墓と骸と吸血鬼

tatu525

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月光の吸血鬼2

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 ざわりとした悪寒が背筋を這いずる。急に教会が寒々しい空気に包まれたように感じた。

 例え記憶を失っても、その存在は俺の中に知識として存在している。

 夜の王、ヴァンパイア。

 世界樹の保有する陽と陰のマナのうち、陽に影響された太陽の下に生きる命と、陰に影響された夜の魔物。常に反目し、争い合う2つの勢力のなかでも、ヴァンパイアは特別な存在だった。陰のマナを高純度で体内に取り込めるヴァンパイアは、強靭な肉体と巨大な魔力を合わせ持つ。その力と美しい姿は夜の勢力の象徴であり、人間にとっては恐怖の対象だった。

 神話にも度々登場する伝説上の存在。それが今、目の前で悠然と微笑んでいる。少女の戯言と割りきるには、その雰囲気と滲み出る魔力はあまりにも人間離れしていた。加えて銀色の髪に朱色の瞳というヴァンパイアの特徴とも合致する。

 俺は反射的に武器になるような物に目を走らせる。しかし、周囲に備品の類いがないのは確認ずみで、頼れそうなものはアンデットの肉体とそこら辺に転がる石ぐらいのものだった。仮にヴァンパイアと対峙するというなら、あまりにも貧相であると言わざるを得ない。

「そんなに警戒しないで。貴方を害するつもりなんてない」

 身構える俺に、いっそ拍子抜けするほど柔らかい言葉をヴァンパイアは投げ掛ける。それだけ見れば慈悲深い少女が小首をかしげているようにしか思えない

「ヴァン、パイアが、俺に、何の用だ?」

「別に、用ってほどの事じゃないわ」

「いつ、から、そこにいた?」

「そもそも、貴方が私の家に転がり込んできたのだけれど......」

 困ったように笑うヴァンパイアをじっと見つめる。思わず気を許してしまいそうになるが、体に染み付いた警戒心がそれを許さない。

 やがて、降参、とばかりにヴァンパイアは肩をすくめた。

「もう、どうしたら信用してくれるの?」

 やはり言葉に邪気はなく、話ぶりも純粋そのものと言った様子だ。しかし、俺の答えはすでに決まっている。

「悪いが君を、信用する、必要はない」

「え?」

 傷ついた様子で顎をひく彼女に、多少心が痛まない訳でもない。しかし、こちらはアンデットで、向こうはヴァンパイアだ。どんな意図があるにしろ、もし本気で襲われたら俺に勝機はない。そんな相手と長居するのはごめんだった

「勝手に、君の根城に上がり込んだことは、謝る。そして、すぐに、出ていこう。それで問題は解決する」

「そんなこと......」

「邪魔をした」

 アンデットらしい散漫な動きで立ち上がり、ヴァンパイアに背を向ける。ここを出てあてがあるわけではないが、ここと同じような廃屋さがしてしばらくは身を潜めよう。さすがに、次もヴァンパイアとかち合うなんて偶然はなしにしてもらいたいが。

 背中にヴァンパイアの視線を感じながら、教会の扉に手をかける。その時、妙に湿った声が投げ掛けられた。

「待って、ノムド」

 聞き覚えのない単語に、踏み出そうとした足が止まった。

「......先程も、言っていたが、そのノムドとはなんだ? ヴァンパイアの、言い回しか?」

 振り返り、祭壇のヴァンパイアを見やる。先程から奇妙な光を讃えた瞳がゆっくりと閉じて、開かれた。同時に感情を脱ぐ去った彼女の表情からはもはや何も読み取れない。

「いいえ、違うわ」

 言葉を切り、祭壇から立ち上がったヴァンパイアがゆっくりと歩み寄る。あまりにも無防備な様子だったので、俺は警戒することも忘れて至近距離まで来た彼女を見下ろした。

「ノムドは、貴方の名前よ。心を持ったアンデットさん」

「な、に......?」

 驚愕が動揺となって全身に伝播する。なぜ、自分も知らない名前を彼女が知っている。そもそもこの会話は、『俺の記憶がない』という前提が両者の間になければ成立しないものだ。様々な可能性が入り乱れ、俺は平手打ちを食らったように後ずさる。

「どういう、ことだ。君は......」

「貴方のことを知っている」

 こちらの思考を先回するようにヴァンパイアは話す。主導権を完全に向こうに握られる形になったが、気にもならなかった。半ば諦めていた生前の自分を知っている人物との再会。それがこんなに早く、こんな形でやって来るとは。

 前後の状況も忘れ、俺は彼女の両肩つかんで詰め寄る。

「教えて、くれ! 俺は、何者だったんだ? どうして、こんな、姿になった?」

 やろうと思えば簡単に振り払えたはずだが、ヴァンパイアはされるがままに、虚を付かれたような顔でこちらを見上げている。

 その時、朱色の瞳に自らの姿がちらりと映った。土気色の皮が骨にへばりつき、眼科のおちくぼんだ酷い顔だ。そんな怪物に掴みかかられるのは、いくらヴァンパイアといえど愉快ではないだろう。

「......す、すまない。悪気は、なかった」

 いくらか冷静になった俺は、彼女を解放し、取り乱してしまった気まずさから顔を伏せる。相手の見た目が華奢な少女であるために、羞恥心もひとしおだ。

「ううん。別に、気にしてないわ」

 しかし、そう言う彼女は真実、何も気にしていない様子だった。乱れたワンピースを整えたぐらいにして、特に気分を害した風でもない。

「それに、始めから知ってることは話すつもりだったから」

「......そう、か」

 ようやく一筋の光明が見えた気がして、俺はアンデットとなってから初めて明るい気分になった。そしてそれは、このヴァンパイアのお陰にほかならない。

「助、かる」

 その一言で、彼女に対する警戒心が溶けていくように感じる。彼女がかつての知己であるのなら、少なくとも話を聞いておくべきだろう。嘘を言っている可能性もなくはないが、俺一人嵌めるのにそこまでする理由がない。ヴァンパイアがその気になれば、アンデットの一人や二人、簡単に葬ることができる。

「いろいろと、その、忙しい人ね」

「自覚は、している」

 コロコロと表情を変える俺に、彼女は呆れたように言った。思わず苦笑が浮かぶ。思えば、このヴァンパイアは始めから友好的であった。それを信じられなかったのは、全面的にこちらの非である。

「覚えてる? 貴方、私のこと信用する必要はない、とも言ったわ」

 目尻を吊り上げ詰めよって来た彼女は、俺の言葉で少なからず傷ついたのだろう。かつての知り合いが、全くの他人のように振る舞うのだ。いくら死んだ人間であろうと、悲しい気持ちにさせられるはずだ。

「それは、すまない」

 致し方ないことであるとはいえ、それですませられる話ではないと思った。しかし、俺の謝罪をヴァンパイアは......

「許しません」

「......は?」

 清々しいほど綺麗に切り捨てた。呆気にとられる俺を、ヴァンパイアは拗ねたような顔で見上げる。次いで、悪戯っぽくクスクスと笑った。見た目よりはかなり年上であるはずだが、その仕草はまるで年相応の少女のようであった。

 一通り笑ったあと、少女はこちらに向けて白い指を突き付けた。

「許せないから、条件を一つ飲んでもらうわ
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