証明ができないからだ。

「まぁ、そうだよな…あれが現実だったかはわからない。そう言えば、ニア。あの話の続きを教えてくれ。」

「あの話?なんの話じゃ??」

ニアは、キョトンとした様子で尋ね返す。

「俺と初めて出会った時に言ってた話だよ。前に俺と同じ場所に倒れていた異世界人の話!」

「あぁ、それか!それはじゃな…えーっと、たしかその時は中年ぐらいの男が倒れておってな。その男の名は…名は……誰じゃったかな?」

「え!?まさか、もう忘れたの??」

誠もキョトンとした様子でニアへ尋ね返す。

「し…仕方がないじゃろ!なんせ、30年も昔のことなんじゃから!!」

「ふふ…やっぱりニアは、BBAね…」

リゼットが、茶化すように背を向けたまま小刻みに震え笑っていた。

「うるさーい!ババア言うなー!!」

ニアはムキになった様子でリゼットへ叫ぶ。

「それじゃあさ、ニア。その男はお前に出会った後、どうなったんだ?」

誠がニアへ声を掛け、話を戻す。

「あぁ、それは覚えておるぞ。わらわはその後、仕事でアカルシア王国へ行く用があってな。この世界へ来たばっかりの異世界人をそのまま放置するのは可哀想じゃったから、一緒に連れて行ったんじゃ。そしたら、当時の国王であったバルサス王がそやつの身元を引き受けおったんじゃ。」

「おじい様が!?」

これには、リーナが反応した。
バルサス王…それは現国王、アーサーの父。
つまり、リーナにとって祖父にあたる人であったからだ。

「おじい様???そういえば、お主はいったい誰じゃ??我が主の連れであるようだが…」

「え?ニア、この方を知らないの??」

アーシャがニアへ尋ねる。すると、ニアは堂々と答えた。

「あぁ、知らぬ。最近、この辺りに帰って来たばっかりで情報に疎くてな。」

「アーシャ、ニアは年寄りだから、情報に疎いのは仕方がないわよ…」

リゼットが茶化すように口を挟んだ。

「だから、わらわを年寄り扱いするなと言っておるだろうが、リゼットー!!」

ニアがこちらに背を向けて壁の方を向くリゼットの背中めがけて飛び蹴りを繰り出す。
しかし、リゼットは瞬時にそれに反応し、ニアの蹴りを繰り出した足を右手で簡単に受け止める。そして、そのままひょいっと持ち上げ宙吊りにする。

「あ、ちょっ、リゼット?やめろ、やめんか!わらわのパンツが見えてしまう!!」

ニアは、相変わらず灰色の鎧と白いドレスを一体化させたような、丈の短いアーマードレスを着ていた。
そのため、逆さにされると…見えてしまうのである。
ニアは急いで股を手で覆う。

リーナは、無言で誠の後頭部へ手を回し、誠の顔を自らの胸に素早く押し当てて目隠しをする。

「なっ…」

誠は急な出来事にビックリしながらも、そのままリーナへ身を任せる。
いままでの体に対する過負荷により、自身の体を動かす力があまり戻っていないのだ。

「相変わらず格好だけは若いな、お前は…なんでわざわざそんな紐みたいなのを履いてるの?」

リゼットは、それを見て率直にニアへ尋ねる。

誠は視界が塞がれ視覚がない分、聴覚が研ぎ澄まされしっかりとリゼットの声が聞こえていた。

(え!?それって…いわゆる紐パンか!?)

