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オープニングセレモニーの夜
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京香はちょっと驚いていた。
兵藤が酔った姿を初めて見たから……
都内に二店舗、横浜、京都にも支店を持つベーカリーショップ『ブーランジェリー・ラピス』のオーナー 兵藤圭介。
巧みな話術で人を魅了し、スラリとした職人姿から生み出されるパンは美しく美味しい。
今では実業家として成功を収めつつある兵藤を、マスコミは放っておかなかった。
そんな兵藤の下で、会社の広報担当として、マスコミ対応、スケジュール管理を一手に引き受けているのが 藤本京香だ。
二人は兵藤が最初の店舗を立ち上げた時からのコンビだから、かれこれもう十年のつきあいになる。
そんな二人にとって、今日は特別な日でもあった。
新しいお店の開店。
今までのようなベーカリーショップでは無く、コンセプトを持った喫茶店形式。
ブーランジェリー・ラピスとしては初めて尽くしとなるお店だったが、マスコミも集まり盛大なオープニングセレモニーとなった。
慌ただしいながらも多くの祝福を受けて、嬉しく誇らしい日。
だから、普段酒に強くて酔う事が無い兵藤がふらついているのは、予想外の事だった。いや、今回はとてもタイトなスケジュールだったから、こうなる可能性はあったはず。
京香は自分のスケジュール管理の甘さを後悔する。
兵藤さん、開店準備で忙しかったからお疲れが出たんだわ……
体調を気にかけつつ、新店舗の近くに建てたばかりの新居へと送り届けたのだった。
「兵藤社長、家に着きましたよ」
タクシーから兵藤を引っ張り出すと、肩を添えて一緒に玄関へと歩みを進めた。
「社長、鞄のどこに鍵を入れてあるんですか?」
「ん、サイドポケット」
「あ、ありました」
京香が鍵を取り出して扉を開ける。
二人でもつれ込むように入ると、新築独特の香りがした。
家の構造は分かっている。
何回も設計図を見せられてどう思うかと聞かれた。
自分の家を建てるのに、他人の意見を気にするなんて。
いつもは自分で何でもこなす兵藤社長の意外な面を見て、ちょっと可愛らしいなと。
でも内心では嬉しく思っていた。
「とりあえず、居間へお連れしますね。靴脱いでください」
「んー京香女史、いつも悪いね」
兵藤は京香の事を『京香女史』と呼ぶ。
これは兵藤の日頃のくせで、出会う人にだいたい面白いニックネームを付けて呼ぶ。そうやって、一気に相手との距離を縮めて信頼関係を勝ち取るのが上手だった。
京香から見れば十歳も年上の兵藤が、まるで博士と呼ぶかの如く『京香女史』と呼んでくる。最初の頃は恐縮してしまい、いてもたっても居られない気分だったが、もうずっとそう呼ばれてきているので慣れっこになっていた。
「お疲れが出たのかもしれませんね。早くお休みになった方がいいですよ」
そう言いながら居間のソファに兵藤を寝かせると、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを持って行った。
「お水お飲みになったほうが楽になるかも……」
そう言ってソファ横に跪いて覗き込んだ瞬間、二人の視線が鉢合わせした。
京香は慌てて目を逸らしてしまう。
一方の兵藤は、ますます苦しそうな表情になった。
ああ、この後に及んでも俺はまだ決心しきれずにいる。
京香にこんな情けない姿を見せてしまうなんて……
「ああ、ありがとう」
ため息と共に身を起こすと、水のボトルを受け取って口をつけた。
兵藤が酔った姿を初めて見たから……
都内に二店舗、横浜、京都にも支店を持つベーカリーショップ『ブーランジェリー・ラピス』のオーナー 兵藤圭介。
巧みな話術で人を魅了し、スラリとした職人姿から生み出されるパンは美しく美味しい。
今では実業家として成功を収めつつある兵藤を、マスコミは放っておかなかった。
そんな兵藤の下で、会社の広報担当として、マスコミ対応、スケジュール管理を一手に引き受けているのが 藤本京香だ。
二人は兵藤が最初の店舗を立ち上げた時からのコンビだから、かれこれもう十年のつきあいになる。
そんな二人にとって、今日は特別な日でもあった。
新しいお店の開店。
今までのようなベーカリーショップでは無く、コンセプトを持った喫茶店形式。
ブーランジェリー・ラピスとしては初めて尽くしとなるお店だったが、マスコミも集まり盛大なオープニングセレモニーとなった。
慌ただしいながらも多くの祝福を受けて、嬉しく誇らしい日。
だから、普段酒に強くて酔う事が無い兵藤がふらついているのは、予想外の事だった。いや、今回はとてもタイトなスケジュールだったから、こうなる可能性はあったはず。
京香は自分のスケジュール管理の甘さを後悔する。
兵藤さん、開店準備で忙しかったからお疲れが出たんだわ……
体調を気にかけつつ、新店舗の近くに建てたばかりの新居へと送り届けたのだった。
「兵藤社長、家に着きましたよ」
タクシーから兵藤を引っ張り出すと、肩を添えて一緒に玄関へと歩みを進めた。
「社長、鞄のどこに鍵を入れてあるんですか?」
「ん、サイドポケット」
「あ、ありました」
京香が鍵を取り出して扉を開ける。
二人でもつれ込むように入ると、新築独特の香りがした。
家の構造は分かっている。
何回も設計図を見せられてどう思うかと聞かれた。
自分の家を建てるのに、他人の意見を気にするなんて。
いつもは自分で何でもこなす兵藤社長の意外な面を見て、ちょっと可愛らしいなと。
でも内心では嬉しく思っていた。
「とりあえず、居間へお連れしますね。靴脱いでください」
「んー京香女史、いつも悪いね」
兵藤は京香の事を『京香女史』と呼ぶ。
これは兵藤の日頃のくせで、出会う人にだいたい面白いニックネームを付けて呼ぶ。そうやって、一気に相手との距離を縮めて信頼関係を勝ち取るのが上手だった。
京香から見れば十歳も年上の兵藤が、まるで博士と呼ぶかの如く『京香女史』と呼んでくる。最初の頃は恐縮してしまい、いてもたっても居られない気分だったが、もうずっとそう呼ばれてきているので慣れっこになっていた。
「お疲れが出たのかもしれませんね。早くお休みになった方がいいですよ」
そう言いながら居間のソファに兵藤を寝かせると、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを持って行った。
「お水お飲みになったほうが楽になるかも……」
そう言ってソファ横に跪いて覗き込んだ瞬間、二人の視線が鉢合わせした。
京香は慌てて目を逸らしてしまう。
一方の兵藤は、ますます苦しそうな表情になった。
ああ、この後に及んでも俺はまだ決心しきれずにいる。
京香にこんな情けない姿を見せてしまうなんて……
「ああ、ありがとう」
ため息と共に身を起こすと、水のボトルを受け取って口をつけた。
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