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狭き闇の中から
しおりを挟む深い、深い海の底から、浮かび上がるような感覚だった。
なにも存在しなかった無に、徐々に意識が芽生え始める。
まだ何もかもがぼんやりとしていて、全てがはっきりとしたわけだはない。
しかし、目覚め始めた意識の中で、唯一思い出したことがある。
俺は死んだ。
剣を、槍を、矢を、無数の敵意を体に受けて、空を仰いで死んだ。
前後の記憶はあやふやだが、死の状況から察するに、どうやら自分は殺されたらしい。それが戦か、暗殺か、それとも公開処刑だったのかは分からない。
とにかく、俺は死んだ。特にこれといった感傷はない。自分が死に至るまで記憶がごっそりと思い出せないのだから無理もない事だった。
自分がどのような人間で、家族の顔も、友人や恋人がいたのかも分からない。思い出もない。いわゆる記憶喪失といった状態なのだろう。
しかし、俺が死んだというなら、今の状況は一体なんだ? こうやって思考している時点で、記憶と矛盾しているではないか。
瀕死の重症を受けたが、奇跡的に助かったのだろうか。それとも、殺されたという記憶事態、本当のことではないのかも知れない。まさに思考の堂々巡りだ。こんな状態では結論など出せようはずがない。
しかし、そんな事を考えているうちに、事態は飛躍的な進展をみせる。
体の感覚が生まれ始めたのだ。
頭、胴体、四肢先端に至るまでの感覚がある。視界は未だに確保できないが、自分の肉体を知覚できたことは大きい。足場の定まったような安心感に、俺は思わずほっと一息ついた。
次にやるべきことは、この空間がどこであるべきか確認することであろう。
試しに両手を伸ばす。肘が半分も伸びないうちに壁のようなものにぶつかった。左右や背後、足元を調べても同じである。どうやら俺は相当狭い場所で、仰向けに閉じ込められているようだ。
そこからは執念と地道な作業だった。
正面の壁、あるいは天井を何度も拳で叩き、盛大に暴れた。幸い、壁の材質は木材でできているようで、破壊できない訳でもない。不思議と大した痛みも感じないことも助かった。しばらくすると木材の壁を拳が突き破り、さらに脆い壁にぶつかる。今度は爪で引っ掻くと簡単にボロボロと崩れていく。
俺にこんな事をしやがったのは一体どこのどいつだ。暗闇の中で毒づいて、さらに壁を崩しにかかる。
どれだけ壁を削っただろうか。爪はとっくにひび割れている感覚があるが、やはり痛みは感じない。明らかに不自然だが、今はここから脱出することが最優先だ。
ガリガリ、ガリガリ。
気の狂うような作業の末、不意に、伸ばし手が壁を突き破る。
差し込んで来たものが光だと知覚する前に、激痛が両目を襲った。光とはこのように眩しいものだったろうか。
「あ゛あ゛」
呻き声を上げて、突き破った壁から這い上がる。
そこは墓場だった。
石の十字架が曇天の下に陳列する。どれもかなり風化が進んでいて、崩れ落ちているものも少なくない。枯れ果てた木々が所々に生え、カエルの鳴き声が陰鬱な空気をかきみだす。湿地帯らしい湿った地面がなんとも気色悪かった。
俺は嫌な予感がして、自身の出てきた「穴」と見た。掘り返された土と、破壊された棺桶がある。背筋が冷たくなった。
側に立つ石の十字架が、そんな俺を不気味に見下ろしてきた。簡素な墓石には墓碑銘がない。風化具合からして、やはり長い年月が立っているように見える。
考えないようにしていた。しかし、これ以上真実から目を反らし続けるわけにはいけない。
俺は墓から這い出てきた。そして墓に収まるのは死者だけだ。
曇天に両の手を翳す。
土気色をしたミイラのような腕。皮がめくれ、所々白い骨が見えている。どう考えても生きている人間のものではない。見ればボロボロの服を纏った身体中が同じような有り様だった。顔に関しては恐ろしすぎて考えたくもない。
先程から痛みがないのも、日光を苦痛に感じるのも納得した。
「あ、あああああ」
膝が崩れ落ち、絶望を心が支配する。
俺は、アンデットだった。
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