誠がその言葉にピクッと驚く。
するとリーナは、さらに無言で自身の両腕を使って誠の頭を包み、誠の耳を塞ぐ。その力は、何故か強い。

(あ、ちょ、リーナ? 痛い、痛い。)

「フガフガフガ…」

誠は必死に言うが、胸と服に包まれて言葉にならない。

「べ、別に良いではないか…」

ニアがそっぽを向いて、リゼットへ返事をする。

「何を企んでいるかは知らないけど、誠に下手なことしないでよ?」

リゼットは、核心を突いているかのように言った。

「なっ!?」

「私が他人の思考読めるの忘れてた?」

フフンっとリゼットが得意げに言う。

「好きになる気持ちはわかるけど、あなたのような、まな板幼児体型では無理よ。誘うなら…もっと女性らしく、妖艶に誘わなきゃ。」

そう言って、リゼットはニアを吊るす反対側の腕を自身の胸に当てて、軽くボヨンッと揺らす。
スラリと引き締まった肉体に、しっかりと女性的な凹凸のあるリゼットの体…その妖艶な雰囲気を持つリゼットに、リーナも少し身構えてしまう。

「わらわを、まな板言うな……望んでこうなったわけではないわい…」

「まぁ、その胸なら年老いても垂れないんだから、あなたにはそれで良かったんじゃない??」

リゼットが、胸を揺らしながらドヤ顔で言う。

「お主は、わらわを褒めておるのか?それとも貶しておるのか…?」

「フフッ…さーね。」

リゼットは、不敵な笑みを浮かべて意地悪そうな顔をして、目を横に向けた。

リーナは、そんな仲が良いのか悪いのかよくわからない2人のやりとりを見ていて、あることに気が付いていた。

(この人達も、きっと誠のことが好きなんだ…)

ギャーギャー騒ぐ2人を見て、リーナはなんだか複雑な気持ちになった。
ふと、顔下へ目をやる。そこで、自身が誠の頭をグッと力強く抱きかかえていることに気が付いた。急いで力を緩める。

(あ、そういえば、体が勝手に反応して誠の頭を抱いてたんだった…変な会話を聞かせる訳にはいかないし、そのままにしておこう。)

「ところでリゼット。お主はわらわを笑ったが、お前はこやつの名前を知っておるのか?」

リゼットと戯れあってたニアがようやく話を戻した。

「当たり前だわ、アカルシア王国のリーナ王女よ。」

リゼットはさも当然と言わんばかりに答えた。

「あら、あなたが知ってるなんて意外ね、リゼット。」

それに対し、アーシャが驚いたように言った。

「以前、アカルシア王国が同盟国の代表を招いた懇親会のパーティーに私も招待されたことがあったの。私も一応、この町の統治者だからね。そこで、国王様の隣に座っていたのを見かけたことがあったわ。だから、名前を知ってたのよ。」

リゼットは、事の経緯を説明した。

「あぁ、なるほどね。ここ最近、リゼッタの町には不在なことが多かったから、すっかり忘れてたわ。昔はそういう外交的なこともしてたんだったわね。」

「えぇ。だけど、いまの私にはそれよりもやるべきことがあるから。最近は、やってないの。」

リゼットは、信念を持つかのように言った。

「なるほどね…まぁ、自分で判断できる大人になったんだし、好きにしなさい。…というか、王女様と知ってたなら失礼な行動は慎みなさいよ。さっき、誠が倒れてた時、堂々と王女様を押し退けてたわよ。」

アーシャが呆れた様子で言った。

「あの時は、誠が死んでしまうと思ってつい……居ても立ってもいられなかったんだ。先程は失礼したな、リーナ王女。非礼を詫びる。」

リゼットは、その場でニアを吊るす手を離し、姿勢を正してリーナへお辞儀した。
ニアは、そのまま頭から床へ落下し、ゴンッと鈍い音を響かせる。

「あ、いえ…私は別に大丈夫です。それより、床に落としたその人、大丈夫ですか?」

リーナは、床へ顔から落ちたニアの方を見る。

「あぁ、こいつなら頑丈だから大丈夫よ。」

リゼットは、横目でニアを見る。

「あいてて…まったくリゼットは乱暴なんじゃから…」

ニアは頭を摩りながら、自己紹介をした。

「わはわは、ニアじゃ!よろしくな。」

「えぇ、知ってます。」

リーナの意外な返答にニアは、え?という顔をする。
すると、リーナが言った。

「以前、誠さんを救出した時に、グリルム王国の兵士達と共にニアという女性が『敵』として居たと聞いておりましたから。それに、私の国でも護衛専門の傭兵として噂でですが、結構有名ですからね…」

リーナは無表情で言った。
無表情…だからこそ怖い。
ニアの表情が、まずいという顔に変わる。

「あ、あぁ…実はそれには深い事情があってのぅ。」

ニアの目が泳ぐ。
リーナは目を瞑りながら返答した。

「……いまは貴方に敵意がないようですし、過去のことは水に流します。」

ニアは、ほっとした表情に変わる。
しかし、リーナの言葉はまだ終わっていなかった。

「ですが!!…今後、誠を狙うような真似をしたら、タダじゃ済みませんのでそのつもりで。」

目をカッと見開き、ニアの目を真っ直ぐに見てリーナが言った。
ニアはその勢いに押される。

「わ、わ、わかっておるのじゃ…」

ニアはリーナの姿から、溢れ出るような唯ならぬ強いオーラを感じていた。
そんな姿を見て、ニアはリーナから目を逸らし俯く。
そしてニアは内心、思っていた。

(この者、いま絶対に怒っておる…)

「まぁ、心配せずとも大丈夫よ、リーナ王女。そいつはもう既に、私と誠に成敗されてるわ。私は報いを受けさせようと思ったんだけど、誠が身柄を引き受けるって言うから、いまは誠の従者になってるわ。だから今後、命を狙うような真似はしないと思うわよ。」

リゼットは、いままでの経緯を説明した。

「え、そうなんですか!?」

リーナが驚きの声を上げると同時に、ひとつ疑問に思っていた。

(なんで自分の命を狙うようなやつを、わざわざ仲間にしたんだろ…誠。)

リゼットは言葉を続ける。

「まぁ、どうやら、体は狙ってるようだけどね…」

その言葉を聞いて、リーナの表情が変わる。

「な……やっぱこんな不良品、要らないのでそちらに返品します!」

「うちも人は足りてるから、要らないわ。返品拒否よ。」

2人は、お互いにニアを『要らない』と言い始めた。
アーシャはやれやれといった様子で静観している。

「ちょ、お主ら……わらわを物のように扱うな。それに有能なわらわは、要らぬ存在なのか…」

ニアは、2人から『要らない』と言われ、その言葉にガーンとショックを受けた様子で、その場で床にうなだれる。

「まぁ、誠が決めたことだから、何か考えがあるんじゃないのかしら?あとは、引き取った本人に任せるわ。」

「むむ…そうですね。私が勝手に判断していいことじゃありませんね。」

ひとまず、ニアの身柄は誠に任せると言うことでその場は収まった。

「そういえば、誠はどうなの??」

リーナが誠の存在を思い出し、胸元から解放する。
しかし、誠は既に眠っていた。
体に過度な負担をかけ、常に神経を張り巡らしていたため、精神的な疲労もあったのだ。
安全なとこへようやく戻って来たのだから、安心して眠ってしまうのも無理はない。

「あ…寝てる。」

「あら、もう眠ってるわね…フフ、起きてる時はあんなに男らしいのに、寝顔はなんだか子供みたいで可愛いわね。」

リゼットが頬を赤らめながら、母親のようなおっとりとした目で誠を見ている。

「な…」

もちろん、いままでの目つきとは違うリゼットの姿にリーナも気がついた。
それは、明らかに女の目だった。

「だ、ダメです。誠は私のものです。」

「フフ…そう?まぁ、今後、等閑なおざりにしないことね。」

否定するわけでも、肯定するわけでもないリゼットの返答。しかし、それは明らかに大人の女性が見せる余裕だった。それはある意味、宣戦布告だ。

「絶対にダメですからね!」

リーナは子供のようにムキになって、もう一度言う。

「さて、何のことかしらね?結局、最後に決めるのは本人だから…そんなことは知らないわ。」

一方のリゼットは、そんなリーナを適当にあしらう。
むむー!っとリーナは少女らしくリゼットを睨む。

「わらわは不良品なのか、わらわは…わらわは…」

ニアはニアで床にうなだれたまま、身を小さくしてぶつぶつひとりで言っており、相変わらずの調子だ。

そんな中、静観していたアーシャが声を上げた。

「さて、みんな。そろそろ夜も更けて来る頃だし、お風呂に入って寝なさい。あ、それから王女様と誠には今日泊まるための部屋を貸すから、ゆっくりしていきなさい。着ている服もボロボロだから、着替えを用意させるわ。」

「えぇ、そうね。」

「わかったのじゃ…」

リゼットとニアが返事をした。

「何から何までありがとう、アーシャ。」

リーナがアーシャへお礼を言う。

「いえいえ。それより疲れたでしょ?早くお風呂に入ってゆっくりして来なさい。この時間帯は誰も使わないから、大浴場を貸切にしてあるわ。それにここのお風呂は、地下から湧き出た源泉を直接引いている、薬効のある湯なの。傷が染みるかもしれないけど、治癒が早まるからちゃんと全身浸かるのよ。それにしてもあなたと誠、土まみれでボロボロね…」

「あはは…ちょっといろいろあって。」

リーナは、アーシャから目を逸らした。

「えぇ、だいたい見てわかるわ…それじゃあ、リゼット?案内してあげて。」

「えぇ、わかったわ。ついて来て。」

リゼットは、アーシャの言葉に了承する。

「わらわも行くのじゃ!お風呂~♪お風呂~♫」

ニアはお風呂へ行くとなるや否や、元の姿に復活していた。どうやら、お風呂が好きらしい。

「誠、起きて!お風呂行くよ!!」

リーナが誠の体を揺さぶる。

「スピー…スピー……」 Zzz…

しかし、寝息をたてており起きない。

「ちょっと、誠~。ダメだ、起きないわね。」

すると、それを見たリゼットが、ひょいっと軽々と誠をお姫様抱っこで持ち上げた。

「よし、行くわよ。」

「え?ちょっと、えぇ……お、重くないの?リゼット。」

リーナは、異様な光景に少し驚いていた。

「全然…私からしたら、まだ軽い方だわ。」

しかし、リゼットは誠を持ち上げてもなお、平然としている。まるで、食べ物が入った紙袋を両手で持つかのように。

「か、怪力ね…」

「フフ、失礼しちゃうわ…それより、誠をどうしようかしらね。疲れてるところを叩き起こすのは可哀想だし、このままじゃ1人でお風呂入れないわよね…。土まみれのまま、ベッドに寝かせるのはちょっと汚いし…」

「そうですね…困りましたね。」

リーナがどうしたものかと、うーんっと考える。

「ニア?あなたは…紐パン履くぐらいだから恥ずかしくないわね。オババだし…」

「誰がオババじゃ!まぁ、別にわらわはよいが…」

ニアは、相変わらずリゼットの言葉に噛み付くがリゼットはそれをスルーする。

「王女様もこの子を好きみたいだから、大丈夫そうね。」

その言葉に、リーナが頭に疑問符を浮かべる。

「え?」

「さて、それじゃあ、お風呂に行くわよ。私も既に背中を見られたし、誠なら裸を見られても構わないわ。どうせまだ起きないだろうしね。ほら、みんなついて来なさい。」

「な……わ、わかりました。行きま…しょう。」

リーナは、少し恥ずかしかったがリゼットの案に乗り、そのまま一緒に入ることにした。
もし、自分が拒否したとしても、リゼットとニアは誠を連れてお風呂へ入るとわかっていたからだ。
そうなるぐらいなら、自分もついて行った方が心がモヤモヤせずに済む。

こうして、リゼット・ニア・リーナ…そして、眠りについたままの誠、一行は神殿内にある大浴場へと向かった。
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